2010年06月27日

インスタント60's - The School

Loveless Unbeliever..jpg The School 『Loveless Unbeliever』

ペット・サウンズなバンド・ロゴといい、ツルツルにコーティングされたインナースリーヴや裏ジャケのレトロなデザインといい、いかにも60年代を意識したのがよくわかるこのアルバムが、ウェールズのカーディフ出身の新バンド、スクールのデビュー作。

グループ名が単純すぎて、検索すると関係ないのがいっぱい上がってくるのがちょっと難点。まあ、最近ではここまで単純なグループ名というのも逆に珍しいから、そういうところも昔風を狙っているのかも。インナーにはメンバーのファーストネームだけ7名載っているが、そのすぐ隣に演奏者の名前が9名分。その両方に名前があるのは4名だけ。このアルバムを作っている途中でメンバーチェンジがあったということか?

このアルバムの前にシングルとEPを発表済みで、この手の音が好きな人たちの間では以前からそれなりに話題になっていて、これが待望のデビューアルバム!というわけだ。僕は525枚という不思議な限定数量のアナログ盤をアップルさん経由で入手。きれいな色の盤が嬉しい。

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シンプルでキャッチーなメロディーの他愛ないラブソングを、これまたシンプルこの上ない演奏に乗せて歌う女性ボーカルと、それにかぶさる綺麗なコーラス。それだけ。アップルさんとかあちこちのサイトに、同傾向のアーティストとして、キャメラ・オブスキューラやラッキー・ソウルなんかの名前が挙げられているね。

僕は懐かしのトレイシー・ウルマンを思い出したよ。いつの時代にも、こういう60年代ポップをストレートに継承した女性ボーカルが現れるもんだよね。僕はトレイシー・ウルマンはちょうど世代的に「こんなの恥ずかしくて買ってられないよ」とあえてスルーしたからLPもCDも持ってないけど(それでもタイトルを見ただけでサビは歌えるけど)、おっさんになった今ではこのスクールは何のためらいもなく買える。

先に出たシングルにもEPにも収録されてないアルバムトラックの「Is He Really Coming Home?」のPVが出回っているね。これもシックスティーズ風のポップな色づけがされた、いいビデオ。



アルバムのジャケから受ける印象よりもずっとふっくらした感じのボーカルのリズがなんか微笑ましいね。アルバム・クレジットを見ると、なんと全曲この人が書いてるよ(2曲はギター担当のサイモンとの共作。でもその人はグループメンバーの方には名前がない。でも最終曲「I Don't Believe In Love」でボーカルを披露しているのはこの人のはず。どういう関係なんだ?)。

確かに全部シックスティーズ・マナーの定型的な曲ばかりで、あちこちにどこかで聴いたようなメロディーやアレンジが出てくるとはいえ、これだけの曲を作れるというのはすごいね。ちなみに「Shoulder」の間奏は「おんまはみんなぱっぱか走る♪」に聴こえてしまうのは僕だけか(笑)

どの曲もクオリティ高いけど、中でも僕の一番のお気に入りはこの「I Want You Back」。PVは作られていないようだけど、これもYouTubeにアップされているので一緒に貼っておこう。



ここに写っているのは、この曲が最初に収められたEPのジャケット。LPでいっぱいの部屋に寝転んで、でっかいヘッドフォンで音楽を聴くリズの写真。床に散らばっているのはビッグ・スター、ビーチ・ボーイズ、テレヴィジョン、ジョーン・ジェット、ウイングスなどのLP。いいね、これだけですっかり感情移入してしまうよ。このEPの全曲アルバムに再収録済みだけど、このジャケだけで持っておきたくなるね。

そんな感じでついついシングルにまで手を伸ばしてしまいそうな上に、今一番どうしようかと思っているのが、今日書いたこのアルバム。綺麗な限定アナログ盤は既に発売元のエレファント・レコードでも売り切れになっているから買って後悔はしてないんだけど、これMP3音源がついてないから、週末に家で聴くしかないんだよね。なのでこうして週末になるとへヴィーローテーションで回してるんだけど、やっぱり普段ウォークマンで聴くためにCDも買おうかな。
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2010年06月20日

帰還 - Roky Erickson with Okkervil River

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Roky Erickson with Okkervil River 『True Love Cast Out All Evil』

伝説的なテキサスのサイケデリック・ロック・バンド、サーティーンス・フロア・エレヴェイターズ(The 13th Floor Elevators)のフロントマン、ロッキー・エリクソンの奇跡の復活作。そんな風に書き始めればいいんだろうか。

同じく60年代にカリスマ的な人気を得ていながらドラッグで精神障害を患い、最期までこちらの世界に戻ってくることなく逝ってしまったシド・バレットやスキップ・スペンスらのことを考えると、63歳になった彼がまともな新作アルバムを出すということ自体が驚愕の事実だというのはよくわかる。

でも、正直言って、僕にとってはそれほど思い入れのある人でもバンドでもなかったから、しばらく新作から遠ざかっているオカヴィル・リヴァーがバックを務めていなければ、僕はこのアルバムに手を出すことはなかっただろう。そっち側からこのアルバムにたどり着く人は、世間的にも希なんじゃないかとは思うけどね。

07年の『The Stand Ins』時から一人メンバーが替わったオカヴィル・リヴァーの全員が参加。ジョナサン・メイバーグはシアウォーターのアルバム作りに忙しかったのか、わずか2曲にしか参加していないけれど、ウィル・シェフは全ての曲で様々な楽器を演奏している。アルバム全体のプロデュースとライナーノーツ担当もウィル。

細かい文字で10ページにわたってびっしりと書き込まれたそのライナーノーツは、ストーリーテラーとしてのウィル・シェフの才能が見事に発揮された力作。若くしてサイケデリック・ロックの先鋭として成功したロッキーが、やがてドラッグで精神を病んで投獄された後の壮絶な人生について、ときにスキャンダラスなエピソードを交えながらも、感動的に書き上げている。

45分という、アルバムとしてはLP時代から親しんだちょうどいい長さのこのCDを一枚聴く時間内では僕には読み通せなかったほどの分量の文章だけど、これを読むのとそうでないとでは、このアルバムの深さと一音一音に込められた意味の理解度がまるで違うはず。なんて、これから聴こうという人にハードルを上げるようなことを書いてしまったけど、7月に出るという日本盤にはきっとこのライナーの対訳がついているかな。

同じテキサスのオースティンをベースにしているとはいえ、親子以上に歳の離れたロッキーをウィルがプロデュースするというこのプロジェクト。これが決まったときに、ウィルの元にはロッキーがこれまで何十年にもわたって録り貯めた60曲ものデモ録音が入ったCDが送られてきたという。そこから厳選された12曲が絶妙の順序で配され、絶好調時のオカヴィル・リヴァーのアルバムさながらの緻密な装飾を施されている。

ロッキーが獄中で録音したというざらざらとした音質のオープニング「Devotional Number One」に少しずつオカヴィル・リヴァーの演奏が被さり、2曲目の「Ain't Blues Too Sad」に続く際に聴こえてくるカオスのようなノイズは、ライナーに載ったエピソードの一つ、ロッキーが自分の頭の中に鳴り響く「声」を追い払うために、部屋に何台も置いてあるテレビやラジオを全て違うチャンネルでフルボリュームで鳴らしていたというシーンを再現したものだろう。

アルバム中唯一の軽快なロック・ナンバー「Bring Back The Past」。2分ちょっとという短い曲だけど、一回一回入るドラムのオカズが全部ちょっとずつ違うという小技にニヤリとする。さすがトラヴィス君、いいドラム叩くよね。

“サイケデリック・ロックの始祖”の復活アルバムを期待した人にとってはちょっとした肩透かしなのかもしれないけれど、ここで聴けるのは、一度は地獄のような人生を経験した人がこの世に戻ってこられた喜びを訥々と歌う姿だ。最初に書いたようにこのアルバムにはそれほど期待していたわけではなかった僕が、最終曲「God Is Everywhere」の最期の音が途切れた瞬間、喉の奥に熱いものが込み上げてくるのを感じたほどだ。


ここには、『Berlin』の絶望がある。

ここには、『Bring The Family』の慈愛がある。

そしてここには、『Black Sheep Boy』の混沌がある。


10歳の頃のロッキーを撮ったレトロな裏ジャケはすごく味があるけれど、今名前を挙げたジョン・ハイアットの傑作をちょっと思い出させる、爺さんの顔のアップという、あまりジャケ買いの対象にはならないと思われるジャケットに包まれたこのアルバムが、どれだけ世間で話題になるのかはわからない。でも、僕にとってはこれは、音楽が好きで本当によかったという気持ちを今さらながら噛み締めさせてくれる、とても大事なアルバムだ。

ロッキーも別に、帰りを待ちわびていたわけでもない人に言われたくないかもしれないけれど、心を込めて「おかえりなさい」と言ってあげたい。

こんなに見事に構成されたアルバムをあまり細切れで聴いてほしくはないんだけど、アルバム3曲目「Goodbye Sweet Dreams」を使ったビデオを見つけたので、興味のある人は見てみて。ロッキーとウィル、おもちゃ屋で遊ぶ、の図。ウィル、いつの間にこんな髭面に?


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2010年06月13日

ふにゃふにゃ君の子孫たち

クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤーのファーストは大好きだった。06年の7月にこのブログが始まって一ヶ月も経たないうちにそのアルバムのことはかなりの絶賛モードで書いているし、その年の個人的ベストアルバムの第二位に入れたぐらいだったからね。

翌年のセカンド『Some Loud Thunder』は、せっかくデイヴ・フリードマンなんて有名プロデューサーを連れてきたわりには、僕にはちょっと焦点の絞りきれていないアルバムに思えた。ちょうど、同じようにヘロヘロとしたイラストのジャケなのに、メンバーのロビー・ガーティンが描いたセカンドのそれが、ファーストのダーシャ・シシュキンのなんともいえない味のある浮遊坊主とは何かが違っていたのと同様に。

CYHSY.jpg Some Loud Thunder.jpg

あのバンドを特徴付けていたのは、なんといってもアレック・オンズワースのすっとぼけたボーカルだった。当時からよくデイヴィッド・バーンに例えられたそのボーカルとギターを担当し、全ての曲の作詞作曲だけでなく、セカンドアルバムではデイヴ・フリードマンと一緒にプロデュースまでこなしていたアレック。誰もがクラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー(CYHSY)は彼のワンマンバンドだと思っていたはず。

2年ほど音沙汰がなかった後、昨年アレックのソロアルバムが届けられたときには、もう彼はCYHSYとしての活動は行うつもりはないということをどこかで読んだ。ワンマンバンドゆえのリーダーの傲慢?音楽性の違い?はっきりした理由はわからないけど、まあ、よくある話だ。


Nature Is A Taker.jpg Uninhabitable Mansions 『Nature Is A Taker』

「CYHSYのメンバーであるロビー・ガーティン、タイラー・サージェントがオ・ルヴォワール・シモーヌ(Au Revoir Simone)のアニー・ハート、ダーティー・オン・パーパス(Dirty On Purpose)のダグ・マーヴィン、ラディカル・ダッズ(Radical Dads)のクリス・ダイクンと結成した新バンド」なんて紹介文を読んだときも、僕はその最初の二人のメンバーがCYHSYでどの楽器の担当をしていたかを咄嗟に思い出すことすらできなかったぐらい。

オ・ルヴォワール・シモーヌは嫌いではないけど僕にとってはアルバムを何枚も集めるほどではないという程度。その他の2つに至っては僕は聴いたこともないバンドだ。つまり、あまり興味のないバンドのよく知らないメンバーが集まった、地味極まりないスーパーバンド(笑)程度の認識でこのアルバムを手に取ってみた。

かなりポジティブに期待を裏切られたね。飄々としたところはCYHSY譲り。なんで当時アレックだけが曲を作っていたんだろうと思えるほど、ユニークでありながら芯のしっかりした曲たち。リードボーカルがアレックほどエキセントリックじゃないから、むしろこっちの方が一般受けしてもおかしくないかも。さっきリンクした記事で僕はCYHSYのことを「疾走感のある たま」と表現したけど、CYHSYが知久寿焼が唄うたまだとしたら、こちらは柳原幼一郎の歌うたまと言えばいいか。

日本盤は最初のシングル「We Misplaced A Cobra In The Uninhabitable Mansion」が最後に収録された全11曲入り。そのボートラが本編最後の「We Already Know」から実にいい具合に繋がっていて、こういうボートラは大歓迎だね。お陰で、まだネット上では入手可能な「We Misplaced〜」の7インチシングルを買うモチベーションが減ってしまったけど。

アルバムタイトル『Nature Is A Taker』はその本編最後の曲の歌詞から取られたもの。そして、見てのとおり最初のシングルには自分たちのバンド名が(単数形だけど)織り込まれている。些細なことだけど、単にヒット曲のタイトルをアルバムにつけるとかじゃなく、こうやって言葉を大事にしている人たちはいいね。つい歌詞もちゃんと追ってしまう。

ちなみにその読みづらく書きにくいグループ名、アニハビタブル・マンションズ(Uninhabitable Mansions:住めない大邸宅)、なんでこんな名前にしたのかなと思っていたら、ライナーにそのことが書いてあった。

もともと別のバンドに属していたメンバーが音楽だけじゃなく絵画とかも含めた芸術を一緒につくろうと集まってきたプロジェクトがこのグループの始まりだったそうな。そして、このグループが作り出すこの音楽は、集まってくる人たちを包み込む、皆が属する大きな家みたいなもので、だけどその家には住むことはできないからっていうことなんだって。

なんかいいね、そういう考え方って。スタイル・カウンシルを始めた頃のポール・ウェラーもそういうこと言ってたっけ。あの人の場合は求心力が強すぎて、すぐ「ポール兄貴とその一味」みたいになってしまうから、なかなかコミュニティって感じがしないけどね。


Mo Beauty.jpg Alec Ounsworth 『Mo Beauty』

発売されてからしばらく経ってしまったけど、このアルバムも去年のお気に入りの一枚。もともとアメリカではどこのレーベルにも属さずにアルバム作成からディストリビュートまで全て自分たちで行っていたことも話題になったCYHSY時代とはうって変わって、名門アンタイレーベルから出されたアレック・オンズワースのデビュー・ソロアルバム。

プロデューサーがロス・ロボス(Los Lobos)のスティーヴ・バーリンで、バックバンドが(僕はよく知らない人が多いけれど)ニューオーリンズの名うてのセッションミュージシャンだというこのアルバム。歌だけを聴くとあの頃のままのアレック節なのに、それがこんなに骨太で泥臭いサウンドに乗ったときの心地よい違和感。


Skin And Bones.jpg Flashy Python 『Skin And Bones』

てっきりこれからはあの南部路線で行くのかと思いきや、『Mo Beauty』発売からわずか3ヶ月で今度はこれが出た。フラッシー・パイソン(Flashy Python)名義のファーストアルバム。アレックの新バンドなのかな。大所帯のバンドメンバーには僕の知らない名前も多いけど、『Mo Beauty』にも参加していたマット・サットンもいれば、アニハビタブル・マンションズに行ったはずのタイラー・サージェントもいる。喧嘩別れしたわけじゃなかったのか。

こちらはどちらかというとCYHSYがそのまま進化したという感じの音になっている。2曲目「The Lady Is A Ghost」のエンディングがぐにゃぐにゃと失速して途切れるところなんて、まるであのCYHSYのファーストのジャケをそのまま音にしたみたい。とはいえ、「Ichiban Blues」なんて題名のベタベタなブルーズがあると思えば、アルバム最後の「Avalon's Snake Breath」は3部構成になった11分を超える大曲だ。

アマゾンにリンクして気づいた。これ日本盤が出ていて、しかもボートラ3曲入りなんだね。カスタマーレビューには「ボーナストラックも良いですよ」なんて書いてあるぞ。うーん、しょうがないな。また買い替えか。


CYHSYの音をうまく視覚的に表してあると思っていたあのファーストのジャケットの浮遊坊主と、裏ジャケのふにゃふにゃ君たち。あれから4年ちょっと経って、あいつらがこうやっていろんなバンドに分かれたりくっついたりしながら、皆同じようにぐにゃぐにゃとした疾走感のある小気味いい音を出し続けていくなんて(しかもこんなハイペースで)。これから散財させられる予感も含めて、こいつは嬉しい誤算だったね。
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2010年06月06日

途中までのサクセスストーリー - Cats On Fire

Dealing In Antiques.png Cats On Fire 『Dealing In Antiques』

以前何度か北欧特集をしたときに、どうもフィンランド産がうまく集まらないことがあって、一時は意識してフィンランドものばかりを探していたことがある。やたらとメタル系か伝統音楽が多いんだよね。そういうのもそんなに大嫌いなわけではないんだけど。

このブログには取り上げなかったけど、去年の暮れにセカンドアルバムを手に入れたこのキャッツ・オン・ファイアは、そんな中でも聴いてすぐに気に入ったバンドのひとつ。yascd014に入れたバーニング・ハーツ(Burning Hearts)は、このバンドのドラマーであるHenry Ojala(ヘンリー・オヤラと読むのかな)の別プロジェクトだ。

先月出たばかりのこの新譜は、『古物商』というタイトルから想像がつくとおり、古いシングル曲やデモ録音などを集めたもの。まだ2枚しかオリジナル・アルバムを出していないバンドがもうこんな倉庫の棚卸しみたいなアルバムを出すのかと最初は思ってしまったんだけど、

聴いてみるとこれが、オリジナル・アルバムを凌ぐほどの予想外の内容。古くは02年に、自分たちの故郷であるフィンランド北部ヴァーサの寒く湿った部屋で録音されたという曲から、新しいものは今年の春に出来たばかりの新曲まで、全20曲。

収録されている順序は必ずしも年代順ではなく、その新曲「Your Woman」から始まり、最後は昨年末に録音された「The Hague」で終わっていて、残り18曲はあくまでもアルバムの流れ重視で並べられている。録音状態や演奏技術的にはちょっとバラバラなようにも思えるが、違和感を感じるほどではない。

これまでのアルバムは幾何学模様だったり簡単なイラストだったりだけど、今回のは水に半分浸かったディナーテーブルという、ちょっと不思議な絵。一時のビューティフル・サウスのジャケを思い出させるね。

上の写真はちょっと小さくてディテールまではわからないだろうけど、この絵もブックレット内部の写真も、粒子の粗い昔の総天然色印刷みたいないい雰囲気。

ブックレットには19に分かれた文章が、タイトルっぽい太字と歌詞っぽいイタリックで載っているので、てっきり(カバーである)「Your Woman」以外の歌詞が載っているのかと思いきや、これが02年から今年までのこのバンドの変遷を描いた年代記だった。

それぞれの文章の最後に、その当時に作られた曲の歌詞の一部が載っていて、歌詞の全てを聴き取れるわけじゃないのに、その曲が作られた当時の出来事や背景なんかがすっと頭に入ってくる。

ただ、さっきも書いたとおり、実際に収録されている曲順が年代順じゃないから、CDを聴きながらこれを読んでいるとちょっと混乱するんだけどね。かと言って、収録曲順に文章を読むと余計にわけがわからなくなるのでご注意。

音楽シーンなんて存在しなかったヴァーサでバンドを始め、大学に進学する際に解散しようとしたことや、04年の大きなメンバー交代を経て、トゥルクやヘルシンキに出て国内ではどんどん大きな存在になっていったこと、

フィンランドでは特別な存在だと思っていた自分たちが、ロンドンに出てみたら、他の一万ものバンドに埋もれてしまうような存在だと気づいたことなど、どこにでもありそうな田舎のバンドのサクセスストーリー。

一番最後の「The Hague」に添えられた文章は、「さあ、どうしよう?」だ。もうここで諦めることもできる。これ以上の成功なんて求めずに、ペースを落とすことだってできる。でも、そこに抜粋されたその曲の歌詞「僕は聖者になりたい/僕は勇敢でいたい」は、この19章に分かれたサクセスストーリーがまだ途中までしか書かれていないことを示唆しているんじゃないだろうか。

他のバンドに埋もれてしまう?確かに、スミスがいなければこの世に生まれてこなかったと思える音ではある。それでも、今から1年ちょっと前にこのブログで取り上げ、今年になってデビューアルバムが発表されて以来、あちこちの輸入盤店で話題になっているノーザン・ポートレイト(Northern Portrait)同様、モリッシーとジョニー・マーが生み出した音楽を、これだけ拡大再生産的に継承できるバンドが、ロンドンだろうと何処だろうと、他にいくつあるというんだろう。
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