2007年06月10日

才能と商魂 Jeff Buckley

94年のジェフ・バクリーのデビューは衝撃的だった。あれだけ荒削りでありながら完成度の高いデビューアルバムには、そうお目にかかれるものではないと思ったものだ。ちょっと自分の過去のベストアルバム暦を見てみたら、エルヴィス・コステロの『Brutal Youth』、ユッスー・ンドゥールの『The Guide』と共に、僕はそのアルバムをその年のベスト3の一枚に選んでいた。そのときはあえてどれが一番と決めなかったんだけど、現在の目で見れば明らかにジェフの『Grace』がその中でもダントツだろう。あ、ちなみに例によって通常の日本語表記はジェフ・バックリィ。「ッ」の有り無しと「ー」と「ィ」の違いでそう発音が変わる訳でもないような気もするけど、一応雰囲気で。コメンターの皆様はお好きなほうでどうぞ。

Grace.jpg Jeff Buckley 『Grace』

「Hallelujah」が白眉だろう。冒頭、ジェフがすっと息を吸い込む音だけでそれを聴いている部屋の温度がすーっと下がるような感じがする。そして、イントロのギターを爪弾く一音で小さなロウソクにかすかな火が灯され、やがて曲が進むにつれてその炎が揺れ動いたり一面に燃え広がったりするのを見つめ続けているような、そんなイメージを僕は持っている。

レナード・コーエンの作であるこの曲、彼自身のオリジナルを始め、ジョン・ケイルのライヴ・ヴァージョン、映画「シュレック」に使われたルーファス・ウェインライトによるカヴァーなど、これまでに様々なヴァージョンを聴いてきたが、僕にはやはりこのジェフ・バクリーによるものが最も優れていると思われる。

ところで一応このブログでは、過去の名盤とかを取り上げて紹介することはしないようにしている(きりがないからね)。今日の記事も、このアルバムを今さら改めて紹介するのが目的ではない。つい最近発売された彼のベストアルバムをCD屋で見かけ、思うところがあったのでここに書いてみることにしただけだ。

彼のことを知らない人のために。ティム・バクリーという60年代に活躍したシンガーソングライターの息子である彼は、先述のとおり94年にデビューアルバムを発表(それ以前にライヴEPを発表済み)。セカンドアルバムのレコーディング中の97年に、川で溺れて亡くなってしまう。あれだけ将来を有望視されていた彼のそのデビューアルバムが、結局最初で最後の作品になってしまったわけだ。

…になるはずだったのだが、レコード会社がこれだけの商材をそのままにしておくはずもなく、結構こまめにコンサートを録音していたと思われる彼のありとあらゆるレコーディングが、彼の死後発売されることになる。そして、僕のようなファンがそれらを次から次へと買わされてしまうという構造になっている。

ちょっと僕の手元にある彼のCDをリストアップしてみよう。タイトルの後ろの数字は発表年。

Live at Sin-E (EP 1993)
Grace (Album 1994)
Peyote Radio Theatre (Promo EP 1994)*
Grace (Single 1994)
So Real (Single 1995)*
Live From Bataclan (Promo EP 1995)*
Last Goodbye (Single 1995)*
Eternal Life (Single 1995)*
Grace EP (EP 1996)*
Sketches for My Sweetheart The Drunk (Double Album 1998)
Everybody Here Wants You (Single 1998)
Mystery White Boy (Album 2000)
Mystery White Boy Bonus Disc (EP 2000)
Live a L'Olympia (Album 2001)
Songs To No One with Gary Lucas (Album 2002)
Live at Sin-E Legacy Edition (Double Album 2003)
Grace Legacy Edition (Double Album 2004)

*印は02年に出たボックスセット『The Grace EPs』に一括収納。そのセットと、最後の2枚のレガシー・エディションを買ったため、オリジナルの『Grace』、『Live at Sin-E』と数枚のシングルは売却済み。

で、これらを聴いていて思うのが、「同じ曲ばっかりだなあ」ということ。まあ、元々アルバムが1枚しかなくて、死後なんとか体裁を整えて発売されたセカンドアルバム『Sketches for My Sweetheart The Drunk』からの曲はきっとライヴでは殆ど演奏されたことがなかっただろうから、畢竟ファーストアルバムからの曲のいろんな場所でのライヴ録音や別ヴァージョンが何度も出てくることになる。

そこで、『Grace』収録の10曲と、それと同時期に録音されていた曲が、これらのCDで何度形を変えて(あるいは元のヴァージョンのまま)収録されているか、調べてみた。僕はまだ買っていない、今回発売されたベストアルバム(未発表曲が一つと、未発表ヴァージョンが一つ収録されているというのが売り)も含めた数だ。

まず最も数が多かったのが、アルバムタイトル曲「Grace」。なんと10枚のCDに収録され、そのうち2枚では2回ずつ出てくるので、合計12回も収録されている。オリジナルのLPヴァージョン、シングルエディット、デモ録音、ロッテルダムでのライヴ、メルボルンでのライヴ、パリでのライヴ、別の時期のパリでのライヴ…同じヴァージョンがダブっている場合もあるんだけど、それを除いたとしても、この一つの曲を集めるだけで一枚のアルバムが出来てしまうほどの量だ。

続いて多いのが「Eternal Life」11回。これはオリジナルのLPヴァージョンよりも速い「Road Version」というのが人気のようで、シングルのカップリングとして何度も登場している。今回のベスト盤に収録されたのもこのヴァージョンのようだ。

続いてファーストアルバム冒頭の「Mojo Pin」と、エンディングの「Dream Brother」10回ずつ。「Dream Brother」なんて、『Grace Legacy Edition』には形を変えて3回も収録されている。

僕の一番好きな「Hallelujah」9回。アルバム収録前で別タイトルがついていたライヴ録音も含めた「Last Goodbye」8回「Lover, You Should've Come Over」6回「So Real」5回。地味な(でも僕の好きな)「Lilac Wine」までもが4回。最後に残った、2回しか(つまり、オリジナルのLPとそのレガシー・エディションにしか)収録されていない「Corpus Christi Carol」の方が珍しいほどだ。

ファーストアルバム未収録曲でも、「Je N'en Connais Pas La Fin」5回「Kanga-Roo」4回など、カヴァー曲が何度も収録されている。


これはちょっと、なんというか、すごいよね。商魂たくましいのもここまでくると… 同じくアルバム1枚しか出していないセックス・ピストルズも、解散後いろんな編集盤や海賊盤まがいのライヴアルバムが沢山出たけれど、ここまで極端じゃなかったはず。

まあ、ファンとしてはいろんな録音が聴けて喜んでいいのか、散在させられて悲しんでいいのか微妙なところなんだけど。という観点から今回発売されたベスト盤を見てみると、『Grace』から8曲(別ヴァージョンも含むけど、全10曲中8曲だよ)、セカンド・アルバムから3曲、その他のCDに既収録なのが3曲、未発表ヴァージョン(曲としてはライヴ盤で既に発表済みの、スミスのカヴァー曲)が1曲。

これって、どうなんだろうね。まずベスト盤から入門して、これからジェフ・バクリーのことを知ろうという人には、あえて名盤『Grace』の曲順を入れ替えて、お義理のようにその他の曲を追加したようなこんなCDよりも、オリジナルの『Grace』をそのまま聴いてほしいと思う。

一方、僕のようにこれまでありとあらゆる音源(ダブり含む)を買わされ続けてきたようなファンにとっては、「I Know It's Over」1曲、「So Real」の日本でのライヴ1曲、たったそれだけのためにアルバム1枚分の金を払わされるのは非常に不愉快。かといって、ここまで完璧に収集してきた僕がこの2曲だけを聴けないというのも困る。ここはひとつ、このアルバムはなんとかして1000円以下で手に入れると宣言しておこう。それなら新しいシングル盤を買ったようなものと自分を納得させられるからね。

なんか今日の記事は英語と数字ばかりになってしまったね。ちょっと気になって数え始めたらつい病みつきになってしまったので。いつも以上に読みにくかっただろうか。ここまでちゃんと読んでくれた方、お疲れ様でした。金曜日から僕の腹に居座っていた更新蟲も、これでしばらく休憩するんじゃないかな。


<追記 10月7日>

苦節4箇月、中古屋を探しまくって、お約束どおり本日『So Real: Songs From Jeff Buckley』をNZ$10(850円)で入手。内容自体はもちろん疑うべきものは些かもないし、丁寧に作られたブックレットも好感が持てる。未発表曲もありがたい。この中の何曲かは、いまでも酔ったときに聴くと涙がこぼれそうになるほどだ。でも、未だに彼の音楽を聴いたことがない人は、このベスト・アルバムじゃなく、『Grace』をまず手にしてほしい。今や、捨て値で手に入るはずだから。
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