2007年07月28日

湖畔の音楽 Great Lake Swimmers 「Ongiara」

gls_boat.jpg


荒涼としているけれど寒々しい風景ではない。薄曇りの空。海かと見紛うほどの大きな水面。遠くを横切る船は音も無くその上をゆっくりと進む。全身で受ける、潮の香りがしない乾いた風が心地良い。

オンギアラという不思議なアルバムタイトルは、このアルバムが当初予定されていた、オンタリオ湖にある島での録音に向かう船の名前から取られたという。結局そこでの録音は一部だけが採用されたのみで、このアルバムの大半は同じオンタリオ州のロンドンという町にあるエオリアン・ホールという何世紀も前に建てられた建物で収録された。

Ongiara CD.jpg Great Lake Swimmers 『Ongiara』

6月24日のyascd010に前作からの曲を収録したグレイト・レイク・スイマーズの通算3枚目となるアルバム。以前から細やかな音の響きを大切にするグループだったけれど、今作はそういった録音環境のお陰で実に深みのある音が聴ける。6曲目「Put There By The Land」のイントロでアコースティック・ギターの弦を擦る音の残響を聴いただけで、それがどんな空間で録音されたのかが計り知れるようだ。

全曲を手がけるギターとヴォーカルのトニー・デッカーを中心とした3人組。バンジョー、チェロ、オルガン、鉄琴、アップライト・ベース、スティール・ギターというアコースティック楽器の音色が彼のか細いヴォーカルを静かに引き立てている。

この憂いのあるメロディー、淡々と歌われるか細いヴォーカル、冒頭に書いた風景を思わせる静かな音の雰囲気、誰かに似ていると思ったら、1970年前後のニール・ヤング。もっとピンポイントで言うと、『After The Gold Rush』での彼を髣髴とさせる。カナダという土地はこういう音楽を生み出す土壌があるんだろうか。

たまたま7月8日の「LPと算数」のコメント欄でLPとCDの音の差という話になっているけれど、これは僕は是非アナログで聴いてみたいと思う音だ。もちろんCDでもきちんとした音が聴けるんだけどね。実は僕はこのCDを他の何枚かと一緒にアマゾンUKから買ったので、オリジナルのカナダ盤やアメリカ盤なら前2作と同様にデジパックだったのに、普通のジュエルケースに入ったEU盤が届いてしまった。そういう諸般の事情もあり、トリミングされたCDのジャケとは違う見開きジャケだというLPも通販で注文してしまった。

Ongiara LP.jpg 

一緒に注文したのがこの、500枚限定だという手書きナンバリング入りの6曲入り12インチEP『Hands In Dirty Ground』。ジャケットに3種類の色のバリエーションがあるらしいから、あと2枚買っとこうかな。別にそんな何枚も持ってたいほどいいジャケってわけじゃないんだけど、限定モノに弱い僕。

Hands In Dirty Ground.jpg

7月14日の「異論な意見」のコメント欄では、クロムさんとの間で「日本の音楽雑誌で無視され続けるアーティスト」の話で盛り上がっているんだけど、この人たちも僕から見ればそんなグループの一つ。2003年のファーストアルバムから一貫してこの独特の雰囲気を持った音作りを続け、こんなに滋味のある素晴らしいアルバムを出したというのに、僕がざっと調べた限りでは日本盤発売の予定はなし。最近あまり買ってないから断言はできないけど、過去数年間に日本の音楽雑誌で彼らのことを読んだ覚えもない。なんとももったいない話だね。



<8月12日追記>

Hands In Dirty Ground.JPGコメント欄で「もしかすると入手できないかも」と書いた『Hands In Dirty Ground』が、何の前触れもなく送られてきた。よかった〜。3種類の色のバリエーションがあるらしいと書いたが、僕のはこの写真のとおり、ちょっと茶色がかったグレー。なんだ彼らのイメージにぴったりの渋い色で嬉しい。手作り感満載の、30cm X 60cmの紙を二つに折り曲げただけのしょぼい簡素なジャケットがマニア心をくすぐる。500枚限定のうち、僕の受け取った手書きシリアルナンバーは362番。別に番号順に出荷してるわけじゃないんだろうけど、まさかまだ138枚も残ってるのか?とちょっと疑惑。

早速聴いてみた感想を少しだけ書くね。A面1曲目は、yascd010にも収録した「Song For The Angels」の“Miracle Version”。冒頭からギターのフィードバックノイズが響き渡る、彼らにしては異色のアレンジ。だけど、これがまた格好いい。何がミラクルなんだろう?って思ってたら、この曲が収録されたのが、オンタリオのロンドンにあるHouse Of Miracleという場所だったというだけの話。なんだ。

このEPのタイトルにもなっている2曲目「Hands In Dirty Ground」は、セカンドアルバム『Bodies And Minds』のアウトテイク。ボツにはしたけど発表したかった、というのが理解できる佳曲。

A面3曲目「I Saw You In The Wild」がセカンドアルバム、B面3曲目「This Is Not Like Home」がファーストアルバムにそれぞれ収録されていた曲の、ライヴヴァージョン。「I Saw You In The Wild」の方はドイツで収録されてるな。そういえば、このアルバムに封入されている紙(ブックレットなんて代物じゃない)には、あちこちの地図がコラージュされてるけど、よく見たらここに収録された6曲が録音された場所の地図みたい。うん、ドイツ語らしきのもあるね。

B面1曲目「To Leave It Behind」も、『Bodies And Minds』のアウトテイク。Band Versionとなっているように、こちらの方がオリジナルテイクよりもやや派手(といっても、彼らレベルの「派手」だからね)。

僕にとって一番の聴きモノだったのが、B面2曲目「Innocent W.Y.D.」。このタイトルじゃ咄嗟にわからなかったけど、これはトム・ウェイツの「Innocent When You Dream」のカバー。こないだ別記事で書いたジェイソン・ムラーズのライヴが収録されたシカゴのシューバスでのライヴ録音。残念ながら僕はトム・ウェイツの「Franks Wild Years」もベスト盤の「Beautiful Maladies」も持ってなくて、これまではエルヴィス・コステロがカバーしたバージョンでしかこの曲を聴いたことがなかったんだけど、これが珠玉の出来。トム・ウェイツって、特に最近の曲は本人がダミ声でメチャクチャな歌い方をするからカムフラージュされてしまってるけど、他人がカバーすると、本当に綺麗なメロディーの曲を書くんだってことがよくわかるね。これもその好例。

ちなみにコメント欄でのカブ子さんの質問。このジャケには一体いくつの楽器が隠れているか。正解は5つですね。この最初の記事に載せた白いジャケで確認できるのがほぼ全てです。筒状のもの(丸太のようです)にはちゃんと鍵盤がついてますよ。

いや、これは買って正解だったね。Lunaさんに乗せられたわけじゃないけど、あと2色も買おうかな。どうしよう、ピンクとか全然似合わない色のが送られてきたら。


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2007年07月21日

上質のパスティーシュ The Rutles 「Archaeology」

もう皆さん慣れてるかもしれないけど、今日は長い話になると思うよ。まずは簡単に事実関係の羅列から。76年にイギリスのコメディ番組のためにモンティ・パイソンのエリック・アイドルとボンゾ・ドッグ・バンドのニール・イニスが中心になって結成したビートルズのパロディ・バンドがラトルズ。その後78年にアメリカ向けのより本格的なテレビ番組「All You Need Is Cash」を作成、そのサントラ版として発売されたのが彼らのファースト・アルバム『The Rutles』。そのテレビ番組自体がビートルズの歴史を完全にパロディ化したもので、このアルバムの収録曲も全てがビートルズの何らかの曲のパロディになっている。

The Rutles (1st).jpg The Rutles 『The Rutles』

元々がその番組のための架空のバンドなので(劇団モンティ・パイソンからのエリックは楽器が弾けず、番組ではビートルズでのポールに相当する役を演じていたが、レコードの演奏には参加していない)、その番組とアルバムが彼らの遺した作品の全てだった。ビートルズのファンや評論家からも大絶賛されたにも関わらず、LPやビデオはすぐ廃盤になり、90年になって大量の曲を追加して別ジャケでCD化されたファースト・アルバム(上の写真)だけが一般的には彼らに触れる唯一の術だった…

…96年までは。
96年といえば、本家ビートルズの未発表曲を2枚組CD x 3種に亘って集大成した『Anthology』プロジェクト真っ盛りの時期。音楽ファンの間でビートルズ熱が再燃していた頃だ。その年の暮れに突然発表されたのが、そんなものがあり得るなんて誰も考えていなかったラトルズのセカンド・アルバム『Archaeology』だった。

Archaeology (Orig).jpg The Rutles 『Archaeology』

『Archaeology(考古学)』というタイトルが本家の『Anthology(傑作選)』のパロディならば、このジャケットも、88年に出た「ビートルズ十数年ぶりの新譜」として発表された『Past Masters Volume One』のパロディ。

Past Masters.jpg The Beatles 『Past Masters Volume One』

と、ここまで知ったようなことを延々書いてきたが、僕がリアルタイムで彼らのことを知ったのは実はここから。この『Archaeology』というアルバムを聴いてその虜になり、急いでファースト・アルバムやDVD(これはしばらく後に再発されてから)を買い集めたものだった。

それから11年経ち、廃盤だったこのセカンドアルバムが別ジャケで再発された。基本的に新譜しか取り上げないことにしている僕のブログで、この最高に楽しいアルバムについて書ける機会ができたということだ。

Archaeology (Reissue).jpg The Rutles 『Archaeology』

『Past Masters』が既に20年近く昔のアルバムになってしまい、この黒地に白抜きロゴのインパクトが薄れてしまったためだろうか、新装版のジャケは96年版の内ジャケに使われていた地味なメンバー写真に変更。

16曲入りのオリジナル盤に5曲のボーナストラックが追加されている。96年版の日本盤には4曲のボートラが収録されており、レココレ5月号のアルバム評には「ボーナス・トラックが5曲入りながら日本盤ではすでに4曲が入っていたので我々にはあまりおいしくない」と書かれているが、その日本盤のボートラ4曲のうち「It's Looking Good」(ファースト・アルバム収録曲の別バージョン)は今回収録されておらず、代わりにライヴ演奏の「Under My Skin」が入っている。なので、96年版の日本盤を持っている僕のようなファンでも、2曲の新曲(実際には「Under My Skin」は当時のシングルのB面曲だったようだが)が聴けるということだ。ちなみにそれらのボートラのうちの最初の曲「Lullaby」は、わずか30秒という演奏時間とそのナンセンスな歌詞から考えると、これはビートルズでいうと「The End」のパロディとして96年版のUKオリジナル盤にも入っていた曲なんじゃないかと思ってるんだけど。

しかしそれにしても、こないだ書いたティアーズ・フォー・フィアーズの再発版CDもそうだったけど、旧版に入ってたボートラの一部を新版に入れないってのはなんでかね。旧版を中古市場に流出させないようにってことなのか?買い替えじゃなくて買い増しになってしまうんで、ただでさえCDが増えすぎて困っている僕みたいな人には非常に不便なんだけどな。まあ今回のはジャケも違うし、旧版にはちゃんと綺麗な歌詞カードも付いてたから、旧版の全ボートラが新版に収録されていたとしても旧版を売っ払うつもりはなかったけどね。

アルバム冒頭の「Major Happy's Up And Coming Once Upon A Good Time Band」はそのタイトルを見ても容易に想像が付くとおり「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」のパロディ。「軍曹」を「少佐」に格上げし、「ペッパー」を語感の似た「ハッピー」に、そしてきっと67年当時に初めてこのタイトルを聞いた人たちは「なんて長ったらしくて変なタイトル!」と思ったに違いないビートルズの曲名のややこしさ感までも引き継いだ(しかも長いだけであんまり大した意味のないところがまたいい!)、タイトルからして実に秀逸なパスティーシュだ。

ビートルズの『Sgt. Pepper's』のアルバムがそうであるように、その曲からメドレーで繋がる2曲目は「With A Little Help From My Friends」を真似た「Rendezvous」(タイトルは似てないけどね)。この曲の歌詞は、『Anthology』プロジェクトで陽の目を見たジョンの未発表曲「Free As A Bird」について、きっとジョンなら他のメンバーにこんな風に言ったんじゃないだろうかと思わせる会話調になっている。この曲に限らないけど、ラトルズの音楽って、ビートルズについて(曲に限らず)沢山の知識を持っていれば持っているほど面白くなる、とても奥の深いものだ。もちろん、そんなマニアックなことまで知らなくたって、「この最初の2曲は『Sgt. Pepper's』の冒頭のパロディだな」ってわかるだけでも楽しいし、もっと極端なことを言えば、ビートルズのことなんて知らなくたって、これだけ彼らの名曲に似せて(単なる物真似でなく)作られたポップな曲の数々は充分に堪能できるはず。

このセカンド・アルバムは映像なし・音のみのプロジェクトということで、エリック・アイドルは不参加。それでもニール・イニスという人もモンティ・パイソン流のギャグセンスを持っているということがよくわかる歌詞もまた最高。例えばちょっと「Nowhere Man」風の3曲目「Questionnaire」では、街頭アンケートの立場でこんなことを歌っている。

 この低脂肪ダイエット・シャンプーについてどう思われますか
 1.ジャリジャリする 2.半分ジャリジャリする 3.全然ジャリジャリしない


まあ、ここだけ抜き出してもその可笑しさはよくわからないかもしれないけど、このどうでもいい変なものについての質問といい、意味のない紋切り型の選択肢といい、どういう答えであろうが自分はただの質問表なので気にしないという無表情さが面白い。

4曲目の「We're Arrived! (And To Prove It We're Here)」は、イントロの飛行機の着陸音のSE(サウンドエフェクト)で「Back In The U.S.S.R.」のパロディだとわかるが、演奏が始まってすぐにメンバーが笑ったりして、一旦演奏を止めてまたやり直す。これは、先述のビートルズ『Anthology』に演奏中にメンバーが笑ってしまっているものや演奏ミスをしてやり直しているものまでが含まれていたことのパロディ。しかしそれをわざわざこの冒頭にSEの入った曲でやるというのが可笑しい(失敗した演奏にSEは被せないだろうが!・笑)。そのギャグがやりたかっただけの曲なんだろうなということがよくわかる歌詞がまた笑わせる(タイトルどおり、「俺たちは到着した!俺たちがここにいるってことを証明するために」なんてことを繰り返してるだけ)。

だめだ、このまま全曲解説してしまいそうだよ(笑)。こんなの読んでるだけの人にはちっとも可笑しくないだろうから、あと2〜3曲だけにしとくね(まだあるのか、って思った人がいるね?でも延々と全21曲について書くよりはマシでしょう)。

順番はバラバラになるけど、96年版でも07年版でもボートラとして収録されている18曲目の「Baby S'il Vous Plait」は、ファースト・アルバムに入っていた「Baby Let Me Be」のフランス語バージョン。これは、ビートルズが初期のシングル曲をドイツ向けにドイツ語でも録音していたことのパロディ。本家と違うのは、このフランス語バージョンの歌詞は「僕フランス語がわからないから、英語でしゃべってください」とか言ってるだけってこと(笑)

14曲目「Shangri-La」のイントロでちらっと奏でられるメロディがあるんだけど、これはこの96年当時破竹の勢いだったオエイシスの「Whatever」という94年のヒット曲のメロディに聞こえる。でも実はこれ、ニール・イニス自身が73年に発表した「How Sweet To Be An Idiot」という曲のメロディと全く同一。こんなところでこそっと「みんなが好きなあのヒット曲、実は僕の曲のパクリなんだよ」って言ってるみたい。この「Shangri-La」は後半「Hey Jude」風の盛り上がりを見せるんだけど、そこでニールがまたさっきのメロディを(今度は「Whatever」の歌詞付きで)歌うのが痛快。

アルバム本編の最後となる16曲目の「Back In '64」は、そのタイトルから連想できるように「When I'm 64」のパロディ。出だしこそくすっと笑わせる歌詞だけど、これは(ビートルズの時代でもあった)64年を懐かしむしみじみとした歌詞を持った曲。ああ、笑わせるだけでなく、こんなしんみりした気持ちにもさせてくれるんだと、また感心。

さっきも書いたけど、この人たちの魅力って、ビートルズのことをよく知っていれば知ってるほどよりよくわかるんだけど、だからといって敷居が高い音楽じゃない。今さらビートルズ、なんて思ってちゃんと聴いていない人もいるかも知れないけど、逆にこっちから入ってみて、元ネタとしてのビートルズにたどり着くというのもアリかも。ボートラ以上に今回の新装版が魅力的なのは、その値段。今回はEMIゴールドという、EMIの廉価レーベルからの発売なんだけど、上にアフィリエイトしたアマゾンでも1171円。僕はオークランドで新品未開封を700円弱で手に入れたよ。

The Rutles (1st - Orig).jpg The Rutles 『The Rutles』

今回この記事を書こうとしていろいろ調べてて気づいたんだけど、彼らのファースト・アルバムがオリジナルのデザインで紙ジャケで再発されていた。LPに付属していた16ページのブックレット付きだって。僕はもう紙ジャケにはあまり惹かれないんだけど、これは欲しいな。あ、でも音源は今僕が持ってるものと同じで、リマスターもされてないのか。どうせならリマスターしてからLPと同じ曲順にすればいいのに。しかも3192円!『Archaeology』の良心的な価格設定に比べて、何だよこれ。ちょっとなにかとケチがつきすぎて気が引けてしまうなあ。まあでも、自分の持ってるCD/レコードしか写真を載せないという縛りのこのブログに写真を載せてしまったからには、買うしかないか。廃盤になるまでに買って、自分でオリジナルLPの曲順に入れ替えたCD-Rを作ってこのジャケに入れておこうっと。
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2007年07月14日

異論な意見

海外に住んでいて不便なことのひとつが、日本の雑誌がオンタイムで手に入らないこと。書店の通販とかを利用すればいいんだろうけど、たかだか数百円の雑誌にプラス数百円の送料(しかも毎月)出すのもちょっと気が引けるし。なので、自分が日本に出張に行ったときや、逆に日本から出張者が来るときなどに、気になるバックナンバーも含めて入手することにしている。

レココレ7月号6月中旬に発売になっていたレコード・コレクターズの7月号をつい先日手に入れ、これで5月号の60年代から3回連続だった「ロック・アルバム・ベスト100」が全部揃った。レココレのこの特集については、sugarmountainさんがご自分のベスト25について語っておられる興味深い連載(?)に発展させられているし、クロムさんもこの7月号が出てすぐの頃に記事で(皮肉を込めて辛辣に)言及されているので、一ヶ月も経った今頃になって僕がそれについて書くのもえらくマヌケな感じだけど、今週末に書こうと思っていた別の記事の構想がうまくまとまらないので、息抜きにこの話をすることにしよう。

選出された80年代の100枚のうち、自分でLPないしCD(あるいは両方)を持っているのが56枚(レンタルで借りてカセットで持っているのを含めると62枚)。カラーページに載ったトップ35に関して言えば、27枚(カセット含めると29枚)を持っている。5月号、6月号の同じ特集に比べても、格段に愛着の持てるリストだった。やっぱり自分は80年代から洋楽を聴きはじめたんだと実感。

こういう企画って、それぞれの雑誌のカラーが出ているのが面白いんだし、いろんな人がそれぞれ違った趣味の観点から選んだアルバムが合致しないのは当たり前だから、選ばれた100枚(3号合計で300枚)についてあれこれ言うのも筋違いだと思うんだけど、洋楽雑誌というもの自体にどんどん勢いがなくなってきている中ではまだかなりの影響力を持っていると思われるこの雑誌が「創刊25週年企画! ○○年代ロック・アルバム・ベスト100」と題して発表するからには、もう少し「なるほど、流石レココレ」と言われるようなものになってもよかったのにな。

この7月号の読者からのお便りのコーナーでも、6月号で1位に選ばれたアルバムや選出方法自体に対する疑問の声が上がっているが、選出方法についてはもう少し考えた方がよかったんじゃないかなと僕も思う。せいぜい数十人とかが読んでるだけの僕のブログで「去年のベスト10アルバム発表!」とかやってるのとは違うんだから。まあ、そういう声を掲載するということは、雑誌側でもそういう問題をちゃんと認識しているということなので、それは充分評価に値すると思うんだけどね。

例えば、「80年代を代表するブルース・スプリングスティーンのアルバム」は、彼の創作意欲がピークに達していた「The River」でも全世界的なメガヒットになった「Born In The U.S.A.」でもなく、彼が言葉に重きを置いたシンガーソングライターに回帰し、アコースティックギターの弾き語りをカセットレコーダーで録音した「Nebraska」なのだろうか?

先の読者の声でも指摘されていたけど、毎月80位台ぐらいのアルバムって、誰か一人の評論家が1位ないし高得点をつけたという理由でその位置にランクインしていると思われる。そう思って「選定者アンケート」の方のページを見てみると、萩原健太さんがこの「Nebraska」を1位に選んでいるね。きっと彼以外にこのアルバムを選んだ人はいなかったんだろう。でも、60〜70年代ポップス/ロック愛好家の彼がそのページに自ら書いているように、彼は明らかに80年代の音楽を好んで聴いてはいないのに、その彼がやむなく(?)選んだアルバムがこうして選出され、その同じアーティストが残した(一般的にはより評価の高い)別のアルバムが100位以内に顔を出してもいないことに、他の評者や編集者の誰も疑問を抱かないのが不思議。

他にも80年代を代表するという意味では、70年代にはまだデビューしてなくて、90年代には消えてしまったようなアーティストも沢山いて、そんな中でも、当時評論家の評価もそれなりに高かったし、ヒットもしたアルバムがいくつもあると思うんだけど。例えば、ヒット曲「Come On Eileen」だけでなく全体を覆うケルト風味がいかしたディキシーズ・ミッドナイト・ランナーズの『Too-Rye-Ay』や、ティアーズ・フォー・フィアーズの初期の2枚のアルバムを落選させてまでも、レココレという雑誌は本当にディスチャージの『Why』と『Hear Nothing, See Nothing, Say Nothing』を2枚ともを自分の雑誌が選ぶベスト100に入れるべきだと考えたのだろうか。

いや、ディスチャージのその2枚、僕も両方持ってるけど、確かにハードコア・パンクの名盤だと思うよ。別にその2枚に文句をつけたいわけじゃない。でも、この雑誌のカラーということを差し引いても(特に普段からハードコアをプッシュしている雑誌でもないけど)、もうちょっとバランス感覚を持ってやった方がよかったんじゃないかなあ。

なんだか文句ばかりになってしまって、きっとクロムさんあたりからは「そんなに音楽雑誌や音楽評論家に期待する方が間違ってる」なんて言われそうだけど、僕が今でも毎月買い続けている唯一の雑誌として(ミュージック・マガジンは今年に入ってついに四半世紀に及ぶ連続購読を停止)、もう少し読み応えのあるものにしてほしいと思うから。


さて、これだけでも充分長い記事だけど、せっかくだからレココレのランキングからは落とされた80年代の名盤のことにでも少しだけ触れようかな。去年2枚組のデラックス・エディションとして再発されたばかりなのを、先週750円相当という超安価で入手できたので、その自慢がてら。

Songs From The Big Chair  Deluxe Edition.jpg Tears For Fears 『Songs From The Big Chair』

ファースト・アルバムでも既に確立していた、当時はまだ新鮮だった生音とシンセの音の組み合わせもさることながら、やっぱり曲自体の良さと(特にLPではB面に当たる部分の)構成の見事さが光る。どうしても「Shout」、「Everybody Wants To Rule The World」というヒット曲ばかりが目立つが、これは是非じっくり通して聴いてほしいアルバム。

今回の2枚組デラックス・エディションの1枚目には、オリジナルアルバム全部とシングルB面曲が入っているんだけど、びっくりするのは、どちらかというとポップなアルバム曲に比べて、シングルB面曲のアヴァンギャルドなこと。ロバート・ワイアットの「Sea Song」なんてマニアックな曲を取り上げてるし。テープの回転数をいじったと思しき「Broken Revisited」なんて、夜一人で聴くと恐いよ。僕は当時シングルまで追っかけるほど彼らのファンというわけじゃなかったんだけど、ヒットチャートで知った「Shout」とかのシングルを買ってB面の「The Big Chair」なんてとんでもない曲を聴いた人たちの呆気に取られた顔が目に浮かぶよ。僕はこれらの曲を聴いて、また彼らへの評価を高くしたんだけどね。

2枚目はアルバムからのシングルカット曲(なんと全8曲のアルバムから5曲もシングルカットされてた)のいろんなバージョン。さすがに同じ曲ばかり何度も何度も出てくるのでちょっと飽きてくる。こういうところが、同じデラックス・エディションでも貴重な音源を2枚目に収録したボブ・マーリーの『Catch A Fire』とかヴェルヴェット・アンダーグラウンドの『Velvet Underground & Nico』なんかとは格が違うね。

あと、一つだけ文句を言いたいのは、僕はこの06年盤の前にリマスターして再発されていたボートラ7曲入りの同じアルバムをCDで持ってるんだけど、今回20曲ものボートラが入ったこの2枚組を買ったら当然それら7曲は重複するので前のは売ろうと思ってたのに、なんと7曲のうち1曲だけは06年盤には未収録。そんなメチャクチャにアヴァンギャルドなB面曲でもないのに、なんで?2枚目に同じ曲のよく似たバージョンを何度も入れるぐらいなら、この曲を入れればよかったのに、なんでこんなことするかな。これでこの99年盤も持っとかないといけなくなったよ。かくして僕の家からCDは一向に減らず。

これ以上引き伸ばすと話がとんでもなく長くなるので、こちらもまた名盤であるファースト『The Hurting』の、かわいい“悩める子供”のジャケ写だけ載っけておこう。

The Hurting.jpg Tears For Fears 『The Hurting』
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2007年07月08日

LPと算数 Nick Lowe 「At My Age」

今日は、しばらく前に入手したニック・ロウの新譜の話をしつつ、ちょっと別件にも触れることにしよう(と、のっけから脱線宣言)。

At My Age.jpg Nick Lowe 『At My Age』

前作『The Convincer』から6年ぶり。その3年前の『Dig My Mood』あたりから続く、ゆったりとした大人の音楽路線を今回も踏襲。本人は別に三部作のつもりで作ったわけじゃないだろうけど、主要メンバーはずっと固定、全12曲入りで40分弱というハンディなサイズも同じ、ジャケの雰囲気も(イラストになったり実写になったりだけど)なんとなく似ている。

今回目立ったゲスト・プレイヤーは、『Dig My Mood』のもう一作前にあたる『The Impossible Bird』とそのツアーに参加して、格好いいテレキャスターを弾いていたビル・カーチェンが(何故か6弦ベースで)一曲に、また、四半世紀以上前にニックがデビューシングルをプロデュースした縁で(?)プリテンダーズのクリッシー・ハインドがコーラスで別の一曲に参加。

ブリンズレー・シュウォーツの頃ほど泥臭いアメリカン・ミュージックに傾倒しているわけでもなく、70年代後期〜80年代のソロアルバムのようにポップな勢いがあるわけでもない。声もかつてのクルーナー・ヴォイスの面影を残しているものの、最初ちょっとびっくりしてしまったほどの老人声になっている。今年58歳になったはずだから、老人ってほどじゃないよね。酒焼けなんじゃないか。

と、まずネガティブな書き方をしてしまったけれど、やっぱり僕は彼の書くこのメロディーには抗えない。同傾向のミュージシャンでいうと、例えばエルヴィス・コステロやグレン・ティルブルックが作る、五線譜上を暴れまわるような魔法のメロディーってわけじゃないんだけど、このちょっと気の利いたクールな感じのメロディーは、でしゃばらないのに存在感があるという彼の立ち位置に通じるものがある。

前作の「Homewrecker」、前々作の「Faithless Lover」と、アルバム冒頭を陰気な曲で始めるという試みはもう今回は止めたようで、だけどちっともアルバムのオープニングっぽくない「A Better Man」で幕を開けるところは、なんだか本当にパブでさっきまで飲んでたおっさん達が「さて、やるか」って感じで演奏を始めるような趣。カントリー調、ジャズ風と今回もいろいろ演っているが、今のところの僕の一番のお気に入りは、先述したクリッシー・ハインドが参加した「People Change」かな。言われなくても彼女とわかるこのプリテンダーズ風コーラス。

実は僕はこのアルバムをLPで買った。イェップ・ロック・レコード(Yep Roc Records)のサイトでの限定枚数発売。なんと発売日前に予定数完売したようで、予約しておいてよかった。ちゃんと発売日よりも一週間も前に届いたし。5月26日の記事「究極のパッケージ」で書いたシアウォーターのアルバムと同じく、180グラムの重量盤、それに、アルバム全曲のMP3音源が無料でダウンロードできるコードも付いている。更に、イェップ・ロックのサイトでこのアルバムを買うと、さっき書いた前作・前々作から数曲のサンプラー(これは僕は持っているので有難味なし)と、「(What's So Funny About) Peace, Love & Understanding」の未発表アコースティック・ヴァージョンのMP3音源まで付いてくるという太っ腹。なので、僕は家でこのアルバムを聴くときはA面B面各6曲のLPで聴き、車で聴くときは「Peace, Love & Understanding」がボートラとして入ったCD-Rで聴いている。

思えば20年ほど前、LPがCDにどんどん置き換わっていた頃、「こんな、ジャケットの写真もよく見えなくて、裏ジャケには曲名しか載ってなくて(そういうのが多かった)、オモチャみたいなプラスチックのケースに入ったメディアなんて嫌だなあ」って思いながらも、時代の趨勢に揉まれて次第にそれ(CD)が普通だと思うようになっていたんだけど、5月26日の記事にも書いたように、僕にとっては今回のような形態は究極の解決案。ジャケはでかいし、LPで音が聴けるし、CD-RやMP3プレイヤーでも聴けるし、PCでコピーもできる。しばらく前に各CDメーカーがCCCDなんてものを作るのに躍起になっていたことを考えると、隔世の感があるよ。こういうタイトルがどんどん出てくればいいのにな。


ところでここからが別件。いや、話としてはつながってるんだけどね。最近よくコメントを入れてくださるようになったアキラさんのナスのブログで(タイトルをちゃんと書け!byアキラ)、僕の記事について触れていただき、そのコメント欄で質問されたことがあったんだけど、答えているうちに長くなりそうだったんで、こちらで記事に組み込むことにしたというわけ。

ご質問は二点。
LPは音がいいのか? と、LPは内周より外周の方が音がいいのか?

あらかじめ断っておくと、僕はそんなに凄いオーディオマニアって訳じゃないから、あくまでも僕の目(耳?)から見た観点でしか書けないんだけどね。ではまず前者から。のっけからなんだけど、これは「いいこともあるし、悪いこともある」と、なんだかはぐらかしているような回答。

レコードって、塩化ビニールの板にデコボコの溝をつけて、それをダイアモンドの針でなぞって音を出しているのが原理。アナログだからビニール板の状態や針の精度などに音はかなり左右される。そのあたりの条件がきちんと揃えば、デジタル変換されたCDの音とはかなり違う音が出てくるはず。原理的にはフォノイコライザーの特性から、CDと同じく20kHz以上の音は再生されないはずなんだけど、でもそれなりのシステムで聴くと、聴感上なにかが違うのはわかる。僕は数年前に自分のシステムをスーパーオーディオCD対応にしたんだけど、そのときにLPの音も明らかに変わったのを覚えている。ということは、周波数の数値的には変わらなくても、LPはCDに収録されている以上の音を出しているはず。

逆に言うと、いい加減なシステムで聴くレコードと、ちゃんとした音を出すために設計されたCDプレイヤーを聴き比べたら、それは当然CDの方が音がいい訳で、だからさっきの曖昧な回答。ホコリだらけ・傷だらけのレコードは一般的に音がいいとは言わないしね。

180グラム盤とかの重量盤の何がいいかというと、薄い盤だと多少は裏側のデコボコがこっち側の溝をトレースする際に影響が出てくることもあるのと、やっぱり分厚いと盤自体が反ったりしにくいってのはあるね。

次に、後者の質問。これは簡単な算数の問題。通常のLPの場合、針が盤上のどの位置にあろうと、1分間に33回転するというスピードは変わらない。直径約30センチのレコードの一番外側の円周は94センチ(実際には一番外側には無音部分があるけれど、ややこしいのでこうしておく)。一方、真ん中のレーベルとその周りの無音部分約12センチを除いた一番内側の円周は38センチ。ということは、外周部分はレコードが一回転する1.8秒の間に94センチ分もの溝を使えるのに対して、内周部分はその4割の38センチしか溝を割り当ててもらえないということ。同じ1.8秒分の音楽を録音するのに、どちらがより沢山の情報量を詰め込めるかは明白、と。

ちなみに、DJさん達がよく使っている、同じ30センチ盤でも45回転の12インチシングルという代物があるが、あれも同じ理屈で、94センチの外周に通常の1.8秒でなく1.3秒分の音楽が録音できる(言い換えると、同じ1.8秒分の音楽を録音するのに、約1.4倍の130センチの溝が使えるということ)。盤の大きさが同じなら、33回転より45回転の方が音がいいというのはそういうこと。

なんだかややこしい話になったかな。まあ、アキラさんのご質問はここから、「最後の曲は捨て曲か?」というところに行き着くんだけど、これについては僕がかつて持論を1月21日の「喰いしん坊 バイバイ」という記事に書いたとおり、

A6:B面に期待を持たせる、結構重要な位置。ちょっと異色な曲を入れることもある。
B5:ラスト前のムードメイカー。最後の曲にうまくつなげる意外と重要な役。
B6:アルバムの余韻をもたらす重要な位置。


と、やっぱり常識で考えるとあんまりそこに捨て曲は入れる人は少ないだろうね。でも実際には、片面30分もびっしりと入っているようなLPならともかく、普通の人が普通の環境で聴いている限りにおいては、そんなに顕著な差があるわけではないと思うんだけどね。

ほんとはこの後、MP3とかの圧縮音源の話もしようと思ったんだけど、もう充分長くなってしまったので、今日はここまで。なんだかすっかりこの後半部分の方がメインみたいな記事になってしまったね。まあ、たまにはこういうのもアリかと。さっきからずっとかけているニック・ロウの音楽は、こういう話を考えているときにも実に心地良く響くし、と無理矢理まとめてみたり。



<7月13日追記>

1977年のニック・ロウ
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2007年のニック・ロウ
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2007年07月02日

奇跡の軌跡

目立たなかった訳ではないけれど、気に留めていなかった。
僕にとって去年までの彼女はその程度の存在だった。
なのに、なぜだかどうしても今は気になってしまう。クラスの他の子たちと楽しそうにはしゃいでいるように見えて、次の瞬間には心がどこかに飛んでいってしまっているような。
授業中も何か別のことを考えているように見えて、でも先生に当てられたらソツなく答えているけれど、
彼女の本質は教室をずっと離れたどこかにあるような、そんな気がしていた。

彼女がいつも一緒に帰っている友だちが欠席したある日の帰り道、
僕は彼女に後ろから声をかけてみた。

「ねえ、ちょっと」
彼女は振り返らない。
すれ違った人がくすくすと含み笑いをしている。
完全に無視されている僕がよっぽどみじめに見えたんだろう。
ムキになって彼女の肩に手をかけた。
「待ってよ!」

ぎくっとした表情で振り返った彼女のロングヘアから
イヤフォンのコードがのぞいた。そういうことだったのか。
「ごめんなさい」
そういいながら彼女は慣れた手つきで両耳からイヤフォンをはずすと
「なに?」と穏やかに尋ねた。

「なに?」と訊かれても、とりたてて用事があったわけではない。
ただ、無視されていると思った意地から強引に話しかけてしまっただけなので
急いで話題を探した。
「何、聴いてたの?」

「これ?ブラインド・メロン」
てっきりバンドブームで雨後の筍のように出てきた日本人のバンド名かアイドルの名前が出てくると思い込んでいた僕は、彼女の思わぬ返事に驚いたが、水を得た魚のように話し出した。
「え?そんなの聴くの?いいよね、シャノン・フーンの声!」
「知ってるんだ、ブラインド・メロン」
「まあね」
大人びた彼女と共通の話題を持てたこと、しかもそれが自分がもっとも得意とする洋楽というジャンルだったことで僕の心は高揚していた。
彼女はそんな僕の気持ちに気付かないようでため息まじりにこうつぶやいた。
「なんで天才って生き急ぐのかしら?もったいないわよね」
「 …どういう意味?」

その瞬間、彼女は息を呑んで立ち止まり
あわててイヤフォンを耳に戻すと
「じゃあ」と言って小走りに駅へ向かっていった。

それが彼女と会話らしい会話をした最初だった。
1994 年、 10月のことだった。




休日をはさんだ次の日、教室に彼女の姿を見つけた僕は思い切ってまた声をかけてみた。

「ねえ、他にはどんな音楽が好きなの?」
「どんなのって・・・」
彼女はなぜか警戒しているように見えた。言いよどんでいるようだったので自分から水を向けてみた。
「やっぱり邦楽とかは子どもっぽくて嫌いなんでしょ?」
「そういうわけではないのだけど、前はよく聴いてたし・・・」
「前はどんなのを聴いてたの?」
矢継ぎ早に質問する僕に、彼女はため息をひとつついてから質問を返してきた。
「どんな音楽が好きかってことが、その人となりを最も雄弁に語るとか思ってる?」
「そういうわけではないのだけど・・・」
今度は僕が口ごもる番だった。確かによく知らない彼女に質問攻めは悪かったと思う。

うつむいた僕を気遣うように、彼女は言葉を続けた。
「あのね、音楽は全般的に好き。邦楽も洋楽も。でも、邦楽は現在のところ新鮮に感じないから今は洋楽をよく聴いてます。これでいい?」
なんとなく変な言い方だと思ったけれど、彼女の語気が柔らかかったのでどこかほっとした。
そして僕たちは、たまに会話をする間柄になった。その大部分は僕が持っているCD についてだったけれど。

やがて秋も過ぎて2 学期の期末テストが終わり、終業式が近づいてきた。
僕の関心はクリスマスに彼女をどうやって誘うかに占領されている。やはりここは適当なバンドのライブに誘うべきか、あるいは普通に映画でも見るか、この際目的はなんでもいい。この日の彼女を独占できれば、僕は彼女にとって目下一番近い存在であると言えるのではないかと思っていた。これまでと比べたら、彼女と僕との距離はぐっと縮まったけれど、相変わらず彼女の心がどこか遠いところにあるような雰囲気は続いていた。その不安を払拭したかったからだ。

ここは小細工なしで誘ってみると決めた。
「24 日は何してる?よかったらどこかに一緒に行かない?」
彼女は初めて僕が肩に手をかけたあの日のような、ぎくりとした顔をした。あの日初めてまじまじと見た、色素の薄い茶色の瞳が今日は何かを語ろうとしていた。

「あのね・・・今日、時間あるかな?」
意を決したように、彼女は切り出した。




ハードロックのかかる喫茶店のカウンターで
僕たちは並んで座っていた。
深刻な話をするにはちょっとうるさすぎるように思ったけれど
彼女がここを選んだのだから黙って従うことにした。

「あのね、驚かないでほしいんだけど」
「うん」
「私ね、28 歳で子どもがいるの」
「へ?」
もう少しでスツールから転げ落ちるところだったが、どうにか持ちこたえた。どこからどう見ても彼女は16 歳の普通の・・・確かにどこか大人びてはいるけれど女子高校生にしか見えなかった。

「ええと・・・」
「驚くなっていうほうが無理よね。私にもよく分からないのだけど、身体は多分16 歳に間違いないと思う。ある日、目が覚めたらこうなってたの」
「ごめん、もうちょっと分かりやすく教えてくれるかな・・・」
「うん、あのね、私は高校も出て大学も行って就職もして、そしてある人と出会って結婚して子どもも産んだ普通の主婦だったの。だけど、ある夜、いつものように子どもを寝かしつけてうっかり自分も眠ってしまって、お茶碗洗わなきゃ!って目覚めたら、実家の自分のベッドの上だったの」
「・・・うん」
「で、あれ?今、帰省してたっけ?と思って起きてみたら壁には見慣れた制服がかかっていて、リビングに降りていったら若々しい父と母がいて『早く着替えて学校に行かないと遅刻するよ』って言われたの」
「・・・それで?」
「何がなんだか分からなくって、とりあえず自分の部屋に戻って、鏡を見たら私もなんだか若くなってて、制服を着てみたらぴったりだったのね。だから高校に行ってみたの。そしたら友だちもみんな若くなっていて、 12年前とまったく同じ風景が広がっていた。誰も何もおかしいと思ってなくて、私にとっての衝撃的な『今日』が、みんなにとっては普通に昨日から引き続いている『今日』だったことに気付いたの。だから・・・その日は早退してみて、家でじっくり考えてみた」
「うん」
「私の夫は、子どもは、そして28 歳の私はいったいどこにいってしまったんだろうって、ずっと泣いてた。もうあそこには戻れないのかって思うともう悲しくて悲しくて・・・。でも、あることに気付いて諦めることができた。私がもういちどあの 12年を生きたら、またあの 28歳の私に戻れるはずだって」

「ええと、つまり、君は、この先の 12 年をすでに生きたって意味であってる?」

あまりの衝撃で頭にもやがかかっていた。しかしおぼろげながらも、僕は彼女の言葉を理解したのかもしれない。

「そう、最初に会話した日のこと、覚えてる?シャノン・フーンはね、来年死んじゃうのよ」
コーヒー牛乳はコーヒーと牛乳で作るのよ、くらいのなんでもないことのように彼女は僕にそう教えてくれた。




いつものひとつひとつ言葉を選ぶ彼女と違って、今日は饒舌だった。そうか、いつもは変なことを言わないように、頭の中で時代を判断していたのか。本当の彼女はおしゃべりで明るい人だったのかもしれない。

「私、考えたの。 28 歳の私に戻るためには私が生きた12 年を忠実になぞった生き方をしなくちゃって。友だちと普通におしゃべりして12 年来の親友になって、前と同じような成績をとって同じ大学に合格して、前と同じような人生を送らないとって。そうじゃないと、親友の同僚だった私の夫と出会うことができないもの」

僕は彼女の言葉を聞きながら、もうすっかり振られた気分になっていた。彼女の心を掴んでいたのは、彼女に一番近い男は、他でもない 12 年後の彼女の夫だったとは。

「でも、それって思っていた以上に難しいことだった。音楽のこともそう。私が昔聴いていたのは邦楽が主だったんだけど、28 歳になるころにはもうほぼ懐メロ扱いになって、『90 年代特集』なんて言われて何度も取り上げられるくらだから、正直飽きちゃってた。だから当時あまり聴いてなかった洋楽を聴いたりもしてた。こんなことしてたら未来が変わってしまうかもって分かってるのに、退屈に耐えられないのよね。ダメだわ、私って」

僕は恥ずかしながらもずっと気になっていたことを思い切って聞いてみた。
「あのさ、下世話なことを言うようだけど、競馬の結果とか株価とかそういうのを利用すれば君は億万長者にだってなれるんだよね?」

「あはは」彼女は手をひらひらさせながら笑って言った。
「競馬も株価もよく知らないから覚えてないわ。第一、私はそんなものには興味がないの。私の目的はあくまでも現状維持、っていう言い方も変か。あの28 歳の私に戻ること。そんなカルト的な能力で富を得たりして普通の幸せが望めるわけもないでしょう?ごく普通の男である夫が、そんな気持ち悪い女に近づいてくるはずないし」

「君は本当に旦那さんが好きだったんだね」
僕がそう言うと、彼女は残っていたレモンティーを一気に飲み干して言った。
「あの人と結ばれない限り、子どもには絶対に会えないからね」
彼女の目の端から光が一筋こぼれだした。

「今だって、あの人がどこにいるのかは知ってる。私のことは知らないわけだけど、会いに行こうと思えば会うことだってできるの。でも私はそんなことはしない。気持ち悪いストーカーだと思って嫌われたら困るから。あと、今の私にとって彼に対する思いはそれほど強くないというのもあるわ」

彼女が言外に何を言おうとしているのか、なんだか分かるような気がして、でもそれを口に出すのはおこがましいような気がして黙っていた。彼女の次の言葉をうつむいて待っていたが、いつまでたっても沈黙が、いや正確にはハードロックの爆音だけが続いているので顔をあげると、真剣なまなざしの彼女がいた。

「ねえ、私がこんな大事な話、どうしてあなたにしたと思う?」

そういえば、以前過ごした 12年を平穏になぞろうとしている彼女にとって、部外者である僕にこんな秘密を話すのは危険すぎる行為だった。彼女は続けた。

「あのね、あなた神戸におばあちゃんがいるでしょう?」

何か僕にとって嬉しいような言葉が続くと期待したのに、いきなり投げつけられた突拍子もない台詞に面食らった。確かにそうだけれど、それがいったい何の関係があるんだろう。

「今年のお正月は、どんなことがあってもおばあちゃんをこっちに呼び寄せて、それか家族旅行に出かけてください。お願いだから」
「え?いきなり何を言い出すのかと思ったら」
「お願いだから、お願いだから言うことを聞いて。私の言葉がどんな意味を持つか、なんとなく分かるでしょう?だからお願いします」

カウンターに額を付けて同じ言葉を繰り返す彼女を前に、僕はオロオロするばかりだった。

クリスマスどころか、冬休みの間、一日も会わずに僕たちは過ごした。学校が始まっても、彼女は僕を避けていた。ただ一日だけ、彼女が僕に話しかけてきた言葉がこれだ。
「おばあちゃんは?」
「お袋と熱海に温泉旅行中」
「そう、よかった」

そして僕たちが生きる時代の1995 年1 月17 日がやってきた。おばあちゃんの家は潰れて燃えてしまったけれど、僕たちは生きている。彼女が教えてくれた未来では、神戸のおばあちゃんが正月に餅をのどに詰まらせて亡くなり、その葬式に出かけた僕は震災の犠牲になったのだという。彼女は愛する子どもと出会えない危険をおしてまでも、僕の命を選んでくれた。彼女は言った。

「 28 歳の私と私の子どもは、こことは違う世界で今も幸せに暮らしていると思うことにした。私にはすでに生きた未来をなぞる生き方はできないの」

あの日以来、彼女は沈んで見えた。僕はその理由を、未来を操作してしまった罪悪感や後悔だと思っていたけれど、どうやら少し違うらしい。彼女の記憶によって僕の家族という命を救ってくれたけど、他の救えなかった多くの命のことを考えて苦しんでいるようだ。彼女の生きた 12 年、いったいどれほどの事件が起こってどれほどの命が消えたのだろうか。そして毎回毎回、彼女はその日を黙ってやりすごす苦しみに耐えなくてはならないのか。

相変わらず、彼女は僕を避けている。もう、彼女から僕にしてやれることは終わったという意味だろう。そもそも28 歳の精神を持つ彼女の人生に、16 歳の僕など入り込む余地があるはずもない。僕たちは以前のように、ただ同じ時間に同じ黒板を眺めるだけの間柄に戻ってしまった。

けれども、僕はここにいる。彼女が生きた12年にはいなかったはずの僕がここにいる。彼女が僕という歯車をこの世に残した以上、何もかもが予定された通りにはならないはず。それが無理だったとしても、せめて彼女の孤独感だけでも埋められる存在でありたい。

そして1995 年7 月、僕はやっと彼女に話しかけるきっかけを掴んだ。
「ブラインド・メロンの新しいアルバム出たね!」
「そうね、変なジャケ。なんでおじいさんなのかしら?」
まるで初めて見た人のように彼女はそう言って、僕に笑いかけてくれた。
「知ってたくせに」
「それが違うの。本当にあのジャケ、見たことがなかった」
僕が話しかける少し前から、彼女の生きた軌跡が少しずつずれ始めていることを感じていたのだという。彼女は『未来という過去』と完全に決別し、『過去になった未来』を生きる呪縛から解放されつつあったのだ。




そして僕たちの 12 年が過ぎ、僕の前には相変わらず彼女がいる。

「28 歳、おめでとう!やっと精神年齢に身体が追いついたって感じ?」
「精神年齢は、現在40 歳かもしれないけどね。まあ、このくらいの年齢になるとみんな『自称28 歳』になるらしいから、これでいっか?」
「いいと思うよ。僕は別に40 歳でも構わないし。っていうか今さらだよね。こんな台詞も」
「うん、ありがとう。じゃ、そろそろ行こうか」

そうして僕たちは部屋を出た。 1995年に亡くなるどころか、その後もずっと元気に歌い続けているシャノン・フーン率いるブラインド・メロンの来日コンサートに出かけるために。


おわり



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この文章は、僕のブログの一周年記念にと、大切な友達が素敵な記憶のリボンをあしらって送ってきてくれたものです。しばらく一人で楽しんでいたんだけど、やっぱり独り占めするには惜しくなり、皆さんにも読んでもらおうと思ったので、ちょっと時期を逸してしまったけれど、公開することにしました。下の方に埋めるけど、誰か気づいてくれるかな。
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2007年07月01日

ジミオン一周年記念対談

yas:今日でこの地味音楽の小部屋をオープンしてちょうど一年。ちょっといつもと趣向を変えて、このブログで時々歌詞の翻訳をしているやっさんを招いて、この一年を振り返ってみることにしよう。

やす:まいど。今日はよろしゅう頼むで。

yas:こちらこそ。いやー、なんとか一年もったね。

やす:そやね。記事どれぐらい書いたっけ?

yas:92。最初の半年で60記事だからちょうど一ヶ月平均10個ずつで、今年に入ってちょっとスローダウンしてからは平均5個ずつぐらいだね。

やす:あんな長文を毎月10個も読まされる方の身になってみたんやな。偉いで。

yas:いや、そういう訳でもないんだけど…

やす:そやけど、いっつもコメント書いてくれはる人がぎょーさんおって、嬉しいよな、ほんまに。

yas:そうなんだよね。あのコメントがあるから続けてられるようなもんだよ。最初の頃こそ例のひそ窓界隈の人たちはコメントしたくても記事に書いてあることの意味がわからなくて四苦八苦していた人が多かったようだけど、最近は皆さんすごいよね。ちゃんと音楽についてコメントしてくれてるし。

やす:あとは、記事中の一文を手がかりに、流れるようにマイフィールドに持っていく人とかな。流石やで。

yas:まあ、あれはあれでまたそこから会話が発展するから楽しいんだよ。コメント数もわりと各記事コンスタントに10から20ずつぐらいかな。たまに多いのや少ないのもあるけどね。

やす:yascdの回は多いな、なんでか知らんけど。なんで?

yas:いや、それはノーコメント…って、どうして僕のことを陥れようとしてるんだよ、同一人物のくせに!

やす:お前こそ、俺らが同一人物やてばらしてどないするんや!

yas:みんな知ってるよ、そんなこと!

やす:さよか、ほなええわ。あとコメントの数のこと言うたら、一つだけバケモンみたいなのがあるやん。

yas:「喰いしん坊 バイバイ」ね。今現在114コメントかな。世界で一番クックーについて詳しい文献となりつつあるね。最近かえでさんがちょっとお忙しいようで中断してしまってるけど。

やす:まあ、もともと2010年頃の完成予定やったし、またそのうち再開するやろ。

yas:このブログ自体が2010年までもてばね。



Tamas Wells


yas:アクセス解析もチェックしてるんだけど、わりと安定した数になってるよ。もちろん記事を上げてすぐは伸びて、しばらく書かないと落ちるんだけど。

やす:今までで一番多かった日っていつなん?

yas:2月17日。フォール・アウト・ボーイとジャックス・マネキンと一日に二つ記事を書いた日。あとあの頃はさっきのクックー記事も盛り上がってたからね。

やす:ほー。ほなこれから毎日二つずつ記事書いたら、アクセス数増えるな。どないする?

yas:どないするって、そんなことできるわけないじゃない。第一、さっきはあんな長文を毎月10個も読ませてとか言ってたくせに。

やす:そやな。ほんで、一番アクセス少なかった日は?

yas:12月19日。「1ルピー」の記事を書いた前日なんだけどね。それにしても訪問者数7人、ページビュー11だよ。

やす:何やそれ?お前のブログってそんな人気ないんかいな。

yas:失礼な。その日はシーサーが一日中メンテナンスしてたんだよ。

やす:それを早よ言え、アホ。

yas:悪い悪い。でもこの毎日の訪問者数と、常連のコメンターさんの数を比べてみると、結構な数のROMの人がいるんだろうね。もちろん一人で複数のパソコンや携帯から見てくれてる人もいるだろうから、「訪問者数=読者数」ではないのはわかってるけど。

やす:キンチョーするよな、誰が見てるかわかれへんっていうのは。

yas:そうだね、去年はびっくりするような事件もあったしね。

やす:ああ、あれやね。タマス・ウェルズの記事。えーと、10月29日か。

yas:そうそう。CDのライナーノーツを書いたご本人にコメントを頂けたんだもんね。あれは嬉しかったよ。

やす:来日公演実現させたい言うてはったけど、今度の8月の日本公演はやっぱりあの人がお膳立てしはったんやろね。

yas:きっとそうだろうね。いいな、ライヴ行きたいな。

やす:一本道さんに招待してもろたらええやん。なにしろアフィリエイトやらそれ以外であのCDの売上にはかなり貢献してんねんで。

yas:かなりってことはないよ。ずっと入手困難だったファーストもああしてボートラ入りで廉価で再発されるぐらいなんだから、きっとあちこちで話題になってるんだよ。

やす:そやな、お前がやっと苦労してボートラも入ってへんやつを高値で買うた直後に再発されたしな。

yas:…僕に何を言えば一番傷つくかよくわかってるね。さすが同一人物だよ。



GT & yas


yas:92個の記事の中で、どのアーティストをよく取り上げているかを調べてみたんだよ。記事全部をそのアーティスト(または二組のアーティスト)が占めている「大特集」、一つの記事の中に複数のアーティストが登場する「小特集」とに分けて。

やす:ふんふん、ほんまにお前って、数えんのが好きなやっちゃなー。こないだもなんやCDに入った曲数とか数えとったな。一体誰に似たんや?

yas:うるさいな。で、これが結果。

  一位:グレン・ティルブルック(大特集5、小特集0)
  二位:ペット・ショップ・ボーイズ(大特集4、小特集1)
  二位:ピンク・フロイド(大特集4、小特集1)
  四位:オカヴィル・リヴァー(大特集3、小特集1)
  五位:ダミアン・ライス(大特集2、小特集3)
  六位:ブルース・スプリングスティーン(大特集1、小特集4)

やす:なるほどな。まあ予想の範囲内やな。グレンの大特集5ってのは、あれやな、最初に来日決まった時と、それ受けて作った最初のyascdと、ライヴレポート3回か。

yas:そうだね。なんといっても去年の僕の音楽関係での最大のイベントはあの「グレン祭り」だったからね。あと、yascdにスクイーズを入れてるから、それも入れるともうダントツだね。次に同率二位のペット・ショップ・ボーイズとピンク・フロイド。

やす:どこが地味音楽やねんっちゅー面子やね。まあ、今時PSBなんてわざわざ話題にすること自体が既に地味かもしれんけどな。

yas:そんなことないよ。去年はスタジオ盤とライヴ盤と二つもアルバム出したし(しかも両方二枚組)、4月に行ったコンサートだってよかっただろ。そういう「過去のアーティスト」として認識されてるような人たちにあえて注目して、その良さを再認識してもらうのがいいんだよ。

やす:そういうもんなんか。まあ何やようわからんけど、こだわりがあるっちゅーこっちゃな。ピンク・フロイドが多いのはシド・バレットが死にはったからやな。

yas:まあ最初はそうだったね。あとは希少なジャケのLP見つけたり、「PULSE」のDVDが出たり、初期のジミオンは数回ごとにピンク・フロイドの記事ばかり書いてたような気がするよ。

やす:オカヴィル・リヴァーもコンサート記事と、それ前後の話やな。ダミアン・ライスは2回も特集したっけ?

yas:こないだ「9」を取り上げただろ?その前はNZのコンサートが中止になった話。

やす:なんや、あんなん数に入れてんのかいな。ずるいやっちゃな。

yas:いいじゃないか、別に。この人と五位のスプリングスティーンの小特集が多いのは、やっぱりyascdに何回も入れてるからだね。

やす:せやな、お前の選曲、ワンパターンやゆうて有名やしな。



Jose Gonzalez


yas:今もコンサートの話がいくつか出てきたけど、実はこのブログの名前を決めるときに念頭にあったのが、去年の7月21日に記事にしたホセ・ゴンザレスのライヴレポートだったんだよ。ブログ始める前からいくつか書きたいと思っていた記事のアイデアがあって、あれがその中でもメインだったからね。

やす:まあ、確かにあの人は地味やね。なんかまたNZに来るらしいやん。来月やったっけ?

yas:そう、来月の14日。もうチケット押さえたよ。9月には新譜も出るらしいから、沢山新曲演ってくれるんだろうね。楽しみ。

やす:他に誰かNZ来るん?えーと、確かボブ・ディラン来るよな。あとはキュアもフジロックに出稼ぎに来る帰りに寄っていくみたいやし。

yas:うん、ディランはどうしようか迷ってるんだけど、キュアはチケット出たら速攻で取りたいな。同僚の2メートルも行くって言ってるし。あとは、ライオネル・リッチーが来るって。

やす:ライオネル・リッチーって、元コモドアーズの?

yas:古いこと言うね。まるでマイケル・ジャクソンのことを「元ジャクソン5の」って言うようなもんだよ。

やす:ええやん。それで、ライオネル・リッチーのコンサートも行くんか?

yas:いや、特にファンってわけじゃないからね。

やす:ふーん。あの人、お父さんがドアーズのジム・モリソンなんやってな。

yas:え?そんな話聞いたこともないよ。第一、ジム・モリソンって白人じゃないか。

やす:いや、昔から、親がドアーズならコモドアーズって言うやん?

yas:………

やす:言えへん?

yas:…それが言いたかったがために、行く予定もないコンサートの話をこれだけ引っ張ったのか?

やす:さ、次の話題行こ、次の話題。

yas:もうないよ、次の話題なんて。今日はこれでおしまい。

やす:なんやもう終わりかいな。また記事が短いけどどうしたの?痔でも悪化したの?とか言われるで。

yas:僕は別に痔なんかないよ!それにもう充分長いって!そんな風にいつも自分の書いてるものを短いと思い込んでるから、だらだらと長い記事になって嫌がられるんだよ。

やす:嫌がられるって何やねんな。第一、書いてんのは俺やのうてお前やないか。それにな、ここら界隈には長い記事のときにはちゃんと読まんと1ゲットしてくれる頼もしい読者さんもいてはるから大丈夫なんじゃ。

yas:よくわからない理論だな、まったく。まあとにかく、こうして無事一周年を迎えることができてなによりだったよ。まだまだ書きたいと思ってる記事も頭の中に渦巻いてるし、これからもゆっくりしたペースでやっていくんで、読者の皆さん、どうぞよろしくお願いしますね。
posted by . at 09:17| Comment(23) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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