2007年08月19日

今回は長文 Tamas Wells 「A Mark On The Pane」

音楽業界に属する人にとって、自分が生み出した音楽や、自分が発掘した誰も知らない音楽を、沢山の人に気に入ってもらえるということは、単にそれが自分の仕事だということ以上に喜ばしいことに違いない。別に音楽業界なんてものには属していない僕でさえ、自分のブログで紹介した音楽を聴いてくださった方にコメント欄で「よかった」と一言感想を書きこんでもらえるだけで、とても嬉しい気持ちになるんだから。

去年の10月29日に書いた「心の鎮痛剤」という記事で紹介したタマス・ウェルズの、それからの日本でのいろんな動きを見ていて、そんなことをふと考えてしまった。

その記事に丁寧な長文コメントを書き込んでくださった一本道ノボルさん(執筆されたライナーの通り、大崎暢平さんとお呼びしたほうがいいのかな)が属されている会社のウェブサイトや、今日ここで取り上げるタマス・ウェルズのファーストアルバムのライナーなどを読んでいると、去年の10月にセカンド『A Plea En Vendredi』(以下『Vendredi』と略)が発売されるまでは日本では全く無名だったこのアーティストが、そのアルバムがあちこちで話題になり、やがて入手困難だった以前のCDが日本盤として発売され、そして待望の来日公演までが決定したというサクセスストーリーは、『Vendredi』の発売日から二週間後というわりと早い時期にブログに取り上げることができた僕にとっても、まるで自分のことのように嬉しく思える。

去年の10月に『Vendredi』を聴いて以来、ずっとファーストアルバムを探していたんだけど、ここNZでも、タマスの母国であるオーストラリアのレコード店のウェブサイトでも、その他僕がよく利用している日本・アメリカ・イギリスのサイトでも、まったく見かけることはなかった。iTunesで聴くことができたのは知ってたけど、二つ前の記事にも書いたように僕はダウンロードで音楽を買うのが嫌いで、なんとしてでもCDを見つけ出してやると躍起になっていたんだ。

ようやくそれを見つけたのは今年の2月。日本の某大手チェーン店のウェブサイトにて。手に入るなら金に糸目はつけないつもりでいたけど、送料込みで2500円強。悪くないね。早速注文して、4月に東京に出張した際に入手した。豪Popboomerang Records PB009 - 後に出た日本盤のライナーによると、その時期にレーベルに残っていた最後の在庫200枚が全て日本に輸入され、即完売となったうちの一枚のようだ。そこまで貴重だったとは。

A Mark On The Pane.gif Tamas Wells 『A Mark On The Pane』

先に入手した『Vendredi』同様、このアルバムも最初に聴いてからずっと愛聴している。貴重なアルバムをやっとの思いで手に入れたと一人悦に入っていたんだけど、先述のとおり、先月日本盤が発売された…9曲ものボーナストラック入りで。ライナーノーツに曰く「既に輸入盤を購入された方にとってもアピールとなる要素が必要だ」。はい、アピールされましたよ。日本盤の発売日に友人に代理購入してもらい、NZまで送ってもらう羽目に。

先のコメントで一本道さんが半ば自虐的に語っておられた『Vendredi』日本盤での7000字に及ぶ解説を既に読んだ人を念頭に書いておられるのだろう、細かい字で8ページにも及ぶ(一体何字あるんだろう)、小説かと見紛うほどの超詳細解説に圧倒される。僕は(そして、件のコメントを読まれたこのブログの読者の方々は)大崎さんのタマスに対する熱い思いと、それをどうしても短い言葉にまとめきれないもどかしさを予めわかっているから、この超長文解説も微笑ましく読むことができるが、きっと何も知らずにこのCDを買った人は「一体何だこのライナーは」と驚いているに違いない。

アルバムの内容について少しだけ書こうか。一聴した限りでは、僕が「心の鎮痛剤」と評した『Vendredi』同様、タマス・ウェルズの優しい歌声が、このうえなくデリケートで心地良いメロディに乗って唄われているという構成と大きな変化はない。あのアルバムが好きな人なら、間違いなくこちらも気に入るはずだ。

タマスがまだ、『Vendredi』の質感を印象付けていた乾いた音を出すマンドリンを弾いていないことや、エレキギターを始めとした電気楽器の音が『Vendredi』よりも多用されていることから、音の感触は少し違うように思える。(8ミリフィルムが回転する音だろうか)細かいカラカラ…という音に導かれて始まる2曲目「Broken By The Rise」のイントロで全ての楽器の音がふわーっとフィルインしてくるところは、バンドとしてのタマス・ウェルズ(ややこしいけど、これは個人名でもあるし、バンド名でもある)の魅力を味わえる一瞬だ。

途中で二回出てくるインスト曲について、大崎さんは「インタールードとしても機能していない」とライナーに書かれているが、5曲目「Petit Mal At A Grand Occasion」は、その前の(歌詞からアルバムタイトルが取られた、事実上のタイトルトラック)「Reduced To Clear」の穏やかなメロディーを黒雲のように覆い隠す、神秘的だけど聴衆を不安に陥れる後奏としての役割を果たしており、それが故に、続く6曲目「Even In The Crowds」のただでさえ明るいイントロのエレキギターの音をより暖かいものにすることに成功していると思う。また、8曲目のインスト「Segue In GM」は、どことなく先ほどの4曲目と似たメロディーがマイナーコードで演奏されており、そのことがなんとなくこのアルバム全体を「Reduced To Clear」を中心としたコンセプト・アルバムのように思わせる要素になっている。

アルバムのプロデューサーはティム・ウィッテン。調べてみたら、ゴー・ビトゥイーンズ、フードゥー・グルズ、ハンターズ&コレクターズなど、オーストラリアを代表する中堅ロックバンド(笑)のアルバムを多数手がけているようだ。なるほど、それもあってのこのバンド・サウンドなのか。

日本盤に収録された9曲は、この『A Mark On The Pane』以前に発表された3曲入りシングル「Cigarettes, A Tie And A Free Magazine」と、6曲入りEP「Sticth In Time」からの全曲。この曲順がオリジナル同様だとすると、「Sticth〜」の1曲目は「Reduced To Clear」。よほど彼のお気に入りの曲なんだろう。「Cigarettes〜」は、このシングルを最後に脱退してしまったらしいヴァイオリンの音色が素晴らしい。ゲストとしてでいいから、次のアルバムにまた参加すればいいのに。

ところで、『Vendredi』には歌詞と日本語対訳が載っていたんだけど、この『A Mark On The Pane』には英語の歌詞しかブックレットに載っていない。それはいいんだけど、これが実際に歌われているものとかなり違うんだよね。『Vendredi』もそんな感じがあったけど、あちらはまだ所々の歌詞を端折ったり違う言葉で歌い替えたりしていただけだったからある程度聴きながら歌詞カードを目で追えたんだけど、今回のはちょっとお手上げ。なんでここまで違う歌詞を載せているんだろう。それで対訳を載せるのもやめたのかな。

僕が4月に買った方のオリジナル盤の曲はもちろんこの日本盤には全曲収録されているから、日本盤が届いたらオリジナルの方は中古屋にでも売ろうと思っていたんだけど、

1)日本盤からは(長文解説書のあおりで・笑)削除されてしまった六つ折りブックレット内の、表裏ジャケに通ずる雰囲気のある写真が捨てがたい
2)物悲しい10曲目のインスト「A Dark Horse Will Either Run First Or Last」で終わるしみじみとした気分を味わっていたい
3)なにしろ最後の200枚のうちの一枚

という理由から、両方とも手元に置いておくことにした。こうしてまた同じアルバムが我が家に増えていく…


先述したとおり、今月ついに来日公演が実現した。この週末は金沢、大阪、奈良で既に公演を終えているはず。どこかのサイトを探せばもしかしたらもうライヴレポートが上がっているのかもしれないけど、ちょっとそれはまだ読まないでおこう。だって、僕も観に行くことにしたからね。

これだけ日本で盛り上がった後もNZでは彼は全く無名のまま。隣国オーストラリアでも彼のライヴがいつ行われるのかよくわからない状態。この機会を逃したら、もしかしたら本当に一生観られないかもしれないと、赤道を越えて観に行く決心をした。本当は、30人限定の奈良公演か、50人限定完全アコースティックライヴの東京公演に行きたかったんだけど、僕の仕事の都合と決断が遅かったために、東京での最終日だけにしか参加できなくなってしまった。まあそれにしても、このツアーで最大の集客数であろうこの日が一番盛り上がるだろうことも充分に予想されるので、もちろん悔やんでいるわけではないよ。

もう二枚のアルバムはイントロ当てクイズができるほどに聴き込んだけど、観客席で僕が歌って彼の“天使の歌声”を邪魔するわけにはいかないから、脳内で一緒に歌う練習もしておこう。そうだ、オリジナル盤の『A Mark On The Pane』を持って行って、サインしてもらおうかな。中古屋には売れない理由その4を作るために。
posted by . at 20:29| Comment(5) | TrackBack(0) | アルバム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
このバンドの曲は1曲しか聴いたことがないので、音楽についてはあまり書けません。

ファーストアルバムのオリジナルを、日本版を手に入れた後でさえも手元に置いておくことを、くどくど言い訳しているところがいいですね。
売れない理由その4がかないますように。

今回も長文ですね。
Posted by Luna at 2007年08月20日 09:43
>日本盤の発売日に友人に代理購入してもらい、NZまで送ってもらう羽目に。
日本盤を代理購入させていただき、NZまで送る幸運に恵まれた者です。こんにちは。本当は発売日じゃなくて催促(?)のメールもらってから買いに行ったんですけどね(笑)

>「一体何だこのライナーは」
年齢によっては虫眼鏡が必要なくらい小さい字ですよね(すみませんルナさん)(←なんて書いちゃってさらにスミマセン!)(自爆)

このCDの裏ジャケが好きです。六つ折りブックレットの写真もよさそうですね。

私も聴き込んでいます。「あれ?この曲どこかで聴いたことがある」と思えるほどになりました。
Posted by カブ子 at 2007年08月21日 10:32
まさしく先見の明ありですね〜。さすがyasさん!私の場合は、せっかく無名を発掘しても無名のまま終わるパターンが圧倒的に多いです(笑)。
こんなに大切にいとおしそうに自分の音楽に接してくれる人がいるなんて、タマス君も幸せ者ですね。ライヴ楽しんできて下さいね!
Posted by クロム at 2007年08月21日 20:41
こんにちは!
何だかすごい偶然ですが、私も先週Tamasさんのライブを大阪に見に行ってきました。
あんなに美しい音楽を奏でているのに、とってもお茶目なお人柄で、ファンにも気さくに接する、素晴らしい人でした^^
しかも!Jose Gonzalezのライブ!
サマソニで見て来ましたよ!
実は2人ともほとんど知らなくて、偶然にライブに行けることになったのですが、私ってラッキーだな〜と心から思いました。
Posted by sunday at 2007年08月25日 22:34
●Lunaさん
あれ?僕の記録と記憶が正しければ、ルナさんこの人たちの曲を少なくとも2曲は聴いたことがあるはずですよ。濃い口好みのルナさんのご趣味とは少し離れてるかもしれませんが。

>言い訳
こういう言い訳が集まって、手放せないCDがどんどん増えていくんですよね。もっとすぱっと割り切れる性格になりたいです。

>売れない理由その4がかないますように
かないました。お願いして頂いてありがとうございました。追ってきちんとご報告しますね。

>今回も長文ですね
このタイトル、「今回は」としたのは、前回タマス・ウェルズについて書いた記事が「別人のように短い」と好評(笑)だったので、今回は覚悟して読み始めてくださいよ、という意味だったのです。「僕の拙い日本語でこの美しい音楽をうまく説明できない」と前回書きましたが、今回にかけて特に日本語が上手くなってはいないところがミソです。


●カブ子さん
その節はどうもお世話になりました。ありがとうございました。お陰様で、NZで一番早くこのCDを聴いた人になることができました(当社測定)。催促してすみませんでした。僕はしつこいのです。

このライナーを読むのにいつ虫眼鏡が必要になるか、僕も戦々恐々です。

裏ジャケの写真、綺麗ですよね。窓ガラスに収録曲のタイトルが書いてあるのを内側から眺めているといった風情でしょうか。一曲目のタイトルに「we」を書き忘れて付け足してあるところがまた下書きなしの一発勝負のようで好ましいです。

六つ折りブックレットの写真についても少しエピソードがあるんですが、それは次回の記事でご披露しますね。

>あれ?この曲どこかで聴いたことがある
このゆるやかなボケ具合、最高ですね。F2.8ぐらいでしょうか。虫眼鏡どころの騒ぎではありませんね。


●クロムさん
いえいえ、これは本当にラッキーな例でしたから、僕の実力とは何の関係もありませんよ。クロムさんの場合は、おそらく無名が確定した60年代のアーティストとかを今になって発掘しているが故に、無名のままで終わることが多いのではないでしょうか(笑)

ライヴ楽しんできましたよ。クロムさんの波乱万丈野外ライヴレポに負けないぐらいの長文記事を用意しますね。面倒な場合は、最初と最後だけ読んでください。


●sundayさん
お久しぶりです。Cashmere行かれましたか。よかったでしょうね。今回日本に行ってた間はなかなかブログ徘徊ができなかったもので、sundayさんのサマソニレポートとタマスの記事はこのコメントを頂いてから読ませてもらいました。

そう、お茶目な人柄、結構予想と違ったイメージでしたよね。

ホセ・ゴンザレスも、もしあまりご存知ないようなら、是非アルバム聴いてみてくださいね。すごくいいです。ファーストは間違いなくいいですし、もうすぐセカンドが出ますよ(日本盤は9月26日)。

近日中にまず自分のライヴレポを書き上げて(忘れないうちに)、それからsundayさんのブログにコメントさせてもらいに行きますね。
Posted by yas at 2007年08月27日 18:02
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