2008年06月08日

蛇に足をつけたらカナヘビ - Squeeze

3話連続で僕の無人島レコ候補の記事を書いたのは一昨年の9月のこと。僕が中学生だった79年−80年頃にほぼリアルタイムで体験したそれら3枚のアルバムは、ラジオや雑誌やレコード屋を通じても洋楽に関してはまだまだ限られた情報しか入ってこなかった当時としては、僕にとってはそれでも精一杯マニアックな選択だったはず。なにしろ、ミュージック・ライフや音楽専科なんかを読んでいたら、クイーンやジャパンやチープ・トリックが洋楽世界の中心だと思ってしまってもおかしくなかったからね、あの頃は。

なので、同じ80年に発表されていながらも、当時の日本の表層的な洋楽マーケットではほぼ黙殺されていたこのグループのこのアルバムのことを僕が知ることになるのは、それから更に数年後、もう僕が成人しようかという頃だった。

Argybargy deluxe edition.jpg Squeeze 『Arbybargy Deluxe Edition』

僕のブログにはもう何度も登場している、スクイーズのサードアルバム『Argybargy』。一番最初に彼らのことを書いた記事のコメント欄で、僕はこんな風に言ってるね。

「Argybargy」が一番好き、に一票です。例えばビートルズのアルバムをいい順にずらっと並べて、そのちょうど真ん中にこのアルバムを置いても、僕は誰にも文句を言わせない自信があります。うちには既にこのアルバムが2枚ありますが、なんならあと2枚ぐらい買ってもいいぐらいです。

これは2年前の8月だから、コメント後半に関しては僕は口からでまかせ言ってただけなんだけど、上の写真を見てもわかるように、今年に入ってこのアルバムも2枚組デラックス・エディションとして再発された。同じのをあと2枚というわけにはいかなかったが、めでたく自分の予言が当たってしまったというわけだ。

2枚組CDの1枚目にオリジナル・アルバム11曲とボーナス・トラック9曲の計20曲。2枚目には、このアルバムの当時のラジオCM(ジュールス・ホランドが早口でまくしたてるバナナの叩き売りみたいな愉快なCM)と、アルバム発売直後にあたる80年3月のロンドン・ハマースミス・オデオンでのライヴがたっぷり15曲。

オリジナル・アルバムについては、あれこれ書く必要はないだろう。上の僕の引用コメントのとおり。アルバム冒頭から「Pulling Mussels (From The Shell)」、「Another Nail In My Heart」と超強力な2曲を立て続けに配置し、その他にも「Misadventure」、「Vicky Verky」、「There At The Top」など、地味ながらも彼らの代表曲と肩を並べるようないかしたパワーポップの名曲が揃っている。

僕は84年に出た『Difford & Tilbrook』をきっかけに彼らのことを聴くようになり、当時は全て廃盤だったスクイーズのLPを中古レコード屋で探しはじめ、85年2月に最初に買ったのがこの『Argybargy』の日本盤だったんだけど、それ以来二十数年間、自分の最も好きなアルバムの常に上位に入っている。それこそ、一昨年に書いた3枚のすぐ次ぐらいに。

読み応えたっぷりのブックレットには、当時の垢抜けない彼らの写真も満載。このライナーノーツ、昨今のスクイーズの過去アルバム再発運動を進めているスクイーズ・アーカイヴのデイヴッド・ベイリーという人が書いているんだけど、当時の裏話やアルバム制作秘話みたいなのがいろいろと書いてあって、長文でも楽しくすらすら読めてしまう(見習わなければ)。

たとえば、アメリカ盤のこのLP、当時アメリカのみでシングルカットされた「If I Didn't Love You」がB面1曲目に配置転換されているんだけど、それはアメリカ人が“Pulling mussels from a shell”を聞き取れなくて(“Pulling muscles for Michelle”じゃないと何度もファンに説明しなくてはいけなかったとか)、単純なアメリカ人にもわかるような簡単なタイトルの曲をシングルに選んだ、とか、

「Another Nail In My Heart」のあの印象的なギターソロは、実は何度も試した色々なソロをバラバラにつぎはぎして編集したもので、あの形に落ち着いてからは、グレンは今度はそれに合わせて練習し直さなければいけなかったとか(一昨年のライヴ評に書いたように、今やアコースティック・ギターでも完璧に弾きこなしているけどね)、

実はこのアルバム、制作当初は14曲入りだったのが、マネジャーのマイルズ・コープランドによって3曲削られて今の形になったとか。ちなみにその3曲のうち、「What The Butler Saw」は「Another Nail In My Heart」のシングルB面曲になり、「Someone Else's Heart」は次作『East Side Story』に収められることになるが、残る「Funny How It Goes」は97年にスクイーズのボックスセット『Six Of One』でボーナストラックとして発表されるまで陽の目をみなかった。『Argybargy』は当初その「Funny How It Goes」にちなんで『It's A Funny Old World』というアルバム・タイトルになる予定で、だから当時のツアー名は「It's A Funny Old World Tour」と名付けられていたとか。

14曲入りの状態がどういう曲順だったのかは知る由もないが、落とされたのはどれも、削るならこの3曲じゃないだろうと思ってしまうほどの佳曲揃い。さっき僕がこのアルバムを無人島候補3枚の「次」と書いたのは、残念ながらちょっと弱いと思える曲がいくつか入ってしまっているからに他ならない。きっと当時の人間関係とかで、全曲グレン・ティルブルック作で彼のリード・ヴォーカルにするわけにもいかなかったからなのかと憶測してしまうけど、もしこれら3曲(特に「Funny How It Goes」)が収録されて、11曲のうちちょっと弱い曲を間引きしてさえいれば、この『Argybargy』は(いや、「Funny How It Goes」が入っていたら、違うタイトルになっていたか)スクイーズの最高傑作であるのはもちろん、この当時のブリティッシュ・ロックを代表するような名盤扱いされていたはず。

いずれにせよ、アルバム発表から30年近く経って、めでたく当初の14曲、それに、シングルB面曲3曲、アルバム収録曲の別バージョン2曲、未発表デモ1曲という拡大バージョンでこのアルバムが聴けるようになったのは嬉しいことだ。

そしてこの拡大ヴァージョンは、ピアノ演奏が印象的な先の「Funny How It Goes」や、定番ジュールス・ホランド節である「Pretty One」などが入っていることによって、よりこの特異なピアニストの色が濃く出たアルバムに変身している。もともとニューオーリンズ・スタイルの弾むようなピアノを得意とする彼が、“ニュー・ウェーヴ・バンド”としてデビューさせられたスクイーズの初期のアルバムでは、うねうねとした奇妙な音色のキーボードを多用していたのに比べると、ここではより自分の好きなようにプレイしているのが見て取れる。

それは、2枚目に収録されたライヴ録音を聴いても明らかだ。びっくりするほどアップテンポに改変させられた、めちゃくちゃ格好いい「Goodbye Girl」や、スクイーズの次作に収録される「Messed Around」がもうこの時期に演奏されていたのかと勘違いするようなタイトルの「Mess Around」をはじめ、ジュールス・ホランドのピアノが始終このバンドの音の中心に位置している。もちろん、「Touching Me, Touching You」や「Slightly Drunk」でのオルガン(風キーボード)の演奏も彼ならではのもの。

クリス・ディフォードにMCを振られたジュールスが堰を切ったように喋りだすところとか(話術の上手さはさすが後の「Later」司会者)も含めて、きっとこの人、この頃には、バンドの単なる一奏者で、アルバムでもライヴでも自分には1-2曲割り振られるだけというのに満足できなくなっていたんだろうね。こうして、グレン・ティルブルック、クリス・ディフォード、ジュールス・ホランド、ギルソン・デイヴィス、ジョン・ベントリーという、僕が思うにスクイーズ最強ラインアップは、この『Argybargy』というアルバムとそれに続くこの時期のライヴだけを残して消滅することになる。

そう考えると、この時期のライヴ録音がこうしてほぼ丸ごと残されていたのはかなり貴重なこと。『A Round And A Bout』を始め、後期スクイーズのライヴ盤は数種類発表されているが、まだアルバム3枚分の材料しかなかった頃の初期の彼らがどんな選曲でどんな曲順のライヴをしていたのかがよくわかる。「Strong In Reason」とか、多分この時期以降はライヴで取り上げられることはなかったのではないかと思えるようなマイナーな曲をデビューアルバムから演っていたり。個人的には、上にジュールスのオルガンがいいと書いた2曲や、「It's So Dirty」、「Going Crazy」などの隠れた名曲が含まれているのが嬉しい。


この記事の冒頭でリンクしたジャムの記事でこのデラックス・エディション・シリーズに触れ、その時点で既に乱発されていたこのシリーズには当たり外れがあるという話もした。さて、この『Argybargy』2枚組はどうだろうか。

個人的には、この2枚目に納められたようなライヴ録音は、独立した発掘録音アルバムとして発売してくれた方が、同じアルバムを何回も買い替え・買い増ししなくてすむのにと思うこともある。でも、上に書いたように、1枚目の20曲は(アルバムで既発表の曲のデモバージョンなどを除けば)スクイーズの失われたアルバム『It's A Funny Old World』として聴くことができるし、楽しいラジオCMなんてこんな機会がなければ聞くことはなかっただろうからね。

蛇の絵に余計な足を描いてしまうように中途半端な未発表曲を入れただけのデラックス・エディションが多い中、これは、蛇に足をつけたらちゃんと可愛いカナヘビの絵ができました、というような作品になった。誰かに突っ込まれる前に言い訳しておくと、蛇に足の生えたのがカナヘビなんじゃないってことぐらいは知ってるからね。

なので、この2枚組は僕にとっては大当たりの1枚、いや、2枚か。ボブ・マーリーの『Catch A Fire』とかヴェルヴェット・アンダーグラウンドのファーストなど、本当に貴重な音源が収録された2枚組デラックス・エディションもあるけど、引っ張り出してきてよく聴くという意味では、この『Argybargy』のデラックス・エディションは僕にとってはダントツのアルバムになるだろう。それは、僕の無人島レコ争いが更に激しくなったということも意味している。


posted by . at 12:05| Comment(11) | TrackBack(2) | アルバム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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