
またこういうのに出会ってしまった。60年代生まれの僕が決してリアルタイムで体験しているはずがないのに、その音を聴いただけで、胸の奥がちりちりと焼けるように甘酸っぱいノスタルジーを感じてしまう、60年代後期〜70年代をありありと思い出させてくれる音楽に。
去年の9月に書いたミッドレイクのアルバム・レビューと表現が被らないように、この記事を書くにあたって、さっきから細心の注意を払っているよ。あれも、「郷愁」という単刀直入な記事の題名が表しているように、如何に彼らの音楽が、僕がリアルタイムで聴いていたわけがないはずの70年代初期の洋楽を思い起こさせる音かということを綴った記事だったからね。
穏やかなイントロに導かれて登場する透きとおるようなハーモニーが、曲が進むにつれてひとつひとつ参加してくるドラム、サックスやトロンボーンなどの楽器の音と一緒に徐々に盛り上がっていくアルバムのオープニング「Torn Blue Foam Coach」。ひとまず、この素晴らしい曲を聴くことができただけで、この地味なジャケットに惹かれてこのアルバムを買った自分を褒めてあげたくなる。
続く「Miniature Birds」は一転、口笛とハーモニカによるイントロを持った軽快な曲。フレンチ・ホルンやフリューゲルホーン、トランペットなんかも使われているね。これはこれで悪くはないんだけど、A面2曲目がいいアルバムは名盤であるという僕の持論に照らし合わせて、これはA面1曲目が一番いいという、新人バンドにありがちなパターンのアルバムなのかなと思い始めた矢先、そこから立て続けに飛び出してくる、胸の奥を焼き尽くすようなメロディーとアレンジの数々が、僕に冒頭の感想を抱かせるに至ったというわけだ。
アリゾナ出身、カリッサズ・ウィアード(Carissa's Wierd)、バンド・オブ・ホーセズ(Band Of Horses)というバンドを経たマット・ブルック(Mat Brooke)がシアトルで結成した5人組、グランド・アーカイヴス(The Grand Archives)の、これがデビュー・アルバム。
シアトルという地名から想像できる人はできるだろうけど、このアルバムは、サブ・ポップ(Sub Pop)レーベルからの発売。サブ・ポップが近頃どういうリリース形態をしているかを知っている人にはわかるだろうけど、僕が入手したのは、180グラムの重量盤LP。例によって、MP3音源がダウンロードできるクーポンが封入されていた。こいつがそのクーポン。

LPだから、さっきA面1曲目とか2曲目と書いたのは、本当にA面のこと。で、5曲目が終わって、盤をくるんとひっくり返した1曲目「A Setting Sun」もまた、子供の頃に夢で見たことがある、でもディテールはうまく思い出せないようなセピア色の曲。この曲だけが、ピアノ/オルガン担当のロン・ルイス(Ron Lewis)の手になるもの。違うメンバーが書いた曲でも、うまく同じ色合いに染められているね。プロデューサーの力量。この曲はペダル・スティールの音が心地良いよ。
でも、その曲を過ぎたあたりから、アルバムの雰囲気が少しずつ変わり始める。続くB面2曲目はアルバム内唯一の、ちょっとエキゾティックな味付けのインストゥルメンタル「Breezy No Breezy」。
その曲に続いて静かにフェードインしてくるギターのアルペジオの音。どこにも行きどころのないやるせなさを切々と綴った、透徹感の極み、「Sleepdriving」。これはまるで、「Vicar In A Tutu」に続いて「There Is A Light That Never Goes Out」が聴こえてくる瞬間に匹敵する、などと言いきってしまうと、『The Queen Is Dead』を知らない人にとっては全く意味不明だろうし、ハードコアなスミス・ファンには猛烈なブーイングを喰らいそうだけれど。
夜明け近くのモーテルの一室
外の深い雪を見ないようにシェードを下ろして
音を消したテレビだけが光を放っている
僕らは首のところまでしっかり毛布を巻きつける
眠れない
外ではもうカラスが目を覚まして
凍てついた道や電線にとまっている
無感覚に時が過ぎていく
「Sleepdriving」が終わる、ハーモニーがフェードアウトしていく最後の瞬間、「もうこれで十分。もう何も聴きたくない」とふと思ってしまうんだけど、残念ながら(?)アルバムはそこで終わりではない。「There Is A Light That Never Goes Out」の後には「Some Girls Are Bigger Than Others」があるようにね。
ここまで色々な曲を通じて、様々なノスタルジックな情景を見せてくれてきたこのアルバムは、ここで少し色合いを変える。ほんのり明るい「Louis Riel」に続いて、コンサート終盤、アンコールでのどんちゃん騒ぎのような「The Crime Window」。そして、祭りの後といった趣の終曲「Orange Juice」はわずか1分半の小曲。ざわざわとした雰囲気が、ブライアン・ウィルソンのコンサートでのキャンプファイア・セッションをちょっと思い起こさせるね。
そして、このLPには、その後にさらにアンコールが用意されている。限定封入だというその7インチシングルは、A面が名曲「Sleepdriving」の別ミックス。B面が(アルバムではA面5曲目に収録されている)「George Kaminski」のデモ・ヴァージョン。どちらも、アルバム・ヴァージョンとは全然違った、でもこれはこれでまた素敵なヴァージョンで、得した気分になるよ。おまけにほら、ホワイト・ヴィニール。マサさん、急いで買わないと(笑)
<追記:似てジャケ選手権 ピアノ編>


<7月6日追記>

デビューアルバム以前、07年の5月にCD-Rでリリースされていた4曲入りEPがサブポップから復刻されたので早速オーダー。昨晩タマスのライヴから帰ってきたら届いていた。CD-Rかと思いきや、ちゃんとプレスされたCDだった。ジュエルケースに入って、ここに載せた綺麗なジャケも付いてたし、これはちょっと得した気分。サブポップからの通販で買ったら、デビューアルバムのジャケットデザインのステッカーも付いてたし。
ところで今まで、このグループの名前はThe Grand Archivesで、デビューアルバムのタイトルが『Grand Archives』だと思い込んでいたんだけど、このEPを見る限りは、どうもそれは逆みたいだね。グループ名がGrand Archives。EPのタイトルも同じく『Grand Archives』。アルバムタイトルは冠詞が付いて『The Grand Archives』。あぶらだこ並みにややこしい人たち…
「Torn Blue Foam Couch」、「Sleepdriving」、「George Kaminski」の3曲が、後にデビューアルバムに収録されることになる。ここに収められているのは初期バージョンだろう。結構アレンジが違う。「George Kaminski」だけは、まだ1回しか聴いてないから断言はできないけど、先に記した白い7インチシングルに収録されたのと同じものだと思う。残る1曲「Southern Glass Home」はアルバム未収録。いい曲なのに、どうして落としたんだろう。アルバムの裏ジャケにもブックレットにも「Southern Glsss Home」と誤植してあるのはご愛嬌。はい、マサさん、また買うものが増えましたよ(笑)