2010年01月24日

Tamas Wells live in Singapore

シンガポールからの空の上で今これを書いているところ。こうして機上でブログの記事を書くのも随分久しぶりなら、アーティストの追っかけで海を渡るというのも、個人的には生涯で二度目。07年8月、まだ僕がオークランドに住んでいたときにその初来日公演を観るためにはるばる東京に飛んできたのと同じく、今回はシンガポールで開催されているアート・フェスティバルに出演するタマス・ウェルズを観るための二泊三日の週末旅行だった。前回もそうだったけど、いつまで待っても来ないなら、こちらから観に出かけるしかないよね。

Fringe Poster.JPG


エスプラナード・シアターズ・オン・ザ・ベイ(Esplanade Theatres On The Bay)という、シンガポールのマリーナ地区でもひときわ目を引く巨大なドーム。こんな馬鹿でかいホールで演るのかと思ったが、実際のライヴが行われたのはその建物の中のリサイタル・スタジオという300人程度収容の小ぢんまりしたところ。客席には傾斜がつけられているし、音響もそこらのライヴハウスなど比べ物にならないぐらいに素晴らしいホールだった。

シンガポールに着いた晩(ライヴの前日)、散歩ついでに会場を下見。7時半開始とチケットには書いてあるけど何時ごろ来ればいいのかなと受付で聞いてみる。「7時半開場、8時開演なので、7時ごろ来ればいいんじゃない」とのこと。なので当日はちょっと余裕を見て7時少し前に到着。ほとんど誰もいないので物販のお姉ちゃんと話していたら、後ろから来たシンガポール娘に先を越されたので慌ててその後ろに並ぶ。まぁ、4番目だから悪くはないよ。

実際には7時15分ごろにはもうドアが開いた。僕の前にいたシンガポール娘たちは何故かちょっと脇の方の席へ。最前列ど真ん中が空いていたのでそこを確保。うん、悪くはないよ。ちなみにこの後、実際にライヴが始まったのは7時45分。昨日の受付嬢の言ってたことは何だったんだろう。まあ、7時に来いというアドバイスだけは的確だったけど。

前座と言ってはなんだが、今回のライヴはタマスとフリカ(flica)というマレーシアのエレクトロニカ・アーティストの共演で、最初に登場するのはフリカ。ステージ(というか、最前列の僕がいる場所とは同じ高さのフロア。仕切りも段差も何もない、目の前3メートルぐらいの場所)にはテーブルが置いてあり、その上にノートPCとごちゃごちゃした機器。いろんな色のコードがあちこちから出て絡み合っていて、間違った色のを迂闊に切ってしまうと爆発しそうだ。

左後方にはグランドピアノ。右後方にはフェンダーのストラトキャスター。後方上部には大きなスクリーンが設置されている。CDにはギターやピアノの音も入っているフリカだから、一体これらの楽器をどう演奏するのか見当もつかない。PCからベーシックトラックを出しながら、ギターやピアノを弾くのかな。

フリカ登場。上に載せたポスターのプロモ写真(中央下段)と同じような、グレイのカーディガンにロールアップしたパンツという、失礼ながらちょっと野暮ったい服装になんだか劇団ひとリみたいなぼさっとした髪型。置いてあったストラトを肩から下げて、テーブルの前へ。

想像どおり、PCから音を出し、それに合わせてギターを弾きはじめた。手元を見ていると単音を延々と反復させて弾いているというのはわかるんだけど、実際の音はエフェクターやPCを通して加工されたうえで(しかもちょっと遅れて)出てきているもんだから、会場に鳴り響く様々な音色のうち、彼が今実際に弾いている音がどれなのかわからない。

今回のライヴのタイトルにもなった新作『Telepathy Dreams』は事前に日本で買って何度か聴いて予習してきたんだけど、さすがにこの手のアブストラクトな曲は全然タイトルを憶えられない。何度か聴いたことのあるフレーズが出てきたので、そのアルバムからの曲をメインに演ったんだろうと思うけど、どちらかというとビートに乏しくアンビエントな造りのそのアルバムよりも一般的には聴きやすいだろうと思われるファーストアルバム『Windvane & Window』からの曲も演っていたかも(セカンドは僕は未聴なので)。

聴きやすいとはいえ、ほとんどがタマス・ウェルズ目当てだと思われる聴衆にとっては、かなりキツい45分間だったんじゃないかな。音同様にアブストラクトな映像が延々と流される後ろのスクリーンも含めて、きっと普段こういう音楽を聴き慣れていない人にとっては、催眠効果十分だったんじゃないかと心配になってしまう。

音的には、僕としては十分楽しめたんだけど、これを着座という形のライヴで観ることにどれだけの意味があるのかはちょっと疑問。ずっとギターを弾いているフリカが曲が終わるときにマウスを使って曲を止める操作をするのがなんだか気になってしまって。それに、極端なことを言えば、あのPCでCDをそのまま再生していたとしても、聴こえてくる音はほとんど同じだったろうし。

やっぱりこういう音楽って、こんな風にきちんと正座して(正座はしてないけど)じっと耳を傾けるものじゃなくて、自分の部屋で何かしながら聴くのが一番なんだと思う。BGMなんて呼んでしまうと身も蓋もないけど、高級なインセンスで部屋の香りを変えるのと同じように、自分の部屋の空気に静かに色を灯すための音楽。僕の印象で言うと、『Windvane & Window』はジャケットよりも濃い目のタンジェリンオレンジで、『Telepathy Dreams』はグレイがかった紺かな。

Windvane & Window.jpg flica 『Windvane & Window』

Telepathy Dreams.jpg flica 『Telepathy Dreams』


15分のインターバルの間に、テーブルとストラトが下げられて、タマスのためのセッティングが始まる。ボーカルマイクとギターマイクが2組ずつ出てきたぞ。もしかして今回は、タマス・ウェルズ・バンドで演るのか。それに、さっきフリカがピアノを使わなかったということは、あのグランドピアノはタマスのために用意されていたんだ。

そんなことを考えていたときに裏手からミャンマー・バンジョーを持って出てきたのは、見覚えのある髭面。アンソニーだ。暗いステージで顔を覗き込むように見ていると、向こうもびっくりした顔で手を振ってくれた。後で話したけど、お互い「なんでお前がこんなところにいるんだ」って思ったね。でも、右側のアクースティック・ギターをセッティングしている人はネイサンじゃないね。誰だろう。新メンバーかな。

客電が落ちて、タマスが一人で登場。前回の来日公演時よりも少し伸びた程度の短髪と、相変わらずの無精髭。少し頬がこけて見えるほど精悍な顔つき。ちょっと痩せたかな。

「My name is Tamas Wells」と、いつもどおりの自己紹介に続いて爪弾き始めたのは、ファーストアルバムからの「When We Do Fail Abigail」。実は、フェスティバルのパンフレットには、「今回の公演はアルバム『Two Years In April』を初の全曲演奏、しかも映像つき」みたいなことが書いてあって、前回の来日公演では聴けなかった数曲を初めて生で聴けるという楽しみと、アルバムそのまま続けて演奏ってなんかサプライズがなくてつまらない、という気持ちの両方が入り混じっていたんだけど、いきなりこの予想外のオープニング。

タマスによると、最初は『Two Years In April』全曲演奏も考えたんだけど、それじゃ面白くないんでいつもどおりにしたとのこと。うん、やっぱりそうだよね。これで前回聴けなかった『Two Years In April』の曲がいくつか聴ければ最高なんだけどな(ちなみに、今回の記事内のタマスの発言は、彼がステージで喋ったことと、ライヴ後の僕との会話を混ぜて書いている)。

タマスが使っているギターは、おなじみのミャンマー製の8ドルのじゃなく、なんとマーティン。フェス用の借り物かなと思って訊いてみたら、最近タイで買ったんだって。でも、ミャンマーは湿気が多すぎていいギターは置いておけないから、今回アンソニーにメルボルンに持って帰ってもらうらしい。

「今日は3枚のアルバムから少しずつ演奏するよ」と言いながら始めたのはセカンドからの「Lichen And Bees」。そんなことを言いながら、終わってみれば実はこの日の演目は半分がセカンド『A Plea En Vendredi』からだった。やっぱりタマスもあのアルバムが一番気に入ってるんだろうか。それとも、また『Two Years In April』の曲は歌詞を忘れたのかな(笑)

「僕が住んでいたのはメルボルンでも特に治安の悪い場所で」と説明を始めたのは3曲目「Stitch In Time」。この曲に出てくる可哀相な女の子の話は何度か聞いたことがあったけど、今回が一番たくさん話してたかな。「もし君が麻薬ビジネスに関わっているなら、僕が住んでいた場所はきっと住むには最適だよ」とかジョークも交えながら。

「Opportunity Fair」に入る前に「皆さん、アンソニー・フランシスです」と呼び出すも、全然出てこない。そのうち「アンソニー・フランシス。アンソニー!」とかって大声で呼んだりして可笑しかったな。「彼の持っているミャンマー・バンジョーはシンガポールドルで5ドルもしない。でも演奏者の魂がそれを補うんだ」とか。やっぱりちゃんとその地の通貨に変換して説明するんだね。そういう細かい気遣いがさすがタマス。

Tamas and Anthony.JPG


アンソニーがそのままピアノに移動して、「Vendredi」。さらに、サポートのギタリストが出てきたのが次の「I Want You To Know It's Now Or Never」からだったかな。やっと『Two Years In April』の曲が出てきた。サポートの兄ちゃん、タマスのあの声のさらに上のパートでハモってるから、きつそう。しっかり声は出てたけどね。

後ろのスクリーンには、ミャンマーの風景(おそらく)や、『Two Years In April』のジャケのアウトテイクみたいな絵が次々に映し出される。その絵のことを後でアンソニーに聞いてみたら、実はあれはもっと大きな絵で、CDのジャケットに使われたのはそのほんの一部分らしい。今回スクリーンに映し出されていたのは、同じ絵の別の部分だそうだ。

「It's Now Or Never」に入る前の話だったかな。今回のツアーに出る前に自宅で練習しようと思ったら、自分の書いた曲の歌詞を完全に度忘れしてしまって、ネットで中国のサイトに行って調べ、いざそれを見ながら歌おうとしたら、全然デタラメな歌詞だったそうで。「中国のサイトは信じるな」だって(笑)

「ビートルズの曲を」と次に「Nowhere Man」を。え、もう演るのか。まさかもう終わりじゃないよね。と思ったら、「今からアンソニーがピアノでインストゥルメンタルを2曲演奏するよ」と言って、タマスは一旦退場してアンソニーのソロコーナー。「Melon Street Book Club」のときに一音あきらかなミストーンを入れてしまい、照れくさそうにしていたのが可愛い。

後でその話をしていたときに、前から気になっていたことをタマスに訊いてみた。CDでは、あの2曲のインストでピアノを弾いてるのは誰? 答えは、「A Dark Horse Will Either Run First Or Last」がアンソニーで、「Melon Street Book Club」がタマスなんだそうだ。『A Plea En Vendredi』セッションの「Melon Street」の録音のとき、ちょうどアンソニーにお子さんが生まれて参加できなかったんだって。と、ちょっとしたタマス・ウェルズ・トリビア。

Anthony Francis.JPG


再びタマスとサポート・ギタリストのキム・ビールズ(Kim Beales)が参加して、後半一曲目は「Reduced To Clear」。それに続けるように「Open The Blinds」。さらに、2〜3音試し弾きをした後にイントロなしで歌い始めた「Valder Fields」。何度聴いても、いつも息が詰まりそうになるよ、この曲だけは。

今回のシンガポール公演の前に立ち寄った香港での話。観客にリクエストを募ったら、ある女性客に「The Martyn's Are Scared As Hell」という曲をリクエストされ、そんな曲は知らないからできないと断ったら、その客がステージに上がってきて自分のiPodで聴かせてくれて、初めてそれが自分が過去に作ったことを思い出したらしい。アンソニーによると、昔あるコンピレーション・アルバムに提供した曲なんだって。

「だからもうリクエストなんて募らない」と笑わせながら「Broken By The Rise」を演奏した後、ミャンマーの話に。あの国は検閲が厳しくて、ある地元のブルーズ・ミュージシャンが自作の曲を発表するのに歌詞を検閲され、「Everything Is Going To Be Alright」という歌詞を、「Everything Is Alright」と書き直させられた。なんて、ジョークにもならないような可笑しい話を披露。そして、ミャンマーの話が出たらもちろん次は「Signs I Can't Read」。

さっきの「Nowhere Man」や「Open The Blinds」、そしてこの「Signs I Can't Read」など、過去のライヴで締めくくりに歌われた曲が登場するたびに「もうこれで終わってしまうのか」と心配になる。でも、すぐ続けざまに「From Prying Pans Into The Fire」に入ったので一安心。

「今回のツアーは、ヤンゴンの僕、メルボルンのアンソニー、ダーウィンのキムと、3人バラバラの場所から集まったので移動が大変だった。香港に行くためにシンガポール空港で6時間待ちをしていたときに、キムが駐車場で眠り込んでしまって現れなくて大変だったよ」なんて話を(キムによると、それもまたタマスの作り話だそうだよ。まったく)。

なんかこの日のライヴ、最後に近づくにつれてタマスやたらと喋るね。あの初来日のときに、はにかみながら「タマちゃんと呼んでください」なんて言ってたのとは大違い。ライヴの流れみたいなのを考えると、本当はもっと中盤あたりでトークを入れて、終盤はどんどん曲だけで押していった方がいいんだろうけど、そういうことを考えない天然っぽさもまたタマス。

そして、例のキッチンの逸話。一通り話し終えたところで、アンソニーが「まるでその場にいたかのように知ってるよね」と茶々を入れる。あ、そうか、あれって実はタマス自身の話?(と思ったけど、違うらしい。アンソニーも、いつもステージであることないこと冗談にして言われるので、仕返しにああ言ったそうな。ネイサンのシャツの話を思い出すね)。

「“Friday”という歌詞のところで皆でコーラスして」と、「I'm Sorry That The Kitchen Is On Fire」を全員で練習。「声が小さい。やり直し」とか、「実際は後半の繰り返しのところだけで歌うんだよ。アンソニーが合図するから彼のことをよく見てて」とか、逐一指図する場馴れしたタマス(笑)

そして、最後は『Two Years In April』から「For The Aperture」。曲が始まる前に「この曲は皆で手拍子を頼むよ」と言ってたんだけど、シンガポール人、何故拍の頭で手を叩く?宴会か。やりにくくてしょうがないよ。タマス達も苦笑いしながら演奏。そして、アンコールはなく、ちょうど一時間のライヴが終了。新曲も一切なく、初めてライヴで聴いたというような珍しい曲もなかったけれど、久しぶりにあの声を生で聴けて、十分に堪能したよ。来てよかった。


会場入り口の物販テーブルのところには既にタマスのサインをもらおうと長蛇の列。そこに向かうタマスが僕のことを見つけ、「終わったら戻ってくるから、待ってて」とか言ってくれて嬉しい。アンソニーとしばらく話してたけど、彼のところにもファンが集ってくるので僕はしばらく離れたところで待機。アンソニーによると、ネイサンが今回不参加なのは、先月子供が生まれたからなんだって。去年はデビューアルバムも出したし、子供も生まれたし、いいこと尽くめだね、ネイサン。

サインをもらおうかと一応日本から『A Plea En Vendredi』を持って行ってたんだけど、物販で見かけた中国盤を見て、それを買うことにした。デジパックの『A Plea En Vendredi』だよ。初めて見た。

Vendredi Digipak.JPG


さっきはあれこれ文句みたいなこと書いてしまったフリカことユーセン・シト君も出てきたので、こちらも日本から持参した『Telepathy Dreams』にサインをもらう。文句書いてごめんよ。CDは大いに気に入ってるんだからね。ジャケにサインをもらおうとしたら、「このジャケットは僕がデザインしたものだから、サインで汚したくないんだ。CDにサインしてもいい?」だって。ははは、僕みたいなこと言うね。結局、サインは内ジャケにしてもらった。

Signed Telepathy Dreams.JPG



タマスたちも疲れてただろうに、ずいぶん遅くまで色々話させてもらった。そこでの話の内容までは逐一書かないけど、きっと日本のファンが一番気にしてるに違いないこの件のことだけは書いても怒らないだろうね。ニューアルバム用の曲はもう既にいくつか書けていて、レコーディングの機会を探してるんだって。今回はどこで?と訊いたら、メルボルンに戻って録音することを考えているらしい。新しいギターを使いたいんだね。そりゃそうだ。

「次回は冬の日本に行って、雪を見てみたい」と話すタマス。なら、それまでにアルバム完成させなきゃね。楽しみにしてるよ。次の来日はキムにベースやってもらって、ネイサンがドラムスで、初めてのバンド編成でのタマス・ウェルズ・バンド公演になればいいな(この部分は僕の妄想)。


Setlist 23 January 2010 @ Esplanade Recital Studio Singapore

1. When We Do Fail Abigail
2. Lichen And Bees
3. Stitch In Time
4. The Opportunity Fair
5. Vendredi
6. I Want You To Know It's Now Or Never
7. Nowhere Man
8. Melon Street Book Club
9. A Dark Horse Will Either Run First Or Last
10. Reduced To Clear
11. Open The Blinds
12. Valder Fields
13. Broken By The Rise
14. Signs I Can't Read
15. From Prying Plans Into The Fire
16. I'm Sorry That The Kitchen Is On Fire
17. For The Aperture


<1月27日追記>




posted by . at 23:56| Comment(7) | TrackBack(0) | コンサート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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