2008年11月23日

450年前の音楽 - Fleet Foxes

Fleet Foxes.bmp Fleet Foxes 『Fleet Foxes』

膝の上に乗せたこの絵を見ながら聴いている。30センチ四方、いや、背表紙を経由して裏側にも少し廻り込んでいるから、30センチx35センチといったところか。沢山の人や動物や、果ては角の生えた悪魔みたいなのまでが隅から隅までびっしりと描き込まれた、いくら眺めていても飽きないこの奇妙な絵は、有名なので知っている人も多いだろうけど、ブリューゲルの1559年の作「ネーデルランドの諺」。

これは昼の光景だけど、夜になってこの人々や動物たちが皆寝静まった頃に、この絵の上の方に描かれている家の奥の部屋で毎夜ひっそりと奏でられていた音楽を収録したものがこのアルバムになった。

と言われても「へえ、そうなのか」と信じ込んでしまいそうな、まるで16世紀の音楽を演っているみたいな不思議な新人グループがまた現れた。いや、実際に16世紀にクラシック以外に演奏されていた音楽がどんなものなのかは知らないけれど、まだ22歳だというリーダー核のロビン・ペックノルドがこの一見(一聴)古めかしい音楽を生み出したと聞くと、ちょっとびっくりしてしまう。

とても静かな音楽。実際にはエレキギターなんかも使われているから、音量的にはさほどでもないんだけれど、印象としてとても静か。ところどころで楽器の音がふと止み、コーラスや一声のアカペラになることも多い。讃美歌みたいに。

新しいグループなのに古めかしい感じがするところは、去年このブログで取り上げたミッドレイクに似ているかもしれない。彼らからもっとロック臭を抜いた感じかな。なにしろ僕が彼らのことを例えたのは1970年代の音楽、こちらは1550年代だから、420年程度の隔たりがあるからね。あんまりロックっぽくなくてもしょうがない。

日本盤は出る予定もないみたいだし、日本のCD屋でもそれほど盛り上がっているようには見えないけれど、あちこちのサイトや雑誌では(国内外問わず)結構熱狂的に取り上げられ、既に08年度のベストアルバム特集なんかに選ばれていることも多いみたい。僕もしばらく前に入手して愛聴していたけど、そろそろ記事にしないと今年が終わってしまうと思ってこうして書いているところ。

Sun Giant.jpg30センチ四方のジャケが手元にあるということは、当然僕が買ったのはLPレコード。このファースト・アルバムに、同じく今年出た5曲入りの12インチEP『Sun Giant』が付録で付いていて、しかもその両方の全曲がMP3でダウンロードできるという超お買い得盤(EPのジャケもダウンロードできる)。こんなことをするのは、もちろん我らが良心的レーベル、サブポップ。たいして見所のないようなDVDを付けただけで法外な値段にしたり、アルバムのリリースからわずか数ヵ月後に、そのアルバムにボーナスディスクとかを付けて売り出すようなことをして売り上げを上げようという姑息なレーベルが多い中、どうすればファンが喜んで自分達の商品を買ってくれるかということをきちんと考えている人たちだよね。

かつてはサブポップといえばニルヴァーナとかマッドハニーとかのグランジ系、みたいな印象だったけど、最近のサブポップは、去年の僕の年間ベストアルバムに選んだアイアン&ワインや、こちらもまた60〜70年代を思い起こさせると書いたグランド・アーカイヴスなど、ちょっと枯れた、でもとても重要なグループが多数在籍している。ある程度メジャーなレーベルとしては、今や最注目と言っても過言ではないだろう。

何か追加情報はないかなと思って、このフリート・フォクセズのマイスペースを覗いてみたら、この12月末から年明けにかけてオーストラリア、その後続けてニュージーランドでライヴをするとのこと。見なけりゃよかった。悔しい思いをしただけだった。

ところで、ブリューゲルの「ネーデルランドの諺」のことを調べていたら、すごく詳細なサイトを見つけたので、勝手にリンクさせてもらおう。これって、この沢山の人や動物がそれぞれオランダの諺を意味してるんだね。そういうのを知ると、また飽きずにいつまでも見ていてしまうよ。

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2008年11月09日

微笑みの次 - Brian Wilson

That Lucky Old Sun.jpg Brian Wilson 『That Lucky Old Sun』

 '61年の夏、女神が僕の歌になった

そのアーティストの人生やら生き様やらを必要以上に頭に入れながら音楽を聴くのは邪道だとは思うけれど、この、1961年に弟達と自宅で吹き込んだ自作の曲をきっかけに僅か数年でアメリカ音楽界の頂点に立ち、その後弱冠24歳にして想像を絶する挫折を味わい、数十年に亘る苦悩と虚脱の年月を経たのちに、誰もが信じられなかった奇跡の復活を遂げた彼の軌跡を知っていれば、この新しい自伝的内容のアルバムに収められたこんな一節に込められた意味に、鳥肌が立つほどの思いがする。

66歳になったブライアン・ウィルソンの新作には、彼のかつてのバンドが体現していた、60年代のカリフォルニアにまつわるあらゆるポジティヴィティが詰まっている。あふれるほどのコーラス。心がほっこりするブラス。一音一音計算され尽くした巧みなバンドの音。大きな物語の中に迷い込んだような気持ちにさせてくれる、見事な構成の曲の流れ。それらは、否応なしに、彼の前々作『Smile』を思い起こさせる要因でもある。

もちろん、かつての彼の挫折の引き金となり、構想から完成まで37年以上もかかることになってしまったかの名盤とこの新作を比べるのは公平でないというのはわかっている。同じ組曲仕立てであっても、あのアルバムを構成していたのは「Surf's Up」や「Good Vibrations」といった超弩級のバクダンみたいな名曲群。それと同じものを期待するのは、いくら相手がブライアン・ウィルソンとはいえ、無茶というものだろう。

『Smile』で狂言回しのようにあちこちに姿を変えながら登場していた「Heroes And Villains」や「Surf's Up」に代わって、今回のアルバムのテーマ曲として何度も歌われているのは、タイトル曲「That Lucky Old Sun」。僕は知らなかったけど、40年代に作られたポピュラー・スタンダードだそうだ。ブライアンはルイ・アームストロングのヴァージョンにインスピレーションを受けて、このアルバムの制作を開始したとのこと。

欲を言えば、アルバムのテーマ曲には自作でもの凄い名曲を持ってきてほしかったところ。あと、アルバムのあちこちに4回出てくる、ヴァン・ダイク・パークスによる語りは、それが今回の物語の要点になっているとはわかってはいるものの、純粋に音楽だけを使って物語を語らせていた『Smile』とどうしても比べてしまうと、やはり何かが違うと思ってしまう。

と、少々ケチをつけたい部分がなくはないけれど、あとは絶賛に値するアルバム。今のところ僕が一番気に入っているのは、最初の語りのすぐ後に出てくる、「Good Kind Of Love」〜「Forever She'll Be My Surfer Girl」のつなぎ。ブライアンが今でもビーチ・ボーイズ全盛期と同じような名曲を書けるということを証明しているような曲たち。冒頭に挙げた歌詞は「Forever She'll Be My Surfer Girl」の歌いだし部分だ。

アルバム後半も、テーマ曲「That Lucky Old Sun」のリプライズや、ビーチ・ボーイズによるオリジナル『Smile』時の未発表曲「Can't Wait Too Long」などを挟みつつ、これぞブライアン・ウィルソンといえる名曲「Southern California」でエンディングを迎える。

 弟たちと一緒に歌う夢をみていた
 ハーモニーで、お互いに支えあいながら


という、今は亡きデニスとカールのことを歌った歌詞がまた否応なく泣かせる。これは反則だろう。というか、88年に復活したものの、いつまたそれまでの状態に逆戻りしてしまうかという、あまりにもフラジャイルな様子が(ビデオや雑誌のインタビューを通して)見ていて危なっかしくて仕方のなかった彼が、ここまで自分の過去を振り返った歌を歌えるようになったというのが驚きだ。

上にリンクを貼ったDVDとの2枚組では、このアルバムの製作過程と2曲のライヴ・パフォーマンスが見られる。頭の中に浮かんだ複雑なコーラスを紐解いた上でメンバーに各自のパートを指示するところや、メンバーがピアノで次にどのコードを弾こうかと迷っているところに、普通では考えられないような進行のコードを続けて弾かせる場面など、ブライアン・マジック満載の楽しいビデオなんだけど、これまでいろいろ見た復活後のブライアンの映像と比べてやはり一番違うと思ったのが、彼の屈託のない笑顔。こんなに自然に笑い、陽気に振舞うブライアンを見たのは、ビーチ・ボーイズの初期の映像以来かもしれない。

ライヴ・パフォーマンスの2曲というのも、上に書いた「Good Kind Of Love」〜「Forever She'll Be My Surfer Girl」のメドレー。やっぱり彼自身もこの2曲が好きなのかな。ちょっと割高だけど、DVD付きのにしてよかったと思える内容だった。


Smile.jpg Brian Wilson 『Smile』

最新型ブライアン・ウィルソンを紹介したついでに、1966年から2003年までの37年間、世界で最も有名な“失われたアルバム”だったこれも載せておこう。この記事をここまでの数倍の長さにしないために一言で表現したいんだけど、何て言えばいいんだろう。例えばディズニーランドがアミューズメント・パークというものを完璧な形で表現したものだとしたら、それをそっくりそのまま音楽パッケージの形にしたものがこれだ。

僕の2004年の年間ベストアルバムでもあるし、もしその年に既にこのブログが存在していたら、同じ年のクリスマス前に観た『Smile』完奏ライヴと併せて、その年にここで一番多く語られたアルバムになっていたことも間違いない。一家に一枚の名盤。ちなみにうちにはこのスペシャル・パッケージ盤とあわせて二枚あるけど。

Smile Box.JPG


『Smile』絡みでついでにこれも紹介しておきたくなった。

Glimpses.bmp Lewis Shiner 『Glimpses』

まだ『Smile』が幻のアルバムだった90年代に出た、音楽を扱ったSF小説の傑作、ルイス・シャイナーの『グリンプス』。主人公のレイ・シャックルフォードがタイム・スリップをして60年代のいわゆる幻のアルバムの数々を完成させるというストーリーは、もしかしたら当時のロックを聴かない人にはあまり面白くもない話かもしれないけど、史実と虚構がきめ細やかに絡み合った展開は、それら幻のアルバムのことを少しでも知っている人はぐいぐい引き込まれてしまうだろう。

特に、レイがブライアン・ウィルソンを奮い立たせて『Smile』を完成させるシーンは感動的ですらある。現実の世界では、この小節が世に出てから約10年後に、レイ・シャックルフォードではなく、ダリアン・サハナジャ(をはじめとするブライアン・ウィルソン・バンドの面々)が『Smile』を完成させることになるんだけれど、当然そんなことを知らなかった90年代の僕は、まるでこれが現実に起こりうる話であるかのように、特にこの章を何度も繰り返して読んだものだ。

リンクを貼ってはみたものの、今は絶版なんだね。世界幻想文学大賞受賞という、僕にはどれぐらい権威があるのかよくわからない賞を取ったぐらいの本なのに、やっぱり題材がマニアックすぎたんだろうか。ちなみにレイがこの物語で最初に実現させるのは、(これも現実には既に世に出た)ビートルズの「The Long And Winding Road」のノー・ストリングス・ヴァージョン。他には、ドアーズやジミ・ヘンドリクスも登場する。

この話を書くためにこの文庫を引っ張り出してきたら、また延々と読みふけってしまったよ。はまるね、これは。絶版にはなっているものの、上のサイトを見たら、そんなに苦労せずに安価で手に入るみたいなので、興味のある人は是非どうぞ。


というわけで、今日はいつも以上にとりとめのない記事になってしまった。まあ、最近短い記事が多くて不評だったので、たまにはこんな誰も読まない長文もいいだろう。じゃあ寝ようかな。おやすみ。
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2008年11月01日

宇治金時 - Low Season Combo

Low Season Combo.jpg Colourful Invasion.jpg
『Low Season Combo』      『Colourful Invasion』

去年のいつだったかな。最初に出会ったのは、僕がNZから出張で来ていた東京のとある中古CD屋でのこと。ロウ(Low)のCDを探していたら、見覚えのないCDが同じ棚に並んでいたんだった。そっけない木目調のジャケの中央に書かれたイタリック体のロゴがロウのCD風に見えなくもなかったけれど、そのときはすぐに違うバンドだと気づき、また棚に戻してしまった。

その出張で結局何枚のCDを買って帰ったのかは忘れてしまったけど、たった一枚の、買わなかった、しかもほんの一瞬手に取っただけのそのCDのことがなんだかいつまでもやけに気になってしまっていた。ジャケ買いしたくなるような類いのデザインでもないのにね。

それから数ヵ月後、今度は別の中古CD屋で、同じアルバムの帯付きに出会った。帯には『スウェディッシュ・ピアノポップの大本命』との煽り文句。ああ、そういうバンドだったのか。ちょっとそうは思わせないこの渋いえび茶色のジャケが損をしているところがあるかもね。数ヶ月間頭の片隅に引っ掛かっていたこともあり、間違っても嫌いなタイプではないだろうと、音も聴かずに購入。

“嫌いなタイプではない”どころじゃなかった。いわゆるスウェーディッシュ・ポップとか呼ばれるバンドにはきっとこういう人たちが無数にいて、どれもこれも似たような音を出しているんだろうとたかをくくっていたんだけど(そして僕が聴いてきたそれら多くのバンドは、別に嫌いではないけどのめり込むほどでもないという中庸的な評価で一括りにされてしまっているんだけど)、でもこのバンドはそうじゃないというのは、一回聴いたらわかる。

ライナーによると、新人とはいえ結構なキャリアを持った人たちらしく、道理で曲がしっかり書けているよ。オープンコードで気持ちよくかき鳴らされるギター。適所適所に隠し味的に配されたピアノ。北欧のバンドらしいちょっと翳りのあるメロディー。それに、この人たちって、スタッカートを効果的に使った、ちょっとした間の取り方とかがすごく上手い。一瞬ふっと音を抜いてじらしたところに、畳み掛けるように次の音を入れてくるところとかね。

アルバムの中核を成している6曲目「City Without A Skyline」が白眉。これやあといくつかの曲は、絶好調時のティーンエイジ・ファンクラブに匹敵する、なんて言ったら褒めすぎだろうか。3曲目「Crows And Ravens Grouped In Clusters」のイントロのピアノのメロディーが、80年代MTV世代には懐かしいピーボ・ブライソン&ロバータ・フラックの「Tonight, I Celebrate My Love For You」そっくりなのはご愛嬌ということにしておいてあげよう。



全14曲のうち、13・14曲目が日本盤向けのボーナストラックということだが、どうやらこのアルバム、日本先行発売、というよりは、日本でしか発売されていないようだ。じゃあ、ボートラなしの12曲版というのは存在するんだろうか。もしかしたら本国スウェーデンでは出ているのかもしれないけど、ちょっとそこまで調べる術もなく。でもこれはきっと、さっきの「City Without A Skyline」が(レコードだと重要な位置を占める)B面の1曲目なんだよ、ということを言いたいんだろうね。

こんなにいいアルバムが、去年買ったガイドブック『北欧POP MAP スウェーデン編』に何故載っていなかったんだろうと、改めてページを繰ってみたら、あ、あった。この地味なジャケ、白黒のページに載るとますます存在感ないんだもん。伊藤英嗣さんによる解説「是非じっくり聴いてほしい、実に感動的な作品だ」。うん、まったくそのとおりだよね。


そうして07年2月の発売からかなり遅れてファーストアルバムを入手した僕の前に、異常に短いスパンで彼らのセカンドアルバムが現れた。今年7月発売の、『Colourful Invasion』だ。くすんだ緑色の天井と壁紙が印象的な、ヨーロッパの何処かの廃屋の一部屋を写したようなこのジャケは、もし僕がこの人たちのことを知らなかったとしてもジャケ買いしてしまいそうないい雰囲気。ちなみに封入されている各ページに1曲ずつの歌詞が掲載されたブックレットには、うち捨てられて廃墟と化した遊園地の写真が載っていて、それもまたなんともいえない趣がある。

今度はボートラなしの全10曲、トータルでわずか37分弱のコンパクトなアルバム。「初回限定デジパック仕様・日本超先行発売」って書いてあるけど、果たして海外盤は出るんだろうか。

なんて心配が杞憂に思えるほど、前作にも増してポップな作品になっている。というか、ちょっとこれはポップすぎるんじゃないかって思ってしまう。オープニングのアルバムタイトル曲で使われているのは、前作でいい味を出していたピアノでなく、ウニョウニョいうキーボードだ(ピアノは他の曲ではちゃんと復活してるので一安心)。



でもこれもよくできたアルバムだね。前のアルバムが10数年かけて作り貯めてきた曲の集大成だとしたら、今回はその後わずか一年ちょっとで作った曲ばかりで構成されているはずなのに、相変わらず粒揃い。しかも、前のアルバムが平均点60〜70点ぐらいの生徒の中にたまに飛びぬけて95点とか100点の凄い奴もいるといった感じだったのに比べて、今回のはどいつもこいつも90点の秀才揃いってところか。それって、並大抵じゃないよね。

日本盤だけど帯はなくて、シュリンクラップに小さなステッカーが貼ってあるだけ。あと、日本語の解説と歌詞対訳は、裏ジャケに書いてあるURLにアクセスしてダウンロードしなければいけないなど、経費を削った仕様。まあ、日本語の解説なんていつも手元に置いておきたいものでもなくて、一度ネットで読めば充分だから、これはこれで気の効いたやり方かも。でも、アクセスしてみたら、解説は読めたけど、歌詞対訳のページが表示されないよ。どうしたんだろう。

地元ではどれぐらい人気のあるバンドなんだろう。10年以上もこうやって続けてきているんだから、有名でないとしても、きっとそこそこ中堅どころなんだろうね。解散せずに続けてほしいものだ。せっかくこうしてコツコツと日本盤も出ているんだから、来日してくれないかなあ。演奏上手いし、ライヴがよさそうなバンドだよね。ああ、ちょっと何か言ってるビデオ見つけたよ。これはファーストアルバムが日本で出た頃のものだけど、ちょっと聞いてあげて。


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2008年10月13日

遺産 - UB40

The Lost Tapes.jpg UB40 『The Lost Tapes』

無意味に長すぎる文章でお馴染みの僕のブログで、たまに短い記事を書いてみたら「短すぎる」とのコメントを頂いてしまったので、ご好評にお応えして、更に短い記事を書いてみるよ。某通販サイトではもう半年以上前から“近日発売”扱いされていたのに、延期に次ぐ延期の末、ようやく先月になって発売され、他のCDと一緒にオーダーしていたのがつい今朝になって届いたこのアルバム。

UB40のデビュー時期の、ロンドンでのライヴを収録したもの。80年の3月7日というから、その年の9月に出たファーストアルバム『Signing Off』よりも半年前ということになる。1曲目が終わったときの「僕達のことを知らない人達へ、僕達はUB40というバンドです」というMCが初々しい。

ライナーノーツによると、UB40をメジャー・デビューさせたデイヴィッド・ヴァー(David Virr)という人が、26年間自宅に眠っていたテープを発掘し、そのテープがリストアされてデジタル・リマスターされ、このCDになったとのこと。デイヴィッド自身は残念ながら、このCDを手にすることなく、一昨年のボクシング・デイに亡くなってしまったらしい。そう、このCDは、おそらく今や世界で最も有名なレゲエ・バンドになったUB40の、ある意味生みの親に捧げられた、彼自身による遺産のようなアルバムだ。

『Signing Off』でもオープニングを飾っている「Tyler」の、あのヒョーーーーンというフィードバック風の音でこのライヴも幕を開ける。だが、いざ演奏に入ると、どんよりしたロンドンの曇り空を連想させたあの物憂げなオリジナルとはうって変わった緊迫感のある性急なアレンジ。このヴァージョンも凄いが、元々はこうだったはずの曲をあえてあの弛緩したアレンジに変えたうえで、デビューアルバムのオープニングに据えた彼らのセンスも凄いと思う。

まだこの時点ではオリジナル曲が少なかったせいか、全9曲のうち3曲がカヴァー。それも、単にレゲエの曲をカヴァーするのでなく、ビリー・ホリデイの「Strange Fruit」、ランディ・ニューマンの「I Think Its' Going To Rain Today」、ガーシュインの「Summertime」という、ある意味王道、ある意味(80年代のUKアンダーグラウンドという舞台を考えると)奇をてらった選曲。最初の2曲はそのまま『Signing Off』にも収録されることになる。

さっきも書いたけど、きっと一般的には今や世界で一番ポピュラーなレゲエ・バンドに成長した彼らだけど、80年代前半にまさか彼らがこんな風になってしまうとは想像もつかなかった。ここで初期の彼らがどんな風だったかを延々語ってもいいんだけど、そうすると冒頭の宣言に反してしまうので、一言だけ言っておこう。

上にリンクしたアマゾンのページを見て。この発掘ライヴアルバムとあわせて買うことをアマゾン君が薦めているのが、こちらも最近発掘されたばかりのクラッシュのライヴアルバム。そう、少なくとも80年代初期におけるUB40は、奏でている音楽自体はレゲエだったかもしれないが、れっきとしたパンクだった。

だからこそ当時パンクを聴いていた僕が何の躊躇もなくあのアルバムに没頭できたんだけど、未熟なガキだった僕には、当時好きだったクラスの女の子に自分のお気に入りのレゲエのLPをプレゼントしたのに、どうして全然喜んでもらえなかったのかは理解できなかった。UB40やリントン・クゥエシ・ジョンソンなんかの、精神的にはパンクと同等のレゲエから逆行して、お洒落でリゾートなレゲエにたどり着くには、僕にはあと数年必要だったというわけだ。

閑話休題。今回のこのライヴアルバム、自分の死期を悟ってこのテープを世に出したデイヴィッド・ヴァーだけでなく、今やメンバーは同じでも中身は全く別のバンドになってしまったUB40の、かつての偉業を記録した遺産のようなアルバムだ。嬉しいことに、発売元のEMIはこれを廉価レーベルであるEMIゴールドから出すことにしてくれたらしい。リンクしたアマゾンだと1200円弱で買えるし、きっと然るべき場所でその気になればもっと安く手に入るかもしれない。

初期のUB40のファンなんて、最早この世にどれだけいるのか知らないけど、今でも『Signing Off』が彼らの最高傑作だと思っている人には是非聴いてみてほしい作品。もし僕が(結局そんなに短くもならなかったこの記事で)何を言っているのかいまいちよくわからない人は、とりあえずこれを聴いてみればいい。お洒落でもリゾートでもないレゲエの最高峰の一枚だ。

Signing Off.jpg UB40 『Signing Off』
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2008年10月12日

せっかちな大物 - The Futureheads

This Is Not The World.jpg The Futureheads 『This Is Not The World』

先週の記事がやたら長かったので、今日はちょっと簡潔にしてみよう(とか言いながらどうせいつも守れないんだけどね)。フューチャーヘッズの3枚目。UKのこの手のグループが、鳴り物入りでデビューしたはいいものの、やがてどんどん勢いがなくなっていって、2枚目でコケて次を出せずに消滅、なんてパターンが多いのに反して、04年以降きっちり2年毎にアルバムを発表している。

前作『News And Tributes』は、このブログで取り上げようと思いながらも結局構想がまとまらずそのまま流してしまい、06年の僕のベスト20アルバム選出企画であったyascd006にひっそりと入れただけだった。

日本盤のボーナストラックだったあの曲「Help Us Out」は結構好きだったんだけど、ああやってあの流れで他のグループの曲と並べて聴くとどうも印象が薄くなってしまう。やっぱりこの人たちの曲は、アルバム通してダーッと続けて聴くのに向いてるんだということに気づいた。別に、他のグループの曲に負けるという意味じゃなくてね。“流れ”というのが重要。

その記事には、「ソリッドなギターとうねるベースに性急なボーカル」と書いたね。70年代末期以降のUKバンドの伝統。そのボーカルのせいか、かき鳴らされるギターのせいか、スピード感溢れる曲のせいか、どの曲を聴いてもほんとにせかせかしている。なにをそんなに慌ててんの、ちょっと落ち着け、と言いたくなる。いや、落ち着かれてしまうと魅力半減なんだけど。

今回のアルバムでもそのペースは変わらず、いつもに増してつんのめるように前へ前へと進む感じ。しかも、プロデューサーが代わったせいか、音のボトムが太くなって、非常に安定感が増した。こう、どっしりと落ち着いた大物が、なんだかやけにせかせかしているという相反する印象が面白い。

今作のプロデューサーは、ユース(Youth)。そういえば、ファーストアルバムの半分は元ギャング・オブ・フォー(Gang Of Four)のアンディ・ギル(Andy Gill)のプロデュースだったことを思い出すと、これまでずっとギャング・オブ・フォー(+XTC)みたいだったこのバンドの音が、今回ユースのお陰で、彼のキリング・ジョーク(Killing Joke)のエッセンスを足したような感じになっていると思えば納得がいく。ギャング・オブ・フォー+キリング・ジョーク級のバンドだなんて、80年代初頭のニュー・ウェーヴが一番熱かった時代に連れて行っても充分トップクラスだよ。

今回僕が買ったのは日本盤。ライヴ2曲を含む3曲のボートラが入っている。ライナーノーツにいきなり「たかだか1枚のアルバムの商業的失敗からの帰還」なんて書かれていて、僕が06年のベスト20に選出したあのアルバムは世間的には失敗作と受け止められていたのかと初めて知った次第。まあ、別にヒットチャートに上ったから成功というわけではないんだけどね。いずれにせよ、この新作『This Is Not The World』が、その商業的失敗作だったという前作はもちろん、一般的に評価の高いファーストアルバムよりも、音的にも楽曲的にも上だというのが、僕の評価だ。

マイスペースを見ると、05年のライヴを収録したオフィシャル・ブートレグが出ているようだ。とりあえずそれは買うとして(エコ月間?あれは8月の話です)、興味のある人はそこで聴ける5曲をとりあえずダーッと続けて聴いてみて。今日時点では、今作から冒頭の2曲(何故か1曲目と2曲目が逆順で)、ファーストから2曲(ケイト・ブッシュのカヴァー「Hounds Of Love」と、そのアルバムで僕が一番好きな「Decent Days And Nights」)、セカンドから1曲という、プチ・ベストアルバム風の選曲になってるよ。

さて、これぐらいにしとくかな。約束どおり短い記事になったね。え、あまり短くない?まあ、先週のよりは、ということで。
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2008年09月15日

黒猫ジャケに夢中 - Akeboshi

Akeboshi.jpg Akeboshi 『Akeboshi』

ガツンときた。

知ってる人には何を今さらなのかもしれないけど、映画「ぐるりのこと」の主題歌を歌っている人がいいよと友達に教えられ、中古屋で見つけたこの3年前のアルバムを聴いて、まずオープニングのピアノの音に打たれた。

ティン・ホイッスルとフィドルの物悲しげな音色が、否応なくケルト・ミュージックを想起させる。ブラシとリムショットを効果的に使った、乾いたドラムの音。柔らかなアコースティック・サウンドと朴訥とした声に、ほんの少しだけ隠し味のように使われたプログラミング。5/8なんていう、複雑なのに気持ちいいリズム。不思議と懐かしい気持ちにさせられるメロディー。

僕がそれを最初に聴いたときの状況も多分に影響していたのかもしれない。先月、短い休暇を取って、高速バスに乗って旅に出たときのことだった。見渡す限りの緑と、ゆっくりと沈む夕陽をぼーっと見ながらこれを聴いていたら、悲しいわけでも感動したわけでもないのに、涙が出そうになった。

なんていうんだろう。子供の頃から胸の奥の方に持っていた敏感な気持ちのかたまりみたいな部分に、大人になるにつれて少しずつ蓄積してしまっていた澱を、栗の渋皮をむくみたいに丁寧に取り除いてもらっているような気持ちにされたんだ。

子供といえば、この1曲目「Wind」は、アニメ番組「NARUTO」のエンディングテーマに使われたんだってね。6年も前の話なのか。その頃マレーシアに住んでいた僕は、近所の日本人の子供達がその番組のことを話していたのは知ってたけど、一緒にビデオを見せてもらっておくんだったな。それにしても、こんな素敵な曲を毎週テレビで聴いて育つ今の子供がうらやましくなるよ。

インディーズ時代に出した3枚のEPからの曲と当時の新曲を再編集した13曲。13曲目の後に収録されたシークレットトラックが、もろにケルト風味のインストゥルメンタル。これがまた、しっとりと滲みる。


Roundabout.jpg Akeboshi 『Roundabout』

あまりに気に入ってしまったので、件の映画の主題歌が入った新しいアルバムもすぐ欲しくなった。6月に発売された初回限定のDVD付がまだなくならないうちに。

よく似たジャケのこちらは、これまでに出たシングルとアルバムからの曲に、上に書いたアルバムからの数曲のライヴ録音を併せて収録した編集アルバム。付属のDVDには、5曲のPVと、去年出たアルバム『Meet Along The Way』作成時のドキュメンタリー・フィルムが収録されている。

これもいいね。メジャー初となったシングル「Rusty Lance」もまた7/8という小気味のいいリズムの曲だし、他の曲とは明らかに世界が違う歌詞の「Yellow Moon」は、井上揚水との共作だった。淡々とした物語が進んでいくような「Perua」もいい(これが映画の主題歌)。

ドキュメンタリー・フィルム「Meet Along The Way」は、北イングランドとアイルランドを旅しながら、途中のパブとかで出合った地元のミュージシャンたちにその場で録音に参加してもらっていく様子を綴ったもの。長すぎない編集が観ていて飽きないし、素晴らしい景色と田舎町の様子が存分に楽しめる。こんなの観てしまったら、そのアルバムも手に入れないわけにはいかないよ。エコ月間は何処へ?(最近こんな終わり方ばっかり)。
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2008年09月13日

鉄壁PowerPop - Matthew Sweet

Sunshine Lies.jpg Matthew Sweet 『Sunshine Lies』

およそアーティストとかクリエイターとか呼ばれる人たちにとって、ワンパターンとかマンネリとかいう言葉は、疫病のように遠ざけておきたいものだろう。夢のようなメロディーを次から次へと紡ぎだしていたトッド・ラングレンが、「僕のインスピレーションが逃げて行ってしまう」と自虐的に(でもそれは綺麗なメロディーに乗せて)歌い、そしてやがてかつてのような曲が書けなくなってしまったことを思うにつけ、あの人はどんな気持ちであの曲を書いたんだろうと、ファンとしてはどうしようもなく切ない気持ちになってしまったものだ。

その一方で、ワンパターンであることが負の要素になっていないアーティストがいることもまた事実。しばらく前のニルス・ロフグレンの記事とそのコメント欄に書いたように(別にニルスがそうだというのでなく)、定型パターンみたいな曲を作り続けることが何ら問題になっていないある種のアーティストたちがいる。

その記事に出てきたニール・ヤングや、コメント欄で名前を挙げたサザンオールスターズとか、あとはスピッツなんかもそうだろう。別に吉本新喜劇みたいに、彼らの書く似た曲が伝統芸能的に受け入れられているというわけではない。単に、どうやってもこんな風に書けてしまうというその人たちのクセみたいなものが、彼らのファンの心の琴線みたいなところに、半自動的に触れるようになっているんだろう。

マシュー・スウィートの、このソロ名義としては4年ぶりとなるニュー・アルバム『Sunshine Lies』に針を落とした瞬間、僕の頭に浮かんだ考えはそういうものだった。何年ぶりであろうと、間にソーンズ(The Thorns)やスザンナ・ホフス(Suzanna Hoffs)とのデュエット・アルバムを何枚挟んでいようと、この人の作りだす曲は、何も変わらない。そして、アルバム最初の一音にスイッチを入れられた僕の心の琴線は、最終曲がフェードアウトするまで、わくわくと震え続けたままでいる。

なにしろ、アルバム冒頭の曲からして「Time Machine」という、93年のアルバム『Altered Beast』収録の「Time Capsule」を髣髴とさせるタイトルだし。のたうち回る大蛇みたいに絡み合う二本の野太いギターとタイトなドラム、胸の奥をキリキリと締め付けるようなスティール・ギターに、マシュー本人のあの声による多重録音コーラス。鉄壁のパワーポップ。いつものマシュー・スウィートのアルバムだ。

バックを支えているのも、もう20年も前から彼とつかず離れず行動を共にしているいつもの面々。元テレヴィジョンのギタリスト、リチャード・ロイド(Richard Lloyd)。元リチャード・ヘル&ヴォイドイズのギタリスト、アイヴァン・ジュリアン(Ivan Julian)。ヴェルヴェット・クラッシュのドラマー、リック・メンク(Rick Menck)。名スティール・ギタリスト、グレッグ・リーズ(Greg Leisz)。そして前作からスウィート・ファミリーに加わった、スザンナ・ホフスがアルバムのタイトル曲でマシューとデュエットしている。

さっき“針を落とした”って書いたところで気づいたと思うけど、僕が買ったのはアナログ盤。CDに収録されている13曲がA面〜C面に、そしてアナログ盤のみのボーナス・トラック4曲がD面に収められている。最近流行のMP3ダウンロード用のクーポンでなく、13曲入りのCDがジャケット内に封入されているというお得版。

これは嬉しいよね。ボートラがレコード・プレイヤーでしか聴けないという欠点はあるものの、オリジナルCDが付いてくるってのは、やっぱりダウンロード音源とは違った実感がある。綺麗なマクロ写真のジャケにはアルバムタイトルと曲名以外の文字はほとんどなく、レコードが収められた内袋に全曲の歌詞とクレジットが載っている。見開きジャケの内側の、30cm x 60cmのトンボの顔のクローズアップは、見る人によってはちょっと不気味かも。

こんな豪華な仕様があるのに、わざわざCDだけのヴァージョンを買う人がいるのか?上にリンクを張ったアマゾンだとこのアナログ盤(LP+CD)はCDだけのヴァージョンよりも1000円も高いけど、他のサイトに行けば、ほんの数百円の差だよ。なので、アナログ盤を聴ける環境にある人(及びマサさん)には、アナログ盤を入手することをお薦めする。

昔から何も変わらない彼のアルバムだけど、ひとつ変わったことがある。99年の名作『In Reverse』の裏ジャケでちらっと上半分だけ素顔を見せて以来、アルバムジャケットの表にも裏にも彼のポートレイトが載ることがなくなってしまったことだ。マシューのことを知っている人なら想像はつくだろうけど、彼の風貌の変化がその理由だろう。なにしろ、86年のソロ・デビューアルバム『Inside』でのこの好青年が、
Inside.jpg

06年の前作『Under The Covers Vol.1』でのスザンナと一緒のプロモ写真ではこうだからね…
Sweet Hoffs.jpg

書く曲が変わらないとかよりも、これだけ太っても声が全然変わらないってのが、ある意味凄いと思う。
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2008年09月06日

待望! - Glenn Tilbrook / Squeeze

またおととしの話になるけど、この記事とかこの記事とかこの記事とかこの記事とかこの記事でさんざん僕が騒いでいたことを憶えている人もいるだろう。その年僕のブログで最も多くの回数取り上げられることになり、彼の一連のコンサートが僕にとって06年の最大の音楽的なイベントとなった、あのグレン・ティルブルックがまた日本にやってくることになった。

日程と公演地は、

  1月10日(土)吉祥寺 Star Pine's Cafe
  1月11日(日)吉祥寺 Star Pine's Cafe
  1月12日(祝)吉祥寺 Star Pine's Cafe
  1月13日(火)横浜 Thumbs Up
  1月15日(木)名古屋 TOKUZO
  1月16日(金)京都 Irish Pub Gnome
  1月17日(土)大阪 Shangri - La

前回は東京だけでの5回公演だったが、今回はなんと横浜、名古屋、京都、大阪も含めた全7回公演。falsoさんも今度は行けるだろうか。

詳細はこちら。今日の午前0時に発売開始になったばかりだから、今ならまだわりと早めの整理番号がゲットできるかも。僕も既に複数日分予約したから、これを読んで行くことにした人とは、どこかの会場で会えるかもね。

彼のライヴがどんなに楽しくて、毎日違う内容だからファンなら何回でも通う価値のあるものだというのは、去年のライヴ評に書いたとおり。

今年の初頭だかに出るという話だった新しいソロアルバムはいまだに完成していないようだから、マテリアル的には2年前から大きな変化はないかもしれないけど、彼自身にはこの2年間に大きな変化があったはず。おそらくソロアルバムのリリースが遅れていることもこれが原因だと思われる、去年7月のスクイーズの再結成だ。

もともと彼がここ数年ずっとソロで演っている理由も、長年のチームメイトだったクリス・ディフォード(Chris Difford)との関係がちょっとぎくしゃくしたからだったということらしいけど、一昨年の東京公演の際にはその場でクリスに電話をするなど、「なんだ、仲いいんじゃない」と思わせてくれる展開もあった。それが、その一年後には、ほぼ10年ぶりとなる再結成につながった。

再結成とはいえ、彼ら二人以外には重要メンバーは戻ってきていないんだけど、まあとにかく僕たちファンにとっては、グレンとクリスが一緒に何かを始めてくれたということが一番の大きなニュース。話によると、新しいスタジオ盤も作り始めていて、来年のリリースになるらしい(グレンのソロは一体いつになるんだろう)。

当初その再結成は、スクイーズの旧譜の再発を記念しての、UKとアメリカだけでの単発の企画だったと思ったんだけど、スクイーズのホームページを見ると、今月になってもまだツアーが続いているね。これを年内ぐらいまで続けてから解散し、1月にはソロで来日、ということなんだろうか。そういうことなら、いっそクリスにも一緒に来日してほしかったとつい欲が出てしまうんだけど…



数年前からのスクイーズの旧譜再発プロジェクトは、6月8日の記事で取り上げた名盤『Argybargy』期のライヴ録音とか、発掘音源が次から次へと出てくるという嬉しい展開になっている。そんな発掘音源がまた最近ひとつ発売されたので、早速入手した。エコ月間だけど、買わないといけないものは買う。

The Complete BBC Sessions.jpg Squeeze 『The Complete BBC Sessions』

メジャー・デビュー前の77年8月から、『Some Fantastic Place』発表後の94年まで、17年間、計8回にわたるBBCでのスタジオ・ライヴ録音の集大成だ。2枚組で全29曲というかなりのボリューム(「Pulling Mussels (From The Shell)」と「Labelled With Love」がメドレーで一曲としてカウントされているので、実際には30曲ある)。

前半には、ファーストアルバム以前のEPからの曲や、当時の未発表曲も何曲か入っており、きっと当時の彼らのコンサートはこんな曲をこんな順番で演奏してたんだろうな、と思わせてくれる。

中盤(89年)は、アコースティック・ギターだけでグレンとクリスが歌う『Frank』期からと過去の名曲。おととしのグレンの東京公演と同じスタイルだけど、やっぱりクリスの声が入ると、長年のファンとしてはちょっと感傷的になるね。

後半(2枚目)は短いスパン(92年〜94年)に4回の録音だから、結構同じ曲がダブって収録されている。「Some Fantastic Place」と「Third Rail」が2回ずつ、「Tempted」が3回。それぞれアコースティックとバンド形式とか、「Tempted」はオリジナル通りポール・キャラック(Paul Carrack)が歌ってるヴァージョンとグレンが歌ってるのとか、微妙に違うアレンジが楽しめる(そういうのを楽しめる人は、ってことだけどね)。

他には、国営放送で放送禁止用語規制が厳しかったのか、ファーストアルバム1曲目「Sex Master」はサビのところの歌詞を“Evil Master”と変えて歌っているとか、

セカンドアルバムではクリスがリード・ヴォーカルをとっている「The Knack」を、そのアルバムの発売前になるこの78年の録音ではグレンが歌っていて、アルバム収録までの間に一体何があったんだろうと想像させてくれたりとか、

アルバム『Frank』が出た直後のはずの89年10月録音の「Melody Motel」(『Frank』収録曲)を、オリジナルとは全然違う歌メロで歌っていてびっくりしたとか、

さっき書いたヴァージョン違い以外にも、オリジナルを聴き込んでいる人ならより深く掘り下げて楽しめる内容になっているよ。ライナーも、マニアックな情報をきっちり網羅しながらも読みやすい(かつ感情のこもった)文章で好感が持てるしね。欲を言えば、『Argybargy』からの曲が「Pulling Mussels」一曲しか入っていないことか。

彼らがBBCに出演した記録を全部は知らないんだけど、録音時期が78年から82年までぽっかり飛んでいて、全盛期の『Cool For Cats』〜『Argybargy』〜『East Side Story』期にBBCに全く出ていないとも思えないので、“The Complete”というタイトルとは裏腹に、その時期の録音がまた後で出たりするのかな。



全7日間の公演のうち、少しでも行ける可能性のある日のチケットはとりあえず全部押さえた。あとは、その週に出張や大きな会議がぶつかったりしないように、てるてる坊主とかわら人形とか作ってお祈りしておくだけ。

東京での会場、Star Pine's Cafeは、昔スラップ・ハッピーの来日公演で一度だけ行ったことがあるけど、なかなかいいハコだった記憶がある。もう今から楽しみでしょうがないよ。また前回みたいにリクエスト箱が用意されるのかな。前回一度も演奏しなかった曲とか、昔のアルバムで忘れ去られている曲とか、シングルB面曲とか、家にあるCDやレコードを全部おさらいして、リクエストしたい曲を今からリストアップしておこう。こんな楽しい気持ちがこれから4ヶ月も続くのか。うれしいな。
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2008年08月23日

エコ月間レビュー - Josh Ritter

CD買い過ぎの何が悪いって、金がかかるとか家の中のスペースがCDに占領されていくとかいった物理的な弊害はさておき、最悪なのは、せっかく買ったCDをちゃんと聴く時間がないということ。一体自分は何のためにCDを買ってるのかという、シンプル且つ根本的な質問にたどり着くには、それほど出来のいい脳ミソは必要なかった(そこにたどり着くのに相当の時間がかかったことはさて置き)。

年間400枚だとか600枚だとか買っているCDのうち、第一印象がイマイチだったり、一緒に入手したものがとんでもなくよかったりしたために、つい1〜2回聴いただけでラックにしまいこんでしまったようなものも沢山ある。なんとももったいない話だけど。

新しいCDを次々に買う前に、そういうCDをちゃんと聴き直してみよう。ちょっとしばらく、よほどのことがなければ、新しいものを買うのは控えよう。聴き直した結果、どうしても気に入らなければ手放そう。当たり前のことばかり書いてるようだけど、こうして僕のエコ月間が始まった。いつまで続くかわからないけど、とりあえず今月に入って買ったCDは今のところまだ2枚。まだ一週間あるから最後までどう転ぶかわからないけど、ひと月に5枚も買わなかったのなんて、記録によると、2003年の3月以来、約5年半ぶりのことだ。

というわけで、最近自分のCDラックから掘り出してきて、やたらと気に入って聴き続けているのが、これ。

The Historical Conquests.jpg 『The Historical Conquests Of Josh Ritter』

最初に2006年11月17日の記事で取り上げ、その後2006年度の個人的ベストアルバムの第八位に選出した、このジョシュ・リターの前作『The Animal Years』を聴かれた方はどれぐらいいるだろうか。

まあ、その年610枚買ったCD類の中で第八位に選ぶぐらいだから、僕がそのアルバムをどれぐらい気に入っていたかは想像に難くないと思うが、そのアルバムに続く彼の5枚目となるフルアルバムが発売されたのは、去年の後半のこと。僕がそれを入手したのは、去年の10月、今となっては懐かしいリアル・グルーヴィーにて。

僕にしては珍しく新譜でこれを入手した理由は、当然その前作をそれだけ気に入っていたからこの新作にも充分期待していたということと、それが初回限定2枚組だったからということ(マサさん、読んでますか?)。

ところが、僕が前作を気に入っていた理由のひとつが、アイアン&ワインの『The Shepherd's Dog』の記事にも書いたとおり、その両方のアルバムのプロデューサーであったブライアン・デック(Brian Deck)による、硬質ながらも繊細な音作りにあったのだが、別のプロデューサーの手になる今回のアルバムの音が、去年の10月の僕にはちょっと散漫でとっ散らかったように聴こえてしまった。

よくよく聴き直してみると、このアルバムがとっ散らかったように聴こえるのは、アルバムの大部分を通低音のように流れている、ピアノやパーカッションやヴァイオリンによる様々な装飾音のせい。それらはほんの小さなボリュームで曲中や曲間のあちこちにちりばめられているのだが、曲のリズムと無関係に鳴り出すそれらの音が、ときには効果的に、ときには意表をついて流れ出すのが、今となってはとても面白い。

ストイックなブライアンの音作りとはかなり違うが、このある意味刺激的なプロデュースをしたのは、前作『The Animal Years』でも“ピアノ、オルガン、シンセサイザー、効果音”を担当していたSam Kassirer(発音がわからない)。

AMラジオから流れてきたかのようにリミッターがかかった狭い音域のまま、初期のスプリングスティーンばりに弾丸のごとく言葉を紡ぎだす一曲目「To The Dogs Or Whoever」を皮切りに、次から次に出てくる曲の全てが粒より。ありとあらゆるソングライターの名前を列挙して褒め称えた前作に収められていた曲よりも、全体的には今回の方が上出来かもしれない。とんでもなく綺麗なメロディーというわけでもないんだけど、一つ一つ特徴のある曲が、きちんと前後の曲とメリハリをつけられて並んでいるので、全然飽きずに聴いていられる。

さっきも書いたように、ほんのささやかな通低音を伴って、まるでメドレーのように繋がっているそれらの曲が、7曲目の美しいインストゥルメンタルの小品「Edge Of The World」で、まるで森の中をあちこちから流れてきた湧き水が小さな泉に注ぎ込むように集約される。おそらくここが、LPでいうとA面のラスト。

LPならB面の頭にあたる「Wait For Love」という幻想的な曲は、このアルバムのラスト「Wait For Love (You Know You Will)」でシングアウトっぽくリプライズされるという構成になっているのだが、それ以外にも、ラスト一曲前「Empty Hearts」に“And we sing to the dogs or whoever”と、アルバム一曲目の題名がこっそり歌い込まれていたり(一曲目にはその歌詞はない)、あげくは前作でのキーワード「狼」がここにも再登場するなど、ちょっとプログレ者の心をくすぐるような凝った展開が楽しめる。


そんなわけで、さらっと聞き流しただけで済ませていた、こんなに優れたアルバムを再発見することができて、自分内エコ月間もまんざらじゃないと思っている次第。ただ、あまりにこのアルバムを気に入ってしまっているため、ここ数年、フルアルバムの後に必ずそのアルバムに伴うツアーを収めたライヴ・ミニ・アルバムを出している彼の最新作『Live At The 9:30 Club』を買いたくてうずうずしているんだけど、どうしよう…


<8月27日追記>

Josh bunkai.JPG
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2008年08月16日

未来の隠れた名盤 - Gary Louris

Vagabonds.jpg Gary Louris 『Vagabonds』

発表後ずいぶん経ってから、隠れた名盤みたいな扱いでひっそりと話題になったり再発されたりする類のアルバムがある。僕は洋楽を聴き始めたのが70年代の終盤だったので、実際にそれらが発表されたときにどれくらい売れたのかはよく知らないけれど、ボビー・チャールズ(Bobby Charles)の71年盤やアーニー・グレアム(Ernie Graham)唯一のアルバム、ランバート&ナティカム(Lambert & Nuttycombe)の『At Home』などは、発表後何年も経ってから突然に、あるいは何十年もかけて徐々に評価を高めていったようなアルバムなんだろうと思う。

元ジェイホークス(The Jayhawks)のヴォーカリスト兼ギタリスト、ギャリー・ルーリス(Gary Louris)のソロ・アルバムを聴いて、なんとなくこれも、そうやってきっと西暦2030年頃に、“08年発表の隠れた名盤”なんて感じで扱われそうなアルバムに思えてきた。

あ、例によってうちのブログのどうでもいい決まりごとに基づいて、ギャリー・ルーリスなんて書いてるけど、普通はこの人の名前はゲイリー・ルーリスと表記されるね。でもGaryって、ギャリー、もしくはゲアリーって書いた方が本来の発音に近いと思うから。コメント欄ではご自由な表記でどうぞ。

ギャリー自身を含む参加メンバー5人の楽器編成は、ギター、ベース、ドラムス、キーボードという標準的な4人とペダル・スティールだというところから、ジェイホークスを知らない人でも、ある程度このアルバムがどういう傾向の音なのか想像がつくだろうか。ちなみに、ベーシストはバンジョーとオルガンも演奏しているし。

一般的にはオルタナ・カントリーなんて呼ばれることの多かったジェイホークスよりも(実際僕にはどこがオルタナティヴなのかどこがカントリーなのか今いちよくわからないんだけど)、もっとシンガー・ソングライター然とした、落ち着いた佇まいのアルバム。僕にとってなによりも嬉しいのは、ジェイホークス以来まったく変わることのない、ちょっと高めでちょっとハスキーな彼の声。

マーク・オルソン(初期)、ティム・オリーガン(後期)といった、共に優れたソングライター達と一緒に曲を書いていたジェイホークス時代の名曲群に比べると、若干単調さは否めないものの、ここには(一部で)惜しまれながら解散してしまったジェイホークス・その後といっても過言ではないような佳曲が収められている。

派手なギター・ソロや、きらびやかなフレーズがあるわけではないが、滋味のあるいい曲を、淡々と演奏しているだけのアルバム。さきほどの残り4名のバンド・メンバーは僕の知らない人ばかりだけれど、ジェイホークス譲りの分厚いコーラスを受け持つのは、このアルバムのプロデューサーでもあるクリス・ロビンソン(ブラック・クロウズ)、元バングルス(というか、僕のブログではマシュー・スウィートとのプロジェクトのアルバムが06年ベスト20に選ばれた人と言った方が通りがいいかも)のスザンナ・ホフス、なんでまだこのブログに取り上げられていないんだかよくわからないライロ・カイリーのジェニー・ルイス、そしてこちらは06年12月の記事で取り上げ済みのジョナサン・ライスなど、多彩なメンバー。

こうしてブログに取り上げるのはすっかり遅くなってしまったけれど、発売後既に半年が経つこのアルバム、とても売れているとは思えないが(ちなみに日本のアマゾンでは今日現在ランキング12万位台、アメリカだと1万2千位台)、さっき書いたように、そのうち誰かにぽつぽつと語り継がれていって、すっかり忘れ去られた頃に再評価されることを期待するよ。というぐらい、埋もれてしまうには惜しい出来映えのアルバム。このブログが、果たして数十年後の再評価の一端を担えるかどうか。


というところで、前回に引き続いて、最新アルバムをダシに過去の名盤を紹介するコーナー。ジェイホークスといったって、きっと一般的にはほとんど無名に近いと思うし、僕のブログでも過去一回か二回名前が出てきただけだと思うから、このブログを定期的に読んでくださっている方のほとんどには何がなにやら状態だろう。

確かこのブログで最初に彼らのことに触れたのが、yascd002。そう、そこにも書いたね、僕曰く、“アメリカ音楽の良心”。有象無象のバンドと一緒くたにされてオルタナ・カントリーなんて呼ばれ方をされていたけど、奇をてらわないベーシックなロックを、(きっとそれがカントリー呼ばわりされることになった原因である)バンジョーやペダル・スティールなどのアーシーな音を織り交ぜ、ふくよかなハーモニーに乗せて演奏する、素晴らしいバンドだった。そして、なによりも彼らの書く曲は一級品だった。

Rayny Day Music.jpg The Jayhawks 『Rainy Day Music』

きっと彼らのファンには、マーク・オルソン在席時の初期のアルバムの方が受けがいいんだろうけど、僕にとっての一枚はこれ。結果的に彼らのラスト・アルバムとなった03年の『Rainy Day Music』。ギャリーとマシュー・スウィートとの共作「Stumbling Through The Dark」をオープニングとエンディングに配し、これでもかというような名曲が次から次へと収められている。なんといっても、アルバム2曲目「Tailspin」は、僕の“今世紀に入って最も格好よかった曲の殿堂”に最初に収められた曲だから。

この時期既に正規メンバー3人になっていたジェイホークスと共にアルバムに参加していたのは、僕がプロデューサーとして大評価しているイーサン・ジョンズ(レイ・ラモンターニュのアルバムの記事参照)、前述のマシュー・スウィート、クリス・スティルス(スティーヴン・スティルスの息子)、ジェイコブ・ディラン(ボブ・ディランの息子)、そして、元イーグルス(という呼ばれ方は既に彼にとっては不本意だろうけど)バーニー・レドン等々、錚々たるメンバー。

シンプルなジャケもいいし、これはアメリカ音楽好きなら持っていて決して損はしないアルバム。あ、ちなみに僕が持っているのは、デモやライヴ録音など6曲を収めたボーナスディスク付きの2枚組限定盤。と、いつものようにとりあえず自慢してからこの記事を終えよう。
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2008年08月09日

名脇役一代記 - Nils Lofgren

The Loner.jpg Nils Lofgren 『The Loner - Nils Sings Neil』

僕が世界で二番目に好きなギタリスト、ニルス・ロフグレンからこんなのが届いた。盟友ニール・ヤングの曲を取り上げ、アコースティック・ギターとピアノで弾き語ったアルバム。冒頭の「Birds」、「Long May You Run」といった有名曲から、マイナーなライヴ盤『Time Fades Away』収録の「Don't Be Denied」といった地味な曲まで網羅した、全15曲。去年のブルース・スプリングスティーンとのマジック・ツアーに出る前に、自宅で録音したものらしい。

上のジャケにも写っているマーティンD-18は、1970年リリースのニールの傑作『After The Gold Rush』の内ジャケに写っているものと同じギター。弱冠17歳でそのアルバムにギタリスト/ピアニストとして参加したニルスに、ニールがお礼としてあげたものだそうだ。

三つ折紙ジャケの内側に(何故か合成写真風に)写っているグランド・ピアノは、ニルスの奥さんが16歳のときに亡くなったという彼女のお父さんのものだったハードマンの5フィート・ベイビー・グランド。僕はピアノのことはあまり詳しく知らないんだけど、相当年期の入ったものみたいだね。とにかくこのアルバムで使われているのはその二つの楽器のみ。

ニルス・ロフグレンのファンというのがこの世にどのくらいいるものなのか見当もつかないけど、その人たちはきっと一人残らずニール・ヤングのことも好きだろうから、その人たちにとってはこのアルバムは何の躊躇もなく「買い」だろう。

逆に、世界中に何万人(何十万人?何百万人?)もいるであろうニール・ヤングのファンは、この人のことをどれだけ知っているんだろう。そういう人たちにも聴いてみてほしい作品。

僕もいっぱしのニール・ヤングのファンのつもりだけど、この15曲の中には知らない曲もあったんで、ちょっとオリジナルの出典を調べてみた。

1. Birds (『After The Gold Rush』 Neil Young 1970
2. Long May You Run (『Long May You Run』 The Stills-Young Band 1976
3. Flying On The Ground (『Buffalo Springfield』 Buffalo Springfield 1967
4. I Am A Child (『Last Time Around』 Buffalo Springfield 1968
5. Only Love Can Break Your Heart (『After The Gold Rush』 Neil Young 1970
6. Harvest Moon (『Harvest Moon』 Neil Young 1992
7. Like A Hurricane (『American Stars'n Bars』 Neil Young 1977
8. The Loner (『Neil Young』 Neil Young 1969
9. Don't Be Denied (『Time Fades Away』 Neil Young 1973
10. World On A String (『Tonight's The Night』 Neil Young 1975
11. Mr. Soul (『Again』 Buffalo Springfield 1967
12. Winterlong (『Decade』 Neil Young 1977
13. On The Way Home (『Last Time Around』 Buffalo Springfield 1968
14. Wonderin' (『Everybody's Rockin'』 Neil Young 1983
15. Don't Cry No Tears (『Zuma』 Neil Young 1975

それぞれの曲の後ろにつけた年数を見て気づいたのが、40年以上に及ぶニール・ヤングのキャリアの、かなり初期の曲ばかりを、このアルバムでは扱っているね。

バッファロー・スプリングフィールドの曲を中心に、60年代の曲が5曲。ニルスが初めてニールのレコーディングに参加した記念すべき『After The Gold Rush』を始め、ニール全盛期である70年代から8曲。ニール迷走期として有名な80年代からは、なんとロカビリー・アルバム『Everybody's Rockin'』の曲をアコースティック・ヴァージョンで。そしてニール第二の充実期であったはずの90年代からは、わずか1曲だけ。

個人的には、もう少しバランスの取れた選曲をしてほしかったのが正直なところ。特に僕が彼のことを聴きはじめた70年代後期〜80年代前半や、第三の充実期と言っても過言でない最近の曲も、もう少し取り上げてほしかったな。

Nilsson Sings Newman.jpg自分自身優れたソングライターでもあるニルスがあえてニール・ヤングの曲だけで構成したアルバムのこの『Nils Sings Neil』というタイトルは、同じく素晴らしいシンガー・ソングライターであるニルソンが友人ランディー・ニューマンの曲のカバーだけで作り上げた素朴な名盤『Nilsson Sings Newman』を意識したに違いない(イニシャルのNまで揃えるために、本家が使った苗字でなくあえてファースト・ネームを使っているところに工夫が伺える)。あちらはランディー・ニューマン自身がピアノを演奏しているのに比べ、このアルバムには、ソングライター本人のゲスト出演がないのがちょっと残念。

約一時間にわたって堪能できる、ちょっとフラット気味に歌うクセのあるニルスの優しい歌声と、ゆるぎないアコギのテクニック。柔らかい音色のピアノ。こういう世界にしみじみと浸りたいときには最適なアルバム。

ただ、ニール・ヤングの曲って以外とワンパターンなところがあって、例えば、ここでの「Flying On The Ground」と「Harvest Moon」のイントロなんて、同じ曲かと思ってしまうほど。ニールのオリジナルは全然違うアレンジで演奏されていたから気づかなかったんだけどね。そんなわけで、一時間にわたって聴いていると、ちょっと単調に思えてくる瞬間もあったりする。できれば、「Like A Hurricane」や「The Loner」なんかは、オリジナルに忠実なエレクトリック・スタイルで演ってほしかったもの。


そんなちょっとした不満とも言えない不満を解消するために引っ張り出してきたのが、06年からずっとブログに取り上げよう取り上げようと思いながら(2回言う)今まで取りこぼされてきた、今回の企画盤を除けば今までのところ彼の最新スタジオ録音作。

Sacred Weapon.jpg Nils Lofgren 『Sacred Weapon』

ここ数年、いまいちぱっとしないアルバムや発掘ライヴ盤が多かった彼の、久々の会心作。アルバム出だしの彼お得意のハーモニクス奏法も鮮やかな、スローバラッドからゴリゴリのロックまで、バラエティに富んだ内容。1曲目にウィリー・ネルソン、10曲目にクロスビー&ナッシュをゲストシンガーに迎えるという、アメリカ音楽のオールド・タイマーにはちょっと嬉しい展開もある。

1951年生まれの彼がこのアルバムを作ったのは、もう55歳になろうとする頃か。ちょっと背の低いその風貌から、いつまで経ってもギター小僧呼ばわりされることもある彼だけど、50過ぎて「小僧」もないよね。若い頃はステージでギターを持ったままトンボ返りなんてしてたらしいけど、さすがにそれはもうやめておいた方が…(でも彼のサイトを見ると、いまだにそれがトレードマークになってたりして)。


いくら内容がよくても、ちょっとこのジャケは…という方には、これを薦めるよ。今を遡ること二十数年、記録によると大阪の中古レコ屋で1000円で手に入れたこのLPが僕の彼との出会いだった。

1+1.jpg Grin 『1+1』

このジャケはこのブログのどこかで見たことがある人もいるかもしれないね。1971年、ギター小僧がまだ20歳だった頃の作品。十数年遅れで同じ歳になった僕がふとした経緯でそうやって安価で入手し、それ以来何十年経っても僕の無人島レコ候補から外れない一枚だ。これを聴いていた頃の自分の感情といったものも多分に加味されてはいるんだろうけどね。でも、地味ながら聴き応えのあるアルバムを何枚も発表している彼の作品の中でも、最高傑作の部類に入るのは間違いない。


ヒット曲なんて一曲たりとも作れないかもしれない。でも、ギターを弾かせても、歌を歌わせても、曲を作らせても、聴く人が聴けばわかる明らかな才能がある。彼の曲のタイトルになぞらえて言えば、“Shine Silently”‐人知れず静かに光り輝いている才能を持った人。彼は、ニール・ヤングのサポートをすることで光り輝いていた。そして今は、ブルース・スプリングスティーンのバンドには欠かせない一員だ。どんなスーパースターよりも名脇役に惹かれてしまう僕みたいな人にとっては、こんなに魅力的な人はいない。そして、その彼がいまでもこうやって気持ちのいいアルバムを届け続けてくれていることが嬉しい。

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2008年08月03日

CD増殖予定表 - Jason Mraz

We Sing, We Dance, We Steal Things.jpg Jason Mraz 『We Sing, We Dance, We Steal Things』

そのうちブログに取り上げようと思いながらも、なんやかんやで後回しにされているアルバムの一枚。正直に告白すると、最初に聴いたときから凄く気に入って、何度も聴いているのに、どうにも記事にしにくいアルバムではある。何故だかわからないけど。そうこうしているうちにLunaさんが一年前の記事を発掘してコメントをくださったので、これを機会に何か書いてみよう。短めにね。よく見れば、去年の記事もちょうど8月3日。何の脈絡もないけれど、これから毎年8月3日は僕の中ではジェイソン・ムラーズの日ということにしよう。

最初は何の冗談かと思ったこのデジパックのジャケに包まれていたのは、まぎれもないムラーズ印の良質ポップ12曲。相変わらずの早口言葉ソングから、超絶ソプラノ、しんみりバラッドまで、前作から3年のブランクを微塵も感じさせない磐石の出来。

ホーンが豪華なオープニング「Make It Mine」も、元カノ トリスタン・プリティマンのお株を奪うような心地よいサーフ系「I'm Yours」もいいけれど、僕は「Love For A Child」や「If It Kills Me」、「A Beautiful Mess」などのスロー・バラッドが今のところのお気に入り。

フジロックに参加ついでに先週単独公演もあったんだけど、残念ながら出張に重なっていたために、僕はそれには行けなかった。こっそり大阪公演に行かれたLunaさんにそのあたりのレポートをコメント欄で披露してもらうとして(多重人格ブログには書かれないのですか?)、行けなかったその他大勢の僕たちは、彼のマイスペースにアップされている「Love For A Child」の録りたてほやほやの大阪公演でのライヴ録音を楽しんでいよう(いつまで聴けるかわからないので、興味のある人は急いで)。大阪公演なのにわざわざ曲が終わったときに「メルシー・ボクー」とか言ってるし(笑)。日本での思い出を写真と一緒に綴った彼のブログもちょっと面白いよ。

しばらく前にマサさんがブログの記事にされていたEP、CD屋に行くたびに買おうかどうしようか迷っているんだけど、やっぱり買うべきかな。2枚とも、4曲ずつぐらいしか入ってないくせに、2000円近くするんだよね。痛いよな。でも、この人のこういう貴重盤、意外と再発も日本盤化もされずに高値で取引されることが多いからね。オリジナル・アルバムはかなりクタクタな値段で中古屋に出回るんだけどね。

そう、去年彼のことをよく知るようになる前は、僕も中古屋で結構な安値で出回っている彼のCDを見かけるたびに、どうせこんなハンサム君はすぐ消えるんだろうと思っていた。彼自身、前作『Mr.A-Z』に収録されていた「Wordplay」という早口ラップ曲で、“どうせみんな俺のことを一発屋やと思ってるんやろ。なんとかせなあかんな”と自虐的に歌っていたように。

だけど、これまでの全てのアルバムを聴いて、ダウンロード・オンリーのライヴ録音を聴いて、そして、この新作を聴いて、最早そんな気持ちは欠片も残っていない。アルバムの豪華なプロダクションと、ヒュー・グラント似の甘いマスクと、アトランティックというメジャー・レーベル発なのが邪魔をして、どうしても色眼鏡で見られてしまうところがあるのは仕方ないけれど、この陽気なエンターテイナーが今この時代にもっとも優れたシンガー・ソングライターの一人なのは間違いないと思うよ。

僕の買ったUS盤はエンハンスドCD仕様になっていて、PCに入れると、30分近くにも及ぶ、ヨーロッパ・ツアーの様子とジェイソンのインタビューを中心としたドキュメント・ビデオが観られる。あと「Make It Mine」のPVも。かつてのシングルB面曲だった「I'm Yours」がどうしてこのアルバムに収録され、新たにシングル・カットされることになったのかについて話していたり、ライヴ中にファンと携帯で話し、その携帯をひざの上に置いて「この曲は君と君のガールフレンドに」とか言って「Live High」を歌い始めたりと、話している内容が全てはわからなくても、興味深く観られるビデオ。完奏している曲はないが、僕は「Plane」のスローなヴァージョンを聴いてちょっとほろっときたよ。

実は中古で手に入れたこのUS盤、もし聴いてみて内容がよかったら、ボートラ入りの日本盤に買い換えようかと思っていたんだけど、どうやら日本盤はCDエクストラ仕様で「I'm Yours」のPVが入っている様子。なんだよ、それじゃ日本盤を入手しても、このUS盤を手放せないじゃないか。結構華奢な作りのこのデジパック、あまりに何回もCDを出し入れしているために、端のほうが破れてきたんで、買い換えるのにちょうどいいと思っていたのに。また買い増しか…
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2008年07月27日

生涯現役 - Raspberries

Live On Sunset Strip.jpg Raspberries 『Live On Sunset Strip』

懺悔その1:このかっこいいジャケを僕が初めて目にしたのは、確かリアル・グルーヴィーだったから、少なくとも去年の11月以前のことだ。実際にいくらだったかは忘れてしまったけど、DVDを含んだ3枚組のそれは、ちょっと欲しいなと思った気持ちを打ち消すに十分な値段だった。そのアルバムを、先日(結局それほど安くなったわけでもないけど)ようやく入手。早速聴いてみたら、ほんのちょっとのお金をけちって半年以上もこれを聴かずにきた自分を責めたくなるような内容だった。

主に僕のブログだけから音楽の知識を仕入れている一部の方々は、もう2年近く前になるyascd002に取り上げられていたことで、このグループ名を記憶されているかもしれない。その記事のコメント欄で、当時まだLoonyという枕詞が付いていたLunaさんが好きだと仰られていた、ラズベリーズ。これは、彼らが2005年にオリジナル・メンバーで30年ぶりに再結成したときのライヴ録音だ。CDのディスクも綺麗なラズベリー色。

「Go All The Way」や「Overnight Sensation」をはじめ、ヒット曲満載。驚きもないけれど、破綻もない。完璧なショーを完全収録した、極上のパワーポップがCD2枚にわたってぎっしり詰まった、ジャケ同様、最高にかっこいいアルバムだ。フーの「I Can't Explain」とロック・クラシック「Needles And Pins」のカバーも、彼らのオリジナルかと見紛うほどしっくりきている。

あちこちで見かけたレビューでは、エリック・カルメンの声が現役時代と比べて苦しそうだとか書いてあったけど、どこの誰が60近くになって、20歳の頃と同じキーで歌えるというんだ。現役時代の瑞々しい声を聞きたければ、当時のLPでも再発されたCDでも聴けばいい。それよりも、どういう経緯で再結成されたのかは僕は知らないけど、一時は不仲説もあったというエリックとウォーリー・ブライソンを中心に、オリジナル・メンバーが4人揃って、こんなに活き活きとしたライヴ録音を残してくれたことの方が、僕は嬉しいよ。

昨日本屋で見かけた、若き日のジョニー・ロットンが表紙に載ったクロスビートに「再結成の功罪」という特集があった。中身までは読まなかったんだけど、きっと今週〜来週にかけて日本にこぞって来ているセックス・ピストルズやヴァーヴやマイ・ブラディ・ヴァレンタインに絡めた話が載ってるんだろうね。ピストルズの再結成なんて、功罪の「罪」の最たるものだと想像がつくんだけど、きっとクロスビートには取り上げられていないこのラズベリーズの再結成(僕が聞き逃していたせいで、もう3年も前の話になるんだけど)は、うまくいった再結成の好例にあげられるんじゃないだろうか。

音楽的には僕の好みど真ん中だけど、世代的に僕には少し早すぎた彼ら。同傾向のバンドでいうと、僕の世代ジャストミートだとナック。少し後にはポウジーズとかね。極甘のメロディーを場違いなほどハードに演奏する、どういうわけかあんまり売れないところまで共通した、最高のバンドたち。実は、僕がラズベリーズのことを知ったのは、自分が音楽を聴き始めてからも結構後のことになる。

僕の世代だと、ラズベリーズという名前よりも、「All By Myself」という激甘ピアノ・バラッドを歌う甘いマスクのエリック・カルメンの方を先に知るのが普通だったから、ロックを聴き始めた中学生としては、そんなものは真っ先に避けて通るべき対象だった。カルメンという名前がピンク・レディーを即座に連想させたのも(彼のせいではないけれど)、77年以降の日本では彼にとって逆風だったかも。とにかく、あのエリック・カルメンが昔在席したバンドなんて聴く必要もないと、僕はずいぶん長い間思い込んでいた。これが、懺悔その2だ。

僕の買った3枚組の3枚目は、5曲入りDVD。このライヴから5曲を選ぶならこれだろうと誰もが思う、まさにベスト・オブ・ベスト的内容。若いころはあんなにハンサムだったエリックが、まるで白髪のみのもんたみたいに顔中しわくちゃにして、実に楽しそうに歌っているのがいいね。パンパンに太ったウォーリーが、コンサートのオープニングで歌ったはずの「I Wanna Be With You」でも、アンコール最後の「Go All The Way」でもずっとガムを噛みながらコーラスを入れてるのがやけに気になる。2時間ずっと同じガム?とっくに味なくなってるでしょ。あるいは、次から次へと新しいガムを噛んでる?そんなにガム好き?とか。

「Ecstasy」のあのリフは12弦で弾いてたのか、と発見したのも嬉しい。ジミー・ペイジ風のギブソン・ダブルネックを持ったウォーリーが、その曲で6弦の方からさっと12弦に持ち代えるところがかっこいいね。

YouTubeで、その5曲のサワリだけを編集したビデオを見つけたよ。投稿者を見たら、ラズベリーズオンライン。ああ、これは正規のプロモ・ビデオだね。6分半と長いけど、ちょっとこのゴキゲンなベスト・オブ・ベスト(・オブ・ベスト)を観てみて。


さっき驚きも破綻もないなんて書いたけど、そんなに目を引くことをやっているライヴじゃないんで、僕が買った5曲入りぐらいの量がちょうどいいのかも知れない。ライヴDVDはいろんな人のをたくさん持ってるけど、1時間半とか2時間とか、なかなか集中して観てられないことが多いからね。

実はこのアルバムも、初回300枚限定でコンサートを全て収録したDVDの入った特別バージョンの3枚組が存在してたことも知ってたんだけど、それは即座に売り切れていたというので、「欲しかったな」というなんでも完璧に揃えたがる自分の気持ちと、「$125もする、どうせ何回も通して観るわけでもないそんなDVDは、自分が気づく前に売り切れていてよかった」という気持ちが複雑に絡み合っていた。

とか書きながら何気なくラズベリーズのオフィシャルサイトを覗いてみたら、あっ!特別バージョンが再プレスされてる!どうしよう…マサさんにでも相談してみようか(買う気ですね?)。

そのサイトには、去年の11月にこのライヴ盤が収録されたのと同じサンセット・ストリップのハウス・オブ・ブルーズでのライヴ・クリップがアップされているところを見ると、きっと彼らまだ地道に再結成を続けているんだね。バンド、ソロを通じて、鳴かず飛ばずの時期も長かった彼ら、この勢いでずっと生涯現役で続けていってほしいね。日本にも来てくれないかな。懺悔のつもりで、毎回観に行くのにな。


<8月2日追記>
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2008年07月22日

暑中お見舞い - Sigur Ros

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Sigur Ros 『In A Frozen Sea』

暑いね。NZに移住する前はたいがい赤道直下の国に住んでいたんで、湿度の高い暑い夏には慣れっこのつもりでいたんだけど、この日本の夏の湿気はほんとに格別だよ。

いつも徘徊している友達のブログで「冷え冷え選手権」という企画をやってるのを見て、さむーい親父ギャグをそこに書き込むよりも、うちならではの呼応企画が何かできないかなと思い立って書き始めたのがこれ。まあ、おとといの記事があまりにも文字満載で暑苦しいんで、ちょっと軽めのを持ってこようかなと思ったというのもある。なので今日は文字数少なめ(のはず)。ブログのスキンの色だけは涼しげなものに変えられないのは申し訳ないけどね。うちのアイデンティティーなもので。

10月にめでたく再来日の決まったシガー・ロスの、7枚組LP『In A Frozen Sea: A Year With Sigur Ros』。いまやアイスランドを代表するグループに成長した彼らの、セカンド・アルバム『Agaetis Byrjun』から、サード『( )』、フォース『Takk』までの3枚のアルバムに、12インチでは未発表の『Smaskifa』を追加したもの。

音源としては殆どのアルバムを既にCDで持っていたので、ダブりもやむなしかな、でもこんなのすぐに廃盤になるし、記念に買っておくかなと思い、5000枚限定のこのセットがそう易々と手に入るものでもないかと思いながらも、駄目モトで某ネットショップで注文したものが、適度の紆余曲折を経たのちに、無事我が家に到着。

内容?もしあなたがシガー・ロスを聴いたことがないなら、こんな高いものから手を出す必要はない。最近出たばかりで評判のいいニュー・アルバム『残響』を聴いてみてもいいし、中古CD屋で比較的簡単に入手できる、彼らのどのアルバムからでも聴いてみればいい。彼らの音を聴けば、上にでっかく載せた写真がなにを意味するのかを、多少なりとも理解できるかも。

そしてもしあなたがシガー・ロスのいっぱしのファンなら?じゃあ、この先を少し読み進んでみればいい。大丈夫、もうほとんど文字はないから。


上の写真でもわかるように、これは30センチ四方のパッケージに、7枚のLPと30ページにも及ぶブックレットがセットになった豪華な仕様。それぞれのLPが収められた各ページとブックレットはこんな感じ。まさに、これぞ『アルバム』といったつくりになっている。

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もうあちらこちらで廃盤、入手不可という話を聞きながらも、粘りに粘ってなんとか入手できた僕のセットのシリアルナンバーは4725番。

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もしあなたがこのセットを買うことにしたなら、蒸し暑い部屋の窓を、あっちとこっち、ふたつ開けて、まずは風を通して。それから、レコードプレイヤーにこのLPを(7枚、14面のうちどれでもいいから)乗せればいい。確実に、部屋の温度が、下がるよ。ためしてみて。


楽しい企画を届けてくれた鈴木さんと、最近ちょっと凹みがちの(分解写真好きの)マサさんに、この記事を捧げます。まだまだ暑いし、試験とか他にもいろいろ辛いこともあるけど、がんばろうね。



<7月27日追記>
こういうので聴いてみたい。
連続再生装置シャツ
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2008年07月20日

クォンタム・リープ - Sonny Landreth

From The Reach..jpg Sonny Landreth 『From The Reach』

相変わらず、どうやってそんな音を出しているのか見当もつかない、この人にしか出せない特異な音。控えめにミュートされながらも緊迫感みなぎる、そんな金属的なギターのリフでアルバムが幕を開ける。性急なスピード感とは裏腹に、最初の歌詞を二度繰り返す12小節形式の古典的なブルーズ・マナーに則った「Blue Tarp Blues」。95年の傑作アルバム『South Of I-10』での「Shooting For The Moon」同様、今回のアルバム冒頭を飾るこの曲にゲスト参加しているのは、元ダイア・ストレイツのマーク・ノフラー(Mark Knopfler)。

このアルバムに収録された曲は、それぞれに参加しているゲスト・ミュージシャンを頭に思い浮かべて書いたとサニー本人が述べているとおり、この曲でのマークの流暢なギター・ソロは、彼の往年の名曲「Sultans Of Swing」を髣髴とさせるものがある。しかも、いくつもあるダイア・ストレイツのライヴ・アルバムでほぼ必ず演奏されているその曲のうち、彼が最高にノッていた時のものに匹敵すると言っても過言ではないだろう。ひとつ違いがあるとすれば、ここで聴かれる芯の太い安定した音は、「Sultans Of Swing」で使われていたストラトキャスターでなく、後年『Brothers In Arms』などで多用していたレスポールを使ったものだろう。それが、サニーのストラトキャスターのやんちゃな音とうまくブレンドしている。

そう、今回のアルバムは、5人のギタリスト(と、一人のピアニスト)をゲストに迎え、他流試合と言っていいようなギター・ソロ合戦が満喫できる超豪華盤。バックを務めるのは、サニーの参加アルバムには欠かせない彼の片腕デイヴィッド・ランソン(David Ranson)がベース、ドラムスは前作あたりから一緒に演っているマイケル・バーチ(Michael Burch)、キーボードに長年の盟友スティーヴ・コン(Steve Conn)の、いわば拡大ゴウナーズ。

この、僕が近年聴いた中でも最高に格好いい曲の殿堂に入れてもいいと思える1曲目だけでも書きたいことはまだまだあるんだけど(ちなみにその殿堂には、今世紀に入ってまだ5曲もエントリーされていないというほど、一応厳しい脳内審査があるんだけどね)、どこまで聴き進んでも駄曲がないこのアルバムを一曲一曲そこまで詳しく書き連ね始めると本当にきりがないのでこの辺にして、次の曲について書こう。

2曲目「When I Still Had You」で、ファンキーなギターのリフをサニーと一緒に演奏しているのは、エリック・クラプトン(Eric Clapton)。特に最近の傾向では、昔の曲でさえ、落ち着いたクールなトーンで余裕を持って弾くことの多い彼だけど、ここでは、自分が“世界で最も過小評価されている”と評したこのギタリストと真っ向から、本当に楽しそうに張り合っている。そして、サニーもまたそれに応えて、自分のギターの6弦全部から全ての音を搾り出すようなワイルドなプレイを披露。キャッチーなこの曲の歌詞の一節から、アルバム・タイトル『From The Reach』が取られている。確かに、曲の良さといい、ゲストの豪華さといい、アルバムを代表するに相応しい曲だ。4月29日の記事で取り上げたオフィシャル・ブートレグでも既にこの曲を演奏しているが(そのときのギタリストはサニー一人)、それを聴いたときにはこの曲がここまでいいとは気づかなかった。エリック・クラプトン参加というのは伊達じゃないね。

エリックは、自身が主催しているクロスロード・ギター・フェスティヴァルに、サニーを含む自分よりも若いギタリストを多数招待して、活躍の場を与えているし、確か一昨年ニュージーランドに来たときのサイド・ギタリストはデレク・トラックスだった。サニーといい、デレクといい、おそらく今の自分よりもテクニック的には上と言っていいようなギタリストと共演することは、彼にとってもリスクの高いことだと思うけれど、きっと、そういう次の世代の有能なギタリストを(自分のネームバリューを使って)どんどん世に送り出し、自分のギター・プレイの刺激にもしようとしているんだろうね。かつて自分がジョン・メイオール道場で同じ経験をしたように。そういうところが、この人凄いと思う。

三曲目「Way Past Long」のゲスト、ロベン・フォード(Robben Ford)には、実は僕はあまり馴染みがない。この前の2曲では、それぞれ優れたヴォーカリストでもあるマークとエリックがサニーのバックでコーラスを決めているが、ロベンはこの曲でサニーとヴォーカル・パートを分け合っている。ヴォーカルの表現力という意味では、ロベンが若干上をいくか。

せっかくゲストにヴォーカル・パートを与えていても、この曲のハイライトもやはりサニーとロベンのギター・バトル。ギター・ソロを演りたいがために、間にやむなくヴォーカルを入れたと言っても過言でないほど延々と果てしなく、二人のギター・テクニックを堪能できる。

「やむなく」が本当だったのかどうか、続く4曲目「The Milky Way Home」は、ゲストにエリック・ジョンソン(Eric Johnson)を迎えての、インストゥルメンタル曲。これが、凄い。このエリック・ジョンソンというありがちな名前の人も僕はあまりよく知らなかったんだけど、名前で検索してみたら、見たことのあるジャケが出てきた。ジョー・サトリアーニ、スティーヴ・ヴァイという、僕にとってはバリバリのメタルの人たちと3人で、G3というユニットを組んで、ライヴ・アルバムを発表していた人だ。この人自身がメタル畑出身なのかどうかは知らないけど、そのバカテク二人に混じってトリオを組むような人だから、きっと凄いテクニシャンなんだろうね。

この「The Milky Way Home」も前出のライヴ・ブートレグで演奏されていたけど、このスタジオ盤での聴きものは、当然サニーとエリックのギターの掛け合い。左チャネルのサニーの引きずるようなスライド、右チャネルのエリックの滑らかなエレキ、その丁々発止が気持ちいい。曲の途中、2〜20小節ずつ交互にソロを弾き合う場面がずっと続いていて、それを聴いているだけでもかなりスリリングなんだけど、中で一箇所、小節の途中でサニーが弾いているフレーズをそのままエリックが引き継ぐ箇所があって、これは相当ぞくっとくるよ。曲自体も、「天の川を渡る帰り道」という壮大なタイトルに負けないスケールの大きな佳曲。

続く5曲目「Storm Of Worry」は、打って変わってベタベタのブルーズ(とはいえ、プロデュースのせいか、音的には結構からっとした仕上がり)。ゲスト・ギタリストは再びエリック・クラプトン。もう、エリックもサニーもこういうブルーズ大好きだから、二人とも心ゆくまで弾き合っているよ。ところで、サニーのヴォーカルって、ブルーズ向きの塩昆布みたいなのに、ちょっと噛むと甘味が出てくるような、絶妙な味付けのいい声だなと思う。こういうブルーズでも、しっかりコブシをきかせて歌っているんだけど、苦みばしったところがまったくないというか。

ここまで全て、サニーのギターが左チャネル、ゲストのギターが右チャネルで来たのだが、次の「Howlin' Moon」でサニーのギターが右に移る。代わって左チャネルでいぶし銀のようなピアノの音を鳴らしているのが、ドクター・ジョン(Dr. John)。彼も95年の『South Of I-10』に参加して、「Mojo Boogie」という名演を残しているんだけど、どうやらこの「Howlin' Moon」はスタジオ盤としては前作にあたる『The Road We're On』を作っていたときにデモ録音されたのがきっかけだそうだ。「Mojo Boogie」同様、ドクター・ジョンのピアノとヴォーカルがなければ成立しないような曲。この曲にはバック・ヴォーカルでジミー・バフェットも参加しているんだけど、流石にドクターの後ろでは立場がない。

ふう、これでやっとアルバム半分か。ちょっとペース上げようかな。もうすでによっぽど興味のある人以外には誰も読んでいないだろうことはわかってるけど、曲解説以外にも書きたいこともあるから、さすがにこの調子だと今日中に書き終えられるかどうかわからないしね。

7曲目「The Goin' On」のゲスト・ギタリスト兼ヴォーカリストは、ヴィンス・ギル(Vince Gill)。彼のことも、僕は名前しか知らなかった。これはいかにもサニーらしい曲。もろニュー・オーリンズ風味の「Howlin' Moon」の直後だから、やけにさわやかに聴こえる。ヴィンスのヴォーカルがそうさせているのかもしれないけれど。

8曲目「Let It Fly」には、ゲスト奏者はなし。バック・ヴォーカルにナディーラ・シャクール(Nadirah Shakoor)という女性。ブックレットのこの曲の見開き対面ページに載っている、地平線と雲の写真のように、大らかなギターのイントロが心地良い曲。

アルバム終盤、早歩きペースのブルーズ曲「Blue Angel」も、先述のライヴ・ブートレッグで演奏されていた中の一曲。ゲストは、ロベン・フォードがギター、ヴィンス・ギルがバック・ヴォーカル。

その曲に続いて、急に何かに急き立てられたように突入するのが、このアルバム2曲目のインスト「Uberesso」。これもゲストはなし。先述したエリック・クラプトン主催のクロスロード・ギター・フェスティヴァルの07年度DVDでオープニングを飾っている曲だ。ちょっとこの記事も文字ばかりになってきたから、YouTubeにアップされているそのビデオでも貼り付けてみようかな。ここまで僕が延々書いてきた彼のプレイの凄さがどんなものなのか、これを見ればわかるから。



CDの許容範囲いっぱいに70分以上も詰め込むこともなく、かといって最近ありがちなSSWのアルバムのように30分強であっさりと終わってしまうというわけでもない、昔ながらのアルバムらしい46分半という程良いサイズのこのCDの最後を締めくくるのは、これまたゲスト・ギタリストなし(バック・ヴォーカルはヴィンス・ギル)でしっとりと演奏される「Universe」。僕のお気に入りの曲である『South Of I-10』ラストの「Great Gulf Wind」にも勝るとも劣らない名曲だ(あそこまでブラスが入ったりリプライズが付いたりといった仕掛けはないが)。最後のギターの一音、そしてその余韻までが、いつまでも耳に残る。“貫禄”という言葉が脳裏に浮かぶ。


近年の彼のアルバム同様、デジパック仕様のジャケットに、20ページに及ぶ丁寧な作りのブックレットが封入されている。上に載せたアルバム・カバー共々、そのブックレットにふんだんに使われている、実に味わい深い写真を提供しているのは、ジャック・スペンサー(Jack Spencer)という写真家。単純にセピア色という言葉では形容できないその不思議な色世界、彼のHPでも存分に堪能できるよ。興味がある人は是非見てみて。

さっき、アルバム・タイトル『From The Reach』は、「When I Still Had You」の歌詞の一節から取られたと書いたが、実はこのアルバムのキーワードになっているのが、“Reach”という単語。アルバム後半、「Let It Fly」、「Universe」といった曲にも、繰り返し登場する。サニー自身の言葉を借りると、こうだ。

俺が歌詞を書くときはね、流れに任せて、何が頭に浮かんでくるかを待つんよ。今回はその“Reach”っちゅう単語が繰り返し浮かんできた。“到着する”っていうそのままの意味もあるけど、“広がり”っていうことも意味してるよね。見渡す限りの空とか、砂漠とか、水。そう、水の流れとか、水域とかね。海員用語で“風向き”っていう意味もある。そういう言葉全部が、このアルバムのテーマとしてしっくり来ると思ったんや。俺にとってこのタイトルは、曲作りの過程からこのプロジェクト全体に至るまでをつなぐ糸みたいなもんやね。俺がここに参加してる素晴らしいアーティスト達に手を伸ばして(“reached out”)、それでできたのが、今あんたが聴いてるこのアルバムちゅうわけや。

最近のサニーのアルバムは全て日本発売が見送られていたが、なんと今作はバッファロー・レコードという鎌倉を拠点とするインディーズ(?)から日本盤が発売された。快挙じゃないか。申し訳ないが、ボートラが入っているわけでもなく、アメリカでの発売(5月末)から一月遅れの6月25日発売まで待てなかったので、僕はUS盤を買ってしまったんだけど(それから約1.5ヶ月、タマス・ウェルズ症候群に陥っていた時期を除いて、一日2回ずつ、合計で既に50回は聴き倒したと思うから、この長文レビューに免じて許してくれるよね)、もしこの記事を読んで興味を持ってくれた人は、是非日本盤を買って、こういう良心的なレーベルを応援してあげてほしい。


もしあなたが、格好いいロックを聴いてみたいと思ったら、

明けても暮れてもエレキギターの練習をしている人なら、

ブルーズ(・ロック)に興味があるけど、誰のどのアルバムから聴いてみればいいのかよくわからないなら、

最近のエリック・クラプトンはすっかり落ち着いてしまって、『Slowhand』や『Backless』の頃の彼が懐かしいと思っているなら、

メジャーになってしまってからのダイアー・ストレイツやマーク・ノップラーのソロは大仰だったり地味だったりでつまらない。やっぱり「悲しきサルタン」の頃が最高!という意固地な人なら、

そして、このブログを読んで、僕の感性を信じてくれるなら、

このアルバムを聴いてみればいい。掛け値なし、全力でお薦めするよ。


僕は今でも、さっきから何度も引き合いに出している95年の彼のアルバム『South Of I-10』が彼の最高傑作だと思っている。でも、このニュー・アルバムをこれまで50回ほど聴いて、その気持ちが大いに揺らいでいる。『South Of I-10』の素晴らしさに文句をつけるつもりなど微塵もない。でも、過去12年に亘って数十回(もしかしたら数百回)聴いてきて、自分の一部みたいになってしまっているあのアルバムに対する愛着をちょっと横に置いて、冷静に比べてみたらどうだろう。アルバムとしての完成度、ゲストの豪華さ、歌、演奏。サニー・ランドレス初心者にまず聴かせたいアルバムはこっちになってしまうかも。

いみじくも、アルバム最終曲「Universe」の歌詞にこの言葉が出てくる。QUANTUM LEAP − 一大飛躍。まさにこの言葉が、この世界で一番過小評価されたギタリストの渾身のアルバムを最もうまく言い表している。
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2008年07月13日

ホバートからの挨拶状 - The Steadfast Shepherd

The English translation follows the Japanese text.

タマス・ウェルズ症候群とでも言おうか。あの三晩連続ライヴからもう丸一週間も経つというのに、どうも他の音楽が聴けない。いや、聴いてはいるんだけど、なんだかうまく気持ちの中に入ってこなくて、ついタマスばかりを聴いてしまう日々が続いている。昨日・今日とこんなにいい天気なのに、新しい音楽を求めてCD屋に出かける気さえ起こらない。以前コメント欄で、同時にいろんな種類の音楽が聴けるなんてまるで異星人のよう、なんて言われたこともあるのに、これじゃすっかり地球人に戻ってしまったみたいだ。

リハビリのため、というわけでもないけれど、少なくとも今現在そんな状態の僕が無理なく聴けるこのCDのことを書いてみることにしよう。

The Open Sky.JPG The Steadfast Shepherd 『The Open Sky』

前回の記事を読んでくれた人には紹介は不要だろう。タマス・ウェルズ(・バンド)のドラマーであり、タマス・ウェルズの傑作セカンドアルバムやブロークン・フライトのデビューアルバムのプロデューサーでもあり、今回のタマス・ウェルズ(・トリオ)来日公演ではギターとコーラスを担当し、そして、そのほとんどの開催地で前座を務めた、ステッドファスト・シェパードことネイサン・コリンズの初EP。

より具体的には、ステッドファスト・シェパードとは、ネイサンと彼の妻であるフェアリー・コリンズのユニット。ジャケットには楽器クレジットがないので、どちらが何を担当しているのかはわからないが、いずれにせよそんなに沢山の種類の楽器が演奏されているわけではない。アコースティック・ギター、タンバリン、ハーモニカ、キーボード、といったところか。そして、ネイサンとフェアリーのヴォーカル。主にネイサンだけど。

CDのジャケは、ゲイトフォールド(見開き)と呼ぶのがためらわれてしまうような、手作り感満載の厚紙ジャケ。クレジットを見ると、今年の5月に友達の家などで録音されたばかりのようだ。

ところで、僕は数ヶ月前から彼らのマイスペースを訪れていたんだけど、ちょっと彼らのビジュアル的なイメージと音のイメージが掴みづらいところがあった。例えば、漫画っぽい羊のイラストに手書きのロゴというこの牧歌的なイメージが、彼らが2月に行ったコンサートの告知ポスター。

Feb Show Poster.jpg

そして、5月に行われたコンサートの告知ポスターはこうだ。一転して、中世風の装飾文字と馬の骨格というアーティスティックなイメージに変わる。

May Show Poster.jpg

それが、今回のEPは、上に載せたように、冬枯れの大木にシンプルなロゴという、アシッドフォークなのか、あるいはもしやゴス系なのかと思わされるデザイン。しかも、裏ジャケを見ると、一曲目のタイトルが、エクスクラメーションマーク付きの「Disaster!(災害!あるいは、大失敗!)」だ。一体どういう音を想像すればいいのか、知らない人は戸惑ってしまうことだろう。

では、早速聴いてみることにしよう。予想に反して、一曲目「Disaster!」は、ネイサンとフェアリーのリード・ヴォーカルが交互に出てくる、かなり牧歌的というか、レイドバックした曲。結局あの2月のポスターのイメージが彼らの本質だったのかと思ってしまうような。

しかし、二曲目以降へ聴き進むにつれて、次第に趣が変わってくる。あたかも、春の牧場から徐々に木枯らしが吹く枯野へと向かうように。

三曲目がこのEPのタイトルトラック「The Open Sky」。この曲は彼らのマイスペースでも聴いてダウンロードすることができるし、僕が観た両日のライヴでも必ず演奏されていた。

こちらもライヴで演奏された、四曲目「Recurring Dream」は1分ほどの小曲。よく聴くと、これは先に出てくる二曲目「Would You Tremble?」と同じメロディーを、より陰鬱にした感じ。歌詞を全部聴き取ったわけではないけれど、この短い6曲入りEPの中で、この二曲がちょっとしたプチ組曲を成しているようだ。

その短い四曲目をイントロのように使って、五曲目「Painting The Leaves Back On The Trees」が始まる。この曲もマイスペースにアップされていて、ジャケのイメージも含めて、僕はこれが(タイトル曲の「The Open Sky」は別として)このEPの核になる曲だと思っているんだけど、何故かこれはライヴでは演奏されなかった。一曲目のレイドバックした雰囲気と、それ以降の荒涼とした雰囲気がうまくミックスされた曲だと思うんだけどな。

最終曲「Thou Art My Son...」は、わずか3分の曲のうち1分強がイントロ、エンディングはふっと途切れるように終わるという、ちょっと異色な曲。低音のハーモニーが荘厳な雰囲気を醸し出している。二曲目のタイトルを思い出させる“How you tremble”なんて歌詞が出てくるあたり、ここでもまたプチ組曲風の仕掛けが。

マイスペースにずっとアップされていて、今回のライヴでもそれぞれオープニングとエンディングに演奏された「Sticks And Bones」も「Golden Point」も、このEPには収録されなかった。きっとそれらは、現在製作中だというフルアルバムに入ることになるんだろう。

それ以外にも、このEPには収録されていないが、今回のライヴで演奏された曲が(僕が聴いただけでも)通算で4曲あった。中でも、確か両日ともに三曲目で演奏された、ハーモニカを吹き、タンバリンを足で踏みながら歌った曲を僕は結構気に入ったので、おそらくそれが収録されることになるアルバムがとても楽しみだ。

それまでは、このEPを何度も聴いておくことにしよう。言っちゃ悪いが、決して「本年度ナンバーワン!」とかいった出来ではない。だけど、タマス・ウェルズの最初の二枚のEPや、ブロークン・フライトの『Ray Of Youth』も、彼らのその後のアルバムに比べると、少し物足りないあっさりした内容だったことから考えても、このEPはきっと、後にステッドファスト・シェパードのデビューアルバムが出たときにこそ、彼らのルーツとしてよりよく味わえるようになるんだと思う。

今回のタマス・ウェルズのコンサートに行けなくてこのCDが買えなかった人も、彼らのマイスペースを通じて10オーストラリアドル(+送料2ドル)で買えるよ。興味があれば是非どうぞ。

もともとタマスと同じくメルボルン出身の彼らだが、現在はタスマニアのホバートという街に移り住んでいるとのこと。タスマニア、どんなところなんだろうね。きっとこれからとても寒くなるオーストラリア最南端からの、短いけど気の利いた挨拶状を今日は紹介した。



Greetings from Hobart, Tas

Should I call it Tamas Wells syndrome? It's been a whole week since the three nights show, but I still can't listen to the other music. No, actually even if I hear the other music, they just don't reach my heart. And I stop them and play Tamas again. It's been sunny days this weekend, but I don't feel like going out to the CD shops to search for the new music. In the comment column I used to be called as an Alien since I could listen to various kind of music at the same time, but now I am an earthling.

Not exactly for the rehabilitation purpose, but let me try to write about this CD that I am able to listen to in my current mood.

The Open Sky.JPG The Steadfast Shepherd 『The Open Sky』

If you have already read my article last week, this CD doesn't need the introduction. The drummer from Tamas Wells (Band). The producer for the masterpiece second album of Tamas Wells and Broken Flight's debut album. The guitarist / backing vocalist for Tamas Wells (Trio). And the opening act for most of the Tamas Wells' shows in Japan this time. This is the debut EP from Nathan Collins a.k.a. The Steadfast Shepherd.

To be precise, The Steadfast Shepherd is a unit by Nathan and his wife Fairlie Collins. As there's no instrument credit on the CD cover, I only can guess which played what instruments. Anyway, there aren't so many of them - just acoustic guitars, tambourine, harmonica and keyboards. And of course the voices of Nathan and Fairlie. Mainly Nathan's though.

The CD is in the paper-sleeved gatefold cover. It looks like a real hand-made. According to the credit, this CD has only been recorded in May in some of their friends' houses.

By the way, since I started to visit their Myspace some months ago, I've been struggling to grasp their visual & musical images. For example, this is the poster for their concert in February. A pastoral image with the cartoonish sheep illustration and the hand-written logo.

Feb Show Poster.jpg

And this is the poster for their concert in May. Turns into an artistic image with the horse skeleton and the medieval calligraphy.

May Show Poster.jpg

And this time, the cover art of the EP is (as per the above photo) the withered big tree and the simple logo. You may wonder if this artist is an acid folk singer or maybe a goth. Not only that, the title of the first song on the back cover is Disaster with the exclamation mark. If you don't know them, you will wonder what sort of music is in this CD.

Ok, let's have a listen then. Contrary to the estimation from the cover or the exclamation mark, the first track Disaster! is rather pastoral laid-back song featuring both Nathan's & Fairlie's lead vocals. You may want to jump to the conclusion that the February poster image was their real nature.

But if you keep listening after the second tune, the atmosphere gradually changes, as if you're heading from the warm spring sheep farm to the wasteland with a wintry blast.

The third tune is the title track The Open Sky. This can be listened to and downloaded from their Myspace. And this was also played at the two shows that I saw the other day.

The fourth track Recurring Dream is a 1-minute short song. This was also played at the two shows. If you listen carefully, this song has the same melody as the second track Would You Tremble?, with more gloomy touch. I haven't caught all the lyrics, but these two songs seem to form a petit-suite in this 6-song short EP.

Using the fourth track just like its introduction, starts the fifth track Painting The Leaves Back On The Trees. This song is also posted on their Myspace. Considering the CD cover image, I think this song is the core of this EP (beside the title track The Open Sky), but this was not played at the Japan shows. I don't know why... Still I think this is a good song with the nice mixture of the laid-back touch from the first song and the desolate atmosphere from the later songs.

The last track Thou Art My Son... is a little unique song with one-minute-long introduction out of 3-minute, and the ending part suddenly fades out. The low tone harmony gives the solemn atmosphere. There's a line saying How You Tremble which reminds you of the second tune. Another trick for the petit-suite.

Two songs, Sticks And Bones and Golden Point, which have been posted on their Myspace, and were played respectively as the opener & the closer of his show, are not included in this EP. I guess they will be in the forthcoming album that Nathan told me he's making now.

Beside those two, there were 4 more songs (as far as I listened) played during his show this time. I liked the third song of both shows (if my memory's correct) that he blew harmonica and played the tambourine with his foot. I'm looking forward to hear that again in the new album.

Till I hear that, I keep listening to this EP. Sorry to say, this is not a This Year's Best! kind of CD. However, if you recall the first two EPs of Tamas Wells or Broken Flight's Ray Of Youth were very simple and not as good as their later full albums, this EP must sound profoundly as their roots when you eventually listen to the debut album of The Steadfast Shepherd.

If you didn't go to Tamas Wells' concert this time and couldn't get this EP at the venue, you still can purchase it through their Myspace. It's only A$10 (+ A$2 postage worldwide) if you're interested.

Originally they were from Melbourne same as Tamas, but now they reside in Hobart, Tasmania. I wonder how you feel to live in Tasmania. Today, I introduced a short but fancy greetings from the south-end of Australia, where the weather is getting harsher.
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2008年06月22日

ノスタルジーの詰め合わせ - Grand Archives

Grand Archives.jpg Grand Archives 『The Grand Archives』

またこういうのに出会ってしまった。60年代生まれの僕が決してリアルタイムで体験しているはずがないのに、その音を聴いただけで、胸の奥がちりちりと焼けるように甘酸っぱいノスタルジーを感じてしまう、60年代後期〜70年代をありありと思い出させてくれる音楽に。

去年の9月に書いたミッドレイクのアルバム・レビューと表現が被らないように、この記事を書くにあたって、さっきから細心の注意を払っているよ。あれも、「郷愁」という単刀直入な記事の題名が表しているように、如何に彼らの音楽が、僕がリアルタイムで聴いていたわけがないはずの70年代初期の洋楽を思い起こさせる音かということを綴った記事だったからね。

穏やかなイントロに導かれて登場する透きとおるようなハーモニーが、曲が進むにつれてひとつひとつ参加してくるドラム、サックスやトロンボーンなどの楽器の音と一緒に徐々に盛り上がっていくアルバムのオープニング「Torn Blue Foam Coach」。ひとまず、この素晴らしい曲を聴くことができただけで、この地味なジャケットに惹かれてこのアルバムを買った自分を褒めてあげたくなる。

続く「Miniature Birds」は一転、口笛とハーモニカによるイントロを持った軽快な曲。フレンチ・ホルンやフリューゲルホーン、トランペットなんかも使われているね。これはこれで悪くはないんだけど、A面2曲目がいいアルバムは名盤であるという僕の持論に照らし合わせて、これはA面1曲目が一番いいという、新人バンドにありがちなパターンのアルバムなのかなと思い始めた矢先、そこから立て続けに飛び出してくる、胸の奥を焼き尽くすようなメロディーとアレンジの数々が、僕に冒頭の感想を抱かせるに至ったというわけだ。

アリゾナ出身、カリッサズ・ウィアード(Carissa's Wierd)、バンド・オブ・ホーセズ(Band Of Horses)というバンドを経たマット・ブルック(Mat Brooke)がシアトルで結成した5人組、グランド・アーカイヴス(The Grand Archives)の、これがデビュー・アルバム。

シアトルという地名から想像できる人はできるだろうけど、このアルバムは、サブ・ポップ(Sub Pop)レーベルからの発売。サブ・ポップが近頃どういうリリース形態をしているかを知っている人にはわかるだろうけど、僕が入手したのは、180グラムの重量盤LP。例によって、MP3音源がダウンロードできるクーポンが封入されていた。こいつがそのクーポン。

Grand Archive Coupon.gif

LPだから、さっきA面1曲目とか2曲目と書いたのは、本当にA面のこと。で、5曲目が終わって、盤をくるんとひっくり返した1曲目「A Setting Sun」もまた、子供の頃に夢で見たことがある、でもディテールはうまく思い出せないようなセピア色の曲。この曲だけが、ピアノ/オルガン担当のロン・ルイス(Ron Lewis)の手になるもの。違うメンバーが書いた曲でも、うまく同じ色合いに染められているね。プロデューサーの力量。この曲はペダル・スティールの音が心地良いよ。

でも、その曲を過ぎたあたりから、アルバムの雰囲気が少しずつ変わり始める。続くB面2曲目はアルバム内唯一の、ちょっとエキゾティックな味付けのインストゥルメンタル「Breezy No Breezy」。

その曲に続いて静かにフェードインしてくるギターのアルペジオの音。どこにも行きどころのないやるせなさを切々と綴った、透徹感の極み、「Sleepdriving」。これはまるで、「Vicar In A Tutu」に続いて「There Is A Light That Never Goes Out」が聴こえてくる瞬間に匹敵する、などと言いきってしまうと、『The Queen Is Dead』を知らない人にとっては全く意味不明だろうし、ハードコアなスミス・ファンには猛烈なブーイングを喰らいそうだけれど。

  夜明け近くのモーテルの一室
  外の深い雪を見ないようにシェードを下ろして

  音を消したテレビだけが光を放っている
  僕らは首のところまでしっかり毛布を巻きつける

  眠れない

  外ではもうカラスが目を覚まして
  凍てついた道や電線にとまっている

  無感覚に時が過ぎていく


「Sleepdriving」が終わる、ハーモニーがフェードアウトしていく最後の瞬間、「もうこれで十分。もう何も聴きたくない」とふと思ってしまうんだけど、残念ながら(?)アルバムはそこで終わりではない。「There Is A Light That Never Goes Out」の後には「Some Girls Are Bigger Than Others」があるようにね。

ここまで色々な曲を通じて、様々なノスタルジックな情景を見せてくれてきたこのアルバムは、ここで少し色合いを変える。ほんのり明るい「Louis Riel」に続いて、コンサート終盤、アンコールでのどんちゃん騒ぎのような「The Crime Window」。そして、祭りの後といった趣の終曲「Orange Juice」はわずか1分半の小曲。ざわざわとした雰囲気が、ブライアン・ウィルソンのコンサートでのキャンプファイア・セッションをちょっと思い起こさせるね。

そして、このLPには、その後にさらにアンコールが用意されている。限定封入だというその7インチシングルは、A面が名曲「Sleepdriving」の別ミックス。B面が(アルバムではA面5曲目に収録されている)「George Kaminski」のデモ・ヴァージョン。どちらも、アルバム・ヴァージョンとは全然違った、でもこれはこれでまた素敵なヴァージョンで、得した気分になるよ。おまけにほら、ホワイト・ヴィニール。マサさん、急いで買わないと(笑)

Grand Archive EP.JPG



<追記:似てジャケ選手権 ピアノ編>

Grand Archives.jpg Grand Archives 『The Grand Archives』
Tinfoil On The Windows.jpg Soso 『Tinfoil On The Windows』



<7月6日追記>

GA.gif Grand Archives 『Grand Archives』

デビューアルバム以前、07年の5月にCD-Rでリリースされていた4曲入りEPがサブポップから復刻されたので早速オーダー。昨晩タマスのライヴから帰ってきたら届いていた。CD-Rかと思いきや、ちゃんとプレスされたCDだった。ジュエルケースに入って、ここに載せた綺麗なジャケも付いてたし、これはちょっと得した気分。サブポップからの通販で買ったら、デビューアルバムのジャケットデザインのステッカーも付いてたし。

ところで今まで、このグループの名前はThe Grand Archivesで、デビューアルバムのタイトルが『Grand Archives』だと思い込んでいたんだけど、このEPを見る限りは、どうもそれは逆みたいだね。グループ名がGrand Archives。EPのタイトルも同じく『Grand Archives』。アルバムタイトルは冠詞が付いて『The Grand Archives』。あぶらだこ並みにややこしい人たち…

「Torn Blue Foam Couch」、「Sleepdriving」、「George Kaminski」の3曲が、後にデビューアルバムに収録されることになる。ここに収められているのは初期バージョンだろう。結構アレンジが違う。「George Kaminski」だけは、まだ1回しか聴いてないから断言はできないけど、先に記した白い7インチシングルに収録されたのと同じものだと思う。残る1曲「Southern Glass Home」はアルバム未収録。いい曲なのに、どうして落としたんだろう。アルバムの裏ジャケにもブックレットにも「Southern Glsss Home」と誤植してあるのはご愛嬌。はい、マサさん、また買うものが増えましたよ(笑)
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2008年06月08日

蛇に足をつけたらカナヘビ - Squeeze

3話連続で僕の無人島レコ候補の記事を書いたのは一昨年の9月のこと。僕が中学生だった79年−80年頃にほぼリアルタイムで体験したそれら3枚のアルバムは、ラジオや雑誌やレコード屋を通じても洋楽に関してはまだまだ限られた情報しか入ってこなかった当時としては、僕にとってはそれでも精一杯マニアックな選択だったはず。なにしろ、ミュージック・ライフや音楽専科なんかを読んでいたら、クイーンやジャパンやチープ・トリックが洋楽世界の中心だと思ってしまってもおかしくなかったからね、あの頃は。

なので、同じ80年に発表されていながらも、当時の日本の表層的な洋楽マーケットではほぼ黙殺されていたこのグループのこのアルバムのことを僕が知ることになるのは、それから更に数年後、もう僕が成人しようかという頃だった。

Argybargy deluxe edition.jpg Squeeze 『Arbybargy Deluxe Edition』

僕のブログにはもう何度も登場している、スクイーズのサードアルバム『Argybargy』。一番最初に彼らのことを書いた記事のコメント欄で、僕はこんな風に言ってるね。

「Argybargy」が一番好き、に一票です。例えばビートルズのアルバムをいい順にずらっと並べて、そのちょうど真ん中にこのアルバムを置いても、僕は誰にも文句を言わせない自信があります。うちには既にこのアルバムが2枚ありますが、なんならあと2枚ぐらい買ってもいいぐらいです。

これは2年前の8月だから、コメント後半に関しては僕は口からでまかせ言ってただけなんだけど、上の写真を見てもわかるように、今年に入ってこのアルバムも2枚組デラックス・エディションとして再発された。同じのをあと2枚というわけにはいかなかったが、めでたく自分の予言が当たってしまったというわけだ。

2枚組CDの1枚目にオリジナル・アルバム11曲とボーナス・トラック9曲の計20曲。2枚目には、このアルバムの当時のラジオCM(ジュールス・ホランドが早口でまくしたてるバナナの叩き売りみたいな愉快なCM)と、アルバム発売直後にあたる80年3月のロンドン・ハマースミス・オデオンでのライヴがたっぷり15曲。

オリジナル・アルバムについては、あれこれ書く必要はないだろう。上の僕の引用コメントのとおり。アルバム冒頭から「Pulling Mussels (From The Shell)」、「Another Nail In My Heart」と超強力な2曲を立て続けに配置し、その他にも「Misadventure」、「Vicky Verky」、「There At The Top」など、地味ながらも彼らの代表曲と肩を並べるようないかしたパワーポップの名曲が揃っている。

僕は84年に出た『Difford & Tilbrook』をきっかけに彼らのことを聴くようになり、当時は全て廃盤だったスクイーズのLPを中古レコード屋で探しはじめ、85年2月に最初に買ったのがこの『Argybargy』の日本盤だったんだけど、それ以来二十数年間、自分の最も好きなアルバムの常に上位に入っている。それこそ、一昨年に書いた3枚のすぐ次ぐらいに。

読み応えたっぷりのブックレットには、当時の垢抜けない彼らの写真も満載。このライナーノーツ、昨今のスクイーズの過去アルバム再発運動を進めているスクイーズ・アーカイヴのデイヴッド・ベイリーという人が書いているんだけど、当時の裏話やアルバム制作秘話みたいなのがいろいろと書いてあって、長文でも楽しくすらすら読めてしまう(見習わなければ)。

たとえば、アメリカ盤のこのLP、当時アメリカのみでシングルカットされた「If I Didn't Love You」がB面1曲目に配置転換されているんだけど、それはアメリカ人が“Pulling mussels from a shell”を聞き取れなくて(“Pulling muscles for Michelle”じゃないと何度もファンに説明しなくてはいけなかったとか)、単純なアメリカ人にもわかるような簡単なタイトルの曲をシングルに選んだ、とか、

「Another Nail In My Heart」のあの印象的なギターソロは、実は何度も試した色々なソロをバラバラにつぎはぎして編集したもので、あの形に落ち着いてからは、グレンは今度はそれに合わせて練習し直さなければいけなかったとか(一昨年のライヴ評に書いたように、今やアコースティック・ギターでも完璧に弾きこなしているけどね)、

実はこのアルバム、制作当初は14曲入りだったのが、マネジャーのマイルズ・コープランドによって3曲削られて今の形になったとか。ちなみにその3曲のうち、「What The Butler Saw」は「Another Nail In My Heart」のシングルB面曲になり、「Someone Else's Heart」は次作『East Side Story』に収められることになるが、残る「Funny How It Goes」は97年にスクイーズのボックスセット『Six Of One』でボーナストラックとして発表されるまで陽の目をみなかった。『Argybargy』は当初その「Funny How It Goes」にちなんで『It's A Funny Old World』というアルバム・タイトルになる予定で、だから当時のツアー名は「It's A Funny Old World Tour」と名付けられていたとか。

14曲入りの状態がどういう曲順だったのかは知る由もないが、落とされたのはどれも、削るならこの3曲じゃないだろうと思ってしまうほどの佳曲揃い。さっき僕がこのアルバムを無人島候補3枚の「次」と書いたのは、残念ながらちょっと弱いと思える曲がいくつか入ってしまっているからに他ならない。きっと当時の人間関係とかで、全曲グレン・ティルブルック作で彼のリード・ヴォーカルにするわけにもいかなかったからなのかと憶測してしまうけど、もしこれら3曲(特に「Funny How It Goes」)が収録されて、11曲のうちちょっと弱い曲を間引きしてさえいれば、この『Argybargy』は(いや、「Funny How It Goes」が入っていたら、違うタイトルになっていたか)スクイーズの最高傑作であるのはもちろん、この当時のブリティッシュ・ロックを代表するような名盤扱いされていたはず。

いずれにせよ、アルバム発表から30年近く経って、めでたく当初の14曲、それに、シングルB面曲3曲、アルバム収録曲の別バージョン2曲、未発表デモ1曲という拡大バージョンでこのアルバムが聴けるようになったのは嬉しいことだ。

そしてこの拡大ヴァージョンは、ピアノ演奏が印象的な先の「Funny How It Goes」や、定番ジュールス・ホランド節である「Pretty One」などが入っていることによって、よりこの特異なピアニストの色が濃く出たアルバムに変身している。もともとニューオーリンズ・スタイルの弾むようなピアノを得意とする彼が、“ニュー・ウェーヴ・バンド”としてデビューさせられたスクイーズの初期のアルバムでは、うねうねとした奇妙な音色のキーボードを多用していたのに比べると、ここではより自分の好きなようにプレイしているのが見て取れる。

それは、2枚目に収録されたライヴ録音を聴いても明らかだ。びっくりするほどアップテンポに改変させられた、めちゃくちゃ格好いい「Goodbye Girl」や、スクイーズの次作に収録される「Messed Around」がもうこの時期に演奏されていたのかと勘違いするようなタイトルの「Mess Around」をはじめ、ジュールス・ホランドのピアノが始終このバンドの音の中心に位置している。もちろん、「Touching Me, Touching You」や「Slightly Drunk」でのオルガン(風キーボード)の演奏も彼ならではのもの。

クリス・ディフォードにMCを振られたジュールスが堰を切ったように喋りだすところとか(話術の上手さはさすが後の「Later」司会者)も含めて、きっとこの人、この頃には、バンドの単なる一奏者で、アルバムでもライヴでも自分には1-2曲割り振られるだけというのに満足できなくなっていたんだろうね。こうして、グレン・ティルブルック、クリス・ディフォード、ジュールス・ホランド、ギルソン・デイヴィス、ジョン・ベントリーという、僕が思うにスクイーズ最強ラインアップは、この『Argybargy』というアルバムとそれに続くこの時期のライヴだけを残して消滅することになる。

そう考えると、この時期のライヴ録音がこうしてほぼ丸ごと残されていたのはかなり貴重なこと。『A Round And A Bout』を始め、後期スクイーズのライヴ盤は数種類発表されているが、まだアルバム3枚分の材料しかなかった頃の初期の彼らがどんな選曲でどんな曲順のライヴをしていたのかがよくわかる。「Strong In Reason」とか、多分この時期以降はライヴで取り上げられることはなかったのではないかと思えるようなマイナーな曲をデビューアルバムから演っていたり。個人的には、上にジュールスのオルガンがいいと書いた2曲や、「It's So Dirty」、「Going Crazy」などの隠れた名曲が含まれているのが嬉しい。


この記事の冒頭でリンクしたジャムの記事でこのデラックス・エディション・シリーズに触れ、その時点で既に乱発されていたこのシリーズには当たり外れがあるという話もした。さて、この『Argybargy』2枚組はどうだろうか。

個人的には、この2枚目に納められたようなライヴ録音は、独立した発掘録音アルバムとして発売してくれた方が、同じアルバムを何回も買い替え・買い増ししなくてすむのにと思うこともある。でも、上に書いたように、1枚目の20曲は(アルバムで既発表の曲のデモバージョンなどを除けば)スクイーズの失われたアルバム『It's A Funny Old World』として聴くことができるし、楽しいラジオCMなんてこんな機会がなければ聞くことはなかっただろうからね。

蛇の絵に余計な足を描いてしまうように中途半端な未発表曲を入れただけのデラックス・エディションが多い中、これは、蛇に足をつけたらちゃんと可愛いカナヘビの絵ができました、というような作品になった。誰かに突っ込まれる前に言い訳しておくと、蛇に足の生えたのがカナヘビなんじゃないってことぐらいは知ってるからね。

なので、この2枚組は僕にとっては大当たりの1枚、いや、2枚か。ボブ・マーリーの『Catch A Fire』とかヴェルヴェット・アンダーグラウンドのファーストなど、本当に貴重な音源が収録された2枚組デラックス・エディションもあるけど、引っ張り出してきてよく聴くという意味では、この『Argybargy』のデラックス・エディションは僕にとってはダントツのアルバムになるだろう。それは、僕の無人島レコ争いが更に激しくなったということも意味している。
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2008年06月01日

パンクだとかそうじゃないとか - Foxboro Hottubs

タマス・ウェルズの記事ももうずいぶん伸びてきて、ってなんだか髪の毛みたいな言い方だけど、まあそっちはそっちで7月の来日公演に向けて思いついたことをまた少しずつ書き足していくことにして、たまには違う音楽のことも書こう。ルナさん曰く異星人の僕なので、タマスのヘヴィ・ローテーション中でもこういうのも聴けるし。

Stop Drop And Roll.jpg Foxboro Hottubs 『Stop Drop And Roll!!!』

フォクスボロ・ホッタブスというバンドのデビューアルバム。というか、もうあちこちで話題になってるのであっさりネタバレさせると、これはグリーン・デイの覆面バンド。僕は某インターネットサイトでアメリカ盤を買ったはずなんだけど、送られてきたCDにはジャケットの1/4ほどもあるサイズの日本語のステッカーがでかでかと貼ってあって、そこには堂々と

グリーン・デイの覆面プロジェクト!!
1st Singleの「Mother Mary」(T-2)を始め、全編、グリーン・デイを思わせるガレージ・ロック・サウンドで全曲ハズレなし! グリーン・デイのニュー・アルバムが出るまではこれでガマンすべし! 着うたフル配信中!”


などと書いてある。覆面バンドなんて、いくら音や声がバレバレでも、あくまでも「知りません。俺たち新人バンドだもんね」なんてうそぶいているのが面白いのに、こうまであからさまにやられるとちょっとね。

ちゃちな12センチ角の厚紙のジャケにCDが1枚入ってるだけ。日本盤は歌詞・対訳や解説書も付くらしいから、もしかしたらちゃんとしたプラケース入りなのかもしれないけど、この安っぽい作りの方がこのお気軽なプロジェクトに合ってるように思える。

上に載せた写真のとおり、ジャケットからしてまんま60年代風。裏ジャケの細かい表記も、A面・B面はもちろん、当時のLPのパロディらしき文言が沢山。表は黒いからよくわからないけど、裏ジャケの白い部分は経年劣化っぽくかすかに茶色に変色しているんだけど、これもわざとなんだろうか。それとも僕のだけが単に汚れてるだけ?

発売元もJingle Town Recordsとかいう架空のレコード会社。さっきの日本語ステッカーにはQRコードがあって、そこから飛ぶと当然(グリーン・デイ所属の)ワーナー・ミュージック・ジャパンのサイトにたどり着くから、このアメリカ盤も当然ワーナーから出ているはずなんだけど、そのステッカーも含めて、そういう表記は一切なし。大手レーベルでそこまで徹底して遊ばせてあげるというのは、やるね。

で、音の方はというと、上に書き写したステッカーの煽り文句のとおり、60年代風ガレージ〜ロックンロール。6曲目「She's A Saint Not A Celebrity」のイントロは「Summertime Blues」そのままだし、シングル曲「Mother Mary」のモータウン風ビートなど、思わずサザンかよと呟いてしまいそうなほど。B面(笑)に移ると、これが覆面バンドだと知らない人でもきっと「あ、これグリーン・デイ」とすぐにわかってしまうような曲も出てくる。

きっと彼ら、こういう感じの60年代のヒット曲とか大好きなんだろうね。でもグリーン・デイ名義じゃこんなCD出せないし。なにしろ“パンク”の看板を背負って立ってるからね(笑)。うちのブログにたまに書いてある僕のどうでもいい主張によると、グリーン・デイはパンクじゃなくてパワーポップだったりするらしいけど、このアルバムを聴いて一層そう思った次第。

上にリンクを張った日本盤は2580円だそうだけど、多分輸入盤だとその半額ぐらいで手に入ると思う。歌詞とか解説とか読みたい人は日本盤の方を選べばいいけど、本人達もきっとお遊び(決して悪い意味でなく)でやってるこんなお気楽アルバム、こちらも安く買って気軽に聴いて楽しんであげればいいと思うよ。

マイスペのフレンド数がもう2万を越えているようだけど、トップに載っている写真のほとんどが日本人のプリクラなのが笑える。
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2008年05月15日

成長型記事 『Two Years In April』 - Tamas Wells

The English translation will follow the Japanese text.

Two Years In April.jpg Tamas Wells 『Two Years In April』

2008年5月15日(木)

明日が発売日のはずだったのに、今日もう入荷したとの連絡を受けた途端、いてもたってもいられなくなり、最近連日で深夜残業していたのを言い訳に、CD屋が閉まってしまう前に会社を抜け出した。

まだ二回しか聴いていないから、というよりは、ちょっとこれは下手にやっつけ仕事で適当にまとめた文章にはしたくないという気持ちが強くて、時間をかけてじっくり聴き込んで、きちんと気持ちを込めて書きたいと思った。

だけど、そうして時間をかけて後回しにしてしまった挙句に書く時間がなかなか取れず、結局記事にできたのは当初の予定から何ヶ月も経ってから、というのがもうここ数ヶ月ずっと続いていることを考えると、この大事なアルバムをそんな目に合わせるわけにはいかないと思い、まずこうして取っ掛かりの文章をしたためることにした。

これから少しずつ文章をふくらませていこう。サグラダ・ファミリアのように。



2008年5月19日(月)

 1.ブリンズリー・シュウォーツ
 2.マリリン・マンソン
 3.タマス・ウェルズ

問い:時代も国籍も音楽性も違うこれらのミュージシャンに共通するものはなんだ?

答え:三組とも、リーダーの名前がそのままバンド名になっていること。
まあ、確かに細かいことを言えば、マリリン・マンソンは当然本名なんかじゃないし、ブリンズリー・シュウォーツで頭角を現してその後ソロでブレイクしたのはニック・ロウの方だから、誰がリーダーかというとややこしい話になるんだけど(この話題を僕が出すと、すかさずコメント欄でクロムさんがスペンサー・デイヴィス・グループとJ.ガイルズ・バンドの話に振ってくれるのは最早伝統芸能級の決まりごとということで)。

タマス・ウェルズの過去2枚のアルバムは、4名からなるタマス・ウェルズ(・バンド)によって演奏されていた。どちらのアルバムにも共通して、きちんとアルファベット順にブックレットに掲載された彼ら。

 ネイサン・コリンズ(Nathan Collins):ドラムス、打楽器、キーボード
 アンソニー・フランシス(Anthony Francis):ピアノ、オルガン、キーボード
 オウエン・グレイ(Owen Gray):ベース、キーボード
 タマス・ウェルズ(Tamas Wells):ギター、ピアノ、オルガン、マンドリン

基本的にはアルバムでも穏やかに爪弾かれるアコースティック・ギターやマンドリンと端正なピアノが彼らの音楽の骨格を形作っていたとはいうものの、それらの曲がほとんどギター一本のみの弾き語りで演奏された去年のタマス・ウェルズのソロコンサートを体験した僕は、上に列記したその他の楽器がアルバムでは如何にその存在感を主張していたかということを、逆説的に気づかされたものだ。

どちらがいいとか悪いとかいう話ではない。去年の8月のあの夜、ちょっと音が不確かなミャンマー製の800円のアコースティック・ギターだけの音を頼りに、まるで瓦礫の中に立ちすくむように在った「あの声」は、他の楽器の音がなかったがために、より強く、よりストレートに僕らに届いたと言えるかもしれない。

06年のセカンド・アルバム『A Plea En Vendredi』から1年半振りに届けられたこのニュー・アルバムのブックレットには、二人の演奏者の名前しかない。ジョー・グリフィス(Jo Griffiths)というヴィオラ奏者が何曲かで色付けをしてはいるものの、今回のアルバムのクレジット“Tamas Wells”は、バンド名でなく個人を指している。これは、サード・アルバムにして初の、タマス・ウェルズのソロアルバムになる。

演奏されている楽器は、タマス自身の手によるアコースティック・ギター(その音色から、件の800円ギターだとわかる)、いつものマンドリンでなくバンジョー、打楽器(ライナーによると、ミャンマーのシーという民族楽器ということだが、ちょっと調べてみたところ、シィというのはビルマ語で太鼓というほどの意味のようだ。チェイ・シィがトライアングル、シィ・コウがシンバル、など。このアルバムに入っているのはどれだろう)、それと、先ほど書いたヴィオラ、それだけ。前二作に比べて、遥かに少ない音数。

大半の曲は、「トゥー、スリー、フォー」とカウントをするタマスの囁きで始まる。そのざっくりとした感じが、綺麗にプロデュースされたスタジオ録音と言うよりは、なんだか新規発掘されたデモ音源を聴いているような気分にさせる。

プロデュースといえば、ファースト・アルバム『A Mark On The Pane』のプロデューサーは、去年8月19日の記事にも書いたとおり、ゴー・ビトゥイーンズ、フードゥー・グルズ、ハンターズ&コレクターズなど、オーストラリアのバンドを数多く手がけた、ティム・ウィッテン(Tim Whitten)、セカンド・アルバム『A Plea En Vendredi』は、タマス・ウェルズ・バンドのドラマーでもあるネイサン・コリンズのプロデュース作。そして、ヤンゴンの自宅で録音された今回のアルバムをプロデュースしたのは、タマス・ウェルズ本人。そりゃ確かに、混乱のヤンゴンにわざわざ来てくれるようなプロデューサーはいなかっただろうからね。

以前のアルバムと聴き比べると、オーストラリアで録音された前二作では、きちんとした作りの立派なアコースティック・ギターを使っていたんだなというのがよくわかる(800円以上のね。笑)。それに、やはりネイサン・コリンズというのは、地味ながら実に味わい深いいいプロデュースワークをしていたんだなあと感心させられる。昨年9月8日の記事に書いた、ブロークン・フライトのアルバムと同様に。

そうそう、蛇足ながら、ネイサンのマイスペースに、ブロークン・フライトが新作を製作中というニュースが載っているんだけど、そこでブロークン・フライトを紹介している一文が、がんばって英語でも書いた先の記事からの引用なんだ。プロデューサー直々に推薦文として使ってもらえて、嬉しいよ。

閑話休題。昨年のソロコンサートで、唯一タマスの歌とギターをサポートしていた楽器があった。タマスの奥さんブロンウィンが数曲で弾いていた、ピアノだ。

あの素朴なソロコンサートを髣髴とさせるこの新作に一つ物足りないものがあるとすれば、それはやはりピアノの音だろう。前作、前々作にそれぞれ2曲ずつ収められていた物悲しいピアノ・インストが、今作には未収録となっている。それも、今回のアルバムの印象を以前の2作と違ったものにする原因になっているはずだ。

やれやれ、まだ一曲一曲にも触れず、歌詞にもタイトルにも全然言及していないのに、もうこんな量になってしまったよ。とりあえずまだ月曜だし、今週もちょっと忙しい日が続くから、今日のところはこれぐらいにしておこうかな。



2008年5月25日(日)

前2作を通じてタマス・ウェルズの音楽を形作っていたものといえば、かの“天使の歌声”と、デリケートというよりはフラジャイルと形容したくなるような美しいメロディ、そして、抽象的で難解な歌詞だろう。

先週書いたとおり、アルバムが録音された状況は前2作と違ってはいるものの、今作『Two Years In April』にも基本的にはその3つの要素が全て揃っている。

声については何も述べることはないだろう。CDであれ、ライヴであれ、彼の歌声を一度でも聴いたことのある人にならわかってもらえるであろうあの声は、もちろん今作でも健在。

名曲「Valder Fields」を筆頭に、きらめくような珠玉のメロディを持った曲の数々のみで構成されていた前作『A Plea En Vendredi』に収められていたとしても全く遜色のない曲が、今回のアルバムにもいくつもある。質量のない球が坂道を弾みながら転がり落ちる光景を見ているようなオープニング「Fine, Don't Follow A Tiny Boat For A Day」の朗らかなメロディ。続く「I Want You To Know It's Now Or Never」のメロディは、まるで半音ずつ刻まれた永遠の階段をせわしなく駆け上ったり駆け下りたりしているかのよう。

もちろん、去年のコンサートで書かれたばかりの新曲として演奏され、一体この人の頭の中からはどれだけ無尽蔵にこれほどの瑞々しいメロディが湧き出てくるんだと、会場にいた誰もを魅了した「The Northern Lights」も、まさにあのとき披露されたそのままの姿で、このアルバムの中心に据えられている。

そして、抽象的で難解な歌詞。

例えば、去年の東京ライヴの記事に書いたけれど、前作収録の「I'm Sorry That The Kitchen Is On Fire」のようにかなり具体的な物語について書かれたような曲でも、歌詞をそのまま読んだり聴いたりしているだけでは一体それが何についての歌なのかさっぱりわからないほど。いっそのこと、あのときのように、自分の曲がそれぞれどういうことについて歌われているのかタマス本人に解説してほしいものだ。

ところが、今回のアルバムは、こともあろうにコンセプト・アルバムである。デニース・ロックヘッドという名の少女にまつわる物語。全10曲につけられたやたらと長いタイトルは、きっとこの30分強に亘る物語をそれなりに説明しているのだろうと思いきや、曲のタイトルから具体的に何かがわかるのは、その余りにも生々しい描写がこの物語が楽しいものではないということを明示している8曲目「The Day That She Drowned, Her Body Was Found」ぐらいのものだ。

ブックレットを開くと、それぞれの曲のタイトルに続いて、サブタイトルのようなものがつけられている。やたらと長い割りにいまいち状況をかいつまんでいないタイトルと、それほど難しい単語を使っているわけでもないのに相変わらず何のことを歌っているのかはっきりと掴みづらい歌詞の間を埋める橋渡し的な役割を、それらサブタイトルが担っているようだ。こんな風に。

1.4月 極東を巡る彼女らの旅の始まり
2.サンクチュアリ・グリーン・テニス・クラブ。外科医とデニース
3.エレベータのドア。病院の匂い
4.1月 旅はさらに中東へ
5.そして、スカンジナビアでの別離
6.9月 郊外からの通勤についての微妙な問題
7.嫉妬、地方選挙、堰についての論議
8.3月20日午前10時30分、デニース・ロックヘッド行方不明となる
9.寒くなると彼らは外でゴミを燃やす
10.この4月で2年に


前半は特に、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」や「ねじまき鳥クロニクル」の各章に付けられたサブタイトルのようだね。なんだか、わかったような、わからないような。もちろんこれらはサブタイトルだから、これらを読んだだけで内容が全てわかるはずがない。とはいえ、歌詞を全て読んだところで、頭に浮かんでくる具体的な情景は、これらのサブタイトルだけを読んだ場合とそう変わらない。少なくとも僕の場合は。読解力に難があるんだろうか。

さっき余りにも生々しい描写のタイトルと書いた8曲目から、サブタイトルのトーンも変わっているのに気づかれただろうか。難解な歌詞で綴られたこの物語も、その曲中で主人公のデニースが海で溺れ死ぬ場面で風雲急を告げる。

ヴィオラによるドローンと、ぽつぽつと爪弾かれるギターだけを伴奏に訥々と歌われる9曲目「Signs I Can't Read」。僕はこれを聴く度に、白装束のデニースが立つ三途の川の光景が目に浮かんで仕方がない。これだけの少ない音で、こんなに質素な録音で、こんなことができるアーティストが他にいるだろうか。

そしてここで明らかになる、簡単な単語の羅列なのに僕にはいまいち掴めていなかったアルバム・タイトル『Two Years In April』の意味。彼女が4月に最初に旅に出てから、不慮の死を遂げてしまった後に、最終曲「Grace And Seraphim」で天使に囲まれながら永遠の旅に出る4月までがちょうど2年ということだったんだ。

そういえば、先週書いた、このアルバムでタマスが演奏しているというミャンマーの民族楽器シー。あちこちの曲のエンディングで、チーン、チーンと、まるで仏具の“りん”のような音を立てている、ちょっと響きのくぐもったトライアングルみたいな楽器がきっとそうなんだろうね。

そう思うと、さっき“朗らかなメロディ”なんて書いた1曲目「Fine, Don't Follow A Tiny Boat For A Day」のエンディングで既にその音が鳴らされていることから、この二つの4月の物語は、その出だしの4月から既に不吉な予兆を内包していたことが見事に暗示されている。繰り返すテーマのメロディもなく、歌詞が壮大な叙事詩になっているわけでもないが、そんなほんのささやかなシーの音で綴られた、タマス・ウェルズらしい実に繊細なコンセプト・アルバムだと僕は思う。



2008年5月31日(土)

今日はちょっと手短に、CDのアートワークの話でもしよう。この記事も、冒頭にアルバムジャケットの写真を載せただけで、あとはいくらスクロールしても延々と白とオレンジの文字が出てくるだけなので、読んでくれてる人も相当うんざりしてきた頃だろうから、そろそろここらでまた写真でも載せてみようか。

A Mark On The Pane.gif 『A Mark On The Pane』
Plea en Vendredi.jpg 『A Plea En Vendredi』
Two Years In April.jpg 『Two Years In April』

今作を含む、タマス・ウェルズの3枚のアルバムジャケット。意識的なのかどうかはわからないけれど、雰囲気的にどれもかなり似通ってるよね。くすんだ青を基調にした無機的なデザイン。

ファースト『A Mark On The Pane』のジャケは、僕の持っているオリジナルのオーストラリア盤ブックレットの内側に載っている数枚の写真と併せて考えると、おそらくこのアルバムが録音されたスタジオ内の風景だと思う(シドニーとメルボルンの計3つのスタジオで録音されているので、そのうちのどれかということまではわからないけど)。

僕が初めてタマス・ウェルズについて書いた06年10月29日の短い記事にもあるように、セカンドアルバム『A Plea En Vendredi』の一見何が写っているのかわからない無機質なジャケットには、何故だか妙に僕の興味を引くものがある。今作のライナーによると、そのジャケはタマスのおじいさんが書いた壁画の写真だそうだ。と言われてもなお、これが一体何が描かれた壁画なのかさっぱりわからない。あれ?先週の追記でタマスの歌詞について同じようなこと書いたよね。さすが、この祖父にしてこの孫あり、ということか。

そして、今作。数ヶ月前にネットでこのジャケの小さな写真を初めて見たとき、僕はそれが『A Plea En Vendredi』の贋作、もしくはパロディかと思ったほど、色合いも構図も前作と似通っている。実物を手にとって見ると、油絵の描かれたキャンバスのクローズアップである今作は、おそらく水彩絵の具が使われている前作の壁画とはかなり趣が異なったものだったけど。

ここには写真を載せていないけど、水平線(または地平線)を思わせる両者の裏ジャケのデザインも、僕はそっくりだと思う。この2枚のCDを持っている人は、是非見比べてみてほしい(「別に似てない」と思った人はその旨コメント欄までどうぞ)。

くすんだ青、赤、白からグレーを経て黒。その単純な色で構成されたジャケットの絵の解釈に関しては、ライナーで大崎さんが深く考察されているので、あえて僕はそれには触れないでおこう。代わりに、見開き10ページのこのブックレットについて少々。

開いたページのどちらかに、ジャケットの油絵の一部分のクローズアップが載っていて(その中にはジャケットにはない部分もあることから考えると、これは元々もっと大きな絵の一部だとわかる)、その反対側のページにそれぞれ1曲〜3曲分の歌詞が掲載されている。

それらの歌詞の背景の色もまたジャケットと同じ色合いを使っているんだけど、それがまたこのコンセプト・アルバムの流れにうまく沿っているように思える。全ページの写真が載せられれば、このアルバムを持っていない人にもよくわかってもらえるんだけど、うちにはスキャナーがないので、なんとか文章で表現してみよう。

まず、先週の追記で軽く触れたアルバムのオープニング2曲の背景の色は、黒から濃い青へのグラデーション。暗い舞台の幕が開き、青を基調にしたこの物語への導入部のようだ。見開きの右側のページには、このアルバムのジャケットで唯一目を引く雲(のようなもの)が大きく写っている。

続く3曲の背景も、先ほどのページをそのまま引き継いだような濃い青から明るい青へのグラデーション。見開きの右側のページと合わせて、青の物語の主要部分を成している。

スカンジナビアでの別離を経た後の、(もしこのアルバムがLPならB面の冒頭にあたるはずの)6曲目〜7曲目のページは、一転して暗雲が立ち込めたような黒。見開きの左側のページにはグレーの雲も見られるし、歌詞の載っている右側のページも、黒からグレーへのグラデーションが見られ、その暗雲が長く続くものではないことが暗示されているのだが…

続く、問題の8曲目だけが左端にぽつんと掲載されたページの中央部分で、黒からグレーを経たグラデーションが、白や元の青の物語に戻るのではなく、突然に血の色へと変わってしまう。この赤い余白(余「白」なのに赤なのはおかしいと一瞬思ってしまったけど、そんな話がしたいわけではないので却下)が、この物語の中でこの8曲目がどれほどの意味を持っているかを端的に表している。見開き右側のページを一言で表現するとすれば、「混乱」か。

そして、デニースが天へと旅立つエンディングの2曲は、葬儀の際に彼女が着せられていたという白装束の色が背景だ。見開き右ページの、白だけが塗られた部分のキャンバスに残る筆の跡が、昇天する魂を表しているようにも見えるし、この物語を締めくくる、僕ら現世の人間には読めないエンディングクレジット(「Signs I Can't Read」…)を象徴しているようにも見える。

あまりにも深読みのしすぎだろうか。まあいいや、ライナーの大崎さんもきっとそうだろうけど、こういう作品って、どれだけ自分が深読みしてその物語の中に入っていけるかで、愛着の持ち方が随分変わってくるものだからね。

ところで、3枚のアルバムのアートワークを見ていて他にも気づいたことがあるんだけど。表ジャケの名前の表記が、ファーストでは全て小文字(tamas wells)、セカンドでは大文字と小文字の組み合わせ(Tamas Wells)、サードでは全て大文字(TAMAS WELLS)になっている。これにも何か意味が…?とふと思ったけど、そこまでの深読みをしても誰もついてこられないだろう。なのでこれも却下。

じゃあ今回はこのへんで。僕のブログをいつも読んでくださっている人なら、冒頭に書いた「手短に」という言葉に何の意味もなかったというのは予測の範囲内だったはず。いつもすみませんね。



Growing article - Tamas Wells 「Two Years In April」

Two Years In April.jpg Tamas Wells 『Two Years In April』

15 May 2008 (Thu)

It was supposed to be tomorrow, but when I got the news that it was already in-store, I sneaked out of the office to get to the CD shop before it'd be closed. I didn't care whatever workload I had. I've been working overtime every night anyway.

Not just because I have listened to it only twice, but because I didn't want to write an easy article on this album, I decided to listen to the CD over and over again first so that I may be able to write something in-depth.

But how many albums that I wanted to write in-depth had finally resulted to be the article after many months due to my recent busy schedule? I just didn't want to treat this important album like that, so I've opened this article with this short essay, so that it'd keep remind me to continue writing about it.

I will make this grow little by little - just like Sagrada Familia.


19 May 2008 (Mon)

1. Brinsley Schwarz
2. Marilyn Manson
3. Tamas Wells

Q: What's in common among these 3 bands who are totally different in their musical style, in various times, from different countries?

A: These bands were named after their respective leaders.

Well, Marilyn Manson is of course not his real name. And you would argue who's the real leader when Nick Lowe wrote most of the songs for Brinsley Schwarz and finally made his own successful solo career.

There were 4 members in Tamas Wells (the band) in the last two albums. On both CD booklet listed their names alphabetically;

Nathan Collins: Drums, Percussions, Keyboards
Anthony Francis: Piano, Organ, Keyboards
Owen Gray: Bass, Keyboard
Tamas Wells: Guitar, Piano, Organ, Mandolin

Though the music in the albums were played by the band, they were largely formed by the quiet acoustic guitar and mandolin, and the noble piano sound. However, when I heard the same songs being played almost by one acoustic guitar in last year's Tamas Wells' solo concert in Tokyo, I paradoxically realized how much the other instruments listed above actually asserted themselves in the albums.

I'm not saying which is better. That August night in Tokyo, "the voice" reached straight and strongly to our heart, accompanied only by the precarious sound by the Myanmar-made 8-dollar acoustic guitar, as if his voice was solely standing in the midst of the ruins.

There are only two players' names on the booklet of this new album, which was released 1 1/2 years after the second album A Plea en Vendredi in 2006. Though the viola player Jo Griffiths adds the colour on a few songs, the album credit "Tamas Wells" in this album represents Tamas Wells himself, not the band. This third album by Tamas Wells is the first solo album by Tamas Wells himself.

The musical instruments used in this album are; the acoustic guitar by Tamas (I'd guess it's the 8-dollar guitar by the sound), Banjo not the Mandolin, Percussion (according to the liner notes, it's the folk instrument in Myanmar called Se. As I checked, Se meant the percussion in Burmese. Kyey Se is a kind of triangular gong. Chu Se is like a jingle bell. I wonder which is the one used in this album), and then the Viola, as I mentioned earlier. That's it. Far sparser sound than the previous albums.

Most of the songs start with Tamas whispering "two, three, four..." The rough make makes me imagine as if I'm listening to the newly-found demo recordings, not the properly produced studio recordings.

Talking about the producer, the first album A Mark On The Pane was produced by Tim Whitten, who used to produce many Aussie bands' albums such as Go Betweens, Hoodoo Gurus, Hunters & Collectors, etc (see my previous article on the album - but sorry it's not translated in English yet). The second album A Plea en Vendredi was produced by Nathan Collins, who was also the drummer of the band. And the producer of this new album, recorded at Tamas' own house in Yangon, was Tamas Wells himself. I would guess no producer would be willing to go to the chaotic Yangon.

If you compare this album with the previous ones, it's easy to tell Tamas was using the well-crafted acoustic guitars (cost more than 8 dollars!) in the Aussie-made albums. And I'm amazed again to realize how much Nathan Collins produced simple but exquisite albums, like I wrote about Broken Flight's album (see my previous article - this one's in English).

Oh, by the way, when I saw the news article about Broken Flight recording the new album on Nathan's MySpace, I found a part of the article quoted from my blog. Though the news has gone already, I'm glad the producer chose my words as the introduction. Good that I translated that with great difficulty.

Let's go back to the subject. At the last year's concert, there was one instrument which supported Tamas' voice & guitar. It was the piano occasionally played by Tamas' wife Bronwyn.

If I point out something missing from this album, which greatly reminds me of the naïve solo concert, it's the piano sound. There were two sadly-sounded piano instrumentals respectively in the previous albums. This new one doesn't have one. That should be another factor why it sounds so different from the previous ones.

Well, I haven't touched upon each song yet, not talking about the lyrics or the song titles too. But look how much I've already written! It's only Monday and the busy week's coming through. I think I should stop it for now.


25 May 2008 (Sun)

What formed the music of Tamas Wells throughout the past albums were; the famous "angelic voice", the beautiful melody that I would describe as fragile not just delicate, and the abstract lyrics that are hard to comprehend.

As I wrote last week, though the situation this album was recorded in was quite different from the previous ones, the new album Two Years In April basically contains all those three elements.

There's nothing I should say about the voice. Be it on CD or at the live concert, once you've heard his voice before, you'll never forget it. The unforgettable voice of course exists in this album again.

The former album A Plea en Vendredi was made up only by the songs you'd call the gems, represented by the masterpiece Valder Fields. You can find some songs that are almost equivalent to them in this album. A cheerful melody of the opening number Fine, Don’t Follow A Tiny Boat For A Day, just like you're watching the scene the weight-less bouncing balls rolling down the slope. The melody of the following number I Want You To Know It's Now Or Never is like it's hurriedly run up & down the eternal stairs that have every semitone steps.

Of course, The Northern Lights, which was played in the last year's concert as the newly written song, and which fascinated everyone at the venue to wonder how many more of such fresh melodies sprung from the guy, sits at the centre of this album exactly the same as what we heard then.

And, the abstract lyrics.

For instance, as I wrote in the last year's concert report, a song like I'm Sorry That The Kitchen Is On Fire which was written based on the specific story could be hard to understand what it was all about, if you only listen to it or just read the lyrics. We might as well ask Tamas himself to explain about every song like he did for I'm Sorry That The Kitchen Is On Fire then.

Moreover, you'd be surprised to know that this new CD is the concept album. The story about the girl called Denise Lochhead. You would think the lengthy titles for the 10 songs should explain this half an hour story in its own way. But I should say there's only one song title that you could guess something about the story - the too vivid description specifies that this whole story is not the cheerful one - the 8th song of the album, The Day That She Drowned, Her Body Was Found.

When you open the booklet, you can find the subtitles after each song's title. These subtitles act as mediators between the lengthy but not very specific song titles and the abstract lyrics which consist of only simple words. Just like these;

1. April And The Beginning Of Their Travels Through The Far East
2. Sanctuary Green Tennis Club, The Butcher And Denise
3. On Elevator Doors And Hospital Smells
4. January And Further Travels In The Near East
5. And The Separation In Scandinavia
6. September And Facing The Delicate Questions Of Commuting From The Outer Suburbs
7. On Jealousy, The Local Election And A Controversy About The Weir
8. Denise Lochhead Was Reported Missing At 10:30am On March 20
9. When It Is Cold They Burn The Rubbish Outside
10. It Will Be Two Years In April


Especially the early ones remind me of the subtitles from Haruki Murakami's Hard-Boiled Wonderland And The End Of The World or The Wind-Up Bird Chronicle. You think you get the point, but not exactly... Of course these are only the subtitles. You'll never comprehend everything about the story only by them. But if I read the whole lyrics, the exact image I'd get is more or less the same as when I read only these subtitles. Hmm...I may have a problem in reading comprehension ability.

You may notice the tone of the subtitle changed at the eighth song, which I described earlier as too vivid. This abstractly constructed story has grown tense when Denise drowns at the sea in the song.

Only the drone sound of viola and the strumming guitar back up the halting voice in the 9th track Signs I Can't Read. Every time I hear this song, it makes me clearly see Denise in white stands alone at the Styx. Who else could do this magic with only such a few instruments and in this simple production?

And here you finally understand the real meaning of the album title Two Years In April, which consists of only simple words but I didn't really get the point. It's exactly two years from the April she started the first journey to the April in the last song Grace And Seraphim that she went on the final (& eternal) journey accompanied by the angels after the unexpected death.

Then I recall what I wrote last week, the Myanmar folk musical instrument Se that Tamas was playing in this album. The muffed triangle-like sound that's ringing here and there like the gong in the Buddhist altar must be the one.

Thinking that way, although I described the first song Fine, Don’t Follow A Tiny Boat For A Day as a cheerful melody, since the Se was already ringing at the ending of the song, it is clearly hinted that this two April story already connoted an ill-omen from the first April. There's no repeating theme melody. No spectacular epic poetry. But this is a very delicately crafted concept album sewn by a little Se sound.


31 May 2008 (Sat)

Let's briefly talk about the artwork of the CD today. You must be so bored to see the words after words in just white & orange colours, ever since you saw the album cover at the top. Ok, let's put some more photos. Here you go.

A Mark On The Pane.gif 『A Mark On The Pane』
Plea en Vendredi.jpg 『A Plea En Vendredi』
Two Years In April.jpg 『Two Years In April』


These are the album covers of all the three albums by Tamas Wells. They all have a similar atmosphere, though I'm not sure if he intentionally aimed it. Inorganic designs based on dull blue.

Judging from the other photos on the booklet of the original Australian version, I think the cover photo of the first album A Mark On The Pane is the interior of one of the studios the album was recorded, though I don't know which one of the three studios in Sydney & Melbourne.

Like I wrote in my first article about Tamas Wells on 29 Oct 06 (sorry, it's not in English), there's something appealing to me in the monotonous album cover of the second album A Plea en Vendredi, though it doesn't make sense to me what's in it at a glance. According to the liner notes of the new album, it was the painting on the wall by Tamas' grandfather. Having heard that, it's still so hard to understand what's in the painting. Did I write the same about Tamas' lyrics? Well, like grandfather, like grandson.

And the new album. When I saw the tiny photo of this cover art for the first time on the net a few months back, I thought it was a fake or a parody of A Plea en Vendredi. So much the colours and the composition of the two albums look alike. If you have a close look at the actual CD, you notice the close up of the oil painted canvas is quite different from the water-coloured (I guess) wall painting.

Though I don't post the photos here, the artwork of the back covers of the two albums look alike, too. They both remind me of the horizon. If you have both of these two albums, have a look - and post your objection in the comment box if you think otherwise :).

Dull blue, red, white through gray to black. Yohei has already put together his deep thought about the interpretation of the cover painting consists of those simple colours. I don't dare to argue with him by my own interpretation. Instead, I touch upon this 10 pages booklet.

One side of the open pages is the close up of the oil painting of the cover art (you realize the cover art is also a part of a much bigger painting, as some of the pages show the parts not seen in the cover art). And there are the lyrics of 1-3 songs on the opposite sides.

The backgrounds of the lyrics pages use the same colourings as the cover art. I think these colour patterns are very thoughtfully arranged in line with the story of the album. If only I can post the photos of all the pages, anyone who don't have this album could see what I mean. But as I don't have a scanner, I try to describe it as much as I can.

First, the background colour of the first two songs that I briefly touched on last week is the gradation from black to navy blue. It represents the unlit stage into this blue-based story. The right-hand page shows the white clouds (I think), which is the most eye-catching part in the album cover.

As the story goes, the background of the following three songs also changes from navy to light blue. Together with the painting on the opposite page, they form the main part of this blue story.

After the separation in Scandinavia, the background of the 6th to 7th tracks (they should be the openers of the side B if this is a record) turns into black, as if an overcast sky suddenly kicks in. You actually see the gray rain clouds in the left hand page. Though you'd expect the gradation from black into gray on the opposite page gives you a hint that the rain would stop soon...

But, the next pages have the song in question - the 8th track. The left hand page has the lyrics at the edge. At the centre of the page, the gradation from the overcast black turns, not into white or the blue-story blue, but suddenly into the blood colour. This red blank (just had a quick thought the word blank / blanc should mean white not red... well, never mind. It's not the time to argue about that now) straightforwardly indicates how much this 8th track means in this whole story. If you describe the painting on the opposite page in one word, it's Chaos.

And, the background of the last two songs that Denise starts on a journey to heaven is the colour of the dress she was wearing at her funeral. The traces of the brush on the right hand page which is painted only in white look as if it's representing her ascending soul, or indicating the ending credit that's unreadable by human beings like us (Signs I Can’t Read...).

Am I reading too much? I guess Yohei had the same feeling when he wrote his well-thought liner notes. The deeper you go into the story even if it's your own interpretation, the more you grow to love it.

There's another thing that I noticed by looking at the three albums' artworks. The inscriptions of the name on the album covers are all different. The first album is all lower case (tamas wells). The second album is the combination of the upper & lower cases (Tamas Wells). And the third album is all upper case (TAMAS WELLS). There must be some hidden message behind them...? No, I guess nobody wants to read any more of my crooked interpretation. Think I should stop it for now.

If you are the regular reader of my blog, you already knew the word 'briefly' at the beginning of today's article didn't mean anything. Sorry about that :)
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