2006年08月12日

そそるジャケ特集 第一回

一部の読者の方、お待たせしました。今日は小難しい話はなし。前から約束してた、何かが僕らを惹きつける「そそるジャケット」特集。この特集のためにCDラックをチェックしてたら予想以上にいろいろ出てきたので、今回はまず「第一回」ということで。好評ならそのうち続きを書こう。

今日はもうなるべく文章を減らすように努力するね。まずはしばらく前の記事で好評を博したこれから行こうか。

ふにゃふにゃ全員集合 クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー「CYHSY」

>内ジャケットにはこいつらがうようよしてます。
と僕は言いましたよ。これこれ。会社のスキャナー使ったんだけど(おいおい)、ちゃんと見えるかなあ。



続いては、某ブログのコメント欄でちょこっと触れたこれ。

人形でしょ ジュールス・ホランド&ヒズ・リズム・アンド・ブルース・オーケストラ「Lift The Lid」

まあこの表ジャケはね、別にそれほどでも。ミニチュアの部屋と楽器に人形を配して、顔のところに本人の顔写真を貼り付けてる、と。

で、リズム&ブルース・オーケストラなんて名義で演ってるんで、当然バンドは大所帯。裏ジャケがこれ。

勢ぞろい

なんか皆でニコニコしてるのが逆に不気味ですが。で、中ジャケがこれ。

椅子ゴケ

何があったか知りませんが、ジュールス本人以外全員ずっこけてます。僕これ全員椅子ごとひっくり返ってたと誤解してたんだけど、今回よく見ると椅子には座ってないね。まあでも、このひっくり返り方は見事。これを参考に、来週の東京オフ会で初対面のメンバーが予想の風貌と大きく違った場合に椅子ごとひっくり返る練習をしておきましょう(笑)



お次はfalsoさんのところで取り上げられていたマッチング・モウル。そのコメント欄にてカブ子さん曰く「もぐらが可愛くて手に取る気になれなかった」。流石です。でも僕はこれ可愛くて好きなのでここで取り上げるよ。falsoさん、すみません。「僕のブログでマッチング・モウルのこと書こうと思ってる」なんて偉そうに言ったくせに、載せるのはジャケットだけです(爆) そのうちちゃんと音楽のことも書きますから許してください(笑)

では三連発いきます。

そっくりモグラ マッチング・モウル「Matching Mole」

まっすぐモグラ マッチング・モウル「Smoke Signals」

↑ちなみにこれの内ジャケには、この二匹があらゆる方向を向いたバージョンがあるよ。もし好きな人がいればまた会社でスキャンしてくるから(笑)

マーチモグラ マッチング・モウル「March」



お次は日本人画家ジャケ2種。

キミがスキ・ライフ マシュー・スイート「キミがスキ・ライフ」

奈良美智さん、この人の絵はすき。ちなみにこのアルバムの原題は上記のとおりの日本語。


… ジム・オルーク「Insignificance」

友澤ミミヨさん。この絵も結構きついけど、この一つ前のアルバムジャケットはもっと強烈。でもこのブログでは僕の持ってるCD・レコードの写真しか載っけないことにしてるんで、もしそれも見たい人はどこかのサイトでググるか、僕がそれを買うように仕向けなさい(笑)



どんどん行こう。

心臓手術 クイックサンド「Manic Compression」

僕このバンドのこと知らなくって、昔バリでこの絵がついたTシャツを買ったのが最初。もちろん絵に惹かれて。で、実はこれがCDジャケットを転載したものと後に知り、そのCDも手に入れた、と。ジャケ買い一代記。



これはどうだ。

軟体君 オカヴィル・リヴァー「Down The River Of Golden Dreams」

前回書いた、友達に教えてもらって買った13枚のCDのうちの1枚。内容の良さもさることながら、僕はこのジャケットに惹かれてしまい、後に連鎖反応のようにこの画家の描いたジャケットのCDを、ろくに中身も知らないのに買い集めることになる。



鳥の内臓都市 マイ・モーニング・ジャケット「Z」

これはまた別のイラストレーターによる1枚。ジャケ買い成功例のひとつ。



人食いパンダ オノラリー・タイトル「Anything Else But The Truth」

一見パンダがお腹から血を流してるのかと思いきや、よく見ると人食ってます。ちなみに裏ジャケは大蛇が人食い中。



ちょっと可愛い系をまた3つほど。

ピンパン クリンペライ「Pimpant!」

トリステ クリンペライ「Triste」

シリュー クリンペライ「Serieux」

フランスのトイ・ポップ・ユニット、クリンペライ。2002年にこの3枚が日本発売されて話題になってたので買ってみた(こういう時にどれか1枚だけ買うってことができないんですよ、僕…)。ジャケット通りの可愛い音。



次は僕の大好きなアーティスト。

双子 ジェブ・ロイ・ニコルズ「Now Then」

この人のことはそのうちきちんと記事を書くつもり。日本ではまったく無名だけど、本当にいいアルバムを作り続けている人。これは彼の今のところの最新作。ちなみにジャケットの版画もジェブ・ロイ自身の作。



僕のお気に入りリンクに入れてある「何世紀分もの八月」さんのところで教えてもらったやつを二つほど。

脱力系ギタリスト モハヴェ3「Excuses For Travellers」

このジャケは前から見たことがあって気になってたんだけど、ブログを読んでちょっと音を聴いてみてから買った。今日初めて聴いた。すごくよかった。Peelsさん、ありがとうございました。


電球 ハーフセット「Dramanalog」

これは全然知らなかったグループ。Peelsさんのブログでジャケが気になって買ってみたら、これも大正解。今日はなんだか内輪受けの個人名ばかり書いてるけど、これきっとひそそかさん好きになると思う(アフリカ系じゃないよ)。



じゃあ個人名ついでにあと二つ。

neko neko neko ウイ・アー・サイエンティスツ「With Love And Squalor」

僕的にはそれほどそそるジャケじゃないけど(いや可愛いのは認めますよ)、きっとnekoさんがこれ好きかな、と思って。


黄グリン グリン「All Out」

いえ、あの、グループ名が…グリン。それだけです。すみません。



さてと、まだあるんだけど今日のところはこれぐらいにしといてやるか。また気が向いたらやるね。では、バイバーイ。

マダム・タンバリンとバイバイ君 ニュートラル・ミルク・ホテル「In The Aeroplane Over The Sea」
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2006年08月08日

グレン・ティルブルック来日! 僕も来日!

昨日からこの興奮をどう書こうかずっと悩んでるんだけど…

誰か僕に好きなアーティストを挙げてみろって訊いたら、1984年以降の僕なら必ず5番目以内に名前を挙げるグループがいる。いや、いた。それがスクイーズ(Squeeze)。

僕が説明し出すとまた止まらなくなるんで、詳細知りたい人は適当にどこかのサイトで調べてください。いや別に投げやりなんじゃなくって、本当に好きな人のことはそんな簡潔にまとめて説明できないから。僕がCDやLPを持ってる何百っていうアーティストの中で上から5番目っていうだけでわかってもらえるかなあ。やっぱり投げやり?

今はもう解散してしまったそのグループの中心人物(リードヴォーカル、リードギター、作曲担当)、グレン・ティルブルック(Glenn Tilbrook)が昨年に続いて今年もソロで日本公演を行う予定っていうのは知ってた。でもいつものことで、いくら僕の行きたいコンサートが日本であっても、そのためだけに日本まで飛ぶわけにはいかないから、今回も涙を飲んで見送ってた。

昨日会議のためにシンガポールに行って、次の東京での会議予定のことを小耳にはさんだ。まだ100%確定ではないけど、10月12日から週末をはさんで10日間程度、とのこと。ということは11日の夕方に東京に着いて…

「えっ?」一瞬、わが耳を疑ったよ。だって、グレン・ティルブルックのコンサートって、10月11日から15日まで。こんな偶然って…

今必死で自分を抑えてるのは、なんとか5日間全部のチケットを買ってしまわないこと。だって話によるとこの人ソロだとセットリストも作らず、毎晩全然違ったセットを演るって話だよ。僕の行かない日にあの曲とかあの曲とか演ったらどうするの。とはいえ、一晩5500円のチケットでしょ。うーん、どうしよう…


One For The Road

しばらく前に買って観てなかったDVD、「Glenn Tilbrook: One For The Road」をこれをきっかけに観た。内容をかいつまんで言うと、スクイーズ時代はマディソン・スクエア・ガーデンをソールドアウトにし、豪華リムジンで五つ星ホテルを渡り歩いていた彼が、今はソロで、キャンピングカーで全米横断ツアーをするっていう話。

まあそれだけじゃ単に落ちぶれたかつてのスターの後日談みたいだけど、負け惜しみじゃなくてこれが本当に彼が心から楽しんでやってるっていうのが見えてくる。数十人単位の客を前にアコースティックギターで唄い、そのまま唄いながら客と一緒に路上に出て行って、挙句の果ては見知らぬ車にドア開けさせてそこに唄いながら乱入したり、客の一人の家に押しかけてそこで小コンサートを続けたり(爆)

そこで唄われるのがあのスクイーズの珠玉の名曲の数々のアコースティック・ヴァージョンなもんだから、もうたまらない。またこの人って、ギタリストとしてはあまり注目されないけど、ギターもすごく巧い。このDVDで初めて見たけど、ジミ・ヘンドリクスの「Voodoo Child」なんてのをアコギでコピーしてたりする(びっくり!)。


いつも僕のブログを読んでもらって、いくら僕が薦めても実際に音が聴けないんでよくわからないよ、って思っておられる方、もしお時間があれば一緒に行ってみませんか?まだ観てないけど、内容は僕が100%保障するから。

(ここの文言は自然消滅しました)。

コンサートの詳細はこちら。ちょっと冷静になるとやっぱり全日程は無理なんで、多分僕はまだ比較的空いてそうな11日か12日に一回、それから最終日にもう一回行こうと考えてるところ。あ、別に誰のことも無理強いしてるわけじゃないから、興味のない人はいつも通り普通のコメントしてね。一人でライヴ行くのには慣れてるから。

以上。でもこれだけじゃ普通のコメントしにくいか。じゃあね、数あるスクイーズのベストアルバムの中で僕が一番選曲がいいと思ってるこのアルバムのジャケット、どう? いつものように「そそる」ジャケじゃないけど、ベストアルバムなのに意味なくアイロンの裏、ってのが気に入ってるんだけど。これじゃ駄目?(って誰に訊いてる)

裏
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ユッスー・ンドゥール日本公演!! (に行きたかった)

夢のコラボ第二弾!

ひそそかさんがユッスー・ンドゥールのコンサートに行ってきたので、そのことを書く。とはいっても、他人が行ったコンサートのことを書けるほどの超能力はまだ身につけていないので、ユッスーのことについて何か書こう。今はシンガポールからの帰りの機内。ちょっと大きな会議が終わって一安心。胃の痛いのも忘れてさっきからワイン三昧。あ、そういえば前に四つ目小僧の記事書いたのもシンガポールからの機内だったよな。ということはこの記事は、

夢のコラボ第三弾!

でした。また酔っ払って指が滑ってうかつなこと書かないようにしないと…

ひそそかさん曰く
>ひそそかとアフリカン・ミュージックとの出会いは歴史が浅く、
まだ16年かそこらです。

あのう、これって突っ込むところですか? 16年って、今から数えても、きみどりちゃんはもう高校生、梅子ちゃんならもう大学院も無事卒業して博士と呼ばれていてもおかしくない頃ですよ(事情のよくわからない方、楽屋落ちネタ失礼致しました)。

とはいえ、まさに16年前、1990年前後というのは日本でもワールド・ミュージックの大ブームが巻き起こった頃だったので、その時期にアフリカン・ミュージックを聴き始めた人は沢山いるんだと思う。僕が当時も今も愛読しているミュージック・マガジン誌でものすごい盛り上げ方をしていたのを憶えている。

でも僕はその時には乗らなかった。今思い出しても全然理由がわからないんだけど、雑誌で絶賛されていた「The Lion」も「Set」も「Eyes Open」も買わなかった(「The Lion」は後追いで買ったけど)。きっと、あまり他人に絶賛されてるものは逆に疑ってかかるという僕のひねくれた性質のせいだろうけど。

でも、その頃ユッスーのライヴは観た。確か1988年に「ヒューマン・ライツ・ナウ!」というアムネスティー関連のコンサートが東京ドームで開催されて、僕は共演のブルース・スプリングスティーンやピーター・ゲイブリエル目当てに出かけたんだった。

ほんの数曲だったけど、ユッスーのライヴは凄かった、っていうのは覚えてる。でもだいたいあんな馬鹿でかい会場でのショーケースみたいなライヴじゃ、どのアーティスト目当てのファンも不完全燃焼で、僕はその数年前に大阪城ホールで体験したスプリングスティーンのもの凄いライヴとの落差にちょっとがっかりしたものだった。確か「Born In The U.S.A.」のアコースティック・ヴァージョンを初めて聴いたのがあのライヴだったと思うけど、はっきりしたことは家に帰って資料あたってみないとちょっとうろ覚え。

ああ、スプリングスティーンの話を書くんじゃないよ。そう、ユッスー。そのコンサートでちょっと興味がわいて、ほぼ同時期に出た、ピーター・ゲイブリエルと共作した「Shaking The Tree」を聴いて、これはひねくれてる場合ではないなと。ちゃんと聴いてみようと思った。


The Guide (Wommat).jpg

で、少し遅れて初めて買った彼のアルバムが1994年の「The Guide (Wommat)」。一般的に彼の代表作とされる「Set」などをちゃんと通して聴いていない僕が言うのもなんだけど、このアルバムは今に至るまでの彼の最高傑作の一枚ではないかと思う。あ、ちなみにこれ以前のアルバムは殆ど持っていないけど、一応ベストアルバムで主要曲はチェックしてはいますよ。

躍動感があり、バラエティーに富んだリズム。トーキング・ドラムやコラの多彩な音。ドラマティックな曲の数々。それに何より、4オクターヴとも5オクターヴとも言われるユッスー自身の声。これはけっこう頻繁に引っ張り出してきて聴くアルバムだけど、一つのアルバムの中に何度もクライマックスが訪れ、その度に背中がぞくっとする。

一般的にはネネ・チェリーとデュエットした「7 Seconds」のヒットで知られるアルバムだけれども、僕としてはあの曲が入っていなくてもよかったんじゃないかとさえ思う。中古屋でこのアルバムを見かける度に、あのヒット曲のせいでこんなに素晴らしいアルバムが一発屋扱いされてしまっているのかな、と悲しい気持ちになってしまうから。


Joko.jpg

次に出た「Joko」は僕には今いちピンとこなかった。日本盤ボーナス・トラックの「Ob-la-di, Ob-la-da」はご愛嬌としても、もうちょっと撮りようがあったんじゃないの、って感じのジャケットとかも含めて。もしかしたら前作があまりにも良すぎたせいで僕の期待度が大きすぎたのかもしれないな。偏見かもね。帰ったら聴き直してみよう。


Nothing's In Vain (Coono du reer).jpg

一転、2002年の「Nothing’s In Vain (Coono du reer)」は傑作。ジャケットの廃墟みたいなところでサッカーをする子供達の写真も美しいけど、内容も以前の激しい躍動感をより静かに昇華させたような充実した出来。ひそそかさんが先日のライヴで感動したという「Africa, Dream Again」はこのアルバムの最終曲。ほら、ひそそかさん、これ欲しくなったでしょ?

あ、ところでさっきから「次の」アルバムなんて書き方してるけど、彼の場合はセネガル国内で流通しているアルバムとインターナショナル用のアルバムがあるから、この場合はインターナショナル盤だけを数えてるからね(ひそそかさんの写真でいうと「Djamil」ってのがセネガル盤だと思うんだけど)。さすがに僕もセネガル盤までは押さえてないんで、より詳しいことが知りたい方は、ひそそかさんの元上司経営のバーまでお願いします。


Egypt.jpg

現在のところの最新作は2004年に出た「Egypt」。これは異色作。タイトルからわかるように、アラブ歌謡(っぽい)曲が沢山入ってる。僕はサウジアラビアに住んでたせいでアラブ歌謡は日常的に耳にしたし、あちらの楽器の独特な音も聴いてある程度わかるんだけど、これはまさにあの雰囲気。歌っている言葉も、彼の普段のウォロフ語に加えてアラビア語も入っているみたい(単語単位でしか聴き取れないけど、もしかしたら共通の単語があるのかも)。

こんなに充実したアルバムを定期的に安定して出し続けている彼なのに、多分世間的には10年以上前に一部で一世風靡した過去の人、的な扱いなんじゃないかと思う。日本の状況はよくわからないけれど、少なくともあれだけ持ち上げてたミュージック・マガジンを読んでる限りでは、当時の熱さは感じられない。

「ワールド・ミュージック」カテゴリーってのがネックなんだと思う。例えば「The Guide」なんて、僕に言わせればボブ・マーリーの全盛期のどのアルバムと比べてみてもひけをとらないと思うのに。でも何故彼のアルバムがボブ・マーリーの何十分の一、いや何百分の一しか売れないか。きっと一番の理由は彼が英語で歌っていないからだろう。

所謂ワールド・ミュージックの中で何故レゲエだけがこれだけ世界的に聴かれているか。「ブエナ・ビスタ」以降なぜキューバン・ミュージックがあれだけの市民権を得たか。それは全部アメリカ人が決めたこと。残念ながら、ポピュラー音楽に関しては、アメリカで受けるかどうかが世界的な成功の鍵だから。そして、アメリカで受けるには、アメリカ人が理解できる言葉(英語ないしスペイン語)で歌わないと話にならない。

その点、日本人ってのは実に素晴らしい聴衆だと思う。元々日本人で洋楽(ワールド・ミュージックも含めた、邦楽以外のあらゆる音楽)を聴く人って、殆どの人が全部歌詞を理解しながら聴いてるわけじゃないから、英語であろうとウォロフ語であろうとそう大差はない(いやさすがに英語の方がわかりますけどね)。何を歌ってるのか本当に知りたければ歌詞カードを一所懸命読むし、ユッスーの演ってるような音楽なら、大抵の場合は歌詞の内容など二の次で、体で感じて楽しむだけ。英語で歌えば聴いてやるよ、なんて態度のアメリカ人とは違うからね。

だからこそ、ユッスーみたいな稀代のアーティストを本当に評価し、自由に創作活動を続けさせるのは日本人の義務じゃないかとまで思う。本当にいい芸術には、日本人はちゃんとお金を払うからね。そういった意味で、僕は全然知らなかったんだけど、今回別にニューアルバムのプロモーションでもない(はず)なのに日本公演があったって聞いたときはすごく嬉しかった。惜しむらくは、ユッスーとプロモーターが僕が今日本にいないことを知らずに日程を決めてしまったことぐらいか。

そろそろ次のインターナショナル盤が出るんだろうか。せっかくノンサッチなんていう、多分今世界で一番良心的なレコード会社に属してるんだから、ちゃんとプロモーションしてほしい。ひそそかさんのコメントに、彼のダンスは15年前よりも衰えてたってのがあったけど、それは仕方のないことだと思うし、それが故にもうこれ以上彼をこんな中途半端な位置付けに置いておくような時間はないと思う。いやだよ、もう、フェラ・クティみたいに死んでから「あの人はすごかった」なんて持ち上げられるのは。今こんなに素晴らしい活動してるんだから、耳にふし穴の空いてるアメリカ人は放っておいて、日本人が盛り上げようよ。

一枚おきに分かれていたさっきの僕の好き・嫌い評価でいくと、次にでるインターナショナル盤はまた傑作のはずだから、ワーナーさんちゃんと日本盤出してくださいね。僕普段は日本盤の新譜は高くて買わないんだけど、ここまで煽ったからにはちゃんと買うから。それで、これ読んでる人は一枚ずつ買いましょう。内容は僕とひそそかさんと元上司のバーのマスターが保証するよ。

ひそそかさん、そのアルバムのプロモーションツアーがあったら、今度は一緒にコンサート行こうね。トーキングドラム持ってきてね。
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2006年08月02日

青春の光と影 〜影編〜

僕が愛読しているとあるブログで昨日音楽の話題について触れられており、ひょんなことからコメント欄で「夢のコラボ」を持ちかけられました。本来あちらは恋愛系(?)ブログ。そこが音楽の話題を振ってこられたということは、もしや僕の音楽ブログで恋愛の話をしろということなのでしょうか(違うって?)。

他の音楽ブログを辿ってこちらに来られた方、そういった経緯で今日のお題はヘビメタと恋愛です(笑)。貴重なお時間を無駄にしないためにも、今回は素通りして頂いた方がよろしいかと思われます。週末にでもまたプログレの話を上げますので、乞うご期待ください。



…さて、これで今読まれているのは窓まわりの人たちだけですね。ではいきます。

僕が洋楽を聴き始めたのは70年代の終わりから80年台の頭にかけて。それまでのプログレッシブやグラムロックのバンドが急速に影を潜めだし、英米ではパンクムーブメントが起こり、UK発のNWOBHM(ニュー・ウェーブ・オブ・ブリティッシュ・ヘビー・メタル)のバンドが次々に世に出始め、やがてパンクはニュー・ウエーブやハードコア・パンクなどに枝分かれしていくという、ロック界の先カンブリア期のような時代でした。

そんな多感な時期に今までまったく聴いたことのない類の音楽が次々に目の前に現れてくるのです(それまではごく真っ当に日本の歌謡曲やニューミュージックを聴いておりました)。新し物好きの僕がこれにはまらずにおれるでしょうか。本当にいいタイミングに生まれたものです。

当時、ロックの種類が細分化されていたのと同様、ロックファンも細分化されておりました。プログレはヘビメタをけなし、ヘビメタはパンクを馬鹿にし、パンクはプログレを嘲っていました。それぞれに言い分があり、その頃「ミュージックライフ」や「音楽専科」などをむさぼるように読んでいた僕は、それぞれの言い分に最初は納得していたものです。

が、すぐに僕は自分の趣味がおかしいことに気付きます。プログレもヘビメタもパンクも皆かっこいいんですよ。例えば、僕のマル秘メモによると、僕は1981年の2月にUFOの「Strangers In The Night」を買い、翌月にはピンク・フロイドの「A Nice Pair」とポップ・グループの「For How Much Longer Do We Torelate Mass Murder?」を買っています。そんなこと言われても今読まれている方には何のことやらさっぱりでしょうが、UFOはかえでさんが書かれていたマイケル・シェンカーが自分のバンドを結成する前に在籍していたハードロックバンド、ピンク・フロイドは僕のブログでおなじみのプログレバンド、最後のは(この自虐的な名前とは正反対の)アヴァンギャルド・パンクバンドです。

UFO PinkFloyd_ANicePair 赤ん坊キッス

かえでさんのお友達がそうであったように、僕も自然の成り行きで自分で楽器を演奏したくなりました。最初に自分でエレキギターを買ったときのことは忘れられません。当時思いを寄せていた先輩のTさんに、学校の中庭越しに大声で「ギター買うたー!」って叫んで赤面されたことを思い出すと、今でもこっちが赤面します。

でも、僕にはひとつの大きな問題がありました。それは音楽の嗜好です。洋楽を聴く友達も周りに何人かいたのですが(かえでさんの高校のように学年で10もバンドができるほどの人数などとてもいませんでした。時代の違いでしょうか)、揃いも揃って嗜好がはっきりしているのです。こいつはヘビメタ。あいつは60年代ポップス。パンクも演りたいがプログレも好き、なんて奴はどのグループにも入れないのです。

他にも問題はありました(ひとつじゃないのかよ)。ギターを買ったはいいのですが、実は僕の好きな楽器はベースだったのです。「なら最初からベースを買えよ」これがチャットなら即座にそう突っ込まれているところですね。ところがそうはいかないのですよ。先にも述べたとおり、僕はいろんなものを同時に好きになってしまうのです。

しかし最大の問題はそれらではありませんでした(まだあるのか)。僕は楽器が下手なのです(爆)。下手な上にどうしても弾きたい(全然別の種類の)音楽が次から次へと出てくるため、練習がまったく追いつきませんでした。

こうして僕のバンドへの夢は絶たれてしまいました。そのとき買ったギターは今でもすぐ取り出せるところに置いてあり、明日にでも練習しようともう何十年も思い続けています。理想の体重、みたいなものですね。

神

かえでさんの中学の先輩と同様、当時の僕のギターヒーローはマイケル・シェンカーでした。彼は最近も地道に活動を続けていますが、悲しいかな当時の輝きは既にありません。6年前に出張で帰国した際に横浜でライヴを見ましたが、どう聴いても一番いいのが最初の2枚のアルバムからの曲、ないしはUFO時代の曲ばかりでしたから。最近マイケル・シェンカー・グループ結成25周年記念アルバムというのを出しましたが、相変わらずジャケットがお姉ちゃんなのも、彼の悲しいビジュアル・センスを物語っています(誤解しないでくださいよ。けなしてはいますが、僕はこのアルバム買いますから)。

下痢

ゲイリー・ムーアも大好きなギタリスト&シンガーでした。彼の場合はキャリアの途中でころっとブルースに転向し、あたかも過去の自分などなかったかのように振舞って成功を収めています。ロック界の片岡鶴太郎とでも呼んでおきましょう。

治療不可

(僕の場合はレインボーから入った)ディープ・パープル一派にもお世話になりました。皆さんご存知かもしれませんが、ディープ・パープルは未だに存続していて、旧メンバーが入れ替わり立ち代り出たり入ったり、演奏するのは相も変らぬ「Smoke On The Water」他という、まさに伝統芸能の世界です。元リーダーであったジョン・ロードが数年前に「年齢的に続けていられないから」と脱退を決めたときは、まさに笑点を見ているかのようでした。

逆にアメリカ勢はあまり僕に訴えかけてくるものは少なかったですね。やはり僕的には英国系の憂いをもった音が性にあうようです。キッス、エアロスミス、ヴァン・へイレンなど、レンタルでまめに録音してはいましたが、自分でCDを買い出したのは大人になってからです。


さて、高校に入った瞬間からその後何年にもわたって片思いを続け、社会人になるまで通算2回(いや、3回かな)僕が振られる羽目になるTさんという相手(?)はいたものの、それ以外の恋愛経験など何もないに等しいです。だいたい僕の恋愛話など読むぐらいならティッシュペーパーでも読んでいた方がましだというものです。

皆さんの場合はどうだったか僕にはわかりませんが、こと恋愛に関しては、僕の周りではクラス内階級がまるで間に実線が引かれているかのようにはっきりとしていました。

常にステディーな相手がいる、もしくは頻繁に異性から交際を申し込まれる、恋愛の上流階級。かえでさんなどまさにこの階級でしょう。さすが前世はセレブキャラ。

修学旅行などのイベント前になるとどういうわけかくっつきだす中産階級もいましたね。イベントが終わると自然消滅、というところまで同期していました。

僕?もちろんその他大勢、労働者階級でしたね。別に労働はしていませんでしたが。いい歳して何をするにもつるむのは男同士。僕の場合はひとりでいることが圧倒的に多かったですが。楽しい宴会からはいつまでも帰れない性分ですが、つまらないパーティーからは何も言わずに消えますから。

大学のときに仲のよかったYちゃん曰く「yasさんは絶対30過ぎた頃にもてると思いますよ」。口語に翻訳すれば「おととい来な」という意味ですね。Yちゃんとは仲のいい友達で終わってしまいました。ただ、今にして思えば彼女には先見の明があったのかな、とも思います。いや、べつにもててるわけじゃないですよ。ただ少なくともあの当時よりはまともに人付き合いもできるようになり、知恵も知識も経験も積み重ねましたからね。

酔ってもいないのに長々と赤面話を暴露してしまいました。耐えられなくなったらそのうち非公開にしそうです。とにかく、僕の場合は一般的に言う楽しい青春はなかったですね(まあ自分ではそれなりに楽しんでましたけど)。そんな僕にかえでさんの発したコメント「(彼氏が)6年間で4人なら少ないでしょう」。貴女はマリー・アントワネットに菓子を食えと言われた民衆の気持ちを実感されたことはおありでしょうか(はあと)。
posted by . at 18:09| Comment(14) | TrackBack(1) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月29日

NZのメリーさん

「ひそそかの窓」さんのブログに僕が書いたコメント

>こちらの自動車教習所のテキストの挿絵(道路や交差点が書いてある)の道端のところには必ず羊が描いてあります。毎ページに。

に、ほのかに反応してくださった方がおり、是非見てみたいということなので、小ネタを一つ。

まずは「道路は左側通行」という基礎中の基礎のページに登場。ここでは恥ずかしげに木の陰に隠れています。

羊が3匹

ここにもいました。青い車が無謀な追い越しをかけている横でのんびり水など飲んでおります。

暴走族と羊

何匹いるのでしょう。これが一番実際の景色に近いかも。

見渡す限りの羊

おっとここにも。なにやらシロアリのようにも見えます。

シロアリ

とまあ、こんな感じで。「毎ページ」ってのはさすがに誇張だけど、これだけあちこちにまるで風景の一部として当然のように写りこんでると、運転免許の勉強中にも思わず頬が綻んでしまうというもの。羊の数が人口の10倍いるというNZならではのお話。


僕はこれまで仕事の関係であちこちの国を転々としてるけど、こういうちょっとしたところにそれぞれのお国柄が見られるのが楽しみ。でも、転勤・引越しが多いとやっぱりそれなりに問題もある。

いつも引越しのたびに引越し業者の人に言われるのが、うちは物が多いってこと。マレーシアからの出荷のときにはその日系業者さんがそれまでに扱った中でも歴代2位の多さだったとか。理由は簡単、荷物の1/3強はレコード・CD類です。あと本かな。

引越しのときにはそのレコード類に一番時間と手間がかかるのが難点。ケースが破損したりジャケットが折れたりなんてのはよくあること。昔ジャカルタからジェッダに引越しした際に、7インチシングルと10インチEPの入った箱が全部紛失してしまったのが今までで最大の痛手。保険でお金は戻ってきても、子供の頃にコツコツ買った当時のシングルやら大きくなってから大人買いした貴重盤なんかは戻ってこないから。


なくなってしまったシングルの一枚がこれ。そんなに貴重盤ってわけじゃないけど、中学のときになけなしの小遣いで買ったレコードって、買ったときの状況まで全部覚えてるもんだから、そんなのがなくなるとつらいよね。

ポールのメアリー

これは72年当時ポールが娘のメアリのために作った曲(同名の童謡ではありません)。そんなのシングルで発売するなんて、親バカ(笑)。でも自分の父親がポール・マカートニーで、その人が自分のために曲を書いてくれるなんて、一般人には想像もできない幸せだろうね。

このブログに写真を載せるのは自分で持ってるレコード・CDだけって決めてるんで、なくなってしまったこれはちょっと異例。異例のままにしておくのも癪なので、さっきイーベイで買ってしまった。これは僕の知る限りCDにはなってないから、昔のままの7インチ。僕の持ってた日本盤ではないけど、まあそれはよしとしよう。

そんなに高かったわけじゃないけど、また家にレコードが増えてしまった。僕をそそのかせてこの記事をかかせた(どう音楽と結びつけるんです?なんて訊いた)Kさん、あなたのせいです(笑)
posted by . at 11:02| Comment(5) | TrackBack(1) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月17日

追悼 シド・バレット

なんかブログ始めて二週間でまだ10回も記事書いてないのに、やたら追悼記事ばかりになるな。

先週しばらく外の情報から隔離された生活をしていた間に、シド・バレットの訃報が出回っていたようです。帰って来て開いたall musicのトップページに「The Madcap Gets The Last Laugh」という記事を見つけてびっくりした。

日本語・英語を問わず、もう既にものすごい数の追悼文がネット上に出ているので、今さら僕が駄文を重ねる必要もないんだけれど、でもやっぱりこの人のことは自分で書いておきたい。

PinkFloyd_ANicePair

いろんなブログでいろんな人がこの人にまつわるアルバムの画像をアップしてるけど、僕の場合はこれ。確か最初に買ったピンク・フロイドのLP。

僕がピンク・フロイドを聴き始めたのなんて、もう末期もいいとこ「The Wall」からなんで、当然このファースト&セカンドの音は買う前に期待してたものと全然違ったんだけど、でもこのファーストは、同じ名前の別グループ(間違った言い方だけどある意味正しい)が作った傑作アルバムとして、それからずっと聴き続けてる愛着のあるアルバム。うちにはいろんなバージョンが3種類もあるよ。2006年に入ってもまだ同じアルバム買い続けてるし(発売30周年記念モノラル・バージョン!やっと中古で見つけた)。

90年代の頭ぐらいかな、当時購読してたロッキング・オンって雑誌に禿げて太ったシドの写真が載せられてて(それは確か今で言うパパラッチが撮ったUKのタブロイドからの転載。いまやネット上にそんな写真ばっかり溢れてるけど)、ああこの人はもうこういう形でしか話題に上ることはないのか、って妙に淋しくなったのを憶えています。

そのときから常に頭の片隅にあったのは、この人が死んでしまったとしても、もうちゃんとしたニュースにはなるまい、もしかしたら報道さえされないんじゃないか、という悲しい気持ち。

今あちこちのブログに書いてあるように、彼が音楽の世界に貢献したのなんて1960年代末期からのほんの数年間だけだし、当然僕も含めて同時代から熱心に聴き続けているファンなんて殆どいるはずもないから、そんなにショック受ける方がおかしいし。

もう30年も死んだも同然の生活をしていた彼が実際にこの世からいなくなったとしても、きっと誰ももうそんな大騒ぎはしないよね…

それが、さっきのall musicの心のこもった長文追悼記事を始め、いろんな人たちのしんみりとした文章を読んでいくうちに、なんだかやけに感傷的になってしまって、涙なんて出てきたりしてしまった。あれ?僕だってそんなに思い入れがあったわけでもないのに… でも、嬉しかった。こうして世界中のファンが彼の最期に忘れずにきちんとお別れの文章を残しているのを見て。


さようなら。お疲れ様でした。うちには聴ききれない程のレコードがあるけど、その中でも貴方の作ったやつは40年近く経ってもまだ抜群にピカピカした音を出してますよ。

Syd Barrett 1946-2006
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2006年07月07日

一つ目小僧と三つ目小僧に捧ぐ

今日現在僕のブログを訪れてくださっている殆どの方にはあえて紹介するまでもないでしょうが、「一つ目小僧と三つ目小僧、どちらが好きですか?」という、僕のお気に入りのブログがあります。初めて某所でそのタイトルを見たときの既視感のような感覚は忘れられません。

『これはきっと僕が気に入るサイトに違いない』。

いえ、別に僕はお化け評論家でもなければ手塚治虫の「三つ目がとおる」にとりたてて思い入れがあるわけでもありません(後者は大好きな漫画ではありますが)。

早速訪れてみると、案の定そのブログには(僕の読んだ範囲では)一つ目小僧も三つ目小僧も出てきません。あえて強調するなら、一反木綿もぬりかべもいませんでした。でも、そのブログでのちょっとした言い回し、採りあげられている題材のあれこれが、妙にツボにはまるのです。

ツボにはまるといえば、通常ブログタイトルの下にはなにかごにょごにょと書いてあるものですよね。僕のブログの場合だと「こないだ買ったCDがどうのこうの」ってやつです。「一つ目小僧」のタイトルの下には「水曜日は、燃えないゴミの日、生協の日」。それもまた最初から僕のアンテナにびんびんと来てたのですが、僕がブログを立ち上げたときにそのタイトル下の文章が「ブログ説明」だと気づいたときには(気づけよ、最初から)、もうケイレンするかと思うほどにウケたものでした。

そのブログのコメント欄で、ブログ主がご自宅に点取り占いを大量に保管されているということを知りました。点取り占い!ああ、思い起こせば僕が中学生の頃から大学にあがるに至るまで、なけなしの小遣いをはたいて毎月むさぼるように読んでいた「ビックリハウス」と「宝島」に、ひそかに、でも熱狂的に、毎回採りあげられていたものでした(もしかしたらビックリハウスにはあまり載ってなかったかも)。

当時僕が探し回った限りでは、僕の住んでいた大阪には点取り占いを置いていた駄菓子屋はありませんでした。毎月買ってくるそれらの雑誌が、僕にとって唯一の点取り様(そう呼ばれていました)との邂逅だったのです。もうそれは標語のように暗記したものです(だから咄嗟に「きみは くさいよ」とか出てきたってわけですよ。点数はさすがに忘れてましたけど)。

かの「一つ目」ブログの持ち主が自宅に大量に点取り様を隠し持っている(いや、別に隠してたわけではありませんが)。もう僕にとってはそれでビンゴでした。後にアップされた記事によると、ブログタイトルも実は点取り占いから引用されたとのこと。道理で最初から何か僕を惹きつけるものがあったわけです(僕はその占いの文言は知らなかったのですが)。

でもそのタイトルが点取り占いからの引用だったなんてことは最早どうでもいいです。おそらく決して万人受けするわけではないであろう点取り占いを小学生のころから気に入って、何十年(?)もたってから大人買いする気性。ブログでの言葉の端々ににじみ出るセンス。もし僕が高校生の頃にこんな女性に出会っていたら、村上春樹風に言うなら、僕はきっと宿命的な恋に落ちていたに違いありません。 …ちょっと酔ってるのかな。まだそんなに失礼なこと書いてないですよね。
「飛行機でお酒をのむと 早くよいがまわる 2点」 いや、そんな点取り様はいません。今勝手に作りました。

話は変わりますが、ピンク・フロイドというロックバンドがいます(一応音楽ブログですので)。有名なグループなので、洋楽を聴かない方でも名前ぐらいはご存知でしょう。彼らが1971年に発表した「Relics」というベスト盤は、オリジナルLPの、メンバーの一人によるイラストのジャケットを始め、再発CDも含めて僕の知っている限りでは4種類のジャケットが存在します。

アルバムを印象付ける顔とも言うべきジャケットを、何故そんなにコロコロ変えることになったのか、僕は知りません。でもピンク・フロイドというのはビジュアル面にも相当気をつかっていたグループで(ビジュアル系というわけではありませんよ。殆どのメンバーがむさくるしい親父ばかりですから)、この一連の「Relics」のジャケットも、ヒプノシスのデザインによる彼らの他の数々の名作に引けを取るものではありません。

その4種類の中で、今は廃盤になっているアメリカ盤LPのジャケットを初めて見たときから僕はずっとそれに取り付かれていて、既に同内容のCDを持っているにもかかわらず、先日ようやく中古盤を見つけて買ってしまいました。カブ子さんもこれを気に入ってくれるでしょうか。このジャケットを一つ目小僧と三つ目小僧に捧げます。










オモテ.JPG ウラ.JPG




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2006年07月03日

英語を日本語表記すること

このブログを始めるにあたって、ひとつルールを決めました。音楽の話に限ったことではありませんが、外国人の人名、外国語で作られた作品名をどう表記するかって、けっこう悩ましいんですよ。いちばん簡単なのは、(PCにフォントが入ってる限り)オリジナルの言語でそのまま表記すること。でもこれは僕のみたいなブログだと、下手すると文章の中が英語ばっかりになって、ただでさえダラダラと長くなりがちな文章を誰も読んでくれなくなってしまう恐れがあります。

読む方にとっていちばん易しいのはカタカナ表記ですね。でもこれがけっこう曲者なんですよ。日本人が子供の頃に英語の前にまずローマ字を習うことって、良し悪しだと僕は思います。皆さん、始めて見た英単語をついローマ字読みしてしまいません?昔、登場人物にファンタの種類を「オランゲとグラペ」と読ませてしまうスージー甘金の漫画が宝島に載ってましたが…ってそんな誰も知らない話はしなくていいですね。

音楽関係で有名人だと、ポール・マッカートニーとか。これ多分本人が聞いても自分のこととは思えないでしょう(あと、話がずれますが、日本のコンサートなんかで大声で「ポールー!(ポとルをそれぞれ強調)」って呼ばれてもわかんないでしょうね)。音楽評論家のピーター・バラカンに書かせると“ポール・ムカートニ”、そのままカタカナ読みしてもなんとなく原音に近い発音をしている気になります。でも、ピーター・バラカンでもない僕がここで急にムカートニって書いても、読者の方はきっと何のことだかわからないと思います。で、自分で決めたルールとしては、いくら日本で定着していたとしてもあまりにもローマ字読みな書き方には抵抗がある、でもあまりにも原音に忠実にしても何を書いているのかわからないので、適度にわかる程度に書く、ってなとこでしょうか。例えばこの例でいくと、ポール・マカートニーとか。

他に有名な例を挙げると、元は天使の名前Gabrielはガブリエルでなくゲイブリエルがより原音に忠実ですね(でもゲイブリエルってカタカナでタイプしても一回でちゃんと変換されないですよ。ああ面倒。それにガブリエルの方が愛称ガブちゃんとか呼びやすいという利点もあるんですけどね)。他には英国人に多いGrahamというファーストネームはグラハムでなくグレアム、とか。サッカーのベッカムは有名になる前、日本のメディアではベックハムと呼ばれていたそうですね。

前々回の記事で書いたスクリティ・ポリティも、日本のメディアでは普通はスクリッティー・ポリッティーとなっているはずです。元の表記Scritti Polittiは英語のPolitical Scriptのイタリア語だそうで(僕イタリア語知らないので、これが真っ当なイタリア語なのかなんちゃってイタリーなのかはわかりません)、もしかしたら本当はイタリア語発音ではスクリッティーの方が正しいのかもしれませんが、まあ英国のグループなんで、英語読みされることが圧倒的に多いでしょうから、英語っぽく書くことにしたというわけです。

じゃあアルバム名とか曲名はどうするか。これがまた日本特有のややこしい話があります。邦題というやつ。上のルールでいくと、最初の記事に書いた「London Calling」などは「ロンドン・コーリング」と書けばより読みやすくなったはずなんですけど、日本に洋楽を普及させようとがんばっておられた70〜80年代のレコード会社洋楽担当諸氏のおかげで、たくさんの洋楽には“キャッチーな”邦題がついていることが多く、日本語表記で書くならやはり浸透しているそちらで書くべきなのか、という問題があります。例えばマイケル・ジャクソンの「Beat It」は頭に「今夜は」と付けないといけないですし、ワムの「Wake Me Up Before You Go-Go」に至っては「ウキウキ・ウエイク・ミー・アップ」と書かざるを得なくなってしまいます。それはちょっと屈辱的というかなんというか… で、妥協策として、曲名・アルバム名はそのまま英語(ないし原語)表記すると。

あくまで自己満足の世界なんで、読んでおられる方にとってはどうでもいいことなんでしょうけど、今後僕のブログを読んでて「あれ?」と思われる方がいるといけないんで、一応書いておきました。オチのない話ですみません(今のところどの記事にもオチなんて付いてないですけど)。
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2006年07月01日

追悼 アリフ・マーディン

去る6月25日、名プロデューサー、アリフ・マーディンが亡くなられました。ジャズ〜ソウルの数々の名盤を生み出された方ですが、僕が彼の名前を意識し始めたのはスクリティ・ポリティの85年の出世作「Cupid & Psyche 85」が最初でした。

最近ではもっぱら、ノラ・ジョーンズの一連のアルバムのプロデューサーとして有名でしょうし、nekoさんお気に入りのラウル・ミドンのアルバムも手掛けられていますね。

昔は全然気にしなかったのですが、自分が中東に駐在してみてふと気になったファーストネーム。調べてみると彼はイスタンブール生まれのトルコ人だったんですね。とすると(ちょこっと異国知識をひけらかすと)彼の名は“アーリフ・マディン”がより正確な発音ですかね。まあどうでもいい話ですが。

昔は全然気にしなかったどころか、件の「Cupid & Psyche 85」に入っていた「Wood Beez (Pray Like Aretha Franklin)」という曲から、(アリサ・フランクリンのことは知っていた)僕、彼のことを女性だと思ってたんですよ(恥)。アリフ。アリサ。似てません?ま、普通カタカナ表記では「アレサ」って書きますけどね。

この後ちょっと調べて彼の業績など書こうかと思っていたのですが、思わぬアクシデントの中たどり着けたsugarmountain氏のサイト(http://ameblo.jp/sugarmountain/)を訪れてみて、そんな無謀なことをするのは諦めました。もしアリフ・マーディンに興味を持たれた方は、氏のサイトを是非ご覧ください。

白旗を揚げたところで話を戻すと、音楽を聴き始めてしばらく経つと、誰がプロデューサーだとか、誰が後ろでベースを弾いてるのか、とかが気になりだしてくるんですよね。最初の記事に頂いたコメントに、おすすめの音楽を、と言っていただいたものがありましたが、この「プロデューサーつながり」ってのは結構外れがないですよ(いや、別に突き放したわけじゃなくて、もちろんこれから僕のブログでおすすめ音楽はどんどんご紹介させてもらいますけど)。例えば、ノラ・ジョーンズのアルバムを気に入って、あ、これはこのアリフ何とかって人がプロデューサーなのね、と記憶しておくと、次に例えばCD屋さんでベット・ミドラーだのラウル・ミドンだのを見かけたときに、CDの裏ジャケットにヒントが書いてあるわけなんですよ。

誰にどういう音楽を勧めるかっていうのは結構難しい話なんですが、根底にソウルが流れている音楽、っていうのに惹かれる方であれば、彼の手掛けた作品にほぼ外れはないです。あとから振り返ってみて、僕が入門した「Cupid & Psyche 85」が彼の仕事としては異端だったと判ってしまったとしても。

お勧めその1:100人中90人ぐらいは文句なく聴ける(僕らの年代で、ってことですが)ノラ・ジョーンズの「Come Away With Me」
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お勧めその2:100人中85人ぐらいに減ってしまうかも(僕は好きなんですけどね)。ちょっとカントリー風味の「Feels Like Home」
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お勧めその3:実は僕もnekoさんに教えてもらったクチです。ラウル・ミドン「State Of Mind」
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お勧めその4:上記3つとは全然違う音楽です。でもソウルフルって意味では通じるところがあります。スクリティ・ポリティ「Cupid & Psyche 85」
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アフィリエイトとかすれば便利なのかもしれませんが、別にコミッションもらうためにやってるわけじゃないし、それにやり方知らないので・・・
posted by . at 18:46| Comment(14) | TrackBack(1) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

設立趣意書(笑)

不惑を越えたにもかかわらず、いまだに年間数百枚に及ぶCD・レコードを買い続け、一緒に行ってくれる友達も既にいないのに一人でコンサートに通い続けている毎日です(いや、毎日コンサート行ってるってわけじゃないですよ)。

心に残ったライヴやレコードのことを、これまで音楽友達に宛てて手紙に綴ったりメールを出したりしたことはあるのですが、よく考えてみると自分の手元にそうした記録が残っていない。『博士の愛した数式』の博士ではないですが、ある一定の年齢以前に行ったライヴ、愛聴していたレコードのことは、今でもありありと描写できます。

○忘れもしない1982年1月25日、生まれて初めて足を運んだコンサート会場・大阪フェスティバルホールのステージにクラッシュの4人が登場して「London Calling」のイントロの音が出たときに背中を走った電流。

○1985年(阪神優勝!)春の大阪城ホール、客電まで全て点けた状態での最後のアンコール曲「Twist & Shout」を終えたブルース・スプリングスティーンがステージから去って行くのを見送ったときの虚脱感。

○ガーランド・ジェフリーズの今のところ最初で最後の大阪公演は1987年か。九州から追っかけてきた友達と観に行ったな。あのとき初めて聴いた新曲を4年後のアルバムに見つけたときの喜び。

まだまだありますが(そのうちネタに詰まったらこの辺の話でも書こう)、でも、最近聴いた曲・最近行ったライヴのことは? 接している音楽の絶対量が増えたということもあるんでしょうけど、近頃とみに記憶力が落ちてきているんですよね。じゃあ記憶が薄れてしまう前に備忘録としてどこかに書いておこう、どうせならブログにしてみよう、というのがこのブログを立ち上げた趣旨です。

なので、特に沢山の人に読んでもらおうとか、色んな人を楽しませてあげようとかたくらんでいるわけではありません。ただ、好きな音楽を通じて今まで知らなかった方と知り合えるようなことがあれば、それはとても素敵なことでしょうし、それにもしこういう音楽のことを全然知らなかった方が、僕の文章を読んでみて「ちょっと聴いてみようかな」なんて思われたとしたら、それに勝る喜びはありません。

今の自分の生活パターンを鑑みて、とても毎日ブログの更新ができるとは思えません。気の向いたときにゆっくりと、のつもりです。時には音楽以外のことも書くかもしれません。しばらくの間海外に住んでいるので、その辺の事情もちらっと出てくるかも(でもあまり大層な『異国ブログ』は期待しないでくださいね)。

ブログ自体初めてなので、お見苦しい点・読みづらい点(それは貧弱な文才のせい)多々あるでしょうが、よろしくおつきあいください。

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posted by . at 00:00| Comment(22) | TrackBack(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする