2009年02月14日

言葉の人 - Chris Difford

The Last Temptation Of Chris.jpg Chris Difford 『The Last Temptation Of Chris』

べつにウケ狙いでグレンのサイン会に持って行くためだけにこのアルバムを買ったわけじゃない。もう半年も前から気に入っていたのに、タイミングが合わなかったのか、すっかり紹介する機会も逸してしまっていたんだけど、グレン中毒からのリハビリのために最近またよく聴きはじめたから、今さらだけど思い出したように書いてみよう。

クリス・ディフォードの3枚目になるソロ・アルバム。とはいえ、僕が2006年のベスト20に滑り込ませた前作『South East Side Story』は、主にスクイーズの曲をアコースティックで再録した企画盤だったから、純粋な新曲によるスタジオ作としては、2002年の『I Didn't Get Where I Am』以来、6年振りの2作目ということになる。


ちなみに、上にリンクした記事では、やたらとネガティブな感想ばかり書いてしまった『South East Side Story』だけど、あの後にDVDの方を観て印象ががらりと変わってしまったことは書いておかないとね。

記事に書いたように、CDではグレンのパートをドリー・ジャクソンという女性が歌っていて、クリスとデュエットしているようなミックスになっていたんだけど、DVDの方がクリスのボーカルがずっと前に出てきているので、CDを聴いていたときに感じた“よその人によるスクイーズのゆるーいカバー集”という印象は一掃された。

それに、さすが「言葉の人」だけあって、ステージでのMCが面白い。グレンもよくステージで自虐的なギャグを言うけど、シニカルなジョークを喋らせたら天下一品だね、この人は。アート・ガーファンクルとウサギの話とか、DVD観ながらクスクス笑ってしまった。

CDにはない最後のパート、クリスの息子ライリー・ディフォードのベースを含むバンドが登場して「Cool For Cats」と「Take Me, I'm Yours」を演奏するところは、やっぱりぞくっときてしまう。スクイーズと比べると随分ゆるい演奏には違いないんだけど、テレキャスターを構えたクリスを見ているだけで、何か魔法にかかったような気持ちになってしまうね。


さて、いつまでも前作の話ばかり書いてるとまたとりとめのない長文になってしまうので、さっさと本題に移ろう。まずは、シニカルなジョークといえば、アルバム・タイトル『The Last Temptation Of Chris(クリス最後の誘惑)』が、マーティン・スコセッシの『最後の誘惑(The Last Temptation Of Christ)』のパロディだということ。内容は別に関係ないと思うけどね(映画は未見なので)。

『I Didn't Get Where I Am』でほとんどの曲を共作し、アルバムのプロデュースまでしていた元イット・バイツのフランシス・ダネリーに代わって、今作で重要な位置を占めているのは、ブー・ヒュワディーン。アルバムのプロデュースと全曲でのギターとコーラスを担当し、2曲を除いた全ての曲でクリスの歌詞に曲をつけている。

僕にとっては、CDも2枚ぐらいしか持っていなくて、そんなに熱心に動向を追っているという人ではなかったんだけど、彼の書くやわらかなメロディーが、クリスの声にこんなによく合うことを知って驚いている次第。彼の他のアルバムも欲しくなってきたよ(リハビリ効果)。

普段あまり歌詞を気にして曲を聴くことはないんだけど、この人のはやっぱり読んでみたくなる。ドラマ仕立てのような仔細なプロット、ひねった言い回し、心地良いライムはスクイーズ時代から変わらず、むしろスクイーズのいくつかの曲に見られる、何について歌っているんだかよくわからないような歌詞はなくなっているね。

自分の浪費癖(実話?)を歌った「Come On Down」、バンドでのツアーに明け暮れて子供達の世話をしてあげられなかったことを悔やむ(これも実話?)「Broken Family」、オペラなんかが好きだということで厳格な父親に救世軍に入れられてしまう兄とそれを悲しむ母のことを弟の立場で歌った(これは人に聞いた話らしい)「Battersea Boys」など、わずか3分ずつの曲を聴いているだけで小さな物語のそれぞれの場面をありありと思い起こさせてくれる作詞術はさすが。

スクイーズ時代も、結構暗かったり生々しかったりする歌詞を、グレンのカラフルなメロディーに乗せることで見事なポップソングに仕立て上げていたものだけど、このアルバムに収められているのも、例えばさっきの「Broken Family」なんて、歌詞を無視すれば(別にそんなに陰惨な歌詞というわけじゃないけど)とてもポップなメロディーを持った佳曲だ。

アルバムからのリードシングル(注1)である「Fat As A Fiddle」(注2)も、自分がいかに太って醜くなってしまったかを自覚しているけれど、でも食べるのが好きだからどうしようもない、というジレンマを切々と(笑)歌った曲。「いまや僕にはお母さんみたいにおっぱいがある」「運動始める前に既に息切れ」「毎朝靴下を履くのが苦痛」「僕は木みたいに見える」とかの歌詞が可笑しいやら切ないやら(注3)。

注1:ネット上でもCD屋でもその存在を見たことないけど、本当にシングル盤でリリースされてるのか?
注2:Fit As A Fiddle(ぴんぴんしている)という慣用句をもじった、「バイオリンのように太っている」?
注3:さっきのDVDで息子を紹介するときにも、かつての自分もあれぐらい痩せていたということを言ってたよ。よっぽど気にしてるんだね。


各曲に数行ずつ、クリス自身による解説がついていて、例えば「病院に行った」だの「赤ちゃんが生まれた」だのという歌詞がある「Reverso」が、実は精管切除手術について書かれた曲だということを知る。そういう際どい話題なのに、これもまたアルバム中でもトップクラスのポップな曲。

「俺の人生にいるもう一人の男/彼がどんなふうに思っているかなんてわからない/でも彼がどんなに傷つけるかは知っている」なんていう意味深な歌詞がサビに来る「The Other Man In My Life」、タイトルを見たときから、どうしてもグレンのことを歌ってると思ってしまう。でも、どう深読みしても、どうやらそうじゃないみたい(それらしきキーワードがちらほら込められてるから、もしかすると更に深読みすると、実はそうなのかもしれないけど)。

そう、余計なお世話だとは知りつつも、ファンとしてはどうしても気になってしまうのが、クリスとグレンの関係。グレンが自作の「Neptune」でクリスのことを揶揄していたりとか、なんとかあの二人がよりを戻してくれないかなと思っているこちらとしては、そういう言葉の端々がやたらと目につく。

そういう目でアルバムクレジットの謝辞を見ていると、ちょっとした変化に気づく。グレンのアルバムにももちろんクリスの名前は載っているんだけど、わりとそういうことには無頓着そうなグレンとは違って、「言葉の人」クリスとしては、謝辞リスト内でのグレンの位置とか、ちょっと添える言葉とかにまで気を使ってるんだろうなと思わせるような変化。

例えば、スクイーズ解散直後の『I Didn't Get Where I Am』では、謝辞のほぼ最後に思わせぶりに、「グレンへ、明かりを消してくれてありがとう。マキシンへ、明かりを点けてくれてありがとう」(注4)と、いかにもグレンにスクイーズ解散の原因を追究するような皮肉めいた言葉。

注4:クリスとグレンを引き合わせ、スクイーズ結成に導いたマキシン・ベイカーのことだろう。92年に白血病で逝去。名曲「Some Fantastic Place」が彼女を偲んで作られたのは有名な話。

その4年後、グレンと共作したスクイーズの名曲の数々を再録した『South East Side Story』では、謝辞の一番最後に「グレン・ティルブルックへ、僕の人生にメロディーを与えてくれてありがとう」と、少しは素直にグレンとの関係を見られるようになってきたのかなと思える言葉。

そして、ファン長年の夢をかなえたスクイーズ再結成を経た今作では、一番最後とかの気負った位置じゃない真ん中あたりに「敬服し、愛するグレン・ティルブルックへ」と、これは一切皮肉抜きだなとわかる書き方になっている。来日公演時にクリスの話をするグレンを見ていてもわかったけど、スクイーズ解散10年を経て、ようやくお互いの立ち位置を見つけることができたんだね。ビートルズのファンがとうとう最後まで果たせなかった幸せを感じている気分だよ。

ブーとの共作関係が継続的なものなのかどうかは知らない。グレンでさえあんなにゆっくりしたリリースペースなんだから、クリスの次のアルバムなんて、いつになるのかわかったもんじゃない(次の予定が2010年のスクイーズの再結成アルバムだなんて話は、眉を唾でべとべとにしながら聞いていればいい)。

でも、スクイーズが解散したときに、よもやクリスがこんなに素敵なアルバムを届けてくれることになるなんて、思いもしなかった。脇役(?)好きとしては、虚を突かれた気分だ。これからも引き続き油断してるから、次は突然来日とか決めてくれると嬉しいんだけどな。


<2月21日追記>

痩せていた頃。
Chris as a child.png
posted by . at 21:27| Comment(8) | TrackBack(0) | アルバム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする