2010年07月25日

重厚長大 - Natalie Merchant

Leave Your Sleep.jpg
ナタリー・マーチャント 『Leave Your Sleep』

ナタリー・マーチャント。僕は彼女のアルバムを買うのもこれが初めてなら、彼女がかつて在籍していたテン・サウザンド・マニアックス(10,000 Maniacs)のアルバムも一枚も持っていない(だから、昔コメント欄で“象がたくさんなジャケ”と書かれてもピンとこなかったというわけ)。

そんな僕がこのCDを手にしたのは、どこかで読んだレビューがよかったのと、アメリカで結構売れているという話と、新品2枚組なのにそこそここなれた値段で入手できたこと(コンサイス版の1枚組とほとんど値段が変わらなかったというのも大きいかも。新手の2枚組売りつけ商法だね。というか、それほど欲しくもなかったCDをそんな理由で買うのは僕ぐらいか)。

よくある紙のスリップケースでなく、きちんと内側に折り曲げられた紙のケース入り(ピンク・フロイドの『PULSE』を電球付きのCDで持っている人はあれを想像して)。手に持ってちょっと驚くのはその重量。厚みは普通のプラケースのCDとそう変わらないのに、ずっしりとくる。ちょっとさっき量ってみたら、220グラムもあった。ちなみに普通のプラケース入りCDは90グラム程度だから、いくら2枚組とはいえ、倍以上だね。

その重量の理由は、紙ケースに収められた、80ページにも及ぶ上質紙のブックレット。というか、これは既に「本」だね。そこに、今回のCDに収められた26曲の歌詞の元になった詩と、それぞれの作者のバイオグラフィーがびっしりと載せられている。

そう、このアルバムは、ナタリーが自分の幼い娘に読んであげていたという19〜20世紀の数々の詩に曲をつけたもの。タイトルの『Leave Your Sleep』というのは、マザー・グースの一編だそうだ。

ブックレットには元の詩が載っているんだけど、歌詞にするために多少の手は加えられている。サビのパートとかそういうのが要るからね。だから、例えばジョン・クーパー・クラークみたいに、いかにも詩の朗読みたいになってるわけじゃない(ジョン・クーパー・クラークなんて例えられても誰も知らないだろうけど)。そういう意味では、何も知らずに聴いていたら、これらの歌詞が詩を元にして作られたなんてわからないかも。

基本的にはアメリカン・フォーク・ミュージックといえばいいんだろうけど、多くの曲にケルティックな味付けがされている。しかも、それを演奏しているのはルナサ(Lunasa)など、アイルランドの一流どころ。何十名もの弦楽器奏者が参加していて、ナタリー自身がオーケストレーションを担当している。参加ミュージシャンは、総勢で100名以上にもなるそうだ(その名前が曲ごとに載っているのも、分厚いブックレットの一因)。

2枚組26曲、合計1時間40分強にもなるアルバムをそれだけで押し切られるとさすがにきついだろうけど、ブルーズ色の強い曲、ボードヴィル調の曲、レゲエ風の曲、ほぼジャズと言っていいような曲など、絶妙のタイミングで聴き手が飽きないような工夫がされている。「The King Of China's Daughter」という曲はその名のとおり中華風アレンジだったり。

「Bleezer's Ice Cream」という曲では、色んな味付けのアイスクリームということで、沢山の食べ物の名前が列挙されているんだけど、それがまた上手い具合に頭文字を揃えていたり韻を踏んでたりで、聴いてておもしろい。頭文字を揃えるために、アイスクリームの味付けにはありえないような食べ物も出てくるけどね、スキヤキとか。スロウダイヴのアルバム名『Souvlaki』って食べ物の名前だったのか、とか、以前オフ会でちょっと話題になったピーマン焼酎の名前ピメントがでてきてびっくり、とか(内輪受けですみません)。

と、ブックレットの元詩と、ナタリー自身が調べて書いたバイオグラフィ(それぞれの詩人の両親の名前とか子供の頃どんなだったとか、えらく詳細)をじっくり読みながら聴くのも一興。ただ、長文を読んでいるうちにあっという間にCDは次の曲に進んでしまうんだけどね。

とにかく、ゴージャスな内容。時間と才能と人員をたっぷり注ぎ込んで、丁寧に作られたアルバムだというのがよくわかる。ナタリーが今回からレコード会社をノンサッチに移ったのは、こういうのを作りたかったからなんだろうね。誠実なこの会社ならではの極めて生真面目な作品。

ナタリーの歌も上手いし、彼女が書く曲もいいね。2枚目中盤の何曲かは、本当に心に沁みる(こういう、後ろの方だけど最後じゃないというような、普通なら一番中だるみする箇所に名曲をさりげなく置いてある作りのアルバムはいいよね)。

この長さとずっしりとした内容ゆえに、例えば前回の記事にしたジェブ・ロイ・ニコルズの新作のように「これからの季節に一番よく聴くアルバム」にはなり得ないだろうと思う。あんまり細切れで聴きたい感じじゃないし。

でも、これはもしかすると、僕にとってこれからずっと聴いていける、とても息の長いアルバムになる予感がする(もちろん、『Long Time Traveller』が一過性のアルバムと言ってるんじゃないよ)。「最近なにかいいのない?」と訊かれて勧めるCDじゃないかもしれないけど、一生に数枚しかCDを買わないような人に何枚か見繕ってと言われたら、これからの僕はこのアルバムを候補に入れるかもしれない。



<追記>

映画『Inception』を観てきた。今日は、ほんとはこの映画のこととどっちを書こうか迷ったんだけど、さすがに公開早々の映画のことを事細かに書くのははばかられたので、当初の予定どおり上の記事にした。

だけど、さっきこの記事をアップして、買ってきたパンフレットを読んでいたら、やっぱり少し書きたくなってきた。一本の記事にするほどでもないから、ちょっとだけ追記で。

大々的な広告にはちょっと警戒心を持っていたんだよね。テレビコマーシャルで何度も観る例の街並みがせり上がってくるシーンとか、そういう如何にもCG沢山使って驚くようなシーンをあちこちにちりばめました、でもあんまり内容ありません、だってハリウッド映画ですから、みたいなのってよくあるからね。

でも、この映画は凄いと思う。内容濃い。2時間半もあるのに、複雑なスクリプトを追うのに夢中だったせいか、観ているうちに時間の感覚が狂ってくるのか、あっという間に最後のシーンにたどり着いてしまった。

そりゃ確かに辻褄合ってないところとかあるけど、とてもロジカルに組み立てられたストーリーだと思うよ。だって隅から隅まで全部辻褄合ってたら、それは最早サイエンス・フィクションじゃないからね。

緻密なプロットとハリウッド大作ならではの派手なアクション、それを彩るのが例の“夢を視覚化した”シーンの数々。これははまるよ。おまけに(というか、全然おまけじゃないけど)それを演じるのが、レオナルド・ディカプリオとか渡辺謙だからね。それに、超大物の彼らだけじゃなく、準主役級のエレン・ペイジやトム・ハーディーらも、僕はすごくいいと思ったね。

結局小さな記事一本分ぐらい書いてしまったかな。まだ観てない人には、おすすめの映画。大きな画面で観よう。
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2010年07月18日

100%レゲエ - Jeb Loy Nichols

Long Time Traveller.bmp 
Jeb Loy Nichols 『Long Time Traveller』

「このまま量産体制に入るのか、もしくは先々の分を前倒しで作ってしまったから、あと10年ぐらい音沙汰無くなるのか」

これは僕が去年最後の記事を締めくくった台詞。それまで2〜3年おきにアルバムを作っていたジェブ・ロイ・ニコルズが、去年いきなり3枚ものアルバムを発表したのを受けてのこと。

答えは、前者だった。あれからわずか半年で、昨日おそらく日本先行で新作『Long Time Traveller』が発売された。彼のサイトを見ても、(今日時点で)このアルバムに触れてはいるものの、まだディスコグラフィにも載っていないよ。まさに、できたてのほやほや。

よほど最近は活動意欲にかられているんだろうね。同じサイトのニュース欄を見ると、この6月にはリチャード・トンプソン主催のメルトダウン・フェスティヴァルに出演し、8月にはブレコン・ジャズ・フェスティヴァルに、前作を共同制作したノスタルジア77と一緒に出演するようだ。

さて、新作アルバムについて。買ってきてまだ1回しか聴いてないけど、早速書こう。

なんだかジェブ・ロイとはずっと昔から一緒にやってるような気がしてたけど、彼のアルバムに参加するのは実は今回が初となるエイドリアン・シャーウッド(Adrian Sherwood)のプロデュース。バック・バンドは、エイドリアンのOn-Uサウンドのお抱え、ダブ・シンジケート(Dub Syndicate)とルーツ・ラディクス(Roots Radics)。

その布陣を見てわかるように、今回のアルバムは100%レゲエ。これまでもレゲエやカントリーやソウルなんかをごった煮のように混ぜ合わせたサウンドを作ってきた人だけど、ここまでレゲエ一色なアルバムを作ったのは今回が初めて。録音されたのは、ロンドンとジャマイカのキングストン。有名なチャネル・ワン・スタジオも使ったようだ。

エイドリアンがプロデューサーだということで、ラディカルにぶっ飛んだダブ・アルバムになってるんじゃないかとちょっと気になってはいたんだけど、聴いてみてびっくり。これは、古き良き時代の正統派レゲエそのままだよ。

ダブの要素がゼロというわけじゃない。たとえば「Lonely King Of The Country」のエンディングとかにふっとそういう色が見えたりもするんだけど、あくまでもささやかな彩り程度。その気になればもっとバリバリのダブ処理をすることもできたろうに、おそらく今作のテーマである“70年代レゲエ”に合わせて爪を隠すエイドリアン。さすがだね。

05年の『Now Then』収録の「Sweet Tough And Terrible」を再演。マーク・ネヴァースがプロデュースしたオリジナルも僕のお気に入りだったけど、この正統レゲエ・ヴァージョンもいいね。

「Mother Your Son」の左右のトラックで鳴っている物悲しい音色は何だろう。左がメロディカで、右がフルートかな。いや、オーボエかも。単なるお気楽なラヴァーズ・ロックだけでなく、こういう暗く乾いた曲を書けるのがこの人の強み。全盛期のガーランド・ジェフリーズを彷彿とさせるよ。

かと思えば、「Everything Is Different (Every New Day)」のエンディングにポリースの「Every Breath You Take」の一節を紛れ込ませるというユーモアも。

不思議なことがひとつ。このアルバム、ジャケ裏や解説書に載っている曲順と実際の収録順序が違ってるよ。6曲目までは合ってるけど、7曲目に載っている「Everything Is Different」は9曲目、8曲目に載っている「I'm In Need Now」が10曲目、9曲目に載っている「Lonely King Of The Country」が8曲目、そして10曲目に載っている「Mr. Nobody」が7曲目に収録されている。なんでだろう、これは。ジェブのサイトによると、このアルバムはLP版も出るそうだから、もしかするとジャケ裏とかに書いてあるのはLP版の曲順なのかな。

表ジャケは、最近よくあるジェブ自身の写真と彼の木版画の組み合わせ。アーティスト名が“ブラザー・ジェブ・ロイ・ニコルズ”になってるのがいいね。ついでに内ジャケの木版画は“ザ・チャンピオン・サウンド スーパー・ジェブ・ロイ・ディスコ”だ(笑)

夏だからレゲエ、というわけではないけれど、少なくともこのアルバムは僕にとって、今年今からのこの季節に一番よく聴くアルバムになることは間違いない。ようやく今2回目を聴き終わったよ。じゃあ、今からウォークマンに落として、夏の夕べの散歩の友にしようかな。腹減ったし、なんか辛いものでも食べに行こうっと。
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2010年06月27日

インスタント60's - The School

Loveless Unbeliever..jpg The School 『Loveless Unbeliever』

ペット・サウンズなバンド・ロゴといい、ツルツルにコーティングされたインナースリーヴや裏ジャケのレトロなデザインといい、いかにも60年代を意識したのがよくわかるこのアルバムが、ウェールズのカーディフ出身の新バンド、スクールのデビュー作。

グループ名が単純すぎて、検索すると関係ないのがいっぱい上がってくるのがちょっと難点。まあ、最近ではここまで単純なグループ名というのも逆に珍しいから、そういうところも昔風を狙っているのかも。インナーにはメンバーのファーストネームだけ7名載っているが、そのすぐ隣に演奏者の名前が9名分。その両方に名前があるのは4名だけ。このアルバムを作っている途中でメンバーチェンジがあったということか?

このアルバムの前にシングルとEPを発表済みで、この手の音が好きな人たちの間では以前からそれなりに話題になっていて、これが待望のデビューアルバム!というわけだ。僕は525枚という不思議な限定数量のアナログ盤をアップルさん経由で入手。きれいな色の盤が嬉しい。

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シンプルでキャッチーなメロディーの他愛ないラブソングを、これまたシンプルこの上ない演奏に乗せて歌う女性ボーカルと、それにかぶさる綺麗なコーラス。それだけ。アップルさんとかあちこちのサイトに、同傾向のアーティストとして、キャメラ・オブスキューラやラッキー・ソウルなんかの名前が挙げられているね。

僕は懐かしのトレイシー・ウルマンを思い出したよ。いつの時代にも、こういう60年代ポップをストレートに継承した女性ボーカルが現れるもんだよね。僕はトレイシー・ウルマンはちょうど世代的に「こんなの恥ずかしくて買ってられないよ」とあえてスルーしたからLPもCDも持ってないけど(それでもタイトルを見ただけでサビは歌えるけど)、おっさんになった今ではこのスクールは何のためらいもなく買える。

先に出たシングルにもEPにも収録されてないアルバムトラックの「Is He Really Coming Home?」のPVが出回っているね。これもシックスティーズ風のポップな色づけがされた、いいビデオ。



アルバムのジャケから受ける印象よりもずっとふっくらした感じのボーカルのリズがなんか微笑ましいね。アルバム・クレジットを見ると、なんと全曲この人が書いてるよ(2曲はギター担当のサイモンとの共作。でもその人はグループメンバーの方には名前がない。でも最終曲「I Don't Believe In Love」でボーカルを披露しているのはこの人のはず。どういう関係なんだ?)。

確かに全部シックスティーズ・マナーの定型的な曲ばかりで、あちこちにどこかで聴いたようなメロディーやアレンジが出てくるとはいえ、これだけの曲を作れるというのはすごいね。ちなみに「Shoulder」の間奏は「おんまはみんなぱっぱか走る♪」に聴こえてしまうのは僕だけか(笑)

どの曲もクオリティ高いけど、中でも僕の一番のお気に入りはこの「I Want You Back」。PVは作られていないようだけど、これもYouTubeにアップされているので一緒に貼っておこう。



ここに写っているのは、この曲が最初に収められたEPのジャケット。LPでいっぱいの部屋に寝転んで、でっかいヘッドフォンで音楽を聴くリズの写真。床に散らばっているのはビッグ・スター、ビーチ・ボーイズ、テレヴィジョン、ジョーン・ジェット、ウイングスなどのLP。いいね、これだけですっかり感情移入してしまうよ。このEPの全曲アルバムに再収録済みだけど、このジャケだけで持っておきたくなるね。

そんな感じでついついシングルにまで手を伸ばしてしまいそうな上に、今一番どうしようかと思っているのが、今日書いたこのアルバム。綺麗な限定アナログ盤は既に発売元のエレファント・レコードでも売り切れになっているから買って後悔はしてないんだけど、これMP3音源がついてないから、週末に家で聴くしかないんだよね。なのでこうして週末になるとへヴィーローテーションで回してるんだけど、やっぱり普段ウォークマンで聴くためにCDも買おうかな。
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2010年06月20日

帰還 - Roky Erickson with Okkervil River

True Love Cast Out All Evil.jpg
Roky Erickson with Okkervil River 『True Love Cast Out All Evil』

伝説的なテキサスのサイケデリック・ロック・バンド、サーティーンス・フロア・エレヴェイターズ(The 13th Floor Elevators)のフロントマン、ロッキー・エリクソンの奇跡の復活作。そんな風に書き始めればいいんだろうか。

同じく60年代にカリスマ的な人気を得ていながらドラッグで精神障害を患い、最期までこちらの世界に戻ってくることなく逝ってしまったシド・バレットやスキップ・スペンスらのことを考えると、63歳になった彼がまともな新作アルバムを出すということ自体が驚愕の事実だというのはよくわかる。

でも、正直言って、僕にとってはそれほど思い入れのある人でもバンドでもなかったから、しばらく新作から遠ざかっているオカヴィル・リヴァーがバックを務めていなければ、僕はこのアルバムに手を出すことはなかっただろう。そっち側からこのアルバムにたどり着く人は、世間的にも希なんじゃないかとは思うけどね。

07年の『The Stand Ins』時から一人メンバーが替わったオカヴィル・リヴァーの全員が参加。ジョナサン・メイバーグはシアウォーターのアルバム作りに忙しかったのか、わずか2曲にしか参加していないけれど、ウィル・シェフは全ての曲で様々な楽器を演奏している。アルバム全体のプロデュースとライナーノーツ担当もウィル。

細かい文字で10ページにわたってびっしりと書き込まれたそのライナーノーツは、ストーリーテラーとしてのウィル・シェフの才能が見事に発揮された力作。若くしてサイケデリック・ロックの先鋭として成功したロッキーが、やがてドラッグで精神を病んで投獄された後の壮絶な人生について、ときにスキャンダラスなエピソードを交えながらも、感動的に書き上げている。

45分という、アルバムとしてはLP時代から親しんだちょうどいい長さのこのCDを一枚聴く時間内では僕には読み通せなかったほどの分量の文章だけど、これを読むのとそうでないとでは、このアルバムの深さと一音一音に込められた意味の理解度がまるで違うはず。なんて、これから聴こうという人にハードルを上げるようなことを書いてしまったけど、7月に出るという日本盤にはきっとこのライナーの対訳がついているかな。

同じテキサスのオースティンをベースにしているとはいえ、親子以上に歳の離れたロッキーをウィルがプロデュースするというこのプロジェクト。これが決まったときに、ウィルの元にはロッキーがこれまで何十年にもわたって録り貯めた60曲ものデモ録音が入ったCDが送られてきたという。そこから厳選された12曲が絶妙の順序で配され、絶好調時のオカヴィル・リヴァーのアルバムさながらの緻密な装飾を施されている。

ロッキーが獄中で録音したというざらざらとした音質のオープニング「Devotional Number One」に少しずつオカヴィル・リヴァーの演奏が被さり、2曲目の「Ain't Blues Too Sad」に続く際に聴こえてくるカオスのようなノイズは、ライナーに載ったエピソードの一つ、ロッキーが自分の頭の中に鳴り響く「声」を追い払うために、部屋に何台も置いてあるテレビやラジオを全て違うチャンネルでフルボリュームで鳴らしていたというシーンを再現したものだろう。

アルバム中唯一の軽快なロック・ナンバー「Bring Back The Past」。2分ちょっとという短い曲だけど、一回一回入るドラムのオカズが全部ちょっとずつ違うという小技にニヤリとする。さすがトラヴィス君、いいドラム叩くよね。

“サイケデリック・ロックの始祖”の復活アルバムを期待した人にとってはちょっとした肩透かしなのかもしれないけれど、ここで聴けるのは、一度は地獄のような人生を経験した人がこの世に戻ってこられた喜びを訥々と歌う姿だ。最初に書いたようにこのアルバムにはそれほど期待していたわけではなかった僕が、最終曲「God Is Everywhere」の最期の音が途切れた瞬間、喉の奥に熱いものが込み上げてくるのを感じたほどだ。


ここには、『Berlin』の絶望がある。

ここには、『Bring The Family』の慈愛がある。

そしてここには、『Black Sheep Boy』の混沌がある。


10歳の頃のロッキーを撮ったレトロな裏ジャケはすごく味があるけれど、今名前を挙げたジョン・ハイアットの傑作をちょっと思い出させる、爺さんの顔のアップという、あまりジャケ買いの対象にはならないと思われるジャケットに包まれたこのアルバムが、どれだけ世間で話題になるのかはわからない。でも、僕にとってはこれは、音楽が好きで本当によかったという気持ちを今さらながら噛み締めさせてくれる、とても大事なアルバムだ。

ロッキーも別に、帰りを待ちわびていたわけでもない人に言われたくないかもしれないけれど、心を込めて「おかえりなさい」と言ってあげたい。

こんなに見事に構成されたアルバムをあまり細切れで聴いてほしくはないんだけど、アルバム3曲目「Goodbye Sweet Dreams」を使ったビデオを見つけたので、興味のある人は見てみて。ロッキーとウィル、おもちゃ屋で遊ぶ、の図。ウィル、いつの間にこんな髭面に?


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2010年06月13日

ふにゃふにゃ君の子孫たち

クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤーのファーストは大好きだった。06年の7月にこのブログが始まって一ヶ月も経たないうちにそのアルバムのことはかなりの絶賛モードで書いているし、その年の個人的ベストアルバムの第二位に入れたぐらいだったからね。

翌年のセカンド『Some Loud Thunder』は、せっかくデイヴ・フリードマンなんて有名プロデューサーを連れてきたわりには、僕にはちょっと焦点の絞りきれていないアルバムに思えた。ちょうど、同じようにヘロヘロとしたイラストのジャケなのに、メンバーのロビー・ガーティンが描いたセカンドのそれが、ファーストのダーシャ・シシュキンのなんともいえない味のある浮遊坊主とは何かが違っていたのと同様に。

CYHSY.jpg Some Loud Thunder.jpg

あのバンドを特徴付けていたのは、なんといってもアレック・オンズワースのすっとぼけたボーカルだった。当時からよくデイヴィッド・バーンに例えられたそのボーカルとギターを担当し、全ての曲の作詞作曲だけでなく、セカンドアルバムではデイヴ・フリードマンと一緒にプロデュースまでこなしていたアレック。誰もがクラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー(CYHSY)は彼のワンマンバンドだと思っていたはず。

2年ほど音沙汰がなかった後、昨年アレックのソロアルバムが届けられたときには、もう彼はCYHSYとしての活動は行うつもりはないということをどこかで読んだ。ワンマンバンドゆえのリーダーの傲慢?音楽性の違い?はっきりした理由はわからないけど、まあ、よくある話だ。


Nature Is A Taker.jpg Uninhabitable Mansions 『Nature Is A Taker』

「CYHSYのメンバーであるロビー・ガーティン、タイラー・サージェントがオ・ルヴォワール・シモーヌ(Au Revoir Simone)のアニー・ハート、ダーティー・オン・パーパス(Dirty On Purpose)のダグ・マーヴィン、ラディカル・ダッズ(Radical Dads)のクリス・ダイクンと結成した新バンド」なんて紹介文を読んだときも、僕はその最初の二人のメンバーがCYHSYでどの楽器の担当をしていたかを咄嗟に思い出すことすらできなかったぐらい。

オ・ルヴォワール・シモーヌは嫌いではないけど僕にとってはアルバムを何枚も集めるほどではないという程度。その他の2つに至っては僕は聴いたこともないバンドだ。つまり、あまり興味のないバンドのよく知らないメンバーが集まった、地味極まりないスーパーバンド(笑)程度の認識でこのアルバムを手に取ってみた。

かなりポジティブに期待を裏切られたね。飄々としたところはCYHSY譲り。なんで当時アレックだけが曲を作っていたんだろうと思えるほど、ユニークでありながら芯のしっかりした曲たち。リードボーカルがアレックほどエキセントリックじゃないから、むしろこっちの方が一般受けしてもおかしくないかも。さっきリンクした記事で僕はCYHSYのことを「疾走感のある たま」と表現したけど、CYHSYが知久寿焼が唄うたまだとしたら、こちらは柳原幼一郎の歌うたまと言えばいいか。

日本盤は最初のシングル「We Misplaced A Cobra In The Uninhabitable Mansion」が最後に収録された全11曲入り。そのボートラが本編最後の「We Already Know」から実にいい具合に繋がっていて、こういうボートラは大歓迎だね。お陰で、まだネット上では入手可能な「We Misplaced〜」の7インチシングルを買うモチベーションが減ってしまったけど。

アルバムタイトル『Nature Is A Taker』はその本編最後の曲の歌詞から取られたもの。そして、見てのとおり最初のシングルには自分たちのバンド名が(単数形だけど)織り込まれている。些細なことだけど、単にヒット曲のタイトルをアルバムにつけるとかじゃなく、こうやって言葉を大事にしている人たちはいいね。つい歌詞もちゃんと追ってしまう。

ちなみにその読みづらく書きにくいグループ名、アニハビタブル・マンションズ(Uninhabitable Mansions:住めない大邸宅)、なんでこんな名前にしたのかなと思っていたら、ライナーにそのことが書いてあった。

もともと別のバンドに属していたメンバーが音楽だけじゃなく絵画とかも含めた芸術を一緒につくろうと集まってきたプロジェクトがこのグループの始まりだったそうな。そして、このグループが作り出すこの音楽は、集まってくる人たちを包み込む、皆が属する大きな家みたいなもので、だけどその家には住むことはできないからっていうことなんだって。

なんかいいね、そういう考え方って。スタイル・カウンシルを始めた頃のポール・ウェラーもそういうこと言ってたっけ。あの人の場合は求心力が強すぎて、すぐ「ポール兄貴とその一味」みたいになってしまうから、なかなかコミュニティって感じがしないけどね。


Mo Beauty.jpg Alec Ounsworth 『Mo Beauty』

発売されてからしばらく経ってしまったけど、このアルバムも去年のお気に入りの一枚。もともとアメリカではどこのレーベルにも属さずにアルバム作成からディストリビュートまで全て自分たちで行っていたことも話題になったCYHSY時代とはうって変わって、名門アンタイレーベルから出されたアレック・オンズワースのデビュー・ソロアルバム。

プロデューサーがロス・ロボス(Los Lobos)のスティーヴ・バーリンで、バックバンドが(僕はよく知らない人が多いけれど)ニューオーリンズの名うてのセッションミュージシャンだというこのアルバム。歌だけを聴くとあの頃のままのアレック節なのに、それがこんなに骨太で泥臭いサウンドに乗ったときの心地よい違和感。


Skin And Bones.jpg Flashy Python 『Skin And Bones』

てっきりこれからはあの南部路線で行くのかと思いきや、『Mo Beauty』発売からわずか3ヶ月で今度はこれが出た。フラッシー・パイソン(Flashy Python)名義のファーストアルバム。アレックの新バンドなのかな。大所帯のバンドメンバーには僕の知らない名前も多いけど、『Mo Beauty』にも参加していたマット・サットンもいれば、アニハビタブル・マンションズに行ったはずのタイラー・サージェントもいる。喧嘩別れしたわけじゃなかったのか。

こちらはどちらかというとCYHSYがそのまま進化したという感じの音になっている。2曲目「The Lady Is A Ghost」のエンディングがぐにゃぐにゃと失速して途切れるところなんて、まるであのCYHSYのファーストのジャケをそのまま音にしたみたい。とはいえ、「Ichiban Blues」なんて題名のベタベタなブルーズがあると思えば、アルバム最後の「Avalon's Snake Breath」は3部構成になった11分を超える大曲だ。

アマゾンにリンクして気づいた。これ日本盤が出ていて、しかもボートラ3曲入りなんだね。カスタマーレビューには「ボーナストラックも良いですよ」なんて書いてあるぞ。うーん、しょうがないな。また買い替えか。


CYHSYの音をうまく視覚的に表してあると思っていたあのファーストのジャケットの浮遊坊主と、裏ジャケのふにゃふにゃ君たち。あれから4年ちょっと経って、あいつらがこうやっていろんなバンドに分かれたりくっついたりしながら、皆同じようにぐにゃぐにゃとした疾走感のある小気味いい音を出し続けていくなんて(しかもこんなハイペースで)。これから散財させられる予感も含めて、こいつは嬉しい誤算だったね。
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2010年06月06日

途中までのサクセスストーリー - Cats On Fire

Dealing In Antiques.png Cats On Fire 『Dealing In Antiques』

以前何度か北欧特集をしたときに、どうもフィンランド産がうまく集まらないことがあって、一時は意識してフィンランドものばかりを探していたことがある。やたらとメタル系か伝統音楽が多いんだよね。そういうのもそんなに大嫌いなわけではないんだけど。

このブログには取り上げなかったけど、去年の暮れにセカンドアルバムを手に入れたこのキャッツ・オン・ファイアは、そんな中でも聴いてすぐに気に入ったバンドのひとつ。yascd014に入れたバーニング・ハーツ(Burning Hearts)は、このバンドのドラマーであるHenry Ojala(ヘンリー・オヤラと読むのかな)の別プロジェクトだ。

先月出たばかりのこの新譜は、『古物商』というタイトルから想像がつくとおり、古いシングル曲やデモ録音などを集めたもの。まだ2枚しかオリジナル・アルバムを出していないバンドがもうこんな倉庫の棚卸しみたいなアルバムを出すのかと最初は思ってしまったんだけど、

聴いてみるとこれが、オリジナル・アルバムを凌ぐほどの予想外の内容。古くは02年に、自分たちの故郷であるフィンランド北部ヴァーサの寒く湿った部屋で録音されたという曲から、新しいものは今年の春に出来たばかりの新曲まで、全20曲。

収録されている順序は必ずしも年代順ではなく、その新曲「Your Woman」から始まり、最後は昨年末に録音された「The Hague」で終わっていて、残り18曲はあくまでもアルバムの流れ重視で並べられている。録音状態や演奏技術的にはちょっとバラバラなようにも思えるが、違和感を感じるほどではない。

これまでのアルバムは幾何学模様だったり簡単なイラストだったりだけど、今回のは水に半分浸かったディナーテーブルという、ちょっと不思議な絵。一時のビューティフル・サウスのジャケを思い出させるね。

上の写真はちょっと小さくてディテールまではわからないだろうけど、この絵もブックレット内部の写真も、粒子の粗い昔の総天然色印刷みたいないい雰囲気。

ブックレットには19に分かれた文章が、タイトルっぽい太字と歌詞っぽいイタリックで載っているので、てっきり(カバーである)「Your Woman」以外の歌詞が載っているのかと思いきや、これが02年から今年までのこのバンドの変遷を描いた年代記だった。

それぞれの文章の最後に、その当時に作られた曲の歌詞の一部が載っていて、歌詞の全てを聴き取れるわけじゃないのに、その曲が作られた当時の出来事や背景なんかがすっと頭に入ってくる。

ただ、さっきも書いたとおり、実際に収録されている曲順が年代順じゃないから、CDを聴きながらこれを読んでいるとちょっと混乱するんだけどね。かと言って、収録曲順に文章を読むと余計にわけがわからなくなるのでご注意。

音楽シーンなんて存在しなかったヴァーサでバンドを始め、大学に進学する際に解散しようとしたことや、04年の大きなメンバー交代を経て、トゥルクやヘルシンキに出て国内ではどんどん大きな存在になっていったこと、

フィンランドでは特別な存在だと思っていた自分たちが、ロンドンに出てみたら、他の一万ものバンドに埋もれてしまうような存在だと気づいたことなど、どこにでもありそうな田舎のバンドのサクセスストーリー。

一番最後の「The Hague」に添えられた文章は、「さあ、どうしよう?」だ。もうここで諦めることもできる。これ以上の成功なんて求めずに、ペースを落とすことだってできる。でも、そこに抜粋されたその曲の歌詞「僕は聖者になりたい/僕は勇敢でいたい」は、この19章に分かれたサクセスストーリーがまだ途中までしか書かれていないことを示唆しているんじゃないだろうか。

他のバンドに埋もれてしまう?確かに、スミスがいなければこの世に生まれてこなかったと思える音ではある。それでも、今から1年ちょっと前にこのブログで取り上げ、今年になってデビューアルバムが発表されて以来、あちこちの輸入盤店で話題になっているノーザン・ポートレイト(Northern Portrait)同様、モリッシーとジョニー・マーが生み出した音楽を、これだけ拡大再生産的に継承できるバンドが、ロンドンだろうと何処だろうと、他にいくつあるというんだろう。
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2010年05月15日

ひねくれ - The Scotland Yard Gospel Choir

And The Horse You Rode In On.jpg 
The Scotland Yard Gospel Choir 『...And The Horse You Rode In On』

小さな女の子がクスクス笑いながら「あなたなんて大きらい」と歌いだす1曲目。アルバムのオープニングとしては、スミスの「The Queen Is Dead」の冒頭「Take Me Back To Dear Old Blighty」みたいな感じを狙ったのかとも思うが、それよりもクラッシュの『Sandinista!』にシークレットトラックとして収められた方の「The Guns Of Brixton」を思い出す。

最初にこのアルバムを知ったのはどうしてだっけ。アマゾンからのお勧めメールだったかな。この、一見何が写っているのかよくわからないけどなんだか妙に味のある白黒ジャケと、“ロンドン警察ゴスペル聖歌隊”という、これもいまいち意味のわからないグループ名に興味を持って、試聴してみたんだっけな。それで去年の年末に他の何枚かと一緒にアップルさんから買ったんだった。

その短い1曲目をさえぎるように始まる、正式なアルバムオープニングの2曲目「Stop!」の歌いだしはこうだ。

  お前なんか、梅毒にかかって寂しく死んでしもたらええのに

この曲だけじゃない。振られたり、裏切られたり、思いが届かなかったり、という男の屈折した気持ちがこれでもかというほど綴られた曲が、次から次へと出てくる。決して“彼女いない暦何十年”というほど全然もてないわけじゃなく、でもどうしても彼女と長続きしない男の寂しい歌。

僕が今日ようやく新作を読了したニック・ホーンビィの出世作『High Fidelity』を思い起こさせるね。ロンドンの下町でくすぶる、冴えない男の物語。そういうシチュエーションだけでなく、何を言うにもいちいちひねくれた表現をするところもね。

そういう歌を歌っているのが、ジャーヴィス・コッカーかケヴィン・ローランドかと思うような、時折声がひっくり返るほどへロヘロした歌い方の男。バンドの音も曲調も、その二人がいたグループ(知らない人のために:パルプとディキシーズ・ミッドナイト・ランナーズです)をはじめ、ハウスマーティンズとかテレヴィジョン・パーソナリティーズとか、もちろんスミスとかも彷彿とさせる。曲によってはフェルトみたいなのもあるね。懐かしい。

そんな、どこをどう切り取ってもゴスペルでも聖歌隊でもない、懐かしのブリティッシュ・ポップ(ブリット・ポップというとどうもブラーとかオエイシスとかの、もっと売れ線の立派なのを連想してしまうので)そのままの音を奏でるのがこのバンド。これはサードアルバムになるのか。全然知らなかったよ。拾い物だね、これは。なんか、こういう「僕たち80〜90年代の目立たないイギリスのバンドが大好きです」という音がすごく愛しい。

The Scotland Yard Gospel Choir.jpg
『The Scotland Yard Gospel Choir』

気に入ったものは立て続けに買う習性があるので(前記事参照)、07年のセカンドアルバムを見つけてきた。HMV通販のカートに入れておいたら、頼みもしないのに70%引きのセールの対象品にされていたのでラッキー。

調べてみたら、これの前に出ているデビューアルバムはもう廃盤なんだね。それはインディーズからの発売で、バンド名を冠したこのアルバムが実質のデビューアルバムみたいなもんなのかな(まあ、ブラッドショット・レコーズがインディーズではないという意見に賛成する人はあまりいないとは思うけど)。

ジャムみたいな威勢のいいギターで始まるこのアルバムも、基本的には新作と同じような作り。「この世には僕の居場所はない」というタイトルの2曲目の歌詞が、「朝起きたらいつも夢想する/車の前に飛び出して死んでしまうことを/でも自分の運を考えたら/どうせそのまま死ねずに半身不随で一生過ごすことになるはず」という、もうどうしようもなく暗く屈折したもの。でも、歌詞を無視すれば、これもまた小気味のいいギター・ポップ。

何曲かで女性がリード・ヴォーカルを取っているのは、新作と同じ。クレジットに誰が何担当か書いていないのであてずっぽうだけど、エレン・オヘイヤーというのがその人かな。だとすると、新作ではその人はもう脱退して、“The Usual Suspects”(札付きの)メンバーとして名前が載っているね。脱退したメンバーが新作のレコーディングで何曲もリード・ヴォーカルを取るという不思議な形態。

最終曲「Everything You Paid For」はエレンが歌う美しいスロー・バラッド。なのに、わざわざその曲のエンディングに奇妙なサウンド・コラージュとハアハアいうあえぎ声(?)を重ねるというひねくれ度合いも素敵(笑)


さて、ここまで引っ張ってきて最後にばらすと、実はこのグループ、シカゴ出身のれっきとしたアメリカン・バンド。ゴスペルも歌わず聖歌隊でもないだけじゃなく、ロンドン警察(スコットランド・ヤード)とも関係ないのかよ。じゃあこの、セカンドアルバムのジャケットのロンドンバスも含めて全部引っ掛け問題か。

でも考えてみると、映画版『High Fidelity』の舞台が原作のロンドンからアメリカに変更されるにあたって選ばれた街がシカゴだったというのと、妙にシンクロするね。なんか不思議な感じ。
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2010年03月13日

秒殺 - Sambassadeur

European.jpg Sambassadeur 『European』


ジェットコースターに乗るのは好きかな。あんまり最新の、後ろ向いたまま何十メートルも垂直に落とされたり、椅子にも座らず足元ぶらぶらさせて何回転もさせられたりするようなのじゃなくて、わりと昔ながらの、どこの遊園地にもあるようなやつを想像してほしい。

一番前の席に座り、セーフティー・バーを下ろして、さあ出発。カタカタカタと音を立てながら、車両が上に向かって進みはじめる。背中に自分の体重を感じる。周囲の景色が少しずつ下のほうに消えて行き、やがて目の前にはまっすぐなレールと空しかなくなる。

カタカタカタ。ゆっくりと頂上が近づいてきた。小さな子供の頃なら、今この瞬間から味わうことになるスリルに押しつぶされて、もう目をつぶっていたかもしれない。カタカタカタ。目の前のレールが途切れる。


CDショップの試聴機でこのアルバムの1曲目を聴いたときに僕の頭に浮かんだ映像がこれだ。ロイ・ビタンが奏でる「Backstreets」のイントロさながら、あざといまでにセンチメンタルな、ゆったりしたピアノのイントロに、ドラムとベースが入ってスピードアップする瞬間。続けざまにかぶさる豪華なストリングス。これはやられた、と思った。

でもよくあるんだよな、1曲目だけこういう華やかな曲で、後は平凡な曲だけが10個ほど詰まったつまらないアルバムって。なんて勘繰りながら、その1曲目を最後まで聴かずに試聴機のスイッチを押し、2曲目へ。

その2曲目は、5秒も聴いていられなかった。嫌な曲だったんじゃない。それ以上、試聴機なんかでつまみ聴きするのがあまりにももったいないと思ったからだ。

スウェーデン発、これがサードアルバムとなる、サンバサダーの『European』。僕はあまりよく知らなかったんだけど、その筋では結構有名なバンドなんだね。買って帰ってネットで調べたら、もうあちこちで取り上げられていたよ。

インストを1曲含んだ、全9曲入り。4人のメンバーの誰がどの楽器を演奏しているのかは書いてないけど、メンバー以外にドラム、ピアノ、サックス、ギター、パーカッション、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロなどの奏者が参加している(メンバー4人は一体何を演奏しているんだ?笑)。

そんなに沢山の楽器が入ってはいるけれど、決して分厚い音じゃない。こっちの勝手な思い込みかもしれないけれど、いかにも北欧らしい、豪華ながらもすっきりした音。ちょっとハスキーな女性ヴォーカルもいい。

試聴機のヘッドフォンで聴いてももちろんよかったんだけど、ひとつ発見したのは、ちゃんと部屋のスピーカーの前に座って、自分の耳とスピーカーとの間の空気を少し大きな音で震わせながら聴くと、これがまた格別にいい。いいプロダクションって、こういうところでわかるよね。

「ん?」っていう声が冒頭にぽつりと入っている美しいギター・インストの「A Remote View」がふっと終わり、次の「Sandy Dunes」のドラムの乱れ打ちみたいなイントロにつながる瞬間で、再びジェットコースターが頂上から落ちる瞬間の気分を味わえる。

カセットテープを巻き戻すような音で始まり終わる最終曲「Small Parade」はブックレットに歌詞が載っていなかったので調べてみたら、元ガイデッド・バイ・ヴォイセズのトビン・スプラウト(Tobin Sprout)がマタドール・レコードのオムニバスに提供した曲のカバーという、なんともマニアックな選曲だった。

ほぼ捨て曲なしと言ってもいいぐらい気に入ったこのアルバム、内容に負けず劣らず素敵なのが、ブックレット。上に載せた表ジャケと同じ淡い色合いの水彩画が、裏ジャケ含めてあと4枚載っている。どれもこれも、そのまま額に入れて部屋に飾りたいぐらい。

キム・ステンスランドっていう人が描いたのか。あ、ブックレットにアドレスが載ってる。うわ、この人の絵、かなり好き。サイトの上の方の小さなサムネイルだけ見てると写真かと思うけど、拡大するともちろん全部水彩画なんだね。

上に書いたようないきさつで、僕は最初に聴いて数十秒という単位で買ってしまったけど、今からこのアルバムを買おうという人は、ちょうど今日、ディスクユニオンから国内向け仕様の日本盤が出たようなので、そちらを買って、アップル・クランブルの松本さんがライナーに書いた内容を僕に教えてください(笑)
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2010年02月13日

先にいってしまう人たちへ - The Durutti Column

2001-2009.JPG The Durutti Column 『2001-2009』

イアン・カーティス、マーティン・ハネット、トニー・ウィルソン。ファクトリー・レコードのいちばん最初の頃に一緒に大きなこころざしを持ってがんばっていた仲間たちがひとりずつ亡くなってしまい、ヴィニ・ライリーはきっとすごく寂しい思いをしているんだろう。特にここ数年は出すアルバムのすべてにトニー・ウィルソンへの鎮魂曲を入れているのを見ると、きっと彼とは一番仲がよかったんだろうね。

ドゥルッティ・コラムが01年から去年までにかけて出したアルバム5枚にボーナストラックを少しずつ付けて、つるつるした紙質のジャケットと一緒に、これもつるつるした箱に収納したセット。

解説もアルバム毎のクレジットも何もついてないそっけない作りだし、最近のアルバムをマメに買っていた人たちにとってはきっと痛し痒しな再発なんだろうけど、最近はこの人の新しいアルバムを買うのをさぼってしまっていた僕にとっては、すこし嬉しい箱。上にリンクしたアマゾンでも(5枚組としては)それほど高くないけど、行くところに行けばもっと安く手に入るし。

今日は朝からこれを順番に聴いているところ。順番はバラバラにだけどね。今かかってるのは『Idiot Savants』。これにも「Interleukin (For Anthony)」という曲が入っているね。この次に聴く予定の『Someone Else's Party』には「Requiem For My Mother」が入っているし。あれは確かヴィニ自身のお母さんが亡くなったときだったよな。


友達の大事な家族が先週亡くなってしまった。ずっと病気で臥せっておられたその人のことは、僕は友達を通じてしか知らなかったんだけど、今日は一日喪に服すつもりで、その友達も好きだと言っていたドゥルッティ・コラムを一日聴いて過ごそうと思った(ちょっと遅くなってしまったけど。それに、別にこんなことが服喪にあたるわけじゃないのはわかっているけれど)。


そういえば、その友達もいちばん好きだと言っていたドゥルッティ・コラムの最初のアルバムの2曲目が、こんなタイトルだったよね。アーティストとしてこの世に出てきたときからずっと、先にいってしまう人たちにむけた曲をたくさん作ってきた人だったね。

Requiem for a father.JPG

元気だしてくださいね。
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2010年02月06日

女友達 - Curly Giraffe

タマスの追っかけで会社をさぼったツケが来たわけではないけど、仕事が相当忙しくなってきた。ちょっと先の見通しがつかないほどテンパって来てるし、明日からはまたシンガポール出張が入ってしまったんだけど、このまま流されてしまうともう当分ここに書きに来られなくなってしまいそうなので、テンポを落とさないために、ちょっと軽めのを書いておこう。

Thank You For Being A Friend.jpg
Curly Giraffe 『Thank You For Being A Friend』

正月に親戚の家に行く途中で立ち寄った、とある地方のヴィレッジ・ヴァンガードで偶然見つけたこのアルバム。名前も知らないアーティスト(人?グループ?)だったけど、VV特有の派手な手書きのPOPに書いてあったCoccoの名前に惹かれて試聴、即買い。ちょっと高かったけど、自分へのお年玉のつもりで。キリン柄のステッカーももらえたし。

調べてみたら、カーリージラフって、日本人のベーシストだった。本名、高桑圭(たかくわきよし)。ロッテンハッツとかGREAT3にいた人。なるほど、うすぼんやりと記憶にあるな。で、このアルバムは、彼がこれまでアルバムに参加したりプロデュースしたりした女性アーティスト達が、カーリージラフ・バンドをバックに彼の過去曲を歌うという企画もの。

日本の女性ヴォーカルって自分の守備範囲から微妙に外れてる僕にとっては、お目当てのCocco以外は、全然知らない人と名前ぐらいは知ってる人がそれぞれ1:1ぐらい。自分でCDまで持っている唯一の例外は、Kumiの単独参加でなく、カーリージラフ・バンドに混じってNaokiがギターを弾いているLove Psychedelicoぐらい。

コロコロしたウィスパー・ヴォイスが心地よい新居昭乃。いつもびっくりしたような顔してる派手なお姉さん程度のイメージしか持ってなかったけど意外によくて見直した木村カエラ。北欧音楽好きなら名前ぐらい知らないはずはないけどCDは持ってないBonnie Pink。「自分達で作った歌です」と言われてもそうかと思ってしまうぐらい大ハマリのLove Psychedelico。そのあたりが今のところのお気に入り。それにしてもみんな、英語うまいなあ(全部英語詞)。

それにしてもCocco。全13曲のうち、ひとりだけ3曲受け持ち。僕のひいき目もあるんだろうけど、声にマジックのある人は違うね。リラックスした歌い方が、彼女の初期〜中期のアルバムに少しずつ入っていた軽めの英語詞の曲を思い起こさせる。いいな、やっぱり。

あと、このアルバムすごく音が気持ちいい。ベーシストらしく、きっちりとベースの音が自己主張してるんだけど、それが全体の音のバランスを壊すどころか、しゃきっと引き締めているのがセンスの良さを表している。ヘッドフォンで聴いていると、どの場所にどんな楽器が配置されてるのかが全部わかるみたい。アクースティック・ギターのキュッキュッっていうストリング・ノイズがいいね。

何枚か出ているアルバムのジャケットも全部かっこいいな。カーリージラフ、ちょっとずつ集めてみようかな。もうすぐ新作も出るんだね。あと、気になった新居昭乃。調べてみたら、アニソンとか歌ってる人なんだね。え?この人僕より年上だよ。それでこの声。すごいな。この人のもCD探してみようかな。なんかこういういいアルバム聴くと、すぐこうやって欲しいものが増えてしまうんだよね。困った。
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2009年12月25日

狂い咲き - Jeb Loy Nichols

Strange Faith And Practice.jpg Only Time Will Tell.jpg
Jeb Loy Nichols 『Strange Faith And Practice』
Ian Gomm & Jeb Loy Nichols 『Only Time Will Tell』

1997年 『Lover's Knot』
2000年 『Just What Time It Is』
2002年 『Easy Now』
2005年 『Now Then』
2007年 『Days Are Mighty』
2009年 『Parish Bar』

最初のソロアルバム以降、計ったように2〜3年のブランクを置いて新作を発表してきた人だった。ジェブ・ロイ・ニコルズ。僕が彼のことを知ったのは、00年のセカンドだったから、それからソロ以前のフェロウ・トラヴェラーズ時代の作品も含めて少しずつコツコツと彼のCDを集めるには、そのくらいがちょうどいいブランクとも言えた。

『Parish Bar』が出たのは、今年の2月だったか。3月には軽めの記事にしてるね。うん、あれも期待を裏切らないいいアルバムだった。いつもの版画とはちょっと違った趣のエキゾチックなジャケもよかったし。

最早そんなに活発にライヴ活動とかもしているような人ではないから、「アルバムからのシングルカットはどの曲」とか「ツアーには出るのかな」とか考える必要がないというか、また忘れた頃に次のアルバムが出るのを忘れながら待ってればいいやと思っていたら。

なんと今年に入って2枚目のアルバムの発表。そして更に3枚目。この時期に来てこの狂い咲き。一体この人に何が起こったのか。

まずは上の写真、左側のソロ名義作『Strange Faith And Practice』から。ノスタルジア77というジャズ・バンド(なのかな? 僕は知らないグループだけど、ところによってはエレクトロニクス系のグループとも書いてある)のファンだったというジェブが、そのバンドからリアーン・ヴォスルー(Riaan Vosloo)と、べネディク・ラムディン(Benedic Lamdin)という二人のメンバーを起用して作ったジャズ(?)アルバム。

最近はいつも自分でアルバムをプロデュースしていたジェブだが、今作のプロデュースはその二人に任せ、本人は歌と演奏に専念。リアーンの方はアレンジャー、べーシストとしてもクレジットされ、ベネディクはエンジニアとして名前が載っている(楽器は演奏していない模様)。それ以外の参加者は、ジェブのいつものバックバンド。更に、ジャズアルバムらしく、サックス奏者が二名、トランペット、チェロ、ヴァイオリン二名、ヴィオラ奏者の名前もクレジットされている。

ここ数作、ちょっとユルいというか、かなりリラックスしたアルバムが続いていたけれど、今回はその布陣のお陰か、結構作り込んだ作品に仕上がっている。冒頭「Sometime Somewhere Somebody」から続く数曲などは、『Lover's Knot』での暗く湿った雰囲気を髣髴とさせる。

といっても、別に暗いアルバムというわけではない。LPで言うとおそらくB面の頭にあたるであろう7曲目に「Interlude One」というインスト曲が入っていて、その次のアルバム表題曲からかなりジャズテイストが強くなる。10曲目には「Interlude Two」というのもあり、ちゃんと展開を考えてかちっと作ってあるなという感じ。

相変わらずちょっと鼻にかかった声でべたっと歌う人なので歌詞は聴き取り難いんだけど、12曲目「Home Wasn't Built In A Day」とか、洒落た言葉遊びだなあと思う。

プロダクションだけでなく、一つひとつの曲のクオリティも高い今作だけど、美しいピアノに乗せて歌われる終曲「Next Time」が白眉かな。ちょうどクリスマスだからというわけじゃないけど、今みたいな冬の夜にしっくりくるいい曲。


発売は若干遅れたけど、ジェブのサイトでの紹介のされ方なんかを見ると、おそらく先に録音されていたのは、上の写真右側のアルバム。ジャケットに大きく名前が載っているように、なんとイアン・ゴムとの共作だ。

一体どういう経緯でこの二人が?と思うけれど、なんでも昔からブリンズリー・シュウォーツのファンだったというジェブが、ウェールズにある自宅のすぐ近所にイアンが住んでいることを知り、自己紹介をしに行ったというのがきっかけらしい。それから毎週会うようになり、お互いの趣味である古いソウルのレコードを聴いたり、一緒に演奏するようになったとのこと。その延長がこのアルバムというわけだ。

ボビー・ウォマックやカーティス・メイフィールドのソウル・クラシックや、イアン、ジェブそれぞれの新曲、二人の共作、それに、ブリンズリー・シュウォーツのファンにはちょっと嬉しい「Hooked On Love」の再演もある(『Please Don't Ever Change』は僕が最初に買った彼らのLPだ。リイシューの日本盤だったけど)。

二人でソウルのカバーアルバムを作ろうなんて気張らずに、おそらく上に書いたような毎週のセッションの合間に録り貯めたようなアルバムなんだろうな。そういう、いい意味で力の抜けたユルい作品。あ、でも、二人の共作「Snakes And Ladders」とか、曲のクオリティはこちらも高いよ。

パブロックのファンには、イアン・ゴム以外にももう一つサプライズが。シンプルな作りの紙ジャケを開いて中のクレジットを読んでびっくり。ギターとアコーディオンで参加しているのは、なんと元エニー・トラブルのクライヴ・グレグソン(「なんと」なんて驚き、誰が同意してくれるのか)。当然ジェブもイアンもギター弾いてるから、アルバム中どのギターの音がクライヴなのか今いちよくわからないんだけど、なんかこの3人が一緒にセッションをしてるところを想像するだけで、楽しくなってくるよ。

ジェブのサイトに「アメリカ人とイギリス人がソウルとカントリーを歌い、それをウェールズで録音し、ナッシュビルでミックスして、日本で発売した」と書いてあるように、当初このアルバムは日本のみでの発売だったらしい。一体どういう経緯でそんなことに?と思うけど、今はイアンのサイトとかでも一応入手可能らしい。

どういう経緯か知らないけど、快挙だよね、MSI。おそらく二人とも、日本でもイギリスでもそんなに大人気というわけじゃないだろうに、今の時代ダウンロード・オンリーとかじゃなく、こういう愛情一杯のジャケ(さっきの『Strange〜』はプラケース入りだったことをジェブ自身がブックレットで悔やんでいたけど、こちらは紙ジャケ)に包んで届けてくれるなんて。歌詞も丁寧な解説もついてるし。定価2835円は決して安い値段ではないけれど、こういうのはちゃんとお金を払って買おう。


いつも2〜3年ごとにアルバムが出るから、忘れていても大丈夫だったんだけど、いきなりこんなペースで出されると、次はどう来るのか全く読めないよね。このまま量産体制に入るのか、もしくは先々の分を前倒しで作ってしまったから、あと10年ぐらい音沙汰無くなるのか。まあ、どっちにしてもこの人らしいけどね。
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2009年11月29日

NZだって - Bruno Merz

Through The Darkness Into Day.jpg Bruno Merz 『Through Darkness Into Day』

早いもので、僕がニュージーランドから戻ってきて今週で丸二年が経った。いくつか渡り歩いた国の最後だったせいか、今でもあの国にはなんだかすごく郷愁を感じてしまう。

しばらく前に渋谷のHMVで、試聴機のところに飾ってあったこの印象的なジャケットのCDに惹かれ、音を聴いて気に入ったので買ってみたら、NZのSSWだった。僕が向こうにいた頃には名前も聞いたことなかったけど、ヨーロッパを転々とした後で今はイギリス在住中ということなので、もしかしたら僕が居た頃にはもうNZにはいなかったのかもしれない。

出張先なので手元にCDがなくて細かいクレジットがわからないんだけど、基本的にはアコースティック・ギターの弾き語り。ピアノやドラムや各種の弦楽器の音も聞こえるし、男女のコーラスも入っているから、それなりに音は厚いはず。

なんだけど、聴いた印象はとても爽やか。綺麗なメロディーと優しい声。沢山の楽器がむやみに主張しあわずオーガニックに絡み合う気持ちいい音。NZの自然やら何やらと結び付けたくなる人はいるだろうけど、少なくとも僕の知ってる限り、こんな音を出すNZのミュージシャンはいなかった(ミャンマー在住の某オーストラリアのSSWを引き合いに出したい気持ちはちょっと封印して)。

もともとこのアルバムは、ネット配信のみでリリースされていたもので、それに今年自主制作でリリースされた5曲入りEP『Departing From Crowds』から全曲を加え、そのEPのジャケを使って日本のみで発売されたもの。そのEPはもうあちこちのサイトでは品切れになっているから、日本以外で今この人の音を聴きたければ、やっぱりネット配信に頼らざるを得なくなっている模様。

最後に収録されたEPの5曲のうち3曲はアルバムの曲の再録音なんだけど、アレンジがよりこなれていて、メジャーから出てもおかしくないような貫禄を漂わせている(でもやっぱり爽やか)。バンジョーとペダル・スティールがちょっとカントリーっぽい「Nine Sixteen (New Version)」が今のところの僕の一番のお気に入りかな。

こんなに素敵なCDをお買い得感たっぷりの仕様で出してくれる日本のCD会社(Flake Recordsさん)も、それをちゃんとプッシュして試聴機に入れて皆に聴かせてくれるHMVのようなCD屋も、僕のような音楽ファンにとっては本当に有難い存在。

ジャケットの女の子がいる場所。ブックレットに使われたいくつかの写真。やっぱりNZの風景なのかな。ああいう場所に戻りたくなる音。きっと夏真っ盛りだろう今の時期じゃなくて、短い夏があっという間に過ぎ去って、半袖だと少し肌寒いかなと感じ始めるぐらいの頃に。

マイスペ
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2009年11月22日

安定感 - Spitz

Sazanami OTR Custom.jpg
Spitz 『Jamboree Tour 2009 "Sazanami OTR Custom"』


01年と03年のライヴDVDがすごくよかったので、日本に帰ったらコンサートに行こうとずっと思っていたのに、いまだに機会のないスピッツ。去年から今年にかけてのツアーの映像がDVDになったので、早速買った。初回限定盤でDVDが2枚、CDが2枚と写真集がちょっと豪華めのケースに入っている。限定盤じゃないのは本編のDVD一枚だけなんだね。

本編DVDが、ツアー終盤になる今年1月のさいたまスーパーアリーナ公演を(おそらく)フル収録。ボーナスDVDに郡山と神奈川でのライヴを10曲。2枚組のCDは、本編DVDがまるごと入った23曲入りライヴアルバム。全部通して観て聴くと、4時間以上もかかる大作。

本編DVD。ツアータイトルどおり、07年のアルバム『さざなみCD』からの「ルキンフォー」でスタート。過去のアルバムから満遍なく1〜2曲ずつ織り交ぜながら、全13曲入りのそのアルバムからは10曲を演奏。

過去曲は、古くは91年の『名前をつけてやる』収録の「恋のうた」から、02年の『三日月ロック』収録の「けもの道」、「夜を駆ける」までバラエティに富んだ選曲。

最近のライヴDVDらしく、画質も音質もいいんだけど、どうもカット割がせわしいのと、手持ちのカメラで撮ってると思しき安定しない画像が多くて、落ち着かない。意図的でないピントの外れた瞬間が頻繁に出てくる編集にも疑問。1時間40分続けて観ているとちょっと疲れてしまう。

もちろん、ライヴの内容自体は文句なし。草野の書く曲って結構どれもこれも似通ってるとも言えるんだけど、それが何故かワンパターンに陥らず、20年近くのスパンで作られた曲達がこれだけ一貫したクオリティを保っていることに驚く。

演奏も上手いよね、この人たち。ベースの田村なんてあれだけ走り回りながら、ジョン・エントウィッスルばりの高音高速フレーズ弾くし。三輪はもちろん、草野が時折り入れるちょっとしたギターソロも実にセンスいい。それから、崎山のドラムの安定感。さっき書いた、新旧の曲達の(少なくとも演奏面での)一貫したクオリティは彼のこのドラムに負っているところが大きいと思う。

サポートのキーボーディストは、前回のライヴDVDからずっと(ということは00年のツアーからずっと)同じくクジヒロコ。サポートなのであまり映らないけど、いいところでコーラス入れたり、最後の「漣」ではフルート吹いたりと、結構要所要所を締めている。

本編DVDの方は、最後の曲の前にちょっとだけ挨拶する以外は全くMCなしで曲をつないでいた(さっき編集に文句つけたけど、これだけは高く評価する)のに対し、ボーナスDVDの方はどちらかというとMCを聞かせるために編集されたような作り。10曲の合間合間にけっこう長めのMCが7回も入っている。

この人たち(というか、主に草野と三輪)ステージで結構喋るんだね、しかもなんだか妙にとぼけた味のある話ばかり。草野の書くヘンテコな歌詞を思えば、こういう思考回路を持った人だということには納得いくけど。

10曲は、『さざなみCD』から本編に落ちた残り3曲と、古くは93年の『Crispy!』からの「君が思い出になる前に」から、05年の『スーベニア』から「みそか」、「春の歌」まで(ちなみに本編の方には『スーベニア』からは一曲も選ばれていない。僕結構好きなアルバムなのにな)。それから、最近(といってももう去年)のシングル「若葉」も。

ボーナスDVDの方も1時間10分ある。こういうライヴもののDVDって、大抵それぐらいの長時間ものが多いから、なかなか観る時間取れないんだよね。買ったままでまだ観ていないDVDが他にもうちに沢山ある話はこのブログに何度も書いているとおり。

その点、CDならこうしてパソコンしながら聴いたり、ウォークマンに落として電車の中で聴いたりできるから、やっぱり僕はどうしてもそっちに興味を持ってしまうよ。今回のこのセットも、僕はどちらかというとライヴCD目当てで買ったと言っても過言ではないほど。

これまでライヴDVDはさっき冒頭に書いた2種(01年の『ジャンボリー・デラックス Live Chronicle 1991-2000』と03年の『放浪隼純情双六 LIVE 2000-2003』)が出ているけど、ライヴCDは何故か一度もリリースしてこなかったスピッツの、いわばこれが最初のライヴアルバムということになる。

内容はさっき書いたとおり、新旧織り交ぜた磐石の選曲。過去の2種のライヴDVDには必ず入っていた「ヒバリのこころ」がないのが残念だけど、「夜を駆ける」とか「8823」とか比較的新しめの隠れた名曲が収録されているのが嬉しい。

本編DVDをそのまま収録と言いながら、そちらではカットされていた曲間MCが、実はCDでは何度か出てくる。レストランで注文を忘れられる話とか、アボカドの話とか、そこはかとなくおかしい話。

半年前のこの記事で取り上げたニック・ロウのCDは、おまけとして付いていたDVDが僕にとってはメインになったと書いたけど、この豪華なパッケージのセットは僕にとってはその逆のパターン。やっと出たスピッツのライヴアルバムに、同内容のDVDが付いたものと思っている(だからこの記事のカテゴリもビデオでなくアルバムにした)。

全部で3時間近くもテレビの前に座ってなくちゃいけないこのDVDを次に観るのはいつのことになるかわからないけど、この素敵なライヴアルバムはもう通しで10回以上聴いたし、これからもこっちを聴き続けることになるだろう。

この手のメジャーなアーティストの“初回限定盤”がどれぐらい長く流通しているのか知らないけど(実際、限定生産だった『放浪隼純情双六』はもう入手困難だと聞くし)、僕と同じく“スピッツ初のライヴアルバム”を待っていた人は、多少値が張るけど、なくならないうちに早いとここれを買っておいた方がいいと思うよ(ちなみに、アマゾンさんの価格設定、結構良心的)。


p.s. この記事を書いていたら、シーサーの新着スキンにこのDVD発売記念のデザインがあるのに気づいた。せっかくだから、これまで一度も変えたことのないこのブログのスキン、期間限定で変えてみようかな。


ビデオもあったので貼ろう。


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2009年11月04日

開花と貢献 - Montt Mardie

Skaizerkite.jpg Montt Mardie 『Skaizerkite』

4月に北欧特集のyascdを作ったときには、このアルバムは既に発売されていて、僕が行きつけにしているあちこちのブログで結構な話題になっているのは知っていた。でもそのときは、やはり僕が行きつけにしている某ネットCDショップでは、ずっと在庫切れだったんだ。

代わりに、前作にあたる『Clocks/Pretender』から「1969」という曲を入れようとしたんだけど、あいにく激戦区のスウェーデン勢の中では、あのアクの強い曲はどうしても浮いてしまって、やむなく落としてしまった。あの記事でほんの二段落ぐらいの簡単な説明でこの人を紹介して終わりにしたくなかったからという気持ちもあったし。

5月になってようやくこのアルバムを入手し、さあ聴こうと思った矢先に例の09年度第二次グレン・ティルブルック症候群だ。いいアルバムだなと認識はしたものの、それからしばらくの僕がグレン/スクイーズしか聴けなくなってしまったのは、このブログをいつも読んでくださっている方ならご承知のとおり。

タイミングというのは大事だね、まったく。あの5月中旬という特異な時期に手に入れてさえいなければ、僕はもっとこのアルバムをしっかり聴き込み、(つい最近の僕が遅ればせながら気づいたように)これが自分にとって2009年を代表するアルバムの一枚になるともっと早くわかったはずなのに。

というような回り道をしていたお陰で、紹介するのがすっかり遅くなってしまった。モント・マルディエ(という発音でいいのかな。本名はデイヴィッド・パグマー David Pagmarというらしい)のサードアルバム『Skaizerkite』。耳慣れないこのタイトルは別にスウェーデン語というわけではないらしい。三つ折デジパックのジャケット内側にある説明によると、

skaizerkite /sky-zer-kite/ 1. 自信過剰な人 2. 1940年代初期のニューヨークに活動していた組織 3. 凧製造会社

ということだって。自分のことを自信過剰だと自虐的に揶揄してるのかな。まあ、凧製造会社についての歌が入ってるわけじゃないのはわかるけど。

オープニング「Welcome To Stalingrad」を聴けば、彼がこのアルバムで一皮も二皮もむけたというのがすぐにわかる。トランペット、ストリングス、オルガンをフィーチャーしたハイテンションな演奏に乗せて、うきうきするようなメロディーが歌われる。それが典型的なモータウン・ビートに乗っているのに、どこかほんのりと翳りを感じさせるのは、北欧ならではのセンスだろうか。

間髪を入れず、「One Kiss」のイントロの鮮烈なピアノ。もうその時点で、これが凄いアルバムだということがわかる。四半世紀も前なら、スタイル・カウンシルやワム!の最盛期の作品に匹敵していたはず。豪華な女声コーラス、間奏でのふとしたブレイク、どの瞬間を取っても最高。

まだ続くよ。「Click, Click」はその名の通り、カメラのシャッター音がリズム音として効果的に使われたセンチメンタルなポップ・ナンバー。“Click, Click”という歌詞をデュエットする女性が、後半くすっと笑ってしまうところなんて、ぞくっとするほど可愛いよ。

3曲突っ走ってきた後、ここで休憩のようにアコースティック・バラッドが入るんだけど、これがまた全然おまけみたいな出来じゃない。Johan Kronlundという、声質の似た人とのデュエット。いいね、これも。滲みる。

全曲解説する時間も気力もないけど、マジでこのアルバム、こういう感じで最後の12曲目まで捨て曲なし。7曲目のタイトルが「去年マリエンバードで」なんてのを見ると、ちゃんと歌詞読みたくなるね(前作にはちゃんとブックレットが付いてたのに)。8曲目のバラッドでデュエットしているのは、元ポプシクルのアンドレアス・マットソン(Andreas Mattson)。この人、前作にも参加してたね。

Clocks Pretender.jpg Montt Mardie 『Clocks / Pretender』


ちょっとだけその前作の話をしよう。全20曲入り、『Clocks』と『Pretender』の2枚組。どっちも30分ちょっとだから、余裕で一枚のCDに入るのに、コンセプト違うからとちゃんと分けてるのがいいね。パタパタと開いていく感じのデジパックなのもプチ豪華。どっちかというと、『Clocks』の方が本編で、『Pretender』はいろんな人とデュエットした曲が収められたボーナスディスクという趣。

さっきタイトルを書いた「1969」といい、「Set Sail Tomorrow」といい、これにもいい曲が沢山入ってるよ。新作には負けるけどね。新作はまさに才能開花という感じ。あと、この頃は今よりもっとファルセットを多用してて、聴く人によってはちょっと拒絶感あるかもね。

とにかく、まず聴いてみようと思うなら、新作からがおすすめ。こんな優れたアルバムがアマゾンとか街のCD屋で簡単に手に入らないのは残念だけど、そういうときは某アップル・クランブル・レコードを頼りにすればいい。さっき見てみたら今のところ在庫はあるようなので、欲しい人はどうぞ。

別に僕はアップルさんに借りがあるわけでもお金をもらっているわけでもないけど、こういうアーティストをどこからともなく見つけてきてちゃんと日本で流通させてくれているというのは、日本の音楽界にとって凄い貢献だと思うよ。なのでそういう店には音楽ファンとしてちゃんと貢献しようと。
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2009年11月01日

Vol.2.5 - Matthew Sweet & Susanna Hoffs

Under The Covers Vol. 2.5.jpg
『Under The Covers Vol.2.5』 Matthew Sweet And Susanna Hoffs

「こういう誠意のある日本のインディーズは是非応援してあげたい」

8月16日の記事のコメント欄に書いたのは、誓って嘘じゃない。だけど、そのコメントを書いてまもなく、こんなものの存在を知ってしまったのが運の尽き。せめて、日本盤が発売されて初動が収まるぐらいの期間はそっとしておくのがこちらから示せる精一杯の誠意かと、しばらくの間この記事を脳内で寝かせておいた。

マシュー・スウィート&スザンナ・ホフスの70年代カバー集『Under The Covers Vol.2』の日本盤には、僕がレビューした輸入盤には入っていないボーナストラックが5曲も含まれているのは、8月のその記事のコメント欄にあるとおり。

ところが、あれこれ調べているうちに、どうやらその5曲のボートラ以外にもまだボツになったテイクがあるらしいことを知った。そして、とあるサイトで、10曲入りのボーナスディスクが付属した『Vol.2』を発見。誠意のある日本のインディーズには大変申し訳ないが、そっちをオーダーしてしまった。

届いてみたら、それは別に2枚組というわけではなく、通常のデジパックの『Vol.2』に、カラーコピーのジャケ(上の写真)がついたプラケース入りの、何の記載もないCD-Rがおまけとしてついているという形態だった。ハサミで切ったような歪んだ正方形のジャケは、こんなの一枚一枚手で切ってたら余計に手間がかかるだろうと思わせるような手作り感満載の出来。権利関係はどうなってるんだろうか。

日本盤ボートラの5曲は全て含まれているが、順番は日本盤とは全然違う。本編の「Beware Of Darkness」で一旦しんみりと終わった後に威勢よく始まる「(What's So Funny 'bout) Peace, Love And Understanding」を持って来て、最後は再びしんみりと「You Can Close Your Eyes」で締めるという日本盤の曲順は実によく考えられたものだと思うけれど、この『Vol.2.5』と名付けられた10曲入りのCD-Rの曲順もなかなかのものだ(太字は日本盤に収録)。

1. Dreaming
2. Marquee Moon
3. I Wanna Be Sedated
4. Baby Blue
5. You Say You Don't Love Me
6. (What's So Funny 'bout) Peace, Love And Understanding
7. You Can Close Your Eyes
8. Melissa
9. Killer Queen
10. A Song For You

ブロンディの「Dreaming」はきっと泣く泣く本編から落としたんだろうね。それぐらい上出来。スザンナの声って、こういう曲にほんとによく合うね。

僕にとって、このCD-Rで一二を争うハイライトが早速2曲目に。オリジナルよりもわずかにスピードを上げて、より芯の太いギターの音で幕を開ける“あの”イントロ。マシュー・スウィートが演奏する「Marquee Moon」なんて、これこそ想像するだけで鳥肌ものだろう。贅沢を言うなら、隣でギターを弾いているのがリチャード・ロイドだったら最高なんだけど、あいにく今回のレコーディングには彼は不参加。

スザンナも当然参加しているけど、もうほとんどマシューのソロ作品と言ってもいいようなアレンジ。それでも、オリジナルのヘロヘロ感と比べると、バックにしっかりと入っているスザンナのコーラスの分、音に厚みと甘味がある。マシューのギターソロが散々堪能できる、オリジナルに匹敵する11分弱の大作。

続いては、日本盤にも収録のラモーンズ。いいね、これ。この二人で一緒に歌ってる意味が一番感じられる、気持ちのいいデュエット曲(もちろん、本編の「Go All The Way」とかは除いての話)。

バッドフィンガーの「Baby Blue」は、本当は好きな曲なんだけど、ここでの出来はあと一歩というところかな。本編での「Maggie May」にも感じたんだけど、どうもスザンナちょっと気張りすぎというか。

バズコックスって、パンクという枠で括られて入るけど、ほんとにポップでいい曲書くよね、というのがよくわかる「You Say You Don't Love Me」。それは2曲前のラモーンズにも言えることだけどね。こういう曲を書けるから、単なるブームに乗って出てきては消えた有象無象とは一線を画してるんだよね。

僕にとっては今回の最大のお目当て。ニック・ロウの「(What's So Funny 'bout) Peace, Love And Understanding」。誠意のある日本のインディーズがこの曲をボートラの1曲目に持ってきたことは評価に値するけれど、これがあたかもエルヴィス・コステロの曲だと誤解されるような表記の仕方はやめてほしい。元はと言えばニック・ロウが在籍したブリンズリー・シュウォーツ最後のアルバムに収録されていた曲で、今でもニックの代表曲。

とは言え、やはり一般的には『Armed Forces』の米盤に収録されていたコステロのヴァージョンが有名なのかも。ここでの演奏は、派手なドラムで始まるイントロがアトラクションズ版、そしてこの曲を印象付ける綺麗なハーモニーがブリンズリー版、といった合わせ技。いや、これは満足。再来週のニックとライ・クーダーのライヴ、多分この曲演るだろうけど、このアレンジで演ってくれないかなあ。それでライのスライドギターのソロなんてやられたら、もう失神ものだよ。

気を落ち着けて、次はジェームス・テイラーの「You Can Close Your Eyes」。僕はこの曲が最初に収録された『Mud Slide Slim And The Blue Horizon』をはじめ、何枚かのライヴ盤でこの曲を持っているんだけど、タイトルを聞いただけでは即座に曲が思い浮かばなかった。でも、たとえこれがジェームスの曲だと知らなかったとしても、スザンナが歌うこのメロディーを聴けば、一発で彼の曲だとわかるはず。名曲。

オールマン・ブラザース・バンドは初期のライヴ盤を何種類か持っているだけなので、この「Melissa」という曲は知らなかった。悪くはないけど、特筆すべきこともないかな。

多分一般的にはこの中で一番有名なクイーンの「Killer Queen」。僕は8月の記事のコメント欄で「これもまたヴァースの部分をマシューが歌い始め、コーラスでスザンナに交代(マシューはそのままバックコーラスに移動)という感じでしょうか」などと妄想を炸裂させているが、実際はその逆だった。

うーん、どうだろう。僕はやっぱり自分が想像したように、マシューが最初でサビの部分でスザンナという役割の方がよかったかもしれない。さっき「Baby Blue」のところで書いたように、スザンナの声ってあまり低音に向いてないと思うんだけどな。マシューの裏声もいまいちだし。

まあ、それでも、ブライアン・メイ風のマシューのギター(もしかするとグレッグ・リーズ?)はよくできているし、それなりに聴き応えのある出来だろう。

最後は、70年代でこのタイトルならてっきりカーペンターズだろうと思っていたら、グラム・パーソンズの方だった。マシューの別プロジェクト、ソーンズ(The Thorns)のアルバムに入っててもおかしくない、全編に響き渡るグレッグ・リーズのペダル・スティールが泣かせる佳曲。


という全10曲。必ずしも僕のコメントの長さがそれぞれの曲の出来を示しているというわけではないが、この10曲中、日本盤のボートラに選ばれた5曲は、やはりそれなりの出来だったからというのがわかる。テレヴィジョンの「Marquee Moon」にそれほど思い入れのない人であれば、日本盤の5曲で充分満足なんじゃないかな。

というわけで、罪滅ぼしにもう一回日本盤のリンク貼っておくよ。みんなで日本盤買って日本のレコード会社を応援して、次に『Vol.3』が出るときには、日本盤だけ2枚組になっていることを期待しよう。


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2009年10月24日

羊水の中 - The Steadfast Shepherd

The Steadfast Shepherd LP.jpg 『The Steadfast Shepherd』

羊水の中の記憶なんてものが残っているわけはないけど、きっとこんな感触だったんじゃないかと思う。地に足が着いてないどころか、体のどの部分もどこにも接していなくて、やわらかく浮かんでいるような。自分の周囲が暖かいのか冷たいのかよくわからない、その境界にいる感じ。聴いていて、意味もなく楽しくもなれるし、悲しい気持ちもなれる音。

一年前に出たデビューEPは、6曲入りにしてはちょっと複雑な構成でありながらも、音それ自体はとてもシンプルなものだった。基本的にはアコースティック・ギターと声だけ。それにほんのりと色を添えるように重ねられた、ハーモニカやタンバリンの音。

あれからちょうど丸一年後となる今年7月にひっそりとリリースされた、ステッドファスト・シェパードのこのファースト・アルバムは、音的にはほんの少し華やかになった。

ネイサンとフェアリーのコリンズ夫妻が基本となる楽器(ギター、ピアノ、オルガン、フルート、パーカッション)を演奏しているのに加え、ブロークン・フライト(Broken Flight)のピーター・ボイドとランス・ヴァン・マーネンがそれぞれギターとチェロで参加(クリスはどうしたのかな)。

数曲に入っているドラムスのジェイコブ・ピアーズとベースのドメニク・スタントンは、去年のタマス・ウェルズのライヴの後に紹介してもらったビコーズ・オヴ・ゴースツ(Because Of Ghosts)のメンバーだ。ヴァイオリンのマーク・ダヴだけが、僕にとっては初めて名前を聞くメンバーだけど、ここに名前を列挙した人たち同様、メルボルン・コネクションの一員なんだろうね。

昨年のEPのジャケットも綺麗だったけど、今回のはそれに更に磨きがかかったもの。前作のようにメンバーが自分達で張り合わせたかのような厚紙のゲイトフォールド風でなく、手触りのよい紙質のゲイトフォールドジャケットに、上に写真を載せた細かなエッチングが両面に印刷され、更にその表面には透明な素材でグループ名が印刷されている(これは手にとって光に当ててみないとわからない)。

タマス・ウェルズの前座で観た去年のライヴでもそうだったように、そっと目の前に現れては、ぶっきらぼうにギターを弾き始めるところが目に見えるような1曲目「The Other Side Of The River」。2分にも満たない簡素な曲だけど、ゆっくりと奏でられるピアノの音がポロンポロンと重ねられるのを聴くと、まるで道端に隠れるようにして咲いている名もない白い小さな花にふと気づいたときのような気持ちになる。

その去年のライヴで、東京公演でも鎌倉公演でも必ずラストに演奏されていた「Golden Point」が2曲目。その他にも去年のライヴで演奏されていた曲がいくつか収録されているが、どれもあの時よりも格段に練られ、洗練された感がある。

なかでも、さっきリンクした去年の記事に「確か両日ともに三曲目で演奏された、ハーモニカを吹き、タンバリンを足で踏みながら歌った曲を僕は結構気に入った」と書いた5曲目「The Eyes Don't Lie」がやはりとてもいい。ハーモニカの代わりに使われて曲を象徴することになった楽器はスライドギター。タンバリンの音はあのときよりもずっと控えめになり、そこにかぶさってくるチェロとヴァイオリン、そして1曲目同様に、眼前に白い花が一つずつポツポツと咲いていくのが見えるようなピアノの音。

前作もこのアルバムも、ほとんどの曲でリード・ヴォーカルをとっているのはネイサン。フェアリーはほんの数曲でしかメインでは歌っていないが、全曲でネイサンの声に寄り添うようにハーモニーを聞かせている。その二人の声の交わり具合が、今回更に絶妙なように思える。次にまたステッドファスト・シェパードのライヴを観る機会があれば、そのときはネイサンのソロでなく、この二人のユニットとして観てみたいな。

前作同様、ランド&シー(Land&Sea)というインディペンデントからのリリース。前作は上のジャケ写の横にリンクを貼った彼らのサイトから直接買うしか方法はなかったが、今回は結構あちこちにディストリビューションされているようだ。iTunesにもあるし、僕がNZで行きつけにしていたJBハイファイにも置いてあるようだし、きっとこのブログに来られる何人かの方にはお馴染みのはずのCDBabyでも買えるようになったみたい(ちなみに、関係ない話だけど、僕がNZにいた頃に偶然旅行で一緒になって仲良くなったアメリカ人が、後でCDBabyの社長だったと知ったときはびっくりした)。

僕は発売日に彼らのサイトに直接オーダーしたから(その当時はまだCDBabyにはなかったはず)、CDと一緒に綺麗なデザインのバッヂが送られてきた。今はもうそのことは書いてないから、もしかしたらもうそのキャンペーンは終了したのかもしれないけど、勇気のある欲張りな人は「バッヂもらえるってyasに聞いたんだけど」って書いてみると何かもらえるかもしれない(僕は保証しませんけどね)。

それにしても、最初にざっと流して聴いたときには「なんだか地味なアルバム」と思ってしまったこれが、3ヶ月も経ってここまで自分の中で伸びてくるとは思わなかった。タマス・ウェルズを筆頭に、ブロークン・フライトといい、このステッドファスト・シェパードといい、この独特の雰囲気を携えたアーティストたちを何人も生み出しているメルボルンって、どんなところなんだろう。一度行ってみたいな。タマスもネイサンももうそこにはいないけど。
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2009年10月04日

また出た - Mark Kozelek

Lost Verses Live.jpg Mark Kozelek 『Lost Verses Live』

去年の4月に『April』、年末に『Finally LP』と、かなりのハイペースでアルバムをリリースしているマーク・コズレック。彼は実はその上にさらに何枚ものライヴアルバムも出している。

『April』とほぼ同時期に出た彼の詩集に付属していた『Nights LP』(*1)。『April』のすぐ後に出た1500枚限定の『7 Songs Belfast』(*2)。今年の4月に出たサイト限定のフリーCD『Find Me, Ruben Olivares - Live In Spain』。そして、5月には今日取り上げる最新ライヴ盤『Lost Verses Live』。

 *1:これは純粋なライヴ盤でなく、ライヴ録音やデモバージョンを集めたもの。
 *2:もたもたしていて買う機会を逸してしまった僕に、親切な上に同じCDを何枚も買うことで有名なマサさんが譲ってくださった。マサさん、ありがとうございました。

それら以前にも、06年の暮れに出た『White Christmas Live』と『Little Drummer Boy Live』という、クリスマスというテーマで対になった2種類のライヴアルバム(実際その二つは限定盤LPでは4枚組の一つのアルバムとして出た)があったから、今現在彼のサイトに載っているだけで6種類のライヴ盤が出ていることになる。

いくらレッド・ハウス・ペインターズ時代から20年近くに亘るキャリアを誇る彼とはいえ、これだけの短い期間にそれだけの数のライヴ盤を出せば、当然内容は似通ってくる。そんなに演奏スタイルに幅のある人でもないしね。

今回のアルバムも、数曲を除いてほぼ全部、以前のどれかのライヴ盤に収録されていた曲ばかり。だから、3月に彼のサイトを観ていて、フリーCDの『Find Me〜』に続いてこのアルバムが出ることを知ったときの僕の正直な感想は、この記事のタイトルと同じようなものだった。

そのうち、6月にはカラービニールの限定LPが出ることも同じサイトで案内されたが、そのニュース自体は6月を過ぎても更新されることはなかった(ちなみに、今でも同じ文句が書いてある)。

9月になり、サイトのトップページを見て「まだ出ないな」と思いながら何の気なしにショップのページに移ってみたら、そこには既に売り出し中のアイコンが。黒ビニールと白ビニールの2種。限定100枚ずつ。おまけに、LPにはCD未収録の「I Am A Rock」と「Last Tide / Floating」を収録とのこと。

White Vinyl.JPG

というわけで、今僕の目の前には、この白盤があるというわけ。「また出るのか」とか思ってた気持ちも、限定の二文字には簡単に折れる。ちなみに、僕が買った数日後に同じサイトを見てみたら、白盤は売り切れていたけど、今日見たらまた再入荷したようだ。いずれにせよ、過去の例からみても、今回のがなくなったらもう入手困難になるのは明らか。

2枚組アナログ盤の各面に4曲ずつ、全16曲のうち8曲が『April』から。そのアルバムは11曲入りだったから、ほとんど全部を演奏していることになるね。逆に言うと、今回のライヴ盤は“April + Best Selection Live”という趣。さっきも書いたとおり、収録曲のほとんどが過去のライヴ盤でも取り上げられているような代表曲ばかりだし。

07年の10月から08年の暮れにかけて主にアメリカとヨーロッパで録音されたようで、どの曲がどことは書いていないものの、日付と会場が内ジャケに明記してある。その最後に載っているのが、Kings Arms Tavern - Auckland, New Zealand, August 1, 2008。懐かしいな、僕がスリッツを観た場所だ。

内容は、これまたいつものマーク・コズレックとしか言いようがない。マークとフィル・カーニーのアコースティックギター2本に、マークの声、それだけ。今みたいな晴れた日曜の昼下がりにあまり似合うタイプの音楽ではないけれど、夜一人で聴いていると確実にどこかに連れて行ってくれる音。ボートラ収録のサイモン&ガーファンクルの曲ですら、しっかりとこのジャケットのように鈍い光を放つ黒色に染められているようだ。

残念ながら最近よくあるアナログ盤を買えばMP3音源が付いてくるといったものではないから、これを聴くときは必ずレコードプレーヤーを使わないといけないんだけど、オフィシャルサイトから買った僕にはさっき書いたフリーCDが付いてきたから、ウォークマンに入れて聴くのはもっぱらこちら。

Find Me, Ruben Olivares.jpg
Mark Kozelek 『Find Me, Ruben Olivares - Live In Spain』

フリーCDだからといって、内容が悪いというわけじゃない。13曲入り64分のフルアルバム。『April』以降のライヴ盤が必ずそうであるように、ラスト前のクライマックスに「Tonight In Bilbao」が来るのも定番。この曲を聴くと今でもあの素晴らしかったインストア・ライヴを思い出すよ。


同じようなライヴ盤ばかり買ってもしょうがないと思う気持ちを限定商法で押し切られ、でもオマケとしてもう一枚立派なライヴ盤をつけてくれるという、憤っていいんだか喜んでいいんだかわからない状態だけど、あのインストアのときの眉間にシワを寄せたぶっきらぼうな喋り方や、サイトのトップページの4月のニュースが未だに更新されていないいい加減さに付き合っていくのが、この人のファンでいるということなのかと、妙に自分を納得させていたら、

同じサイトに、去年の12月に出た『Finally LP』が“09年6月に”2曲の未発表曲を追加してアナログで再発されることが書いてあるのを見つけた。

・・・やっぱり憤ることの方がちょっとだけ多いかな。
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2009年09月20日

魔法を信じ続けていくための音楽 − 100s

世界のフラワーロード.jpg 100s 『世界のフラワーロード』

中村一義のアルバムはいつも

  たくさんの「いい曲」と

  いくつかの名曲と

  夢で見た景色をハサミで切り抜いてきたような断片と

が集まってできている。


97年のソロ名義でのデビューアルバムから、100s(ひゃくしき)というバンドの一員になってからもそれはずっと変わらない。毎回、それら成分の含有量が少しずつ違ってるだけ。

98年の『太陽』や02年の『100s』みたいに、それこそ名曲と夢の断片だけを固めて作ったようなアルバムもあれば、大方「いい曲」と断片ばかりだけど、その中にそっと、聴いているだけで胸が詰まってしまうような名曲がぶどうパンみたく埋め込まれていることもある。

そしてそれは、この『All!!!!!!』以来2年ぶりのアルバムでも変わっていない。07年のそのアルバムには「ももとせ」っていうとびっきりのぶどうが埋められていたね。この新作の裏ジャケを見ると16個も曲名が書いてあるけど、それもいつものこと。そのうちいくつかは、夢の断片の名前のはずだ。

あれだけ心待ちにしていたアルバムだったのに、リリースが運悪く(?)本年度第二次グレン症候群にぶち当たってしまったために、入手が遅れてしまった。つい先日届いてまだ何度も聴いていないんだけど、たとえば「セブンス・ワンダー」なんて名曲がちょうどアルバムの真ん中あたりにころんと入っているのに気づく。そう、いつもこの人はこんな素敵な曲をこんなわかりにくいところに埋めるんだよね。

名曲「セブンスター」を髣髴とさせるイントロを伴って始まる「モノアイ」もいいし、いつも入ってるシークレット・トラック扱いに近い16曲目の「空い赤」も今回屈指の名曲だ。彼のパワーポッパー的側面がたっぷり表れた「いぬのきもち」も大好き。

11曲目「ある日、」から次のアルバムタイトルトラック「フラワーロード」につながる部分なんて、最近聴き直している『Abbey Road』のB面に近いものを感じてしまう。無理矢理こじつけるなら、さらに続く13曲目「まごころに」が「Carry That Weight」で、14曲目「最後の信号」が「The End」か。後のはタイトルぐらいしか似てないけど。

いみじくもビートルズのそのアルバムのタイトルにこじつけたように、中村の故郷である小岩のフラワーロードという商店街をテーマにしたこのアルバム、偶然か否か“ロード”つながりで、ビートルズの『Abbey Road』やポール・ウェラーの『Stanley Road』みたいな意気込みで作られたアルバムのようにも思える。



僕の買ったのは、DVD付きのバージョン。このアルバムに収められた「そりゃそうだ」がテーマ曲として採用された『ウルトラミラクルラブストーリー』という映画の監督である横浜聡子が制作したアルバム全曲分のPVが収録されている。

これが、すごくいい。単に16曲分のPVが収められているんじゃなくて、このちょっと組曲風というかトータルアルバム風の曲たちを、不思議なストーリーに乗せて順番に綴っていく、まるでそれ自体が1時間の映画みたいな作りになっている。

まだ一回通して観ただけなんだけど、フラワーロード商店街を舞台にしたシュールなストーリーが、何気ない街の風景とそこで生活する人たちを映した映像と妙にマッチしていて、なぜだか最後まで目が離せない。「ミス・ピーチ!」を歌う町内会のおばさん(や、お婆さんやお姉さん)たちが微笑ましくて、つい画面の中の彼女らにつられて笑ってしまう。

これはDVD付きにして正解だったね。と思ってたら、昨日立ち寄った某町のブックオフでは、初回限定ブックレット付き・スリップケース入りなんてのが売られていた。しまったー。ちゃんとチェックしとけばよかったよ。買いなおそうかな。。

それにしても、中村君、なんか大きくなったね。『太陽』引っ張り出してきて見比べてみたけど、太ったというよりは、なんだか体積が大きくなったっていう感じ。同じ系統の音楽を演っている者として、マシュー・スウィート路線でも狙ってるんだろうか。



話は飛ぶけど、僕は自分の人生これまでのところ、やり直したいと思うほど悪かったわけではないと思ってるし、音楽関係について言えば、(激動の60年代とかは経験していないものの)それなりにいい時代に生まれたと思ってる。でも、中村一義の音楽を聴くといつも、彼と同じ時期に生まれて、彼の曲を自分と同世代のものとして経験したかったという気持ちになってしまう。

僕は自分の歳にしては、自分よりずっと年下の新しいアーティストの音楽を聴いてきているつもりだけど、日本人であれなに人であれ、僕をそんな気持ちにさせるのはこの人だけだ。なんでかはよくわからないけど。こんな、じっくり聴いても何のこと歌ってるのかさっぱりわからないような歌なのに。

3曲目のタイトル「魔法を信じ続けているかい?」を見て思わずにやっとする。これはもちろん、97年のデビューアルバム『金字塔』に収められた「魔法を信じ続けるかい?」を受けたものだ(そのタイトル自体がラヴィン・スプーンフルの「魔法を信じるかい?」をもじっているのに)。

うん、そうだね。君がいつになってもこんな素敵なアルバムを届け続けてくれている限りは、魔法だって何だって信じ続けていられるよ。次はまた2年後かな。
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2009年08月27日

季節はずれの白と黄のボーダー - 新垣結衣

Hug.jpg 新垣結衣 『hug』

yas:やだよ、だってうちのブログのカラーじゃないもの。

やす:まあそう言わんと。ええやん、たまにはこういうのも。

yas:そんなに気に入ってるなら、君が書けばいいじゃないか。

やす:なんでやねんな。俺は年に一回の記念対談以外は、翻訳のときにしか現れへんて相場が決まってるんや。

yas:いいじゃない、別に。君もたまに出たいって言ってたことだし。それに翻訳の機会なんて当分ないよ、きっと。じゃあそういうことで決まりね。今日はまかせたよ。じゃあね!

やす:あ、おい!ちょっと待たんか!

…あ〜あ、行ってしまいよった。どないすんねんな… ほんまにあいつはイキリでしゃーないな。なにを照れとんねんな、まったく。

えーと、そういうわけで、今日は俺が書くことになってしもたんで、よろしゅう。いつものあいつみたいに訳わからんことだらだら書いたりせんとすぐ終わるから、安心してや。大阪弁で読みにくいのは許したって。

今日のCDは、上に写真載ってるからわかると思うけど、新垣結衣ちゃん。ガッキーや。かわいいよな、このジャケ。いや、そんなに引くなって。

実はな、俺普段テレビドラマとかあんまり観ることないんやけど、たまたま観てたやつにこの子が出てて、ちょっと興味もってYouTubeとかで検索して聴いてみたんよ。そしたらえらいはまってしもてな。

最初はアイドルもんや思て適当に聞き流しとったんやけどな、まず思ったより曲がええねん。俺、日本の職業作曲家とかプロデューサーってあんまり知らんねんけど、流行りモンや思てええ加減に作らんと、しっかりした曲書いて真っ当なアレンジして、ええアルバムにしようっちゅうスタッフの気概が見えるんよ。

まあ、なんやかんや言うても、こんだけ気に入ってる一番の理由は、やっぱりこの声に尽きるね。どっからこんなかわいい声出すねんっちゅーぐらいで。いや、そら口からに決まってるんやけどな。そういう話やのうて。

これ、一つのアルバムでいろんなバージョン出ててな、最近のJポップとかみんなそうなんやろけど。DVD付きの限定盤やらジャケット違いやら。どれ買うか結構迷うんよ。結局、俺の買うた上のジャケのやつは、「初回限定盤(2CD+ブックレットB)」とかいう名前で、Naked Voice VersionちゅうボーナスCDが付いてんねん。

表に貼ってあるステッカーには「全13曲のアカペラver.」って書いてあるんやけど、普通これはアカペラとは言わんやろ。合唱ちゃうし。演奏なしの、ピンのボーカルトラックだけや。

ただ可愛いだけのアイドルやったら、ちょっとここまでできへんやろ。勇気いるよな。俺もこれはさすがにないやろとか思いながら聴いてみたんやけど、これが結構いけるんよ。まあ、さすがにそんなめちゃくちゃ歌唱力あるっちゅうわけやないから、高音不安定やなとか思う箇所もあるけど、そこがまた味があるっちゅうかね。これもまたこの声のお陰やね。

最初にちょっとこの子に一目置きたいなと思ったのは、この声を持ってながら、さっき書いたテレビドラマでは、口きかれへん人の役やってたんよね。自分の持ってる武器をあえて使わんと、それ以外で勝負するみたいなね。将棋で言うたら飛車落ちやね。別に将棋で言わんでもええんやけど。

あ、そうそう。それで思い出したんやけどな。いや将棋の話やのうて。さっきも書いたけど、このアルバムいろんなバージョンが出てて、ジャケットも何種類かあるんやけど、そのうちの一つは本人が書いた熊のぬいぐるみのイラストやねん。


2年前に出たデビューアルバムも同じような感じで、本人のポートレイトのジャケと、自筆のイラストのジャケがあったんやけどな、イラストの方がこれや。


そら.jpg 新垣結衣 『そら』

CD出す前にもう女優として売れてたからできたんやろけど、デビュー作のジャケがこれ!トカゲ!表ジャケに自分の名前すら書いてへんで。見た目かてこんだけ可愛いんやから、本人のお洒落なポートレイトのバリエーションだけで数種類出すこともできたやろうに。いや、ほんま勇気あるよ、この子。そういうとこも気に入ったで。

そやから、これも買うてきた。中古やけどな。さすがにこのジャケは人気ないんか、結構安値で買えたよ。内容もよかったけど、どっちかいうと新しい方がええな。ちゅうことは、ちゃんと成長してるんやね。いや、これは今から次のアルバムが楽しみや。

ほなそういうわけで、今日はこのへんで。だらだら書けへん言うたわりにはえらい引っ張ってしもて、悪かったな。次は年明けのベストアルバム記事に登場して、このアルバムがちゃんとベスト10に入ってるかどうか確認しに来るわ。ほな、また。

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2009年08月23日

覚醒 - Mani Neumeier & Peter Hollinger

Meet The Demons Of Bali.jpg
Mani Neumeier & Peter Hollinger 『Meet The Demons Of Bali』

ガムランは結構好きで、昔インドネシアに住んでたこともあって、その頃買ったCDも何枚か持っている。何枚持ってても、どれも同じような感じであんまり曲の区別もつかないんだけど、どれを聴いても気持ちいいのは同じ。

アルファ波が沢山出るのかな。そういう仕組みとかはあまりよくわからないけど、音だけを聴くとガンガンキンキンコンコンとあんなに賑やかなのに、なぜか落ち着く。きっと世界中で一番うるさいヒーリング・ミュージックだろうね。


今日取り上げるこのアルバム、数年前に雑誌か何かで見て、ずっと聴いてみたいなと思っていたんだ。初回1000枚限定プレスということだったので最初は焦りはしたものの、その気になって探せばそれほど入手困難というほどでもなかった。でも、今までどうもそこまでその気にならなかったというか、とにかくまだ買ってなかった。

先週久し振りに中古屋巡りをしたときに、最近全然チェックしていなかったプログレ系の棚にふと目を止めて、そういえばあれあるかなと思った瞬間、目の前にこれがあった。しかも、そこそこくだけた値段で。

と、その程度の運命の出会い、というか、ゆるーい執念で入手したこのアルバム。聴いてみたいと思った僕の最初の直感が間違っていなかったと思える内容だった。

グル・グルのアルバムは一枚だけ持っている。それほど多くもない僕のジャーマン・ロックのコレクションの中でも、お世辞にも一番好きと言える一枚ではない。だから僕は、(グル・グルの中心人物である)マニ・ノイマイヤーというドラマーにそれほど思い入れがあるというわけではない。

でも、先述したとおり、このアルバムのことを知ったときには、かなり興味をそそられた。マニとペーター・ホリンガーという二人のドラマーが、バリでガムラン楽団とセッションしたというもの。

ガムランと一言で括っても実はいろんな種類があって、僕の生半可な知識でもジャワとバリのガムランは違うという程度は知ってるし、バリのガムランの中でも、このアルバムに参加しているスアール・アグンという楽団が演奏するのは、竹でできたジェゴグという楽器のみ。スアール・アグン団長スゥエントラ師の奥さんが日本人だということで、かなり詳しい情報が日本語でウェブサイトに載っているので、興味のある人はそちらをどうぞ。

CDをプレイヤーにかけてみると、耳慣れたジェゴグの音がまず聴こえて来る。金属製ガムランの音も決して耳障りというわけではないが、竹の音だけが幾重にも重なり合って響くこのオーガニックな感触はまた格別。普段でもガムランの演奏って一つの曲の中でもスローペースになったりピッチが上がって高揚したりするんだけど、この1曲目はいきなりハイペースだな、と思っていたところに、マニとペーターのドラムがなだれ込んでくる。

うわぁ、これはすごい。十何人ものジェゴグ奏者が織り成す密度の濃い音に加えて、やたらと手数の多いドラムの音。凄い高揚感。鳴っている楽器はほぼ全て打楽器なのに、超高音から重低音まで様々な音色が交じり合って、とても複雑なメロディーを作り出している。

冒頭にガムランがヒーリング・ミュージックと書いたけど、ことこのアルバムに関しては、ヒーリング度、ゼロ。呪術的な反復メロディーと心地良い一定のリズムが、耳から全身に繋がっている神経を常に刺戟し続ける。

煙草は全く吸わず、もちろん覚醒剤なんてやったこともなく、依存性薬物の摂取は主に高濃度のアルコールに頼っている僕にとっては、この音楽の覚醒効果と中毒性はかなりのものだ。夜中にこれを大音量で聴きながら酒を飲むという機会も環境も最近の僕には残念ながらないけれど、さぞかしトリップできるだろうな。

もともとは97年に発表された作品で、その当時はあまり話題にならなかったのが、リマスターされてこの形で再発されたのが、ちょうど十年後の07年。97年版に1曲ボーナストラックが追加されているが、それは楽器を使わずに全員で手拍子でリズムを合わせているような、どちらかというと練習風景の記録のようなもの。これはまあ、あってもなくてもよかったかな。

1000枚限定の紙ジャケ仕様なんだけど、実はジャケットの黄色い文字とランダの周囲の黄色い縁取りが、透明プラスチックのシートに印刷されている。こんな感じ。

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アマゾンの商品紹介を見てみると、「特製紙ジャケット+幸せで楽しい人生を送れる(かもしれない?)黄色いオーラ・フィルム付き。 ※購入された方の幸福を保証するものではありません」だって。あはは。


例によって、知ってる人には言わずもがな、知らない人にはちんぷんかんぷんな、毒にも薬にもならないような解説を長々と書いてきたわけだけど、このアルバムを、ガムラン側からでなくジャーマン・ロック側から興味を持って聴いてみようと思う人に向けたとてもわかりやすい表現がライナーに載っていたので、勝手に引用させてもらおう。曰く、「人力ゼロ・セット」。

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Moebius - Plank - Neumeier 『Zero Set』

上に、グル・グルにもマニ・ノイマイヤーにもそれほど思い入れがないと書いた僕にとっても、自分のジャーマン・ロック・コレクションの中でも最も重要なアルバムの一枚。ジャーマン・ロックなんて書いたけど、ロックではないね。テクノとかエレクトロニカと言えばいいのかな。

一応このブログでは過去の名盤的なアルバムについてはあまり書かないことにしているし、説明するとまた延々と語りだしてしまいそうなので、今日のところはこの超有名盤については書かないけど、『Meet The Demons Of Bali』が「人力ゼロ・セット」だということで、上に延々と書いた説明のうち、人力で行われていた演奏(ドラム以外)を機械に置き換えたものがこの『Zero Set』だと、思いっきり乱暴に言ってしまおう。

この“近未来的な光の地下道を逃げるように走っている、半透明の黒人女性”という、ほとんど意味不明ながらこれほどアルバムの内容を的確に表しているものも少ないと思える秀逸なジャケットに惹かれる人は、一度聴いてみればいい。


さてと、外は相変わらず蒸し暑いようだけど、ちょっとこの2枚をヘッドフォンで大音量で聴きながら、選挙の期日前投票にでも行ってくるとするか。トリップしてヘンなのに投票しないようにしないとね。
posted by . at 12:29| Comment(7) | TrackBack(0) | アルバム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする