2008年05月17日

恒松正敏アコースティックソロライブ

たくさん頂いているコメントにもちっとも返事していないし(皆さんごめんなさい)、今週はタマス・ウェルズの記事に追記を入れる予定だったんだけど、ネット徘徊していたときにふと気になるイベントを見つけてしまった。

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「百物語拾遺−十二支類考そしてガラス絵」という新作展に合わせて、恒松正敏がアコースティックライヴを行うというので、京橋のギャラリー椿に出かけてきた。

フリクションをリアルタイムで聴くには少し乗り遅れてしまったけれど、後追いで聴いた『軋轢』で格好いいギターを弾いていたツネマツマサトシが新たに結成したというE.D.P.S.の10インチ盤『Death Composition』やファーストアルバム『Blue Sphinx』を僕は発売当初(83年かな)に入手し、夢中になって聴いていた。その後はずっと疎遠になってしまっていて、ファンを名乗るにはちょっとおこがましいとは思うけれど。

普段あまり画廊なんかに赴くこともないし、絵についてうまく表現する言葉も持ち合わせていないので、個展については特に触れないでおこう。『Blue Sphinx』のLPジャケットを初めて見たとき以来ずっと大好きだった彼の作品を間近に見ることができたのはとても嬉しかった。

ちょっと早めに行って作品を観ようと思って、開始時刻の40分ほど前に会場に着いたら、もう本人がそこに。なにしろ僕の記憶にある彼はもう四半世紀も前の姿なので、実は失礼ながら咄嗟にはご本人だと気づかなかったけれど。。

超緊張しながら少しお話をさせてもらい、昨年末に出たことを知ってはいたニューアルバムをその場で購入し、サインを頂いた。

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さて、開始予定時刻の7時ちょうどに始まったライヴ。フリクションやE.D.P.S.での彼のエレキギターの演奏しか僕は知らないので、一体どんな曲をどんなスタイルで演るのか興味津々。

「最近絵ばっかり描いててあんまりギター弾いてないから」と、ちょっとミスしたときに照れながら話していたものの、あのシャープなカッティングはレコードで聴くエレキとまったく同じ。なにしろ、ゴリゴリと重いのに切れ味鋭いという、僕にとってはウィルコ・ジョンソンかツネマツマサトシか、っていうぐらい大好きなギタリストだから。

曲によってはちょっと声が出ていなかったこともあったけれど、まあそれはご愛嬌ということで。

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途中に10分ほどの休憩を挟んだ二部構成で、前半は自分の持ち歌(最近の曲が多かったので僕は後で調べるまでわからなかったんだけど)と、グループサウンズやジャックスの曲のカバー。マーク・コズレックのインストアライヴでは一番歳食ってたかもしれない僕だけど、さすがにGS世代ではないので、ほとんど知らない曲ばっかりだった。

後半もジャックスの「時計をとめて」で始まったものの、今度は洋楽中心のカバー。ビートルズの「And I Love Her」や、ストーンズの「As Tears Go By」(と思ったら、彼の「学生時代の唯一のアイドル、マリアンヌ・フェイスフルの」だそうだ)、ディランの「I Shall Be Released」。個人的に一番嬉しかったのは、ガーランド・ジェフリーズの「Wild In The Streets」を演ってくれたことだ。大満足。

アンコールは、「懐かしい曲を演るよ」と、フリクションの「Crazy Dream」を、弦も切れんばかりの激しいカッティングで演奏。格好よかったよ。

50を過ぎた頃からはアコースティックのライヴが中心になって、と言っていたけれど、使ってる楽器はなんであれ、中身は25年前からあんまり変わってない(プラス円熟味みたいな)、芯のしっかりした1時間強の演奏だった。早く行ったおかげで前の方で観られたし。


Object Of Desire.jpg 恒松正敏グループ 『欲望のオブジェ』

ライヴ終了後食事に行ってから遅く帰宅したので、今朝になってから昨日買ったCDをプレーヤーに乗せてみた。

げ。なんだこれは。昨晩のアコースティックの円熟味とは180度反対の、もの凄くヘヴィで勢いのある音。下手をするとこれはE.D.P.S.の初期のアルバムなんかよりも上かも知れない。それって、かなり凄いよ。なにが50を過ぎてアコースティック云々だ(笑)

昨日のライヴで披露していた「Pain In My Heart」(オープニングだった)と「天使」(前半の最後)が収録されていて、昨日の生演奏はもちろんよかったんだけど、こちらの重くて濃いヴァージョンもまた最高。

私信になってしまうけれど、1月21日の記事のコメント欄で近いうちにE.D.P.S.を買うかもしれないと仰っていたクロムさん、買うならまずこのアルバムですよ。大推薦盤。


昨日の画廊には彼の絵画を集めたカタログも何種類か売られていて、買おうかどうしようか散々迷った挙句、CDを買ったから今回は本は止めておいたら、予想通り今日になってやっぱり買っておけばよかったと後悔しまくっているんだけどね(苦笑)

この記事の最初のリンクから飛べるギャラリー椿のサイトでも彼の新作が見られるし、上に載せたニューアルバムのジャケ画も彼の作品なんだけど、僕が持っている、彼がジャケ画を担当した他のアルバムも載せておこう。一種独特な雰囲気の絵なんで、きっと好みは分かれるんだろうけど。

Death Composition.JPG Blue Sphinx.jpg
Edges Of Dream.jpg どうにかなる.jpg
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2008年05月15日

成長型記事 『Two Years In April』 - Tamas Wells

The English translation will follow the Japanese text.

Two Years In April.jpg Tamas Wells 『Two Years In April』

2008年5月15日(木)

明日が発売日のはずだったのに、今日もう入荷したとの連絡を受けた途端、いてもたってもいられなくなり、最近連日で深夜残業していたのを言い訳に、CD屋が閉まってしまう前に会社を抜け出した。

まだ二回しか聴いていないから、というよりは、ちょっとこれは下手にやっつけ仕事で適当にまとめた文章にはしたくないという気持ちが強くて、時間をかけてじっくり聴き込んで、きちんと気持ちを込めて書きたいと思った。

だけど、そうして時間をかけて後回しにしてしまった挙句に書く時間がなかなか取れず、結局記事にできたのは当初の予定から何ヶ月も経ってから、というのがもうここ数ヶ月ずっと続いていることを考えると、この大事なアルバムをそんな目に合わせるわけにはいかないと思い、まずこうして取っ掛かりの文章をしたためることにした。

これから少しずつ文章をふくらませていこう。サグラダ・ファミリアのように。



2008年5月19日(月)

 1.ブリンズリー・シュウォーツ
 2.マリリン・マンソン
 3.タマス・ウェルズ

問い:時代も国籍も音楽性も違うこれらのミュージシャンに共通するものはなんだ?

答え:三組とも、リーダーの名前がそのままバンド名になっていること。
まあ、確かに細かいことを言えば、マリリン・マンソンは当然本名なんかじゃないし、ブリンズリー・シュウォーツで頭角を現してその後ソロでブレイクしたのはニック・ロウの方だから、誰がリーダーかというとややこしい話になるんだけど(この話題を僕が出すと、すかさずコメント欄でクロムさんがスペンサー・デイヴィス・グループとJ.ガイルズ・バンドの話に振ってくれるのは最早伝統芸能級の決まりごとということで)。

タマス・ウェルズの過去2枚のアルバムは、4名からなるタマス・ウェルズ(・バンド)によって演奏されていた。どちらのアルバムにも共通して、きちんとアルファベット順にブックレットに掲載された彼ら。

 ネイサン・コリンズ(Nathan Collins):ドラムス、打楽器、キーボード
 アンソニー・フランシス(Anthony Francis):ピアノ、オルガン、キーボード
 オウエン・グレイ(Owen Gray):ベース、キーボード
 タマス・ウェルズ(Tamas Wells):ギター、ピアノ、オルガン、マンドリン

基本的にはアルバムでも穏やかに爪弾かれるアコースティック・ギターやマンドリンと端正なピアノが彼らの音楽の骨格を形作っていたとはいうものの、それらの曲がほとんどギター一本のみの弾き語りで演奏された去年のタマス・ウェルズのソロコンサートを体験した僕は、上に列記したその他の楽器がアルバムでは如何にその存在感を主張していたかということを、逆説的に気づかされたものだ。

どちらがいいとか悪いとかいう話ではない。去年の8月のあの夜、ちょっと音が不確かなミャンマー製の800円のアコースティック・ギターだけの音を頼りに、まるで瓦礫の中に立ちすくむように在った「あの声」は、他の楽器の音がなかったがために、より強く、よりストレートに僕らに届いたと言えるかもしれない。

06年のセカンド・アルバム『A Plea En Vendredi』から1年半振りに届けられたこのニュー・アルバムのブックレットには、二人の演奏者の名前しかない。ジョー・グリフィス(Jo Griffiths)というヴィオラ奏者が何曲かで色付けをしてはいるものの、今回のアルバムのクレジット“Tamas Wells”は、バンド名でなく個人を指している。これは、サード・アルバムにして初の、タマス・ウェルズのソロアルバムになる。

演奏されている楽器は、タマス自身の手によるアコースティック・ギター(その音色から、件の800円ギターだとわかる)、いつものマンドリンでなくバンジョー、打楽器(ライナーによると、ミャンマーのシーという民族楽器ということだが、ちょっと調べてみたところ、シィというのはビルマ語で太鼓というほどの意味のようだ。チェイ・シィがトライアングル、シィ・コウがシンバル、など。このアルバムに入っているのはどれだろう)、それと、先ほど書いたヴィオラ、それだけ。前二作に比べて、遥かに少ない音数。

大半の曲は、「トゥー、スリー、フォー」とカウントをするタマスの囁きで始まる。そのざっくりとした感じが、綺麗にプロデュースされたスタジオ録音と言うよりは、なんだか新規発掘されたデモ音源を聴いているような気分にさせる。

プロデュースといえば、ファースト・アルバム『A Mark On The Pane』のプロデューサーは、去年8月19日の記事にも書いたとおり、ゴー・ビトゥイーンズ、フードゥー・グルズ、ハンターズ&コレクターズなど、オーストラリアのバンドを数多く手がけた、ティム・ウィッテン(Tim Whitten)、セカンド・アルバム『A Plea En Vendredi』は、タマス・ウェルズ・バンドのドラマーでもあるネイサン・コリンズのプロデュース作。そして、ヤンゴンの自宅で録音された今回のアルバムをプロデュースしたのは、タマス・ウェルズ本人。そりゃ確かに、混乱のヤンゴンにわざわざ来てくれるようなプロデューサーはいなかっただろうからね。

以前のアルバムと聴き比べると、オーストラリアで録音された前二作では、きちんとした作りの立派なアコースティック・ギターを使っていたんだなというのがよくわかる(800円以上のね。笑)。それに、やはりネイサン・コリンズというのは、地味ながら実に味わい深いいいプロデュースワークをしていたんだなあと感心させられる。昨年9月8日の記事に書いた、ブロークン・フライトのアルバムと同様に。

そうそう、蛇足ながら、ネイサンのマイスペースに、ブロークン・フライトが新作を製作中というニュースが載っているんだけど、そこでブロークン・フライトを紹介している一文が、がんばって英語でも書いた先の記事からの引用なんだ。プロデューサー直々に推薦文として使ってもらえて、嬉しいよ。

閑話休題。昨年のソロコンサートで、唯一タマスの歌とギターをサポートしていた楽器があった。タマスの奥さんブロンウィンが数曲で弾いていた、ピアノだ。

あの素朴なソロコンサートを髣髴とさせるこの新作に一つ物足りないものがあるとすれば、それはやはりピアノの音だろう。前作、前々作にそれぞれ2曲ずつ収められていた物悲しいピアノ・インストが、今作には未収録となっている。それも、今回のアルバムの印象を以前の2作と違ったものにする原因になっているはずだ。

やれやれ、まだ一曲一曲にも触れず、歌詞にもタイトルにも全然言及していないのに、もうこんな量になってしまったよ。とりあえずまだ月曜だし、今週もちょっと忙しい日が続くから、今日のところはこれぐらいにしておこうかな。



2008年5月25日(日)

前2作を通じてタマス・ウェルズの音楽を形作っていたものといえば、かの“天使の歌声”と、デリケートというよりはフラジャイルと形容したくなるような美しいメロディ、そして、抽象的で難解な歌詞だろう。

先週書いたとおり、アルバムが録音された状況は前2作と違ってはいるものの、今作『Two Years In April』にも基本的にはその3つの要素が全て揃っている。

声については何も述べることはないだろう。CDであれ、ライヴであれ、彼の歌声を一度でも聴いたことのある人にならわかってもらえるであろうあの声は、もちろん今作でも健在。

名曲「Valder Fields」を筆頭に、きらめくような珠玉のメロディを持った曲の数々のみで構成されていた前作『A Plea En Vendredi』に収められていたとしても全く遜色のない曲が、今回のアルバムにもいくつもある。質量のない球が坂道を弾みながら転がり落ちる光景を見ているようなオープニング「Fine, Don't Follow A Tiny Boat For A Day」の朗らかなメロディ。続く「I Want You To Know It's Now Or Never」のメロディは、まるで半音ずつ刻まれた永遠の階段をせわしなく駆け上ったり駆け下りたりしているかのよう。

もちろん、去年のコンサートで書かれたばかりの新曲として演奏され、一体この人の頭の中からはどれだけ無尽蔵にこれほどの瑞々しいメロディが湧き出てくるんだと、会場にいた誰もを魅了した「The Northern Lights」も、まさにあのとき披露されたそのままの姿で、このアルバムの中心に据えられている。

そして、抽象的で難解な歌詞。

例えば、去年の東京ライヴの記事に書いたけれど、前作収録の「I'm Sorry That The Kitchen Is On Fire」のようにかなり具体的な物語について書かれたような曲でも、歌詞をそのまま読んだり聴いたりしているだけでは一体それが何についての歌なのかさっぱりわからないほど。いっそのこと、あのときのように、自分の曲がそれぞれどういうことについて歌われているのかタマス本人に解説してほしいものだ。

ところが、今回のアルバムは、こともあろうにコンセプト・アルバムである。デニース・ロックヘッドという名の少女にまつわる物語。全10曲につけられたやたらと長いタイトルは、きっとこの30分強に亘る物語をそれなりに説明しているのだろうと思いきや、曲のタイトルから具体的に何かがわかるのは、その余りにも生々しい描写がこの物語が楽しいものではないということを明示している8曲目「The Day That She Drowned, Her Body Was Found」ぐらいのものだ。

ブックレットを開くと、それぞれの曲のタイトルに続いて、サブタイトルのようなものがつけられている。やたらと長い割りにいまいち状況をかいつまんでいないタイトルと、それほど難しい単語を使っているわけでもないのに相変わらず何のことを歌っているのかはっきりと掴みづらい歌詞の間を埋める橋渡し的な役割を、それらサブタイトルが担っているようだ。こんな風に。

1.4月 極東を巡る彼女らの旅の始まり
2.サンクチュアリ・グリーン・テニス・クラブ。外科医とデニース
3.エレベータのドア。病院の匂い
4.1月 旅はさらに中東へ
5.そして、スカンジナビアでの別離
6.9月 郊外からの通勤についての微妙な問題
7.嫉妬、地方選挙、堰についての論議
8.3月20日午前10時30分、デニース・ロックヘッド行方不明となる
9.寒くなると彼らは外でゴミを燃やす
10.この4月で2年に


前半は特に、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」や「ねじまき鳥クロニクル」の各章に付けられたサブタイトルのようだね。なんだか、わかったような、わからないような。もちろんこれらはサブタイトルだから、これらを読んだだけで内容が全てわかるはずがない。とはいえ、歌詞を全て読んだところで、頭に浮かんでくる具体的な情景は、これらのサブタイトルだけを読んだ場合とそう変わらない。少なくとも僕の場合は。読解力に難があるんだろうか。

さっき余りにも生々しい描写のタイトルと書いた8曲目から、サブタイトルのトーンも変わっているのに気づかれただろうか。難解な歌詞で綴られたこの物語も、その曲中で主人公のデニースが海で溺れ死ぬ場面で風雲急を告げる。

ヴィオラによるドローンと、ぽつぽつと爪弾かれるギターだけを伴奏に訥々と歌われる9曲目「Signs I Can't Read」。僕はこれを聴く度に、白装束のデニースが立つ三途の川の光景が目に浮かんで仕方がない。これだけの少ない音で、こんなに質素な録音で、こんなことができるアーティストが他にいるだろうか。

そしてここで明らかになる、簡単な単語の羅列なのに僕にはいまいち掴めていなかったアルバム・タイトル『Two Years In April』の意味。彼女が4月に最初に旅に出てから、不慮の死を遂げてしまった後に、最終曲「Grace And Seraphim」で天使に囲まれながら永遠の旅に出る4月までがちょうど2年ということだったんだ。

そういえば、先週書いた、このアルバムでタマスが演奏しているというミャンマーの民族楽器シー。あちこちの曲のエンディングで、チーン、チーンと、まるで仏具の“りん”のような音を立てている、ちょっと響きのくぐもったトライアングルみたいな楽器がきっとそうなんだろうね。

そう思うと、さっき“朗らかなメロディ”なんて書いた1曲目「Fine, Don't Follow A Tiny Boat For A Day」のエンディングで既にその音が鳴らされていることから、この二つの4月の物語は、その出だしの4月から既に不吉な予兆を内包していたことが見事に暗示されている。繰り返すテーマのメロディもなく、歌詞が壮大な叙事詩になっているわけでもないが、そんなほんのささやかなシーの音で綴られた、タマス・ウェルズらしい実に繊細なコンセプト・アルバムだと僕は思う。



2008年5月31日(土)

今日はちょっと手短に、CDのアートワークの話でもしよう。この記事も、冒頭にアルバムジャケットの写真を載せただけで、あとはいくらスクロールしても延々と白とオレンジの文字が出てくるだけなので、読んでくれてる人も相当うんざりしてきた頃だろうから、そろそろここらでまた写真でも載せてみようか。

A Mark On The Pane.gif 『A Mark On The Pane』
Plea en Vendredi.jpg 『A Plea En Vendredi』
Two Years In April.jpg 『Two Years In April』

今作を含む、タマス・ウェルズの3枚のアルバムジャケット。意識的なのかどうかはわからないけれど、雰囲気的にどれもかなり似通ってるよね。くすんだ青を基調にした無機的なデザイン。

ファースト『A Mark On The Pane』のジャケは、僕の持っているオリジナルのオーストラリア盤ブックレットの内側に載っている数枚の写真と併せて考えると、おそらくこのアルバムが録音されたスタジオ内の風景だと思う(シドニーとメルボルンの計3つのスタジオで録音されているので、そのうちのどれかということまではわからないけど)。

僕が初めてタマス・ウェルズについて書いた06年10月29日の短い記事にもあるように、セカンドアルバム『A Plea En Vendredi』の一見何が写っているのかわからない無機質なジャケットには、何故だか妙に僕の興味を引くものがある。今作のライナーによると、そのジャケはタマスのおじいさんが書いた壁画の写真だそうだ。と言われてもなお、これが一体何が描かれた壁画なのかさっぱりわからない。あれ?先週の追記でタマスの歌詞について同じようなこと書いたよね。さすが、この祖父にしてこの孫あり、ということか。

そして、今作。数ヶ月前にネットでこのジャケの小さな写真を初めて見たとき、僕はそれが『A Plea En Vendredi』の贋作、もしくはパロディかと思ったほど、色合いも構図も前作と似通っている。実物を手にとって見ると、油絵の描かれたキャンバスのクローズアップである今作は、おそらく水彩絵の具が使われている前作の壁画とはかなり趣が異なったものだったけど。

ここには写真を載せていないけど、水平線(または地平線)を思わせる両者の裏ジャケのデザインも、僕はそっくりだと思う。この2枚のCDを持っている人は、是非見比べてみてほしい(「別に似てない」と思った人はその旨コメント欄までどうぞ)。

くすんだ青、赤、白からグレーを経て黒。その単純な色で構成されたジャケットの絵の解釈に関しては、ライナーで大崎さんが深く考察されているので、あえて僕はそれには触れないでおこう。代わりに、見開き10ページのこのブックレットについて少々。

開いたページのどちらかに、ジャケットの油絵の一部分のクローズアップが載っていて(その中にはジャケットにはない部分もあることから考えると、これは元々もっと大きな絵の一部だとわかる)、その反対側のページにそれぞれ1曲〜3曲分の歌詞が掲載されている。

それらの歌詞の背景の色もまたジャケットと同じ色合いを使っているんだけど、それがまたこのコンセプト・アルバムの流れにうまく沿っているように思える。全ページの写真が載せられれば、このアルバムを持っていない人にもよくわかってもらえるんだけど、うちにはスキャナーがないので、なんとか文章で表現してみよう。

まず、先週の追記で軽く触れたアルバムのオープニング2曲の背景の色は、黒から濃い青へのグラデーション。暗い舞台の幕が開き、青を基調にしたこの物語への導入部のようだ。見開きの右側のページには、このアルバムのジャケットで唯一目を引く雲(のようなもの)が大きく写っている。

続く3曲の背景も、先ほどのページをそのまま引き継いだような濃い青から明るい青へのグラデーション。見開きの右側のページと合わせて、青の物語の主要部分を成している。

スカンジナビアでの別離を経た後の、(もしこのアルバムがLPならB面の冒頭にあたるはずの)6曲目〜7曲目のページは、一転して暗雲が立ち込めたような黒。見開きの左側のページにはグレーの雲も見られるし、歌詞の載っている右側のページも、黒からグレーへのグラデーションが見られ、その暗雲が長く続くものではないことが暗示されているのだが…

続く、問題の8曲目だけが左端にぽつんと掲載されたページの中央部分で、黒からグレーを経たグラデーションが、白や元の青の物語に戻るのではなく、突然に血の色へと変わってしまう。この赤い余白(余「白」なのに赤なのはおかしいと一瞬思ってしまったけど、そんな話がしたいわけではないので却下)が、この物語の中でこの8曲目がどれほどの意味を持っているかを端的に表している。見開き右側のページを一言で表現するとすれば、「混乱」か。

そして、デニースが天へと旅立つエンディングの2曲は、葬儀の際に彼女が着せられていたという白装束の色が背景だ。見開き右ページの、白だけが塗られた部分のキャンバスに残る筆の跡が、昇天する魂を表しているようにも見えるし、この物語を締めくくる、僕ら現世の人間には読めないエンディングクレジット(「Signs I Can't Read」…)を象徴しているようにも見える。

あまりにも深読みのしすぎだろうか。まあいいや、ライナーの大崎さんもきっとそうだろうけど、こういう作品って、どれだけ自分が深読みしてその物語の中に入っていけるかで、愛着の持ち方が随分変わってくるものだからね。

ところで、3枚のアルバムのアートワークを見ていて他にも気づいたことがあるんだけど。表ジャケの名前の表記が、ファーストでは全て小文字(tamas wells)、セカンドでは大文字と小文字の組み合わせ(Tamas Wells)、サードでは全て大文字(TAMAS WELLS)になっている。これにも何か意味が…?とふと思ったけど、そこまでの深読みをしても誰もついてこられないだろう。なのでこれも却下。

じゃあ今回はこのへんで。僕のブログをいつも読んでくださっている人なら、冒頭に書いた「手短に」という言葉に何の意味もなかったというのは予測の範囲内だったはず。いつもすみませんね。



Growing article - Tamas Wells 「Two Years In April」

Two Years In April.jpg Tamas Wells 『Two Years In April』

15 May 2008 (Thu)

It was supposed to be tomorrow, but when I got the news that it was already in-store, I sneaked out of the office to get to the CD shop before it'd be closed. I didn't care whatever workload I had. I've been working overtime every night anyway.

Not just because I have listened to it only twice, but because I didn't want to write an easy article on this album, I decided to listen to the CD over and over again first so that I may be able to write something in-depth.

But how many albums that I wanted to write in-depth had finally resulted to be the article after many months due to my recent busy schedule? I just didn't want to treat this important album like that, so I've opened this article with this short essay, so that it'd keep remind me to continue writing about it.

I will make this grow little by little - just like Sagrada Familia.


19 May 2008 (Mon)

1. Brinsley Schwarz
2. Marilyn Manson
3. Tamas Wells

Q: What's in common among these 3 bands who are totally different in their musical style, in various times, from different countries?

A: These bands were named after their respective leaders.

Well, Marilyn Manson is of course not his real name. And you would argue who's the real leader when Nick Lowe wrote most of the songs for Brinsley Schwarz and finally made his own successful solo career.

There were 4 members in Tamas Wells (the band) in the last two albums. On both CD booklet listed their names alphabetically;

Nathan Collins: Drums, Percussions, Keyboards
Anthony Francis: Piano, Organ, Keyboards
Owen Gray: Bass, Keyboard
Tamas Wells: Guitar, Piano, Organ, Mandolin

Though the music in the albums were played by the band, they were largely formed by the quiet acoustic guitar and mandolin, and the noble piano sound. However, when I heard the same songs being played almost by one acoustic guitar in last year's Tamas Wells' solo concert in Tokyo, I paradoxically realized how much the other instruments listed above actually asserted themselves in the albums.

I'm not saying which is better. That August night in Tokyo, "the voice" reached straight and strongly to our heart, accompanied only by the precarious sound by the Myanmar-made 8-dollar acoustic guitar, as if his voice was solely standing in the midst of the ruins.

There are only two players' names on the booklet of this new album, which was released 1 1/2 years after the second album A Plea en Vendredi in 2006. Though the viola player Jo Griffiths adds the colour on a few songs, the album credit "Tamas Wells" in this album represents Tamas Wells himself, not the band. This third album by Tamas Wells is the first solo album by Tamas Wells himself.

The musical instruments used in this album are; the acoustic guitar by Tamas (I'd guess it's the 8-dollar guitar by the sound), Banjo not the Mandolin, Percussion (according to the liner notes, it's the folk instrument in Myanmar called Se. As I checked, Se meant the percussion in Burmese. Kyey Se is a kind of triangular gong. Chu Se is like a jingle bell. I wonder which is the one used in this album), and then the Viola, as I mentioned earlier. That's it. Far sparser sound than the previous albums.

Most of the songs start with Tamas whispering "two, three, four..." The rough make makes me imagine as if I'm listening to the newly-found demo recordings, not the properly produced studio recordings.

Talking about the producer, the first album A Mark On The Pane was produced by Tim Whitten, who used to produce many Aussie bands' albums such as Go Betweens, Hoodoo Gurus, Hunters & Collectors, etc (see my previous article on the album - but sorry it's not translated in English yet). The second album A Plea en Vendredi was produced by Nathan Collins, who was also the drummer of the band. And the producer of this new album, recorded at Tamas' own house in Yangon, was Tamas Wells himself. I would guess no producer would be willing to go to the chaotic Yangon.

If you compare this album with the previous ones, it's easy to tell Tamas was using the well-crafted acoustic guitars (cost more than 8 dollars!) in the Aussie-made albums. And I'm amazed again to realize how much Nathan Collins produced simple but exquisite albums, like I wrote about Broken Flight's album (see my previous article - this one's in English).

Oh, by the way, when I saw the news article about Broken Flight recording the new album on Nathan's MySpace, I found a part of the article quoted from my blog. Though the news has gone already, I'm glad the producer chose my words as the introduction. Good that I translated that with great difficulty.

Let's go back to the subject. At the last year's concert, there was one instrument which supported Tamas' voice & guitar. It was the piano occasionally played by Tamas' wife Bronwyn.

If I point out something missing from this album, which greatly reminds me of the naïve solo concert, it's the piano sound. There were two sadly-sounded piano instrumentals respectively in the previous albums. This new one doesn't have one. That should be another factor why it sounds so different from the previous ones.

Well, I haven't touched upon each song yet, not talking about the lyrics or the song titles too. But look how much I've already written! It's only Monday and the busy week's coming through. I think I should stop it for now.


25 May 2008 (Sun)

What formed the music of Tamas Wells throughout the past albums were; the famous "angelic voice", the beautiful melody that I would describe as fragile not just delicate, and the abstract lyrics that are hard to comprehend.

As I wrote last week, though the situation this album was recorded in was quite different from the previous ones, the new album Two Years In April basically contains all those three elements.

There's nothing I should say about the voice. Be it on CD or at the live concert, once you've heard his voice before, you'll never forget it. The unforgettable voice of course exists in this album again.

The former album A Plea en Vendredi was made up only by the songs you'd call the gems, represented by the masterpiece Valder Fields. You can find some songs that are almost equivalent to them in this album. A cheerful melody of the opening number Fine, Don’t Follow A Tiny Boat For A Day, just like you're watching the scene the weight-less bouncing balls rolling down the slope. The melody of the following number I Want You To Know It's Now Or Never is like it's hurriedly run up & down the eternal stairs that have every semitone steps.

Of course, The Northern Lights, which was played in the last year's concert as the newly written song, and which fascinated everyone at the venue to wonder how many more of such fresh melodies sprung from the guy, sits at the centre of this album exactly the same as what we heard then.

And, the abstract lyrics.

For instance, as I wrote in the last year's concert report, a song like I'm Sorry That The Kitchen Is On Fire which was written based on the specific story could be hard to understand what it was all about, if you only listen to it or just read the lyrics. We might as well ask Tamas himself to explain about every song like he did for I'm Sorry That The Kitchen Is On Fire then.

Moreover, you'd be surprised to know that this new CD is the concept album. The story about the girl called Denise Lochhead. You would think the lengthy titles for the 10 songs should explain this half an hour story in its own way. But I should say there's only one song title that you could guess something about the story - the too vivid description specifies that this whole story is not the cheerful one - the 8th song of the album, The Day That She Drowned, Her Body Was Found.

When you open the booklet, you can find the subtitles after each song's title. These subtitles act as mediators between the lengthy but not very specific song titles and the abstract lyrics which consist of only simple words. Just like these;

1. April And The Beginning Of Their Travels Through The Far East
2. Sanctuary Green Tennis Club, The Butcher And Denise
3. On Elevator Doors And Hospital Smells
4. January And Further Travels In The Near East
5. And The Separation In Scandinavia
6. September And Facing The Delicate Questions Of Commuting From The Outer Suburbs
7. On Jealousy, The Local Election And A Controversy About The Weir
8. Denise Lochhead Was Reported Missing At 10:30am On March 20
9. When It Is Cold They Burn The Rubbish Outside
10. It Will Be Two Years In April


Especially the early ones remind me of the subtitles from Haruki Murakami's Hard-Boiled Wonderland And The End Of The World or The Wind-Up Bird Chronicle. You think you get the point, but not exactly... Of course these are only the subtitles. You'll never comprehend everything about the story only by them. But if I read the whole lyrics, the exact image I'd get is more or less the same as when I read only these subtitles. Hmm...I may have a problem in reading comprehension ability.

You may notice the tone of the subtitle changed at the eighth song, which I described earlier as too vivid. This abstractly constructed story has grown tense when Denise drowns at the sea in the song.

Only the drone sound of viola and the strumming guitar back up the halting voice in the 9th track Signs I Can't Read. Every time I hear this song, it makes me clearly see Denise in white stands alone at the Styx. Who else could do this magic with only such a few instruments and in this simple production?

And here you finally understand the real meaning of the album title Two Years In April, which consists of only simple words but I didn't really get the point. It's exactly two years from the April she started the first journey to the April in the last song Grace And Seraphim that she went on the final (& eternal) journey accompanied by the angels after the unexpected death.

Then I recall what I wrote last week, the Myanmar folk musical instrument Se that Tamas was playing in this album. The muffed triangle-like sound that's ringing here and there like the gong in the Buddhist altar must be the one.

Thinking that way, although I described the first song Fine, Don’t Follow A Tiny Boat For A Day as a cheerful melody, since the Se was already ringing at the ending of the song, it is clearly hinted that this two April story already connoted an ill-omen from the first April. There's no repeating theme melody. No spectacular epic poetry. But this is a very delicately crafted concept album sewn by a little Se sound.


31 May 2008 (Sat)

Let's briefly talk about the artwork of the CD today. You must be so bored to see the words after words in just white & orange colours, ever since you saw the album cover at the top. Ok, let's put some more photos. Here you go.

A Mark On The Pane.gif 『A Mark On The Pane』
Plea en Vendredi.jpg 『A Plea En Vendredi』
Two Years In April.jpg 『Two Years In April』


These are the album covers of all the three albums by Tamas Wells. They all have a similar atmosphere, though I'm not sure if he intentionally aimed it. Inorganic designs based on dull blue.

Judging from the other photos on the booklet of the original Australian version, I think the cover photo of the first album A Mark On The Pane is the interior of one of the studios the album was recorded, though I don't know which one of the three studios in Sydney & Melbourne.

Like I wrote in my first article about Tamas Wells on 29 Oct 06 (sorry, it's not in English), there's something appealing to me in the monotonous album cover of the second album A Plea en Vendredi, though it doesn't make sense to me what's in it at a glance. According to the liner notes of the new album, it was the painting on the wall by Tamas' grandfather. Having heard that, it's still so hard to understand what's in the painting. Did I write the same about Tamas' lyrics? Well, like grandfather, like grandson.

And the new album. When I saw the tiny photo of this cover art for the first time on the net a few months back, I thought it was a fake or a parody of A Plea en Vendredi. So much the colours and the composition of the two albums look alike. If you have a close look at the actual CD, you notice the close up of the oil painted canvas is quite different from the water-coloured (I guess) wall painting.

Though I don't post the photos here, the artwork of the back covers of the two albums look alike, too. They both remind me of the horizon. If you have both of these two albums, have a look - and post your objection in the comment box if you think otherwise :).

Dull blue, red, white through gray to black. Yohei has already put together his deep thought about the interpretation of the cover painting consists of those simple colours. I don't dare to argue with him by my own interpretation. Instead, I touch upon this 10 pages booklet.

One side of the open pages is the close up of the oil painting of the cover art (you realize the cover art is also a part of a much bigger painting, as some of the pages show the parts not seen in the cover art). And there are the lyrics of 1-3 songs on the opposite sides.

The backgrounds of the lyrics pages use the same colourings as the cover art. I think these colour patterns are very thoughtfully arranged in line with the story of the album. If only I can post the photos of all the pages, anyone who don't have this album could see what I mean. But as I don't have a scanner, I try to describe it as much as I can.

First, the background colour of the first two songs that I briefly touched on last week is the gradation from black to navy blue. It represents the unlit stage into this blue-based story. The right-hand page shows the white clouds (I think), which is the most eye-catching part in the album cover.

As the story goes, the background of the following three songs also changes from navy to light blue. Together with the painting on the opposite page, they form the main part of this blue story.

After the separation in Scandinavia, the background of the 6th to 7th tracks (they should be the openers of the side B if this is a record) turns into black, as if an overcast sky suddenly kicks in. You actually see the gray rain clouds in the left hand page. Though you'd expect the gradation from black into gray on the opposite page gives you a hint that the rain would stop soon...

But, the next pages have the song in question - the 8th track. The left hand page has the lyrics at the edge. At the centre of the page, the gradation from the overcast black turns, not into white or the blue-story blue, but suddenly into the blood colour. This red blank (just had a quick thought the word blank / blanc should mean white not red... well, never mind. It's not the time to argue about that now) straightforwardly indicates how much this 8th track means in this whole story. If you describe the painting on the opposite page in one word, it's Chaos.

And, the background of the last two songs that Denise starts on a journey to heaven is the colour of the dress she was wearing at her funeral. The traces of the brush on the right hand page which is painted only in white look as if it's representing her ascending soul, or indicating the ending credit that's unreadable by human beings like us (Signs I Can’t Read...).

Am I reading too much? I guess Yohei had the same feeling when he wrote his well-thought liner notes. The deeper you go into the story even if it's your own interpretation, the more you grow to love it.

There's another thing that I noticed by looking at the three albums' artworks. The inscriptions of the name on the album covers are all different. The first album is all lower case (tamas wells). The second album is the combination of the upper & lower cases (Tamas Wells). And the third album is all upper case (TAMAS WELLS). There must be some hidden message behind them...? No, I guess nobody wants to read any more of my crooked interpretation. Think I should stop it for now.

If you are the regular reader of my blog, you already knew the word 'briefly' at the beginning of today's article didn't mean anything. Sorry about that :)
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2008年05月12日

Mark Kozelek instore live in Tokyo

天気予報というのは本当に当たらないことが多いようで、歩いていると少し体が湿るかなという程度の霧雨の中をわざわざ持って出かけた傘は、さっき家に帰って来るまでついぞ使うことはなかった。

これは昨晩の記事の続き。「ちょっと億劫」なんて書いてはみたものの、僕のブログを長く読んでくださっている人なら簡単に予測できたと思うけど、この日がどんな嵐だろうと僕は出かけるつもりでいた。マーク・コズレックのインストア・ライヴ、イン・渋谷。

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一体この人のインストア・ライヴなんかに何人ほどの客が集まるのか皆目見当がつかなかったけど、ちょっと早めに行ってみて、余裕があるようなら店内をうろついていればいいやと思って、2時スタートのところを、1時半よりちょっと前に着いた。会場の5階はジャズ&ブルーズのフロア。人混みのロックやJポップのフロアじゃなくてよかったよ。

すると、ちょうどマークとサポートのギタリストがサウンドチェックをしているところ。ステージ前のパイプ椅子には既に何人かの客が陣取ってそれを眺めている。これはぼんやりうろついてる場合なんかじゃないと、まだ空いていた結構前の席をゲット。本人まで3メートルもないような公一。って誰だよ、好位置。

演奏中は撮影も録音も禁止ということなので、リハーサルの間に写真でも撮っておこう。全身黒づくめで、襟のところからシャツが見えているようなラフな格好。なんだかやけになで肩の人だな。

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後で知ったんだけど、隣で座ってギターを弾いていたのは、元レッド・ハウス・ペインターズのフィル・カーニー(Phil Carney)。彼はサン・キル・ムーンには参加していないのに、こうしてマークのソロのライヴに同行してくるなんて、今はどういう関係なんだろうね。久し振りのステージで緊張していたせいか、ステージに出てきた彼は頬を真っ赤にしていたよ。

そうこうしている間に、客席にはどんどん人が押し寄せてくる。最初20脚ほど置いてあったパイプ椅子では全然足りず、後から後からパイプ椅子を出してくる。それを前から順に置いていくもんだから、ドサクサ紛れに僕は更に前に移動。あまり後ろは振り返らなかったけど、立ち見の人たちも含めて、きっと50人以上はいただろうね。こんなに人気があったなんて!

さて、本編。リハーサル時と同様、マークがステージ右手に立ち、フィルは左側でパイプ椅子に腰掛けての演奏。二人ともギブソンのアコースティック・ギターで、マークの黒いギターにはサウンドホールとネックの間にピックアップが付いている。各自それぞれのシールドに同じエフェクターを繋いでいて、はっきりとは見えなかったんだけど、多分これだったんじゃないかと思う。

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きっとそのエフェクターの効果なんだろうけど、ちょっとディレイ気味のギターの音が凄く綺麗。二人とも親指と人差し指だけを使ったフィンガーピッキング。マークはピックを使わず、フィルはサムピックをつけて。もの凄くテクニカルな弾き方をしているわけではないけれど、二人のアルペジオのアンサンブルがとても見事で、息を呑んで見とれてしまう。

インストアなので、当然周りは煌々とライトが点けられ、上に載せた写真からもわかるように周囲にはピンクや黄色の鮮やかなPOPが所狭しと貼られているんだけど、ひとたび彼ら二人の細やかな演奏に乗せてマークがあの声で歌い始めると、本当に周りの色が消えてしまうような錯覚に陥る。そう、まさに彼のアルバムジャケットさながら、モノトーンに塗り替えられてしまう。これは、すごい。まるで魔法だ。

2曲目で最新作からの「Tonight In Bilbao」を演奏。アルバムでは9分半にもなるこの曲、このときもほぼそれに忠実に演奏していたから、やっぱり10分近く演奏していたはず。この曲を聴いた人ならわかると思うけど、延々と同じギターのアルペジオを繰り返していたのを、終盤7分半頃、一転テクニカルなフレーズを挟み、転調して別のメロディーになる箇所がある。それまでのあまりにも見事な演奏に、その転調が出てきたときには、終わらないで、終わらないで、って思ってしまった。10分の曲がこれほど短く感じたことが今まであっただろうか。

そんな長い曲を演っているもんだから、3曲目が終わった時点でもう20分が経過していた。「こんなに明るいところで演ることないから、緊張するよ」とか言いながら、最後の曲へ。全部でわずか4曲、30分ちょうどのステージだった。

すぐさまサイン会に。昨日書いたけど、このサイン会はあらかじめここで『April』を買って参加券をもらった人だけが参加できるというものだったから、残念ながら僕は入れなかった。しょうがないので、店に貼ってあった彼の直筆サイン入りポスターの写真とか撮ってたり。

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サイン会風景の写真撮ったりして。

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なんかこの人、いつもこんな感じで不機嫌そうに眉間にシワ寄せたりしてるんだよね。まあ、あんまりにこやかに演奏する類の音楽でもないけど。

後は、店内をぶらぶらと。渋谷に来るのも久し振りだし。何枚か試聴して買った後、アップル・クランブルさんに立ち寄ったりしていたら、もう5時過ぎになっていた。確かライヴが終わったのは2時半のはず。一体いつタイムスリップしたのか。

今日は日曜ということもあって、早めに帰宅するつもりでいたんだけど、こんな時間までいてしまったら、新宿で6時に始まる二回目のインストア・ライヴに行かないわけにはいかないだろう。というわけで、急遽新宿へ。そろそろこの長い記事も終わりかと胸をなでおろしていたそこのあなた、残念でした、まだ続くよ(笑)


次の会場である新宿店の7階に着いたのは、5時半をやや廻った頃。ステージ前に張られた柵の周りには既に結構な人だかりが。そうか、今回は椅子がないんだ。渋谷店での人数を見越してちょっと早めに来たつもりだったんだけど、一足遅かったか。

ふと見ると、さっきのライヴ後に話して仲良くなった、京都からはるばるマークのライヴを観るために来たというA君が柵のところに。やあやあと近づき、ちゃっかり最前列へ。しかもステージ中央正面。ありがとね、A君。

実はさっき上に載せた2本のギターの写真はこの新宿店でのもの。バックに写っているように、ステージの背後には大きなスクリーンがあって、そこには延々とマドンナの新曲のPVが流れていた。うーん、マーク・コズレックのファン、マドンナのことあんまり好きでもないと思うんだけどな…

今回はリハーサルを見逃したんだけど、A君や、渋谷店でA君と共に最前列に座っていた人たちとあれこれ喋りながら待っていたので、30分弱の待ち時間と繰り返されるマドンナのPVもそれほど気にならずラッキー。

今回は全員立ち見なので、一番前にいた僕の場所からは一体何人後ろにいたのか見当もつかないほどの人数。ほんとにすごいね、東京にこんなに彼のファンがいたなんて。まあ、全員がファンってわけでもないんだろうけど、それでも僕がぼーっとして手に入れられなかったサイン会参加券をがんばって入手した人が何十人もいるわけだからね。

6時ちょうどに二人がステージに登場。ここでちょっとしたハプニングが。渋谷店のときと違い、新宿ではメインフロアにあたるこの7階では、どうやらフロアのBGMを全部消すという話がついていなかったようだ。さすがにステージ周辺は音が絞られていたけど、そう広くもない店内、向こうの方でにぎやかにかかっているBGMがもの凄く耳障り。マークも信じられないといった表情で、「これじゃ演奏できないよ」とか言ってるし。

しばらくそうしたやりとりが続き、ほんの少しだけ音量が落とされた時点で、仕方なく演奏開始。そんなことがあったから、さっきの渋谷店でのオープニングに比べて、二人ともちょっと演奏に集中できていなかったような感じがした。

今回も4曲、30分のセット。渋谷とはまったく違った曲目。下に載せるセットリストは、ほとんどが(おそらくマークの熱狂的なファンである)A君に教えてもらった。僕の記憶と若干食い違っているところもあって、本当にこれが正しいかどうかは不明。まあ、たとえ間違えていたところで誰かが困るわけでもないし。

オープニングは件のトラブルのせいでちょっと不機嫌だったマークだが、今回も最終曲の前に入れたMCではさっきより長く話すほどリラックスしていたようだ。渋谷でも新宿でも最前列にいたA君を見て、「君は俺のストーカーか」とか言って笑わせたり、客席を見渡しながら「たくさん来てくれているけど、ほとんど男だね」とか言ってみたり。ちなみにその後、最前列にいた僕を見ながら、「しかも一番歳食ってる男が一番前にいるし」と発言。おいおい、こんなところでいじられキャラかよ、僕は。あのね、僕は今日あなたよりほんの二歳年上になったばかりなんだからね。「冗談だから。俺はアメリカでは面白い男と思われているんだ」って。ははは、面白いよ、確かに。

聞いたところ、僕同様サイン会参加券を持っていなかったA君は、渋谷店で全員へのサインが終わったところでちゃっかりマークにサインをもらったそうな。やるな。僕も真似ようかと思ったけど、ここ新宿店はさっきの渋谷店を上回る長蛇の列。ちょっとこの後約束もあるし、今回はあきらめるよ。せっかくの『April』の綺麗なジャケにマジックで名前書かれるのも嫌だし(と、あからさまな負け惜しみ)。

代わりに、このとても感動した二つのインストア・ライヴを観させてくれたタワーレコードとマーク・コズレックに敬意を表して、ボーナスディスク付き、新装三方見開きデジパックで再発されたサン・キル・ムーンのファーストアルバム『Ghosts Of The Great Highway』を買って帰った。

Ghosts Of The Great Highway.bmp Sun Kil Moon 『Ghosts Of The Great Highway』

昨日の記事に、「僕にとっては、いつも熱心に動向を追っかけているという人ではない」なんて書いたけど、どうやらそれは昨日までの話になりそうだ。昨日リンクを載せた、レッド・ハウス・ペインターズから今に至るまでのディスコグラフィーを見た人はいるかな。あんなにあるのか。やれやれ、これから買わなければいけないものがまた山ほど出来てしまったぞ…


セットリスト

11 May 2008 14:00 Tower Records 渋谷

1. Trucker's Atlas
2. Tonight In Bilbao
3. Four Fingered Fisherman
4. Unlit Hallway


11 May 2008 18:00 Tower Records 新宿

1. Michigan
2. Tiny Cities
3. Lucky Man
4. Duk Koo Kim
posted by . at 01:25| Comment(8) | TrackBack(1) | コンサート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月11日

哀感を湛えた四月 - Sun Kil Moon

4月。新入学、新学期、お花見、ゴールデンウィーク、等々。日本人にとっては、ある意味一年でいちばん明るい気持ちになれる月だろう。アメリカ人にはどうなんだろう。年度の区切りは関係なくても、やっぱり春というのは(地域によるだろうけど)寒くて長い冬を越した、希望の季節なんじゃないのかな。

April.jpg Sun Kil Moon 『April』

なのに、『April』と名付けられた、サン・キル・ムーン(Sun Kil Moon)久々のこのアルバムは、このジャケットからも連想できるように、そんな明るい雰囲気とはかけ離れた内容の、とても落ち着いた、しっとりと深みのある、そして時には執拗な、聴きごたえのある傑作長編になった。

全11曲73分に、さらに4曲のヴァージョン違いが入ったボーナスディスク付きの2枚組。10分前後の曲がいくつも入っているおかげで、流して聴いていると果てしなく曲が続いているように感じる。

基本的には、マーク・コズレック(Mark Kozelek)のギターの弾き語りが中心。朴訥とした歌は、ニール・ヤングを源流とする数多のアメリカのSSWを連想させる(ニール・ヤング自身はアメリカ人ではないけれど、グレイト・レイク・スイマーズなんかも含めた、北米大陸の、という意味でのアメリカね)。長尺の曲での、聴き手の神経を麻痺させるような、輪廻のように延々と続く歪んだギターも、ニール・ヤング譲りと言えるかも。

僕にとっては、いつも熱心に動向を追っかけているという人ではない。でも、彼が92年に最初に始めたレッド・ハウス・ペインターズ(Red House Painters)の時代から、その素晴らしくノスタルジックなアートワークのせいもあり、常に気にかけていた。僕が今持っているレッド・ハウス・ペインターズの編集アルバム『Retrospective』とこの最新アルバム『April』を続けて聴いてみても、彼の作る音楽には一貫した雰囲気が漂っているのがわかる。そう、レッド・ハウス・ペインターズから彼のソロを経由してサン・キル・ムーンに至る、彼の一連のアルバム・ジャケットに漂うあの独特の雰囲気のように。

Retrospective.jpg Red House Painters 『Retrospective』

彼自身とても滋味のあるメランコリックないい曲を書くソングライターなんだけど、他人の曲をカバーする才能にも長けているようで、しかも、カバー曲をアルバムに収録するだけじゃなく、やるときはアルバム全部あるアーティストのカバー、なんてことが多い。僕が持っている、サン・キル・ムーンとしての前作『Tiny Cities』は全曲モデスト・マウスのカバー。だけど、モデスト・マウスとは似ても似つかない、完全に換骨奪胎したマーク・コズレックの音になってしまっている。僕は未聴なんだけど、全曲AC/DCのカバーなんてアルバムもあるらしい。

Tiny Cities.jpg Sun Kil Moon 『Tiny Cities』

そんな彼が、サン・キル・ムーン名義でなくソロとして初来日し、東京で二日間コンサートを開く。来週の火曜日と水曜日だ。本当に残念なことに、僕は両日ともちょっと抜けられない仕事があって、行かれないんだけど。

こちらで音を聴いてみて、もし気に入ったら、近場の人は是非観に行ってみてはいかがだろうか。14日の吉祥寺の方はもう売切れてしまっているようだけど、13日の渋谷は今これを書いている時点ではまだ少数チケットが残っているようだから。

悔しいなあと、あれこれ調べていたら、どうやら明日(というか、もう今日だね)、渋谷と新宿のタワーレコードで、インストア・ライヴとサイン会が開催されるようだ。これも残念ながらサイン会の参加券はもう予定枚数終了とのことなんだけど、せめてインストア・ライヴだけは観に行ってみようかな。昨日からずっと降り続いている雨は、天気予報によるとこれからどんどんひどくなるという話で、ちょっと億劫なんだけど。

4月の話題はちゃんとその月のうちに書ければよかったんだけど、どうもなかなかまとまった時間が取れなかった。なんとかぎりぎりで彼のライヴ前に記事を上げることができたから、せめて偶然これを読んで彼のことを知った人がライヴに行って楽しめればいいのにな。
posted by . at 02:10| Comment(13) | TrackBack(1) | アルバム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月05日

ピタゴラスイッチ♪

日本に帰ってきてもう半年近く経つのに、いまだに家のテレビにアンテナをつないでいないほど普段テレビを観ない僕だけど、海外在住中に出張などで日本に戻ってきていた時に好んで観ていた番組がある。NHK教育の子供向け番組、ピタゴラスイッチだ。人気番組らしいから、わざわざ僕が内容を説明するほどでもないだろう。たくさんの小コーナーで構成されたその番組で、僕が目当てにしていたコーナーがDVDブックにまとめられて発売されているというので、買ってみた。

pitagora 1.jpg ピタゴラ装置 DVDブック 1
pitagora 2.jpg ピタゴラ装置 DVDブック 2

ビー玉やらピンポン玉やらが、文房具や本などで組み立てられた装置を通って進んでいって、ゴールに到達したときに「ピタゴラスイッチ」というロゴが現れるという、ただそれだけの単純な仕組み。短いのは数秒から長くても数十秒の短いコーナー。それが、見ていて病みつきになる。

前を転がる小さなボールが落とし穴を塞いで後ろから来た大きなボールを通すとか、道から3つのボールがバラバラと落っこちたと思ったら、下に置いてあったミニトランポリンの上で次々に跳ね返って元の道にぴたりと戻ってまた走り出すとか、ほんの数秒の間に数々の見せ場が出てくる。磁石や風を利用した、予想もつかないボールの動きにも魅せられる。

スタート時点でコツンと棒をはじいたボールがどんどん転がっていった挙句、いよいよこの先に道がない!と思ったところに、さっきはじかれた棒がさっと出てきてボールを受け止めるところなんて、まるで綿密に伏線の張られた、上質の小説を読んでいるかのよう。

一見脈絡のない、次から次へと連鎖するいろんな装置にぼーっと見とれているだけでも楽しいし、きめ細かな解説が載っている本を紐解くのもまた面白い。その解説や佐藤雅彦さんのあとがきを読んでもわかるとおり、このほんの数十秒の完成形の数々に至るまでには、それぞれ数日間にわたる試行錯誤と、ほんのコンマ何秒・紙一重の差で失敗した何十ものNGテイクが重ねられているのが想像できる。

子供向けだなんてとんでもない。1、2それぞれ約20分というコンパクトな収録時間もあって、暇があれば何度も何度も繰り返し観てしまう。お陰で、“ピタゴラスイッチ♪”というあの単純なジングルが頭にこびりついてしまってしょうがない。こんな適当な値段で簡単に手に入るこのDVDブック、素晴らしい芸術作品だと思う。

↓ちょっとひとつ見てみて。

posted by . at 23:42| Comment(12) | TrackBack(0) | 非音楽的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする