2013年01月20日

ウィルコ・ジョンソン

今回の来日のニュースを最初に読んだのはいつだったかな。逐一来日情報を追っかけてる相手じゃなかったから、「なんだ、また来るのか。つい最近来たばっかりじゃなかったっけ」というのが率直な気持ちだった。もちろんそのニュースを知ったときには僕はもうマニラに引っ越してきていたから、わざわざライヴを観るために日本に行くつもりもなかった。まさか、こんな話になっているなんて知りもせずに。

もう来日公演もとっくに終了し、ネット上のあちこちで沢山話題になっているから、今頃になって取り上げるのもなんだか間の抜けた感じではあるんだけど、やっぱりちょっと書いておきたくて。

今回の来日公演の初日だった東京公演の確か前日だったと思う、ウィルコ・ジョンソンが末期のすい臓がんだということを公表したのは。化学療法を受ければ延命の可能性はあったけれど、あえてそれを拒否して、予定通り来日公演を決行し、その後フランスでの短期ツアーと英国でのフェアウェルツアーを行い、最後のCDを発表して自らの活動を終えるとのこと。

もし、日本公演を発表したときにこのことを発表していれば、公演の売り上げなんて全く心配する必要なかったろうに、あえて公演前日までそれをひた隠しにし(もちろんそんな心配なんてする必要もなく、東京・京都の両公演ともソールドアウトだったようだけど)、そのうえで満員の観客に対しては、これが最後だとお互いに認識した感動的なライヴを行ったようだ。沢山のゲストが飛び入り出演したらしく、ファンにとってはたまらなかっただろうね。

東京公演では、知らせを聞いて駆けつけたけれども会場に入れなかったファンのために、会場の外にモニターを置いてくれたりしたらしい。そして、ウィルコは今回の公演の収益を全て東日本大震災の被災地に寄付するとのこと(自分もチケット代を払ったとかいう話も)。そのために病を押して最後の日本公演を決行したのか。

思えば、さっき僕が書いた「つい最近来たばっかり」というのは、東日本大震災の直後の11年4月のことだった。あの、来日公演が軒並みキャンセルされていた時期に(そりゃそうだろう、日本人だって東京から脱出するべきかなんて話をしていた頃だったからね)、そんな時だからこそと来日を決行してくれたんだった。そして、今回の寄付。なんでそんなにまでしてくれるんだろう。日本人として頭が上がらないよ。


最初に書いたとおり、僕はウィルコ・ジョンソンの熱狂的なファンというわけではなかった。唯一、彼のことを観たことがあるのは、87年にイアン・デューリー&ザ・ブロックヘッズと一緒に来日したときのことだ。確か前座としてウィルコ・ジョンソン・バンドが登場し、本編でもブロックヘッズの一員としてウィルコが(アンコールだけだったかな)演奏していたのを覚えている。ライヴ自体は物凄くよかったという記憶はあるものの、細部は全く覚えていない(そういうのがもったいなくて嫌だから、観たライヴの内容はこと細かく書き残しておこうと思ってこのブログを始めた。そのライヴより20年近くも後の話だけど)。でも、まだ髪の毛のあったウィルコがあの素っ頓狂な顔をしてステージの上をカニみたいに横走りする姿は今でも脳裏にくっきり焼きついているよ。

先日、英国でのフェアウェルツアーの日程が発表された。3月6日のロンドンから始まる、たったの4公演。ウォルヴァーハンプトン、ホルムファース、グラスゴーと、選択基準のよくわからない4都市(ホルムファースなんてどこにあるのか知らなかった。マンチェスターとリーズのちょうど中間ぐらいなんだね)。見たところ、どこも小さな会場のようだ。明日発売のチケットはきっと瞬時にソールドアウトだろう。行ってみたいとは思ったけど、再来月なんて到底無理。それに、彼のことをずっと追っかけてきたファンからお別れツアーのチケットを横取りするわけにもいかないしね。

そのかわりと言ってはなんだけど、先日出張のついでに日本に置いてあったウィルコ・ジョンソン関連のCDを持ってきた。これ以外にもドクター・フィールグッドのアルバムがいくつかあったはずなんだけど、探し出せなかった。せめて、これを聴きながらマニラで擬似お別れツアーをしよう。あとは、最後のCDが発売されたら、真っ先に正規の価格で買って、日本のことをずっと気にかけてくれた彼に恩返ししないとね。

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2013年01月08日

ラスヴェガスにて 2

2年前のあの痛恨の出張時からここのところ毎年1月初旬恒例となっているラスヴェガスに今回も来ている。日本からでも決して近くはない場所だけど、マニラからだと成田まで4時間、飛行機を乗り換えてLAまで9時間、さらに乗り換えてラスヴェガスまで1時間と、乗り換え時間も入れると20時間ほどの長旅。

今回は、一昨年・昨年と続けて泊まったハード・ロック・ホテルではなく、ラスヴェガス大通り沿いにあるミラージュというホテル。今年は誰の写真の部屋かなと期待していたので、ちょっと残念。ところが、ミラージュといえば、ここを読んでくださっている方でも知ってる人はご存知だろう(あたりまえ)、あのシルク・ドゥ・ソレイユの「LOVE」の本拠地だ。そう、ビートルズをモチーフにした公演。ホテルの外壁にも4面にわたってでかでかと広告が。

一昨年・昨年と今回が違うのはホテルだけではない。今回は、6年前に初めてここに来てMGMグランドで「KA」を観たとき同様、取引先の勉強会と接待が目的ではるばるラスヴェガスくんだりまで来た。7日の早朝にマニラを出て、20時間かけて飛んできたのに時差でひっくり返されて、ミラージュにチェックインしたのは7日の午後2時。到着日の夜から早速簡単な勉強会があったんだけど、それが終わったら取引先の皆さんは時差ぼけで速攻部屋に退去。で、調べてみたら本日の「LOVE」の最終公演が21時半から。今20時50分。これはもう、時差ぼけとか言ってられないよ。早速その場でチケットを押さえ(迷わず一番高い180ドルの席)、スーツを着替える暇もなく入場。

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かなり満席に近かったのに、そんな直前に取った割にはさすが180ドルのすごくいい席で、前から6列目(というか、前にいくにつれて細くなっている場所だったから、僕の目の前には誰もいない)、演者がどんどん出てくる通路際という、臨場感たっぷりの場所。開演前、まだ携帯禁止のアナウンスが入る前に僕の席からこっそり撮った写真がこれ。通路際とは言っても、ステージは360度どちらが前とか後ろとかないから、全然気にならない。砂かぶり感満点。

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シルク・ドゥ・ソレイユの記事を書くときはいつもネタバレしないように苦労するんだけど、今回もできるだけ内容がわからないようにしよう。とはいっても特にはっきりとしたストーリーがあるわけでもなく、この公演のサントラ盤を聴いたことがある人ならご存知のとおり、ビートルズの歴史を順に追っているというわけでもない。

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『Love』

確か06年にこのサントラが出たときは結構な賛否両論だったと思ったけど、公式音源もお蔵だし音源も含めてビートルズの演奏やスタジオでの台詞などをジョージ・マーティンと息子のジャイルズがマッシュアップして作り出したこのアルバム、僕はまあ面白いなとは思って聴いていたんだけど、いざ目の前で繰り広げられる公演を観ながら聴くともう印象が全然違う。これ凄い。

たとえば、「A Hard Day's Night」のあの「ジャーン」ていうイントロが「The End」のドラムソロに繋がり、歌が入るときにはそれが「Get Back」になっているなんて、ビートルズのオリジナル信望者からするととんでもない冒涜なのかもしれないけど、目の前では例によって人間業とは思えないような十数人によるアクロバットが展開しているもんだから、もうこれはこの人たちのためのオリジナル音楽だと思えてしまう。

「KA」ほどもの凄いメカニカルなステージではないが、それでもさすがラスヴェガスのレジデント・ショー、ステージの形がどんどん変形したり、下からいろんなものが出てきたりと、ツアー・ショーでは味わえない醍醐味。いつものシルク・ドゥ・ソレイユと違うなと思ったのは、大きなシャボン玉を沢山作ったり、レンガの建物を壊したりと、偶然性に頼るような演出がいくつかあったこと。あと、演者がステージ上で英語を使っているのを初めて聞いたよ。まあ、音楽自体がいつもと違って英語の歌詞付きだからね。きちんと英国訛りだったのは、当然だけど感心。

「Lady Madonna」のときに出てきた黒人女性、お腹が丸見えだったんだけど、臨月かと思うほどの大きなお腹。きっと歌のテーマに合わせて着ぐるみみたいなのを着てるのかなと思ってたら、その後大団円で別のドレスを着て出てきたときもしっかりと大きなお腹。あれってほんとに妊娠してたんだ。大丈夫なのかな、あんなに激しいアクションして。隣にいた黒人男性とやけに親しげにしていたから、きっとお腹の子のお父さんはあの人なのかな。

その黒人男性は、大団円で僕の隣を走り抜けてステージを往復するときに僕の方を見てVサインするから、カーテンコールのときに親指を立てて返事してあげたら、左胸に手を当てて挨拶してくれたよ。砂かぶりで観たいい思い出のひとつ。他にも、あれ何の曲だったかな、ステージから前方の客席全部を白い布で覆ったときには、僕のいた場所はゆらゆらと揺れる布ですっぽり覆われてしまって、ステージがぼんやりとしか見えないとか(それはそれで楽しい)。

スクリーンに時々映されるビートルズの映像なんかも含めて、普段のシルク・ドゥ・ソレイユとはまた違った楽しみが沢山。それでいて、アクロバットはかなり激しいし、恒例の幻想的なシーンも感動的だし(「Octopus' Garden」の海底のシーンとか)、これはかなりお勧め。ビートルズをよく知らない人が普通のシルク・ドゥ・ソレイユ以上に楽しめるのかどうかは僕にはわからないけど、音楽ファンがシルク・ドゥ・ソレイユをまず何か体験してみたいというなら、まずはこれかな。もっとも、そのためにラスヴェガスまで来ないといけないのがかなりのネックではあるけれど。

終了後にギフトショップで見かけた、4人のサイン入りのポールのベース。こんなのを見られただけで、今回はハード・ロック・ホテルじゃなくてもよかったよ。

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あまりに混雑していたから何も買わずに出てきたけど、「LOVE」製作にまつわるドキュメンタリーDVD『All Together Now』が20ドルだっていうから、このホテルにいる間にまた時間見つけて買いに行こう。

さてと、時差ぼけが逆に効いてきてもう夜中の2時だというのに全然眠くないけど、今寝ておかないとまた明日大変なことになるから、さっさとシャワーしてもう寝よう。出張初日からいいもの観れてよかった。この後も無事過ごせますように。

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ちなみに前回の「ラスヴェガスにて」という記事は「非音楽的」カテゴリーに入れたんだけど、さすがに今回のを非音楽的と呼ぶのはあまりにも抵抗があるね。というわけで、「雑記」カテゴリー、と。
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2013年01月06日

一子相伝 - Ethan Johns

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『If Not Now Then When?』

後に自分の人生に関わってくる人と、知らなかったけれど実はずっと昔に出会っていたなんてことがたまにある。話をしていたら、実はその人と僕は幼稚園で同じ組にいたということがわかって、ずいぶん昔の写真アルバムを引っ張り出してきたなんてこともあったなあ。

ジョン・ハイアットの出世作『Bring The Family』に続く1988年の『Slow Turning』が僕の大のお気に入りアルバムだということは、ずっと昔にサニー・ランドレスを特集した記事に書いたことがある。今ではもう何十枚になるのかわからないほどコンスタントにアルバムを出し続けているジョンの全作品の中でも、僕の中ではトップ3に入るほど大好きなアルバム。

そのアルバムのプロデューサーが、有名なグリン・ジョンズだったことは当時から意識していた。まだ僕が洋楽を聴き始めた中学生の頃、カリフォルニアのバンドであるイーグルズの初期のアルバムがからっと陽気なカリフォルニアサウンドでなくどことなくくぐもった音なのは、英国のプロデューサーであるグリン・ジョンズの仕業だということを何かで読んで、それまで何のためにいるのかよくわからなかったプロデューサーという役割を把握し始めたきっかけになった人だから。

でも、サニー・ランドレスや(今思うとグリン・ジョンズ人脈だったんだろう)初期イーグルズのバーニー・レドンなんていう豪華ゲストに混じってクレジットされていたイーサン・ジョンズという名前には、そのときは特に目を留めることはなかったし、ましてやその彼が、同姓のプロデューサーの息子だなんてことは当時は知らなかった。

そのアルバム、そして翌89年の『Stolen Moments』(これもグリン・ジョンズのプロデュース作)でギター、ドラムス、マンドリンなんて多彩な楽器を演奏していたイーサン某のことを僕がはっきり意識するようになったのは、それから17年も経ってからのこと。このブログを始めたばかりの頃に書いた記事で取り上げた、レイ・ラモンターニュの『Till The Sun Turns Black』にプロデューサーとしてのみならず、マルチ・プレイヤーとして主役のレイと共にほとんどの楽器を演奏していたのを知ったときだ。

その記事にも書いてあるけれど、今に至るまで大好きなそのアルバムがあれほどまで素晴らしいものに仕上がったのは、プロデューサーであるイーサン・ジョンズの貢献が相当大きかった。それからだ、僕がよく知らないアルバムを買うときにこのプロデューサーの名前を頼りにし始めたのは。調べてみたら、買った当時は気にしていなかったけど僕の大好きなジェイホークスの『Rainy Day Music』もこの人のプロデュースだったし。

さらに調べてみると、この(僕の中では既に名プロデューサーの地位を得ていた)イーサン・ジョンズが、なとかの名プロデューサー、グリン・ジョンズの息子だということを知ってびっくり。ミュージシャンの子供がミュージシャンになる例は沢山あるけど(そして、ほとんどの二世ミュージシャンは残念ながら彼らの親ほどの才能に恵まれることは稀なんだけど)、親子二代で名音楽プロデューサーだなんて。

そうやってさかのぼって調べていて気づいたのが、冒頭に書いたジョン・ハイアットのアルバムクレジット。そうか、僕はこのお気に入りプロデューサー兼マルチ・プレイヤーと、もう20年以上も前に既に出会っていたんだ。気が合う人と話をしていたら、実は相手が幼稚園の同じ組だったというぐらいの驚きと喜び。


相変わらず前置きが長くなってしまった。今日取り上げるのは、そのイーサン・ジョンズが自分名義で発表した初のアルバム。ずっと裏方・脇役だった彼が意を決して表舞台に立つことを決めたものの、いざ一人でステージに立とうとすると足がすくんでしまう。果たして自分の歌なんて誰が聴いてくれるものか、本当にお客さんは入っているんだろうか、やっぱり止めておこうか、でも、今やらなければ一体いつできるっていうんだ? というタイトルとジャケ。

さっきのレイ・ラモンターニュをはじめ、彼がこれまでプロデュースしてきた数々のアルバム(ライアン・アダムスの『Gold』や『29』、ローラ・マーリンのセカンド以降、キングス・オヴ・レオンの諸作など)を知っている人なら、きっとイーサンのソロアルバムはこんな音になるんだろうな、という予想そのままの音。イーサン自身はアメリカのミネアポリス生まれのようだけど、父親のグリンはれっきとした英国人。なのにこのどっぷりディープ・アメリカンな音。

謙虚なアルバム・タイトルにしては、しっかりしたいいアルバムだと思う。曲もよく書けているし、レイ・ラモンターニュほどではないけれど、渋味のあるいい声だし。今のところ僕の一番のお気に入りは、木枯らしと雷鳴のような効果音がスローな曲調に沁みるA面ラストの「The Turning」かな。

当然のごとく殆どの楽器を自ら演奏しているが、曲によって結構地味に豪華なゲストが。さっき名前を挙げたライアンやローラはもちろん、A4「Red Rooster Blue」ではベースをビル・ワイマン、キーボードをイアン・マクラガンが担当していたりする(曲の最後で大笑いしているのは誰だろう)。B1「Rally」でベースをダニー・トンプソン、フィドルをデイヴ・スワーブリックが弾いていたりするのは、きっとお父さん人脈なのかも。1曲でクリス・ホランドがオルガンを弾いてるけど、どういうつながりなんだろうか。

あれ?と思ったのは、当然自分のアルバムは自分でプロデュースしているものと思いきや、曲によって5人のプロデューサーが別々に担当している(そのうち2人はライアンとローラ)。ライアンのトラック「Don't Reach Too Far」は彼がベースとドラムスを演奏していて、いかにも彼らしいロックンロールなんだけど、それでもアルバムを通してとっちらかった印象がないのは、イーサン・ジョンズ印のミックスのお陰か。

去年の11月にひっそりと発売されたこのアルバム、今のところLPでしか出ていないようだ(上にリンクを張ったアマゾンだと結構値段が張るけど、イーサンのサイトではもう売り切れになってるから、LPが欲しい人は金に糸目をつけてる場合じゃないかも)。来月CD版が出るようなので、一般的に話題になるのはそれからかな。ちなみにLPは(多分)180グラムの重量盤、ゲイトフォールドのジャケットに、曲毎に歌詞とイラストのついた22ページのブックレット付き。

このアルバム、かなり気に入って聴いているんだけど、残念ながらLP版にはMP3のダウンロードコードはついていないから、日常的にMP3プレイヤーとかで繰り返し聴くにはやっぱり来月出るCDも買うしかないのかな。アマゾンだとCDも結構な値段がついてるね。なんとかならないものか。
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2012年12月23日

序幕 - The Milk Carton Kids

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The Milk Carton Kids 『Prologue』

普段からバンドキャンプとかで未知のアーティストをこまめにチェックしている人たちにとっては言わずもがなだろうけど、もう昔みたいに旺盛な好奇心を持って新しいバンドやミュージシャンを探すようなこともあまりなくなってしまった僕みたいな人間にとっても、何かの拍子に誰かに教えてもらったアルバムに心をわしづかみにされてしまうような瞬間はそれでも年に何度かという頻度で訪れる。

11月にマット・ジ・エレクトリシャンのライヴで鎌倉のカフェ・ゴーティを訪れた際に、それより少し前にゴーティの松本さんがつぶやいておられたアルバムを2枚、ほとんど音も聴かずに購入した。もう最近では松本さんがどういう紹介をしたらどういう音なのかまで大体わかるようになってきた気がするからね(笑)

LA在住のケネス・パッテンゲール(Kenneth Pattengale)とジョーイ・ライアン(Joey Ryan)という二人のSSWが組んだユニットがこのミルク・カートン・キッズ。2011年1月にカリフォルニア、ヴェンチュラのゾーイーズ・カフェ(Zoey's Cafe)で録音されたライヴアルバム『Retrospect』を二人の連名で出し、同じ年にこのミルク・カートン・キッズ名義のファースト・アルバムをリリース。さっき書いたもう1枚のアルバムというのはもちろんこのライヴアルバムのこと。

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二本のアクースティック・ギターに二人のハーモニーという、まあありふれたと言えばもうこの上なくありふれたスタイルの音楽なんだけど、とにかく曲のクオリティが高い。アルバムを聴いていると、あれ?これサイモン&ガーファンクルだっけ?とか、CS&Nにこういう曲があった気がするとか、なんとなくランバート&ナティカムみたいだなあとか、そんな風に感じる瞬間が次々に現れる。もちろん、決してそれらのアーティストのマネだと言ってるわけじゃないよ。

どちらのアルバムにも「ケネスは1954年製マーティン0-15、ジョーイは1951年製ギブソンJ45を使用。どちらのギターもノリック・レンソンによって丁寧にケアされている」とわざわざクレジットされているように、ギターの音には細心の注意(と愛情)が注がれている。以前、ギター収集を趣味にしている会社の先輩がギブソンとマーティンのアコギの違いを語ってくれていたんだけど、こういうアルバムを聴くとそれがよくわかる。

「Michgan」とか「New York」とか(ライヴ盤収録の)「California」とか、やたら地名のついた曲が多い。歌詞は一通りざっと読んだけど、それほど凝ったことを歌っているわけじゃないね。ユニット名から冠詞を外して単数形にした「Milk Carton Kid」という曲があるから、何のことだろうと思って調べてみたら、昔のアメリカでは行方不明になった子供の写真を牛乳箱に印刷したりしていたんだね。ネットで調べていて、最初のミルク・カートン・キッドは30年経っても未だ消息不明とか書いてあるのを読むと、胸が痛くなる。

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でもその曲は特に行方不明の子供のことを歌っているというわけじゃなく、自分の心の痛みがミルク・カートン・キッドのようにある日突然消えてしまったというような比喩に使っているだけ。うーん、アメリカ人にとってのこの単語がどれぐらいの意味合いを持つのかよくわからないけど、なんかこんな重い言葉をそんな風に使うのかと、ちょっとそこだけは違和感を持ってしまった。

『Prologue』の作曲クレジットはすべてユニット名義になっているけど、そちらとは1曲もかぶっていない『Retrospect』の方は、結構長いキャリアを持つ二人がそれぞれの持ち歌を持ち寄った内容のようで、ほぼ交互にケネスとジョーイの曲が並んでいる。それを聴くと大体どっちがどういう感じの曲を書くのかがわかる。

相方の曲のときにはもう一人がコーラスをかぶせるんだけど、二人とも結構似た声質だからなかなか判別しづらい。と思っていたら、NPRのタイニー・デスク・コンサートで二人が演奏しているのを発見。



『Retrospect』のジャケは二人とも顔が半分で切れているし、名前が書いてある箇所と本人の写真が逆になっているから、声どころか見た目もどっちがどっちだかわからなかったんだけど、このビデオでよくわかった。背が高いのがジョーイで、ちっこくてヘラヘラしてるのがケネスと。二人とも(特にジョーイ)、真面目な顔してぼそっと可笑しいことを言うところがなんだか親近感を持てるよ。それにしても、CDを聴いてても思ったけど、「I Still Want A Little More」でのケネスのギターの凄いこと。映像で観られてよかった。

一番上にリンクしたアマゾンでは在庫切れになってるね。米アマゾンにはまだあるみたいだけど、この手のCDが何度もプレスされるとは思わないから、気になったら見かけたときに入手しておいた方が得策。カフェ・ゴーティにはまだ在庫残ってるかな? 実はこの2枚のアルバム、ミルク・カートン・キッズのオフィシャルサイトでフリーダウンロードができるようになってるんだけど、ちょっと聴いてみて気に入った人は、ぜひこの味のあるジャケを手に取ってみてほしい。ゴーティさんの売り上げに貢献して、彼らを日本に呼んでもらうというというのもありだと思うし。

そうは言っても普通の人はダウンロードで済ませてしまうのかな。でも僕はこういうことに関してはあまり普通の人ではないから、LPまで取り寄せてしまった。一番上に載せたCDのジャケとは微妙にトリミングが違うのがわかるだろうか(わかったからといってそれに感心する人は皆無だと思うが)。

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何グラムだかわからないけど手に持ったときにちょっとずっしりくる重量盤。レコードが入っているインナースリーヴに、CD内ジャケ左側の写真(ビルの高層部)が印刷されていて、その上に歌詞が載っている。スリーヴを裏返すと、反対側の写真の下側の写真になっていて、この写真だけはCD版にはない。

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この部分を見ると、アルバムクレジットにある「NY42番街グランドセントラルステーション入口」という写真の意味がわかる。まだ路面電車や馬車が走っていた20世紀初頭のNYだ。ちなみに、CDだとブックレットに歌詞と一緒に載っているジョー・ヘンリーによるライナーは、LPの裏ジャケに載っている。

このブログの偏屈なルールのせいで2011年発表のこのアルバムは来年初頭の僕のベストアルバム記事に載ることはないけれど、そんな縛りさえなければ間違いなく今年初めて聴いたアルバムの中ではトップクラス。序章・序幕という意味合いのこのアルバム、まだ若い(であろう)この二人がこれからどんどん作り出す傑作の序幕役であってほしい。と思っていたら、さっき見た米アマゾンで、1月8日にニューシングル「Snake Eyes」が、しかもメジャー系のアンタイ/エピック配給で出るということを知った(MP3だけみたいなのが残念だけど)。これはいよいよこの人たちこれから注目されるのかもね。祈来日。


<12月24日追記>

ひとつ肝心なことを書き忘れてた。アナログ盤はB面ラストに「Des Moins, IA」というボーナストラックが入った全10曲入り(また地名タイトル)。「I Still Want A Little More」での見事なエンディングの後にはちょっと蛇足と思えなくもないが、まあそれでも未発表曲が一曲でも聴けるのは嬉しいこと。
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2012年12月12日

Sting live in Manila

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マニラにスティングが来ると最初に知ったのは確か9月ごろだったか。Back To Bassと名付けられたツアーは、上のポスターにもあるように、ここ数年ずっとライヴでは歌とギターに専念していたスティングが久しぶりにベースを演奏するというのが売り文句。08年のポリース再結成ライヴをチケットを買っていたにも関わらず見逃してしまった身としては、それはちょっと見逃せないなと、早速チケットを押さえた。

ただ、上の写真の下のほうに小さく数字が書いてあるのを読めるかもしれないけど、ここフィリピンのコンサートチケットの代金というのは、当地の物価をたとえ考慮に入れなかったとしても、暴利としかいえない価格。6種類あるチケットの代金が上から15840ペソ、10560ペソ、7920ペソ、5810ペソ、3700ペソ、1030ペソ。最近のペソ高騰のお陰で円換算がしやすくなって、1ペソ=約2円だから、それぞれの価格を倍にしてもらえれば円の金額になる。アリーナ席は3万円超ということだ。

僕が手にしたのは下から3つ目のグレードの席(それでもほとんど1万2千円近くする)。ステージをほとんど斜め横から見下ろす感じのスタンド中央あたりの席。まあ、これ以上安い席だともうほとんど見えないだろうし(ちなみに1030ペソの席はスタジアムのほぼ天井に近いところの早い者勝ち自由席)、かといって数万出すのもなあという妥協の選択。


「スティング公演の会場が変更になった」と風の噂で聞いたのは先月のこと。なんでも、元々の会場であった、アジア最大規模を誇る商業施設SMモール・オブ・エイジア(MOA)に隣接するMOAアリーナを運営するSMグループ(フィリピン最大の財閥)が、ルソン島北部のショッピングモールを拡張するために、環境団体の反対を押し切って松の木など182本を伐採したという話を聞き、急遽会場を変更したとのこと。さすが森林保護者スティング。

替わって会場となったのは、MOAアリーナとほぼ同規模(つまりフィリピン最大規模のライヴ会場)であるアラネタ・コロシアム。ちょっとここで問題が。僕は元々のチケットをSMチケットというところで購入していたのが、なんとSMチケットは上記のゴタゴタを一切顧客に知らせず、僕も“風の噂”で聞くまでそんなことは全く知らなかった。自社ウェブサイトからも、いつの間にか何事もなかったかのように、スティングのスの字すら消えてなくなっていた。

そのことを知ったとき、僕はちょうど地方出張中。どうやってチケットを交換すればいいのかをSMチケットにメールで確認すると、「MOAアリーナのチケット売り場に元のチケットを持ってくれば交換できます。締め切りは今日の7時」だと。あのね、僕マニラにいないんだけど。しかもそっちから一切連絡もして来ず、なにその仕打ち。

結局さんざん面倒なやりとりをした結果、マニラに戻った日にMOAアリーナにチケットを交換しに行くことに(「あなたのために延長してあげたんですからね」とまで言われる始末)。しかも、交換してもらったチケットは、なんだか微妙に元の席よりも上のほうだし。


と、かなりうんざりした気分で出かけたアラネタ・コロシアム。日曜だというのに夜8時なんて遅い時間に開演だし、チケット見てもサイト見ても何時開場なのか書いてないし、ただでさえ始終渋滞しているマニラで、終演後いったい何十分後に家に戻れるのかとか、到底ライヴを楽しむなんて気分とはほど遠い感じで辿り着いた。

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マニラは11月に入った頃からすっかりあちらこちらでクリスマス仕様。この写真だけではわからないけど、ARANETA COLISEUMの文字の下側の電飾がこのままあちこちに広がって、ネオン仕掛けの動物(何故かエビとかタツノオトシゴとか)や巨大なクリスマスツリーにつながっている。

入場して席に着いてみると、やっぱり相当上のほうだなあ。ステージ上にいる人間がタミヤの35分の1のミリタリーキットのプラモデルぐらいの大きさにしか見えないよ。ここのところずっと、下手したらアーティストに体がぶつかってしまうぐらいの勢いの小さなハコでしかライヴ観てなかったから、これはちょっと気持ちが醒めてしまうね。

これが僕の席から見たステージとアリーナ席。もうほぼ真横といっても差し支えないぐらい。まあ、これだけ高いお陰で、ステージ手前に置いてある黒い大きなモニタースピーカーでステージ上の誰かが見えないなんてことがないのが不幸中の幸いか。ちなみにこの写真を撮った時点ではまだ席はガラガラだけど、最終的にはアリーナから天井付近の席まで満席だった。

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まだかなり空席が目立った8時ちょうど(ほとんどのお客さんは売店とかトイレにたむろしていた)、突如客電が落ちた。まさかの定時開始?と思ったら、前座のフィリピン人バンドだった。おいおい、8時開始で前座まであるのかよ。これは今日中に帰れないかも。

子供みたいな声と体型のヴォーカル&ギターと、ベースとアコギの3人組。半分カバー、半分(タガログ語の)自作曲という感じのグループ、僕は名前は知らなかったけど、出てきた途端に大歓声で受け入れられてたから、もしかしたらこちらでは人気なのかも。歌も演奏もめちゃくちゃ上手かったよ。さすがフィリピンバンド、レベル高い。

前座がきっちり30分で終了、その後20分ぐらいしてまた客電が落ちる。さあ、いよいよスティングの登場だ。黒いぴったりしたシャツに、上のポスターと同じボロボロに塗装がはげたフェンダーのベースを肩から提げて、5人のメンバーと一緒にステージに現れる。スティングとギタリストがステージ向こう側から、その他3人はステージのこちら側から。

しばらく見ないうちに、スティングずいぶん禿げたなあ。でも、おでこの面積がどんどん広がっているという感じで、頭頂部はふさふさの金髪。両サイドを綺麗に剃りあげているから、見た目ほぼモヒカン。なんでこんな風にかっこよく禿げられるんだ?同様に前頭部から徐々に進行する例でいうと、ジェイムズ・テイラーなんか未練がましいまでに後頭部&側頭部だけ残ってたりするけど、頭頂部で進行が止まるという事例は他にあまり見たことないよ。

閑話休題。なにも言わずにスタートした1曲目のイントロで大歓声。すごいなこれは。「If I Ever Lose My Faith In You」がオープニング。この人全然声変わってないね。たまにオリジナルよりも下で歌うこともあったけど、よくもまあこんなこめかみの血管切れそうな歌ばかりあのトーンで歌えるよ。すごいな。

その曲が終わったところで早速メンバー紹介。ギターは確か最近ずっと一緒に演ってるドミニク・ミラー(Dominic Miller)だね。僕のほうから見て手前にいる青いシャツを来た黒人、デイヴィッド・サンシャス(David Sancious)だ! リアルタイムで知ってるわけじゃないのに、いまだに「元Eストリート・バンドの」と思ってしまう。すっかりお爺さんになってしまったなあ。

あとのメンバーは僕はよく知らない。調べてみたら、ドラムスがヴィニー・カリウタ(Vinnie Colaiuta)、ヴァイオリンがピーター・ティッケル(Peter Tickell)、女性のコーラスがジョー・ロウリー(Jo Lawry)。今どきコーラスだけのメンバーがいるというのも珍しいかも。

続けて演奏を始めたイントロの、このふわっとした浮遊感。「Every Little Thing She Does Is Magic」だ。どういうわけか、僕はこのツアーはスティングがソロになってからの曲(だけ)を自らベースで演奏するという趣旨だと思い込んでいたから、ここで早くもポリース時代の曲が出てきたことで大歓喜。

さらに続けて、「Englishman In New York」。頭から立て続けになんて贅沢な選曲。観客大合唱。ステージ上方に架かったスクリーンを見ると、スティングも終始ニコニコしている。そりゃ、これだけの大歓声に大合唱、嬉しくないわけないだろう。

続く「Seven Days」はオリジナルとがらっと変わった、なにやら拍を数えるのも大変なほどの難しいリズム展開のアレンジ。どのメンバーも超達者。まあ当然だろうけど。86年の名ライヴ盤『Bring On The Night』で聴けた、大きな波に乗っているかのようなうねりを持ったリズムは、当時とはすっかり代替わりしたメンバーでも依然健在。

二曲目となるポリース・ナンバー「Demlition Man」は、始まった瞬間どんなハードロックを演るのかと思ったほどの激しいアレンジ。ここらへんまで聴いてようやくわかった。今回のツアーって、単にスティングがベースを弾きますよというよりは、最近オーケストラと競演とかあれこれお上品な方向に触手を伸ばしていた彼が、まさにあの『Bring On The Night』時代のように、また“バンド”の一員としてツアーに出てみようと思ったんだ、きっと。手馴れた曲にも新鮮なアレンジを施したりして。

しばらく前に入手して聴いた、08年再結成ポリースのライヴ盤『Certifiable』での、現役時代と打って変わったやたらとゴツい音とどうしても比較してしまうんだけど、これだけのテクニシャンが集まってこれだけしなやかかつふくよかな演奏を聴くと、もう僕にはポリースの再結成なんて全く必要なく思えてしまう。ポリース時代の曲しか演奏できないなんて妙な縛りも気にしなくていいしね。

事実、終わってみたら全演奏曲目のほぼ半数がポリース時代、残りがソロになってからの新旧織り交ぜた選曲というバラエティは、実にいいバランスだった。単なるヒット曲集でなく、地味ながらも聞かせる曲も多かったし(多少中だるみした部分もなきにしもあらずだったけど)。

テーブルに置いてあった小さな狐のぬいぐるみを手に、「フィリピンに狐はいないだろう。イングランドには沢山いて、ニワトリを襲って食べたりするんだ。次の曲は雄と雌の二匹の狐の物語」と説明して始めた「The End Of The Game」。オーケストラと競演した最近の、その名も『Symphonicities』というアルバムに含まれた曲みたいだけど、元々は「Brand New Day」のシングルB面だったんだね。『Brand New Day』は僕が律儀に彼のアルバムを続けて買っていた最後の時代のアルバムだな。99年か。もう10年以上前になるのか。

これに続く「Fields Of Gold」とか、観客とのコール&レスポンスが延々続いた「Heavy Cloud No Rain」に続いた「Message In A Bottle」とか、曲の緩急のつけ方が抜群。ちょっとだれてきたなと思った瞬間、突然「Message In A Bottle」のあのイントロのギターリフが流れてきたときなんて、失神するかと思った。

同じく、静かな曲が3曲ほど続いてちょっと中だるみ感があったところにあの「De Do Do Do De Da Da Da」のイントロは破壊力抜群。盛り上がるのなんのって。こちらも観客に散々歌わせ、かなり長く続いたところで突如トーンが変わって、いきなりジャズっぽいインプロビゼーションに突入。リード楽器の3名がそれぞれソロを取る。デイヴィッドのジャジーなオルガンソロは予想の範疇だったけど、ピーターの超速弾きヴァイオリンは凄かった(このパート以前にも何かの曲で速弾きソロを披露)。

この人、スタジオ盤ではブランフォード・マルサリスが吹いているサックスのラインをヴァイオリンでそのまま(音色まで似せて)なぞったり、かなり聴かせたね。特にこの即興演奏パートでの、ステージを動き回りながら、弓をぼろぼろにしながらのソロは格好よかった。

この即興パート、どこのセットリストを見てもタイトル書いてないけど、これだけで独立した1曲と言われても違和感ないぐらいの充実度と長さだったよ。なので僕の中では今回のライヴの16曲目はこの曲。タイトル不明。

そして、またしても説明不要のイントロ。「Roxanne」だ。時計は見ていなかったけど、もう既にかなり長時間に及んでいたから、おそらくこれが本編最後だということは誰が聴いてもわかる。コール&レスポンスが延々と続き、大歓声の中、メンバーがステージを降りる。

アンコールの嵐の中、ほどなく再登場。「Desert Rose」、「King Of Pain」ときて、最後はお決まりの「Every Breath You Take」。こうして聴くと、イントロのリフ一発でどの曲かすぐにわかって観客大爆発、みたいな持ち歌がほんとに多いね、この人。

「Every Breath You Take」で大団円かと思いきや、一旦引っ込んだメンバーが再度ステージに登場。これも激しいスネア連打のイントロですぐにそれとわかる、ポリースのデビューアルバム冒頭を飾る「Next To You」。最後はバタバタバタという感じでルースに演奏を終え、ゆっくりとメンバー全員がステージ前方に一列に並んで肩を組み、大きく頭を下げて終了。またそれぞれが出てきた方向にステージを降りていく。

僕の周りではこれで席を立った人もいたけれど、依然として歓声は鳴り止まないし、客電も点かない。と思っていたら、またしても再登場。本日3度目のアンコールだ。スティングは片手にクラシックギター(ボディーの形はフォークギターっぽくカッタウェイが入っていたけど)を持っている。この日初めてスティングがベース以外の楽器を手にした瞬間。僕のところからはちょっと見えなかったんだけど、ドミニクがベースに持ち替えていたのかな。

「ミンダナオ島の台風被害者の方々にこの曲を捧げます」と、12月だというのに500人以上もの死者を出したつい先週のタイムリーな台風の話題を盛り込みながら、曲はお約束の「Fragile」。最後はしっとりと演奏を終え、今度はもう肩を組んで並ぶこともなく、それぞれ観客席に挨拶しながらステージを降りる。常にステージの向こう側から出入りしていたスティングも、このときだけは一旦こっち側に来て挨拶をしてから向こうに戻っていった。

この時点で11時直前。よくこんな大会場のライヴをこんな時間までやってるよ、皆帰れるのかなと思いながら外に出てみると、巷はまだ普通にラッシュアワー。さすがマニラ。とんでもない値段のチケット代に比べると比較的お手ごろ価格(1100ペソ=2200円)なTシャツを購入。いろんなデザインや、シャツの他にもスウェットやニット帽もあったけど(このくそ暑いマニラで誰があんなのかぶるんだ)、一番オーソドックスなツアーTにした。

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背中の開催地一覧に日本が載っていないのが、日本人的にはちょっとレアかも。

結局、待機していてくれた運転手との連携がうまくいき、大混雑の出口をすり抜けてすんなりと車に乗り、猛スピードで(これはいつものこと)帰ったら、当初の悪い予感に反して11時半前にはあっさり家に着けてしまった。なんか、出かける前のうんざりした気持ちとは打って変わって、すごくいい気持ちで一日を終えることができたよ。あれこれと困難を乗り越えて(笑)観に行ってよかった。

Setlist 9 Dec 2012 @ Smart Araneta Coliseum, Manila

1. If I Ever Lose My Faith In You
2. Every Little Thing She Does Is Magic
3. Englishman In New York
4. Seven Days
5. Demolition Man
6. I Hung My Head
7. The End Of The Game
8. Fields Of Gold
9. Driven To Tears
10. Heavy Cloud No Rain
11. Message In A Bottle
12. Shape Of My Heart
13. The Hounds Of Winter
14. Wrapped Around Your Finger
15. De Do Do Do De Da Da Da
16. (Improvisation)
17. Roxanne

[Encore 1]
1. Desert Rose
2. King Of Pain
3. Every Breath You Take

[Encore 2]
1. Next To You

[Encore 3]
1. Fragile


この記事をアップしようとして気づいたけど、今日は12/12/12のゾロ目だね。ゾロ目といえば09/09/09のビートルズ再発祭りとかあったけど、よく考えると今生きている人がゾロ目日付を経験できるのは今日が最後だ。だからどうってことないんだけど、せっかくなので今日一日この日付を堪能しよう。記事はもう書けたけど、せっかくだから12時12分まで待ってアップしよう。
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2012年11月05日

Matt The Electrician live in Fuji

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この季節になるとかなり早い時間に日が落ちてしまう。20時開場の富士でのライヴ会場にたどり着く途中で雪を被り始めた富士山が見られるかなと期待していたけど、もうあたりは真っ暗。

生まれて初めて降り立つ富士駅。駅前にあるチェーン店の顔ぶれは地方駅でも東京でも同じだね。もちろん、この地方ならではの海産物を売り物にするお店もあちこちに見受けられるけれど。会場のネヴァーランドは駅からほど近い建物の、外から上がる階段を2階に上がったところにある、ほんとに小さなお店だった。

長方形の店のかたちに沿ってコの字型のカウンター。その手前部分だけに何脚かのスツールが置いてあり、向こう側には椅子が7脚とPA卓、あとはマットの楽器とマイクスタンドがところ狭しと設置してある。一番前の椅子に座るためにはマイクにぶつからないように注意しないといけないような至近距離だ。

開演時刻が近づくにつれて店は満杯になる。でもほとんどのお客さんはカウンターの演者とは反対側から場所を埋めていくね。最終的にはコの字の短辺の椅子のない場所にまで立ち見のお客さんが何人もいたから、全部で30人弱はいたことになるのかな。おそらく、今回マット・ジ・エレクトリシャンというアーティスト目当てでわざわざこの場所に足を運んだ客は、僕と一緒に行った友達の他にはあまりいなかったんじゃないだろうか。ほとんどのお客さんは顔見知りみたいで、きっとここでライヴがあるたびに集まってくるんだろうね。

なんだかこういうのいいね。まるでロンドンのパブやNYのコーヒーハウスみたいに、行きつけのお店で(きっと)名も知らぬアーティストのライヴを観て盛り上がるなんて。しかも、ゴーティー主催のライヴは結構な頻度でここを使っているから、(大変失礼ながら)こんな地方都市の小さなお店でこんな質の高い(でも一般的には無名の)アーティストのライヴを何度も観られて、富士の音楽ファンは相当目が肥えてしまうよね。

開演前に外の階段のところで一服しているマットのところに行く。「昨日帰るときにリクエストしてくれた曲は『Breathing』とあと何だっけ?」と、向こうから訊いてきてくれる。あれとこれと、それから今日新たにリクエストしたい曲もいくつかあるんだけどと、相手がきっちりセットリストを作ってライヴに臨むような人じゃないとわかった途端に図々しく何曲もリクエストする僕。「オーケー、それとそれはできるかどうかわからないけど、やってみるよ」と、一応承諾してくれた。はたして全部覚えていてくれるかな。

開演予定時刻の8時半を過ぎてしばらくした頃、他のお客さんや松本さんと歓談していたマットがようやくステージ(というものはないけど)のところに来てギターのチューニングを始める。昨日と同じ赤と黒のチェックのネルシャツの下に着ている赤いTシャツはさすがに昨日とは違うね。彼が腰掛けているのはスツールじゃなくてカホンだ。「これは座っていてしっくりくるね」とマット。曲によっては右足でカホンを叩いてリズムを加えていた。

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オープニングは僕の知らない静かな曲だった。終演後にマットに聞いてみたら「あれも新曲」。今回聞いたどの新曲も結構レベル高いよ。来年のアルバムが楽しみ。2曲目は昨日のオープニングだった「Accidental Thief」。

続いて弾き始めたイントロでわかった、僕のリクエストした「I Will Do The Breathing」。去年の僕のベスト10の第九位だった『Accidental Thief』の粒揃いの曲の中でも、悲しげなメロディが際立つ名曲だ。歌い終えたときに、おそらくこの曲を知らなかった沢山のお客さんがひときわ大きな拍手をしてくれたのは、あながち僕の思い込みのせいではなかったと思う。

前半では他に「My Dog」とか「Osaka In The Rain」とか演ったかな。1曲僕の知らない曲があったからまた新曲かと思っていたら、演奏後にカバーだと説明。説明されても知らない人だったけど、松本さんのツイートによると、アーロン・リー・タスジャン(Aaron Lee Tasjan)という、ニューヨークドールズの再結成に参加したギタリストの「Summer Of Legs」という曲だそうだ。マットが「ニューヨークドールズに参加していたギタリストで当時19歳、今でもまだ若くて26歳ぐらい」と説明したときはてっきり冗談かと思ってたけど、再結成のときの話だったんだね。

「今日も45分のセットを2つ演るよ」と言っていたのに、最初の曲から30分ほどで「次が前半最後の曲」と言って「Milo」を始めた。途中にポール・サイモンの曲を2つとグレイトフル・デッドを挟む。確か去年の横浜でのライヴでポール・サイモン・メドレーを演ったのもこの曲だったかな。当時はまだこの人の曲を全然知らなかったからわからなかったけど。デッドを演ったのは、ちょうど演奏しているマットの真後ろにデッドのロゴのネオンがあったからだって。

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休憩時間中にマットに「前半短かったね」と言うと、「今日は後半しっかり長く演るから」とのこと。その言葉通り、後半は充実したセットだった。まずは、「Got Your Back」でスタート。

続いて、僕がリクエストした「Wish You Didn't Feel Like My Home」。地味でライヴ映えするような曲じゃないけど、これも『Accidental Thief』の中で大好きな曲。しっとりと滲みる。

さらに続けて、これもリクエストした「Permanent Record」。さっきできるかどうかわからないと言われた曲なのに、ちゃんと演ってくれた。スタジオバージョンではリズムボックスやらホーンやらがせかせかと入った曲だけど(それはそれでいいアレンジなんだけど)、素のメロディはコステロばりの名曲だと思う。これは是非弾き語りで聴いてみたかった。案の定素晴らしい演奏で、このときも大きな拍手が。

次が「College」で、その次が「Diaryland」だったはず。とにかく僕がリクエストした曲をこの第二部前半で立て続けに(きっと、忘れてしまう前に)ほとんど演奏してくれたのが嬉しかった。マットは特に何も言わなかったけど、僕にとっては一大リクエストコーナーだった。いやー、満足。

小さなバンジョーを“バンジョレレ”と紹介し、昨日同様「Animal Boy」を。でもこれが最終曲というわけではない。続けてスタンダードの「On The Sunny Side Of The Street」を。ユーチューブではもっとベタな(アバとかの)カバーが沢山観られるけど、この日は地味渋なカバーが多かったな。

「All I Know」を歌い終えたときに、何人ものお客さんがおもしろがってサビの「アウーー」ってところを繰り返して歌ってたのが可笑しかった。

この日は常連のお客さんの一人の誕生日だったらしく、「Happy Birthday」を歌う一幕も。そして、「最後の1曲」と言い、左膝に置いた歌詞を見ながら、ピーターパンの「I Won't Grow Up」を、観客にコーラスを要求して歌う。途中の「I will never grow a mustache」って歌詞が可笑しかったね。

アンコールに答え、「じゃあもう1曲だけ」と言って、カバー曲をファルセットで。これも知らない曲だったので終演後にマットに訊いて、それでもわからなかったから紙にメモしてもらった。メルヴァーン・テイラー(Melvern Taylor)の「Sad And Blue」という曲だそうだ。このアンコールも含めて後半は1時間超。合計で辻褄合わせてくれたね。

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マニラから持参した『Made For Workin』のジャケに、前日鎌倉の文房具店で買った白い油性ペンでサインをしてもらう。このどう見ても「nb」としか読めない簡単なサイン、本人によると「Sever」と書いてあるんだそうだ。でもどの部分がどう「Sever」なのかは本人にも解読不能(笑)

「リクエストした曲ほとんど演奏してくれてありがとう。でも『For Angela』は演ってくれなかったね」と言うと、「うん、あの歌詞は日本人にはきっと難しいから」と。まあそうだね。今度いつかアメリカに観に行ってリクエストすることにするよ。

帰り際、「マニラまで気をつけて帰って」と言ってくれる優しいマット。「来年も日本に来てくれたら観にくるから。またそのときに」と言い残して、もうすっかり寒くなった道を富士駅に向かった。
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2012年11月04日

Matt The Electrician & Goro Nakagawa live in Kamakura

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先月のジョー・ヘンリー&リサ・ハニガンはたまたま入った東京出張のついでに観たんだけど、去年の横浜でのライヴを観て以来すっかりファンになってしまったマット・ジ・エレクトリシャンの来日公演を観るために、今度は自腹で(と言っても航空券代はマイレージで賄ったんだけど)日本に駆けつけた。おあつらえ向きに11月1日からフィリピンでは4連休。ちょうどそのスケジュールに合う、1日の鎌倉と2日の富士での公演を観ることにした。

まずは鎌倉公演。この日は通常のライヴではなく、中川五郎とのジョイントライヴ+トークショー。マニラの自宅を朝7時半に出て、飛行機とNEXと在来線を乗り継いで鎌倉に着いたのは夕方5時前。開場までまだ2時間ほどあるなと思いつつ、キャリーバッグを転がしてカフェゴーティーへ。ちょうどリハーサルというか打ち合わせが始まるところだったので、バッグだけ預かってもらって時間まで鎌倉の町をうろうろする。

08年にタマス・ウェルズを観て以来、その後は主にゴーティーでのライヴのたびに何度かうろついている小町通り、来るたびにあちこちのお店が変わってる気がする。やっぱりこういう観光地の商店街は競争が激しいんだろうね。そんな中、(表通りではないとはいえ)ゴーティーさん地道にがんばってるよなあ。あの規模で、決して毎回儲かってるという訳でもないであろう(失礼)、でも凄く質の高いライヴを提供しながら。

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開場と同時に入店し、正面の席を確保して、あとは時間までいつものように店頭のCDを見たりしながら過ごす。店の外でタバコを吸っているマットに話しかけ、しばし世間話も。前日の新丸子でのライヴは45分のセットx2という充実したものだったそうだ。去年の横浜でのジム・ボジアを含めた4人のライヴの話とかもした。でもトークショーの際に質問コーナーもあるということなので、音楽関係の質問は控えめに。

まず最初は中川五郎。バンジョーを抱えた姿がなんだウディ・ガスリーみたいだなあと思っていたら、後のほうのMCで、自分が音楽を始めたのはウディやピート・シーガーに影響を受けてということを話していたから、きっと意識しているんだね。マットとはオースティンつながりだということでジェリー・ジェフ・ウォーカーの「Mr. Bojangle」を日本語でカバーしたものを含めて5曲を披露。3.11以降に書かれた反原発の曲が2曲もあったのを聴いて、この人は過去45年間ずっと(いい意味で)このままなんだろうなと思った。

10分の休憩の後、中川さんとマットの座談会、というか質問コーナー。「一番最初に影響を受けたアーティストは?」「ポール・サイモン」(だから去年のライヴでポール・サイモン・メドレーを演ったんだね)。「一番最初に書いた曲は?」「94年に詩のクラスで、詩の代わりに当時の彼女のために曲を書いたのが最初。でももう忘れた」。「覚えている中で最初に書いた曲は?」「確か96年に書いた曲で、『Heater』というやつ。でももう長い間演奏していない」。などなど。中川さんは話を聞くのに夢中でつい訳すのを忘れがちで、結局ゴーティーの松本さんがほとんど通訳をすることに。それにしても松本さん詳しいな。マットが話してないことまで注釈つきで解説してるよ。

この会のために特別に中川さんが翻訳したマットの3曲「Accidental Thief」「Animal Boy」「Osaka In The Rain」のプリントを全員に配布し、それらについての本人による詳しい解説も。こういうのはいいね。

観客からの質問コーナー。「マットの祖先はどこから来たの?」「スロベニア。セヴァー(Sever)という苗字はスロベニアのものなんだ。でも僕はサンフランシスコ生まれだから(と、アメリカ人だということをしきりに強調)」。「トム・フロインドのためにマットの奥さんがデザインしたシャツは日本からも買える?」(なんてマニアックな質問・笑)「買えるはずだよ。ramonsterwear.comにアクセスしてみて」(見てみたけど、とても日本人が着こなせる感じではない相当カウボーイッシュなシャツでした)。

僕からもいくつか質問。「ニューアルバムは作ってる?」「曲を書き始めたところ。春になったらデンマークに行って録音するよ。たぶん来年の9月ぐらいにはリリースできるはず」「デンマークにはバンドは連れて行ってないからソロアルバムになるね」。「(アルバム『Animal Boy』収録の)「For Angela」の歌詞は実話?」「うん、ウォルマートに実際に手紙を送ったし、彼女にCDを渡そうと思って何度かあの店に行ってみたけど、もう会えなかった」などなど。

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45分の予定だったトークショーは、なごやかに(時にゆるーい感じで)過ぎてゆき、あっという間に1時間近くになってしまった。また5分ほどの休憩を挟み、いよいよ本日のメインイベント、マット・ジ・エレクトリシャンのライヴへ。

18フレットしかない小柄なギターを抱え、オープニングは「Accidental Thief」をしめやかに演奏。2曲目に入るところで「バンジョー使っていい?」と、中川さんのバンジョーを弾き始める。ほとんどチューニングもせずにそのまま弾けるものなんだね。その後知らない曲がいくつか続いたのは、ニューアルバムのための新曲かな。

5曲目でまた自分のギターに持ち替え、「Osaka In The Rain」を。どうやら今日は短いセットの中に、トークショーで話した3曲を全部演奏するつもりだな。それどころか、なんと次の曲は「Heater」。さっきのトークショーで自分はライヴのときには特にセットリストは作らないで、最初の数曲以外は思いつきで演奏するって言ってたけど、今日話題に出た曲を全部こうして聴かせてくれようという気配りが嬉しいね(さすがに「For Angela」は演らなかったけど)。

別の新曲を弾き始めようとして途中で止め、「やっぱりこっちの曲にしよう。これも新曲」と途中で別の曲にし、「やっぱりこの曲はバンジョーで演りたい」とまた途中で止め、後ろに置いてあったバンジョーに持ち換えるという場面も。

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最後は自分の小柄なバンジョーで「Animal Boy」。その後、客席で観ていた中川さんを呼んで「Goodnight Eileen」を二人で分け合って歌い、終了。全部で10曲ちょっと演ったかな。あっさり終わってしまったけど、まだ翌日もあるし、トークショー楽しかったからこれはこれでいいや。

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終演後にまた外でタバコを巻いていたマットをつかまえ、持参した『One Thing Right』にサインをもらう。一緒に写真も撮ってもらった。もう少しゆっくり話してたかったけど、終電の時刻が刻々と近づいてきていたので、ゴーティー印のCDを何枚か急いで買って帰路についた。

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2012年10月28日

目隠しフクロウ - Neil Halstead

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Neil Halstead 『Palindrome Hunches』

ニール・ハルステッドの新作は、これまでに増して簡素で朴訥としたアルバムになった。スロウダイヴからモハヴィ3を経てこのソロ3作目に至り、彼は自分の歌とそれを取り巻く必要最小限の音以外のものをどんどんそぎ落としてきたように見える。

それなりにポップな感触を湛えていた前2作に多少なりとも近いのは、アルバム中唯一と言っていいほどの明るいメロディを持ったアルバム2曲目「Bad Drugs And Minor Chords」ぐらいか。あとはもう、ほんとうに淡々と、簡素なメロディを、アコギ、ピアノ、ヴァイオリン、ウッドベース、バンジョー、鉄琴、ハーモニウムといった電気を通さない楽器だけで、静かに、ときに悲痛に奏でているだけ。

例えば、3曲目「Wittgenstein's Arm」(これは実話を基にした歌らしい)にはこんな歌詞がある。

  左手だけで弾ける曲を書いてくれへんか
  俺は前の大戦で腕なくしてしもたんや
  ピアノなんて最初から習ってへんかったらよかった

自殺した兄弟の描写とともにこんな悲しい独白があり、「この家には死が脈々と流れてる」と歌う。そんな歌詞さえ聴かなければ(読まなければ)これも優しげなメロディを朴訥に歌っているだけの曲なんだけどね。

かと思えば、アルバムタイトル曲「Palindrome Hunches」(回文を作る直感?)では、アイリッシュバーに座るカンザス娘のことを想い(その娘が回文好きなのか?)、回文を作っては自分で突っ込むという、そこはかとなく可笑しい歌詞も。

  ガチョウは神を見る?(Do geese see god)
  そんなことはないと思う
  ああ、悪魔がナターシャを見る(Ah satan sees Natasha)
  そう、見るね

いずれにせよ、歌詞にとらわれずに聴けば、彼の穏やかな歌声ともあいまって、実に秋の夕暮れ向きのいいアルバムだと思う。そういえば、前に作った「21世紀の秋の夜長に」というやつに、この人の前作から1曲入れてるね。僕にとっては秋を代表するアーティストだということか。

このアルバムは、通常のスタジオでの作業に飽きてしまったニールが、プロデューサーのニック・ホルトン(Nick Holton - オールミュージックで調べても彼のプロデュース作ってこの1枚だけみたい)の子供達が通っている小学校の音楽室で、2回の週末を使ってライヴ録音されたものらしい。子供達の小太鼓やら鉄琴やらトライアングルやらがそこらじゅうに沢山置いてあって、「このレコーディングで最も難しかったのは、全曲に鉄琴を入れたくなるのを思いとどまること」だったそうな。なんかわかる(笑)

このアルバム、上に写真を載せた通常盤でなく、米アマゾンで見つけた500枚限定だというアマゾン限定バージョンを買ってみた。
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見てのとおり、ノート状になっていて、内側の各ページに1曲ずつ手書き(を印刷した)歌詞が載っている。後ろの方には4ページにもわたるライナーも。
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お世辞にも読みやすい字ではないんだけど、曲によってはおそらくニール自筆のイラストなんかも載ってて、ちょっと楽しい。
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CDは最後のページにスポンジみたいなので留めてある。こういうのってたまにあるけど、なんだか中央のスポンジがすぐ劣化しそうで、ついCDの出し入れも恐る恐るになってしまうんだよね。
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このバージョン、日本アマゾンでも買えるみたいだけど、今見てみたら4270円なんてとんでもない値段がついてるね。写真いっぱい載せて自慢しておいてなんだけど、その価格ほどの価値はないと思うので(苦笑)、米アマゾンから取り寄せようという気のない人はおとなしく一番上のアフィリエイトのリンク踏んで日本で買ってください。この目つきの悪そうな(?)目隠しフクロウのイラストは同じだから。
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2012年10月21日

美ジャケ大賞 - Dylan Mondegreen

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Dylan Mondegreen 『Dylan Mondegreen』

デビュー作でなく、キャリアを積んでからのアルバムをセルフ・タイトルにすることは、そのアーティストにとってどういう意味を持つんだろう。有名どころではビートルズの白いやつがそうだし、サザンオールスターズもデビューして10年以上経ってから(ビートルズのホワイト・アルバムを意識したであろうジャケの)セルフ・タイトル作を出している。ディープ・パープルだったら全盛期前夜のサードアルバムがセルフ・タイトルだし、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドもニコ抜きのセルフ・タイトルはサードだね。有名じゃないところでは僕の最近のお気に入りの一人、ゲイリー・ジュールズも3枚目がセルフ・タイトルだ。

一般的には、ちょっとマンネリがかってきたところで心機一転、初心に戻って「これが私の代表作」という気持ちで自分(達)の名前をアルバム・タイトルにするんだろう。まあ、そのわりには必ずしもそのアルバムがそのアーティストの代表作かというと、やや微妙なケースが散見される気がする。名前負けというんじゃないんだろうけど、やっぱり作る方も聴く方も、セルフ・タイトル=代表作みたいに構えてしまうんだろうか。

09年のセカンド『The World Spins On』から3年振りとなるディラン・モンドグリーン待望の3作目。07年のデビュー作『While I Walk You Home』から脈々と受け継がれる美ジャケの中央に、極力目立たないように薄桃色で記されたDYLAN MONDEGREENの文字が、このアルバムがディラン・モンドグリーンことボルゲ・シルネースの会心の作であることを控えめに主張している。さて、その主張が名前負けしていないかどうか、まず聴いてみよう。

前2作に比べて、若干音が派手というか、いくぶんきらびやかになった気がする。もちろん、前2作もキラキラと爽やかな音だったけれど、今回プロデューサーにイアン・カット(Ian Catt - セイント・エティエンヌ等のプロデューサー)を迎えているというのがこの変化をもたらしているんだろうか。いつも大所帯でアルバムを作る人ではあるけれど、今回もストリングス・セクションやサックス、フルート、果てはスティール・ドラムスまで入ってる(A面ラスト「It Takes Two」ではそのスティール・ドラムスがイントロで効果的に使われている)。

シェルフライフ・レコーズ所属となり、今回がアメリカでの初リリースだというのも、セルフ・タイトルにした理由のひとつだろう。あくまでもこれまでの自分の色は崩さず、でもアメリカ市場でもきっちり受けるように、有名プロデューサーを立てて、派手目の音作りにしてきている。別に迎合しているとかそれがよくないとか言ってるわけじゃない。もっと広く聴かれるべきアーティストだと思うからね。

欲を言えば、ファーストの「That Mortal Kiss」やセカンドの「We Cannot Falter」、「Deer In Headlights」など、彼独特の陰りのあるメロディーの曲が欲しかったところ。極端な言い方をすると、全曲「Girl In Grass」の亜流というか、爽やか一直線の曲ばかりがずらりと並んでいる感じがして、ひねくれ者の僕としてはちょっとひっかかりが少ない。5回ほど聴いた今のところの感想だけどね。

8月8日にシェルフライフからメルマガが届き、200枚限定だというLPを即座に注文したはいいけど、9月26日発売のそれが僕の手元に届いたのは先週の木曜日。航空便なのに。フィリピン、郵便事情悪すぎ。やっと郵便局から連絡が来て「関税がかかっているので払いに来たら渡してやる」とかいうから行ってみたら、関税とやらはたったの40ペソ(80円)だし。そんなはした金で人のLPいつまでも留めてるなよ。

いやそれにしても、手にとって間近で見るとほんとに綺麗なジャケ。これはLPにして正解だったね。ダウンロードコードもちゃんと付いてるし。と思いながらこの週末に近所のショッピングモールにあるCD屋に行ってみたら、予想通り出てるよ、フィリピン盤CDが。350ペソで。

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ダウンロードコードがあるから自分でいくらでもCD-Rに焼けるのに、CD屋でこのジャケ見たら、もうレジに持って行かずにはいられない。丁寧な作りの三方見開きデジパックだし。ユニバーサル・フィリピン、いい仕事するね。ついマサさんみたいなことしてしまった記念に、大小並べて写真を撮ってみた。このアルバムが今年の僕のベスト10に入るかどうかはまだわからないけど、ジャケット大賞とか企画したら、間違いなく一位だね。

渋谷での再来日公演には残念ながら行けなかったけど、マメに彼の全アルバムをリリースしているフィリピンにも足を運んでくれないだろうか。ユニバーサル・フィリピンに直訴してみようかな。


<10月27日追記>
うちの近所のCD屋では、このアルバムがマイケル・ジャクソンとかグリーン・デイとかに混じって店頭新譜紹介コーナーに並んでるよ。一体フィリピンの誰にそんなに人気があるのかわからないけど。
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2012年10月18日

Joe Henry / Lisa Hannigan / John Smith live in Tokyo

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ジョー・ヘンリーは、10年ほど前に『Scar』を聴いてすぐに過去盤をほとんど集め、その後も新作が出るごとにほぼ押さえているから、うちには相当数のCDがあるんだけど、曲名を覚えるほどには聴き込めていない、僕の中ではファンなのかそうでないのかいまいち微妙な位置付けのアーティスト。

リサ・ハニガンは、おそらくほとんどの人がそうであるように、僕もダミアン・ライスのアルバムを通じて知った。彼女の2枚のソロアルバムは、好きなんだけどダミアンの2枚ほどではないかなという程度。ファーストなんて、つい最近ダミアンファンの某氏に頂くまで聴いてなかったからね。

ジョン・スミスは、五十嵐正さんがあちこちで褒めておられるのを読み、(申し訳ないけど)中古で安く見つけて購入。とても気に入った曲もあったけれど、アルバム全体を通しては、僕にはちょっとブリティッシュフォーク色が強すぎるかなという印象があり、何度も聴き返すほどではなかった。

なんてのっけから告白してしまうほど、僕にとっては「もし観られたら観ておこうかな」という微熱程度の興味の3名。10月16日、渋谷DUOでの日本公演最終日。今週、というかこの月火ピンポイントで東京に出張に来て、当初予定されていた火曜夜の会議がキャンセルになったので、「観られるようだからじゃあ観ておこう」と、週末にチケットを押さえて出かけてきた。

アンコールを含めて20曲程度、ジョンがリードボーカルを取る数曲以外はジョーとリサがほぼ交互に半分ずつ持ち歌を歌う(1曲だけリサがジョーの曲を歌ったのと、アンコール2曲はカバーだった)。素晴らしい演奏とハーモニーはそれだけで存分に楽しめたけど、なんでこの人たちのアルバムをもっとちゃんと聴き込んでこなかったのかということが悔やまれる夜にもなった。

3日前に取ったチケットのわりには比較的早めに入場することができ、この会場にしては珍しくフロアに置かれた椅子席の隅のほうに座ることができた。あっという間に超満員になり、後ろや両脇は相当数の人混みだったから、これはラッキーだったね。悪名高いDUOの2本の柱も邪魔にならない場所だったから、ステージも端から端まで見渡せたし。

エミ・マイヤーという京都生まれアメリカ育ちの歌手が前座で4曲ほど。英語曲と日本語曲が半分ずつだったかな。曲によってベースとギターを持ち替えて伴奏をつける日本人のギタリストを従え、本人はキーボードを弾きながら歌う。少しつたなく、少し京都アクセントが混じる日本語MCがかわいかった。

7時開場・8時開演で、前座が20分程度。キーボードを入れ替えたりして、いよいよ本編のジョー&リサ、そしてサポートのジョンとロスが登場したのが8時45分頃。日本のライヴにしてはかなり遅めのスタート。まず初めにリードボーカルを取ったのはジョー。

アルバムで聴かれる薄皮をまとったような特異なサウンドではもちろんないけれど、一度聴いたら忘れられない、まぎれもないジョーの声だ。そこにリサとジョンが綺麗なハーモニーを重ねる。ジョーは自分の持ち歌のときは白いピックガードのついた黒いギターを弾く。リサはマンドリンをちょこんと抱え、ジョンは見た目ごく普通のアクースティックギター(ブランドまでは見えなかった)。

ジョーはサポートに回るときは別のギターに持ち替え(もしかしたらキーによって換えていただけかもしれないけど)、ジョンは自分のギターと最初にリサが使っていたマンドリンをとっかえひっかえ。リサはアクースティックギターに持ち替えたり、目の前に置いてあるアコーディオンみたいなキーボード(暗くてよく見えなかったけどあれなんだろう)を弾いたり、シェイカーを振ったりと大忙し。ドラマーのロスも、曲によってはウクレレを弾いていたね。

アルバムではレイ・ラモンターニュとデュエットしているリサの「O Sleep」をジョーとデュエットしてくれるのかなと思っていたら、確か6曲目あたりでジョーが後ろに下がり、リサとジョンが二人でその曲を歌う。ああ、確かに少しかすれたジョンの声のほうがこの曲には合うかも。単に声がレイ似ということだけど。

何曲目だか忘れたけど後半、ステージ上にジョンだけが残り、椅子に腰掛けて膝の上にギターを寝かせて演奏した曲が凄かった。右手でボディをパーカッションのように叩いたり弦を弾いたり、左手はネックにつけたカポの右側を触ったり左側をチョロチョロ弾いたり、とにかくギターひとつであれだけ多彩なことをやりながらあんなに迫力のある歌を歌えるなんて。確か僕はこの演奏をビデオで観たことがあるんだけど、実際に目の前で観るのは全然違ったね。あれできっと物販の売れ行きが相当変わったんじゃないかな。

曲間でのギターのチューニングに3人ともしっかり時間がかかり、おそらく日本人客はその間もじっと静かに待っているというのをこの10日ほどに覚えたからだろう、3人が3人ともばつの悪そうな顔をしていた。「待たせて悪いね、このチューニングの時間はなんとかならないものかね」とジョー。

全体的に照明が暗めだったせいもあるかもしれないけど、曲によってリサがまだ幼い少女のようにも何十年もキャリアを積んだ年配の女性のようにも見えたのは、ハスキーなくせによく通る、しかもちょっと甘えたような彼女の不思議な歌声のせいだろうか。前にダミアンのPVで見たときはあんまり印象に残らなかったんだけど、かわいい顔立ちだね。なぜか家政婦のミタを思い出す。それもにこやかな。それは普通に松嶋菜々子ということか。

本編を終え、ステージで4人が肩を組んで挨拶。すぐに割れんばかりのアンコールで再登場。「次の曲は僕らじゃない人が書いたんだ。ジャクソン・ブラウンがたった16歳のときに書いた優れた曲」とジョーが紹介して、「These Days」を。

その1曲でまた並んで挨拶して退場し、また大きな拍手で再登場。今度は最初から4人で肩を寄せるようにステージ中央に集まる。ギターを持っているのはジョン一人。「今年の初め、僕らは、そして貴方達は大切な人を失った。リヴォン・ヘルムだ」とジョーが紹介し、「The Night They Drove Old Dixie Down」へ。ジョンの簡素な演奏に乗せて、リサ、ジョン、ジョーの順でリードボーカルを取る。観客席からも、大合唱というには程遠いけど、合わせてコーラスを歌う声が聞こえる。

ジョーは最後まで三つ揃えのスーツを脱がなかったし、ジョンもネクタイをきりっと締めたままだったね。二人の間に立つリサの質素なワンピースと合わせて見ると、少し違った時代からタイムスリップしてきた人達のように思えた。まるで、ジョーのアルバムがいつも湛えているレトロな雰囲気のように。そうか、ジョーは生音を自分色に染める代わりに、少し暗めの照明も含めたこのステージ全体をプロデュースしたんだね。見事としか言いようがないよ。

リサの『Passenger』のジャケを模した、飾りのついたTシャツがほしかったけど残念ながら女性用しかなく(というかあからさまに女性用のデザインなんだけど)、泣く泣くごった返す物販を後に会場を出たのは、もう少しで11時になろうかという時刻だった。たっぷり2時間演ったんだね。

充実した夜だった。きっと、イントロを聴いただけで曲名が出てくるぐらいまで聴き込んでいれば、もっと深い楽しみ方もできたはずだったけど、それは自分のせいなのでしょうがない。昔、誰かが「ヴァン・モリソンを聴くことは『贅沢』である」と書いたのを読んだことがあるけど、この夜はまさにそんな感じだった。演奏それ自体は簡素なものだったけど、なんとも贅沢な時間を過ごせた。運よく東京公演の日に東京出張が入ってよかった。運よくその夜の会議がキャンセルになってよかった。きっと、音楽の神様ってほんとにいるんだよ。
posted by . at 00:30| Comment(3) | TrackBack(0) | コンサート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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