2008年11月09日

微笑みの次 - Brian Wilson

That Lucky Old Sun.jpg Brian Wilson 『That Lucky Old Sun』

 '61年の夏、女神が僕の歌になった

そのアーティストの人生やら生き様やらを必要以上に頭に入れながら音楽を聴くのは邪道だとは思うけれど、この、1961年に弟達と自宅で吹き込んだ自作の曲をきっかけに僅か数年でアメリカ音楽界の頂点に立ち、その後弱冠24歳にして想像を絶する挫折を味わい、数十年に亘る苦悩と虚脱の年月を経たのちに、誰もが信じられなかった奇跡の復活を遂げた彼の軌跡を知っていれば、この新しい自伝的内容のアルバムに収められたこんな一節に込められた意味に、鳥肌が立つほどの思いがする。

66歳になったブライアン・ウィルソンの新作には、彼のかつてのバンドが体現していた、60年代のカリフォルニアにまつわるあらゆるポジティヴィティが詰まっている。あふれるほどのコーラス。心がほっこりするブラス。一音一音計算され尽くした巧みなバンドの音。大きな物語の中に迷い込んだような気持ちにさせてくれる、見事な構成の曲の流れ。それらは、否応なしに、彼の前々作『Smile』を思い起こさせる要因でもある。

もちろん、かつての彼の挫折の引き金となり、構想から完成まで37年以上もかかることになってしまったかの名盤とこの新作を比べるのは公平でないというのはわかっている。同じ組曲仕立てであっても、あのアルバムを構成していたのは「Surf's Up」や「Good Vibrations」といった超弩級のバクダンみたいな名曲群。それと同じものを期待するのは、いくら相手がブライアン・ウィルソンとはいえ、無茶というものだろう。

『Smile』で狂言回しのようにあちこちに姿を変えながら登場していた「Heroes And Villains」や「Surf's Up」に代わって、今回のアルバムのテーマ曲として何度も歌われているのは、タイトル曲「That Lucky Old Sun」。僕は知らなかったけど、40年代に作られたポピュラー・スタンダードだそうだ。ブライアンはルイ・アームストロングのヴァージョンにインスピレーションを受けて、このアルバムの制作を開始したとのこと。

欲を言えば、アルバムのテーマ曲には自作でもの凄い名曲を持ってきてほしかったところ。あと、アルバムのあちこちに4回出てくる、ヴァン・ダイク・パークスによる語りは、それが今回の物語の要点になっているとはわかってはいるものの、純粋に音楽だけを使って物語を語らせていた『Smile』とどうしても比べてしまうと、やはり何かが違うと思ってしまう。

と、少々ケチをつけたい部分がなくはないけれど、あとは絶賛に値するアルバム。今のところ僕が一番気に入っているのは、最初の語りのすぐ後に出てくる、「Good Kind Of Love」〜「Forever She'll Be My Surfer Girl」のつなぎ。ブライアンが今でもビーチ・ボーイズ全盛期と同じような名曲を書けるということを証明しているような曲たち。冒頭に挙げた歌詞は「Forever She'll Be My Surfer Girl」の歌いだし部分だ。

アルバム後半も、テーマ曲「That Lucky Old Sun」のリプライズや、ビーチ・ボーイズによるオリジナル『Smile』時の未発表曲「Can't Wait Too Long」などを挟みつつ、これぞブライアン・ウィルソンといえる名曲「Southern California」でエンディングを迎える。

 弟たちと一緒に歌う夢をみていた
 ハーモニーで、お互いに支えあいながら


という、今は亡きデニスとカールのことを歌った歌詞がまた否応なく泣かせる。これは反則だろう。というか、88年に復活したものの、いつまたそれまでの状態に逆戻りしてしまうかという、あまりにもフラジャイルな様子が(ビデオや雑誌のインタビューを通して)見ていて危なっかしくて仕方のなかった彼が、ここまで自分の過去を振り返った歌を歌えるようになったというのが驚きだ。

上にリンクを貼ったDVDとの2枚組では、このアルバムの製作過程と2曲のライヴ・パフォーマンスが見られる。頭の中に浮かんだ複雑なコーラスを紐解いた上でメンバーに各自のパートを指示するところや、メンバーがピアノで次にどのコードを弾こうかと迷っているところに、普通では考えられないような進行のコードを続けて弾かせる場面など、ブライアン・マジック満載の楽しいビデオなんだけど、これまでいろいろ見た復活後のブライアンの映像と比べてやはり一番違うと思ったのが、彼の屈託のない笑顔。こんなに自然に笑い、陽気に振舞うブライアンを見たのは、ビーチ・ボーイズの初期の映像以来かもしれない。

ライヴ・パフォーマンスの2曲というのも、上に書いた「Good Kind Of Love」〜「Forever She'll Be My Surfer Girl」のメドレー。やっぱり彼自身もこの2曲が好きなのかな。ちょっと割高だけど、DVD付きのにしてよかったと思える内容だった。


Smile.jpg Brian Wilson 『Smile』

最新型ブライアン・ウィルソンを紹介したついでに、1966年から2003年までの37年間、世界で最も有名な“失われたアルバム”だったこれも載せておこう。この記事をここまでの数倍の長さにしないために一言で表現したいんだけど、何て言えばいいんだろう。例えばディズニーランドがアミューズメント・パークというものを完璧な形で表現したものだとしたら、それをそっくりそのまま音楽パッケージの形にしたものがこれだ。

僕の2004年の年間ベストアルバムでもあるし、もしその年に既にこのブログが存在していたら、同じ年のクリスマス前に観た『Smile』完奏ライヴと併せて、その年にここで一番多く語られたアルバムになっていたことも間違いない。一家に一枚の名盤。ちなみにうちにはこのスペシャル・パッケージ盤とあわせて二枚あるけど。

Smile Box.JPG


『Smile』絡みでついでにこれも紹介しておきたくなった。

Glimpses.bmp Lewis Shiner 『Glimpses』

まだ『Smile』が幻のアルバムだった90年代に出た、音楽を扱ったSF小説の傑作、ルイス・シャイナーの『グリンプス』。主人公のレイ・シャックルフォードがタイム・スリップをして60年代のいわゆる幻のアルバムの数々を完成させるというストーリーは、もしかしたら当時のロックを聴かない人にはあまり面白くもない話かもしれないけど、史実と虚構がきめ細やかに絡み合った展開は、それら幻のアルバムのことを少しでも知っている人はぐいぐい引き込まれてしまうだろう。

特に、レイがブライアン・ウィルソンを奮い立たせて『Smile』を完成させるシーンは感動的ですらある。現実の世界では、この小節が世に出てから約10年後に、レイ・シャックルフォードではなく、ダリアン・サハナジャ(をはじめとするブライアン・ウィルソン・バンドの面々)が『Smile』を完成させることになるんだけれど、当然そんなことを知らなかった90年代の僕は、まるでこれが現実に起こりうる話であるかのように、特にこの章を何度も繰り返して読んだものだ。

リンクを貼ってはみたものの、今は絶版なんだね。世界幻想文学大賞受賞という、僕にはどれぐらい権威があるのかよくわからない賞を取ったぐらいの本なのに、やっぱり題材がマニアックすぎたんだろうか。ちなみにレイがこの物語で最初に実現させるのは、(これも現実には既に世に出た)ビートルズの「The Long And Winding Road」のノー・ストリングス・ヴァージョン。他には、ドアーズやジミ・ヘンドリクスも登場する。

この話を書くためにこの文庫を引っ張り出してきたら、また延々と読みふけってしまったよ。はまるね、これは。絶版にはなっているものの、上のサイトを見たら、そんなに苦労せずに安価で手に入るみたいなので、興味のある人は是非どうぞ。


というわけで、今日はいつも以上にとりとめのない記事になってしまった。まあ、最近短い記事が多くて不評だったので、たまにはこんな誰も読まない長文もいいだろう。じゃあ寝ようかな。おやすみ。


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