2010年11月01日

イタコ - Ben Folds / Nick Hornby

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ベン・フォールズ/ニック・ホーンビィ 『Lonely Avenue』

きっかけは人それぞれなはず。

誰かは、1956年にエド・サリヴァン・ショーに登場したエルヴィス・プレスリーを観て感銘を受けたのかもしれない。別の誰かは、1977年にマンチェスターのクラブにセックス・ピストルズを観に行き、自分の人生が少し違った方向にずれるのを感じたのかもしれない。もしくは、1980年代の日本のとある郊外の新興住宅地で、情操教育に熱心な母親に買い与えられたピアノを夢中で練習する子供だったのかもしれない。

なにがきっかけだったにせよ、音楽を好きになった子供が、やがて自分でも演奏したい、歌いたい、自分の音楽を作りたいと思い始めるのはごく自然なことだろう。

そんな人たちの中から、自分の音楽の才能に気付く者が沢山でてくる。練習すればするほど楽器の腕前が上がる人。聴く者誰もの心を揺さぶる声を持つ人。時代を越えて歌い継がれる曲を作ることのできる人。あるいは、音楽的な才能はそれほど飛びぬけたものではないかもしれないけれど、人並み外れたルックスで勝負ができる人。そんな、自分の次の世代に、自分が得たのと同じきっかけを与えられる人たち。

でも、言うまでもなく、世の中にはそんな選ばれた人たちよりも、自分には音楽の才能がないと気付いてしまう人の方が遥かに多く存在する。そんな彼らは(「僕らは」と書こうか)、やがてギターの弦を張り替えることもしなくなり、二次会のカラオケボックスで妥協することを覚え、ノートの後ろの方のページに書いた気恥ずかしい自作の歌詞のことなんてすっかり忘れてしまう。

それでもやはり音楽に対する愛情を捨てきれない、音楽を通して誰かに何かを伝えたい人は、他人の作った音楽を通じてそれを達成しようとする。自分が感じている気持ちを歌ってくれているアーティストや自分の衝動を代弁してくれる音を出すバンドは、世の中に沢山いるから。そういう人たちは、DJになったり、レコード会社に勤めてコンピレーション・アルバムを作ったりすることで、自分を表現する(あるいは、ヘタクソな文章をブログに書き散らして、ネット上にばらまく)。



92年、アーセナルに向けた執拗なまでの愛情を綴ったノンフィクション/自伝『Fever Pitch』が、そのきめ細かな感情描写と如何にも英国的な自虐的ユーモアが意外なほどに受けた挙句に映画化されるに至り、その処女作に続く次回作は、フィクション/小説という形を取ってはいるものの、作者ニック・ホーンビィは、より自分自身を真摯に投影した物語にするつもりだったはずだ。

その次回作『High Fidelity』が当然の如く大ブレイクし、世界中の優柔不断で自分勝手な音楽オタク達にあれはまさに自分の物語だと錯覚させた後、彼がしたことは(実際に次に書いた『About A Boy』を今度はヒュー・グラント主演のヒット映画に仕立て上げたことをあえて端折ると)、31曲のポップ・ソングを彼一流の感傷的でありながらユーモアに溢れた文章を添えて並べたエッセイ集、その名も『31 Songs』を発表することだった。

そこに取り上げられた曲の数々、ティーンエイジ・ファンクラブに始まり、ブルース・スプリングスティーンからスイサイド、グレゴリー・アイザックスからO.V.ライト、ロイクソップを経てパティ・スミスへと回帰する、一見支離滅裂のようでありながら、これを書いた彼があの『High Fidelity』のロブだと思えば妙に納得してしまう選曲。

この本は、ニックが作って世の中に発表した、初めてのコンピレーション・アルバムだ(もちろん彼のような人は、これ以前に数百ものミックステープを作ってきたはずだが、それらを聴く恩恵にあやかれた彼の幸運な友人や恋人以外は、残念ながらその存在を知ることはないだろう)。当然これは本だから、“アルバム”と呼ぶのは正しくないかもしれない。でも、この本の第一章、前書きとして置かれた「Your Love Is The Place Where I Come From」を読むと、僕にはその曲が元々収められていた『Songs From Northern Britain』を聴くよりも確実に心に響く。繰り返して言う。このエッセイ集『31 Songs』は、それほど優れたコンピレーション・アルバムだ。

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ニック・ホーンビィ 『31 Songs』

本が出たときから既に予定されていたのかどうかは知らないが、そのエッセイ集をベースにしたCDが03年に発売された。今やアマゾンジャパンのどこを探しても見当たらないが(上のリンク先は別ジャケットの同じCDがマーケットプレイスに出品されているアマゾンUK)、全31曲のうち1枚のCDに収録可能な18曲をピックアップしたこのアルバムは、他人が作ったコンピレーション・アルバムにはあまり興味をそそられることのない僕にとっては珍しい、かなりリピート率の高いCDとなった。

1曲目はもちろん、ティーンエイジ・ファンクラブの名曲「Your Love Is The Place Where I Come From」だが、それに続く2曲目がブルース・スプリングスティーンの「Thunder Road」だというところに、如何にニックがあのエッセイ集を書いた際に実際の音の流れを想像していたかというのが如実に表現されている。この曲を知る人なら誰でも、「Thunder Road」なんてA面1曲目以外の何ものでもないと思うだろう? そういう人には是非この秀逸なコンピレーションを聴いてみてほしい。



ニック・ホーンビィが実際に楽器を演奏したり歌を歌ったりするのかどうかは僕は知らない。きっと想像するに、プロとしてデビューできるほどの腕前ではないんだろう。でも、彼はこの本をもって、音楽家としてのデビューを果たしたと言っていい(コンピレーションCDはあくまでもこのエッセイ集に載っていた曲を知らない人達に向けての副産物だ)。

そんな彼が次に企んだのは、自分が書いた歌詞を、自分を代弁してくれるアーティストの曲に乗せ、それを演奏してCDとして発表してもらうことだったと考えるのは不思議な流れではないだろう。贅沢な望みだとはいえ、そこは腐ってもニック・ホーンビィだ(別に腐ってないけど)。『High Fidelity』を読んで、あれは(かつての)自分の物語だと思ったプロのミュージシャンは山ほどいただろう。だからこそ、あの御大ブルース・スプリングスティーンまでがノー・クレジットで映画『High Fidelity』に出演したんだろうし。ニックさえその気なら、手を上げるアーティストは沢山いたに違いない。

ニックが相棒として選んだのは、『31 Songs』の中でも特にその洞察力と感情描写に秀でた歌詞を評価していたベン・フォールズだった(その本の中でも僕の大好きな章の一つである「Smoke」で)。そのベンにあえて歌詞を書かせず、11の自作の歌詞を託し、CDにライナーノーツを寄せたニック。更に、上に写真を載せたスペシャル・ヴァージョンには、彼の短編小説が4つ収録されている。

このアルバムを、ベン・フォールズとニック・ホーンビィのコラボレーション・アルバムと捉えるのは自然なことだろう。CDショップに行けば当然ベン・フォールズのコーナーに置いてある。人によっては、スランプに陥ったベンがニックに歌詞を依頼したと勘繰るかもしれない。でも僕にはこれが、残念ながら音楽的な才能には恵まれなかったニック・ホーンビィによる、『31 Songs』を経てようやく完成したファースト・アルバムのように思える。それも、ベン・フォールズという、ニックの世界観を表現するには世界でも指折りのイタコを使って作った作品。

実際にこのアルバムがどういう経緯を経て作製されたのかは知らない。でも、この推察が正しいとすると、きっとどの曲も詞先だろう。それを証明するかのように、ブックレット冒頭には、ニックによる全曲解説が載っている。彼の詞がベンによってどう完成されたかを綴った、短いけれど彼ならではの言葉のセンスが詰め込まれた解説。

昨年の来日公演でも披露された、このアルバムを代表するスロー・バラッド「Picture Window」に寄せられた、ほんの二行しかない解説の一節。

 この曲は私が頭に思い描いてたよりも少しテンポが速すぎる気がするけど
 それは単に聴いているあなたがほんの少し早くほろ苦い気持ちになるだけのこと


上手いよね、こういう言い回し(僕の日本語訳がその上手い言い回しを上手く伝えられているかどうかはともかく)。とにかく、こういうニック・ホーンビィ節が、ライナー・ノーツから全ての曲の歌詞、それから4つの短編小説に至るまでびっしりと詰め込まれている。通常版のCDがどういう作りになっているのかは知らないけど、厚手のケースに収められたハード・カバーの本のような造りのこのスペシャル・ヴァージョンは、やはりこの作品がニック・ホーンビィ主導で作られたのではないかという僕の持説を後押ししてくれているようだ。

4つの短編小説は書き下ろしの新作ではなく、これまでニックがあちこちで発表してきたもののようだ。クラブの黒服からギャラリーの警備員に転身した男の語り口による『Nipplejesus』、自分の息子がポルノビデオに出演していることを知ってしまった母親の話『Not A Star』、ニックにしては珍しくちょっとSF風味の『Otherwise Pandemonium』、ヨーロッパの架空の小国に住む少年の話『Small Country』。どれも僕は今回初めて読んだけど、面白かったよ。

まだろくに肝心の音楽の話を全然書いてないのに、もうこんな量になってしまった。手短に書くと、まるで『31 Songs』のように、そして『High Fidelity』のように、ニック・ホーンビィの音楽趣味が色濃く反映されたものになっている。ニック自身によるライナーから固有名詞を拾ってみた。ドク・ポウマス、ブルース・スプリングスティーン、エルヴィス・コステロ、テディ・ペンダーグラス。で、実際に演奏して歌っているのが、ベン・フォールズと。まあ、そういうことだ。

何名かのゲスト・ミュージシャンが参加しているが、殆どの楽器の演奏はベン自身によるもの。そして、ストリングスのアレンジメントを施しているのが、巨匠ポール・バックマスター。僕は普段クラシック楽器の音なんてそれほど注意して聴いているわけじゃないけれど、こういうのを聴くと、本当に素晴らしいストリングス演奏というのがどういうものなのかがよくわかるね。

『Songs For Silverman』にせよ『Way To Normal』にせよ、ベン・フォールズのスペシャル版CDというのはどうも一般受けが悪いようで、あちこちのCDショップで在庫処分扱いを受けているのをよく見かける。今でも十分に評価の高いアーティストだと思うんだけど、どうしてCDが売れないんだろう。せめて、この素晴らしい作品が同じような目に合わないように願っているよ。英語の小説なんて読めないからと躊躇している人も、勉強だと思って(あるいは、お布施だと思って)これ買ってみてよ。
posted by . at 00:05| Comment(12) | TrackBack(0) | アルバム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする