2007年05月04日

悲しい夜に Damien Rice 「9」

BDBの「Born In The U.K.」に続く、06年の落穂拾い企画第二弾。とりあえず2006年の20枚には入れたものの、あの時点ではそれほど聴き込んでいなかったのであまり詳しい感想が書けなかったけど、今となってはやっぱり独立した記事で取り上げておきたいこの盤のことを書いておこう。

9.jpg ダミアン・ライス 「9」

上のリンクから飛べるアマゾンのページに、ワーナージャパン提供のわりと詳しい解説が載ってるから、この人の経歴やこのアルバムの制作過程についての話なんかを知りたい人は、それを参考にしてもらえばいいと思う。

そこにも本人の弁として書いてあるけど、かなりヘヴィなアルバム。そして、音や声が深く心に沁みる瞬間が何度も訪れるアルバムだ。

前作「O」が物静かなギターの音で始まったのに似て、今回のアルバムは愁いを帯びたピアノの音で幕を開ける。そして、最初に聴こえてくるのは、前作でもダミアンとデュエットしていたリサ・ハニガン。なんでこの人はこんな悲しげな、今にも泣き出しそうな声で歌えるんだろう。

美しい曲、だけど何故か物悲しい。遠くで鳴っているような打楽器の音も、ボーカルと共に切なく盛り上がるチェロの音も、これから始まる物語の数々が決して幸せなものでないことを控えめに宣言しているようだ。

次の曲以降も、基本的には同じトーンで進んでいく。これは僕にとっては夜の音楽だ。深夜はとっくに過ぎている。気がつかないほどの雨が降ってるかもしれない。3曲目「Elephant」や4曲目「Rootless Tree」は土砂降りの雨や雷雨を思い起こさせる。

アコースティックギターやチェロの音が中心を占めていた前作と違って、今回は殆どの曲がバンド形態で演奏されている。もちろん上に書いたように、アルバム中の要所要所に印象的なチェロの音が入っているんだけど。

「Rootless Tree」での激昂、「Me, My Yoke + I」での執拗なまでに反復するリフと歌詞を聴くにつれ、ワーナーが押し出そうとしている“ダニエル・パウター、ジェイムス・ブラントに続くシンガー・ソングライター”というイメージは、この人の資質ではないんじゃないかと思うようになった。いくらアコギやピアノを弾いていようと、どんなに音がアコースティックであろうと、この人は、ロックだ。ジェフ・バックリーがそうであったように。活動停止前のCoccoがそうであったように。

歌詞が重要なアーティストなんだろうけど、本人がインタビューで「インタビューは嫌い。歌詞の意味を説明しないといけないから。聴く人がそれぞれ意味を理解してほしい」という旨の発言をしているように、曲によってはかなり難解な詞。それに、普通はサビの部分の言葉とか曲全体を象徴する言葉が曲のタイトルになることが多いんだけど、この人の場合、そうでないことが多い。

例えば、かなり激しく生々しい歌詞の「Elephant」と「Rootless Tree」に続く、土砂降りの雷雨のあとの晴れ間を思い起こさせる5曲目の歌詞(大意)はこうだ。

 彼女はオレンジの木のある家に、ヨガの練習する女の子と住んでるんや
 庭に落ちたオレンジを拾って、俺にくれる
 朝の太陽みたいなオレンジ
 彼は小高い丘の上にある小さい家に住んでる
 小さい弟が捨てたゴミを拾って、俺に渡す
 犬が何匹か走ってる
 彼女はいつも白い服着てて、天使みたい
 こっち向いたときに、ニコッて笑ってくれて
 それ見ただけで、目が焼けそうになるよ
 俺ら彼女のことドライブに連れてって、最高やったよ
 そやけど、もう今は別の狼がおって
 俺はヨガの女の子とも会うこともなくなってしもた

で、この曲のタイトルが「Dogs」。この歌詞の中で犬がそれほど重要か?(笑)

この例外的に明るい歌(最後に振られてるけど)以降はずっと暗い状況ばかりが歌われているアルバム終盤、「Accidental Babies(望まれない子供達)」というタイトルの曲はこんな歌詞。

…えーと、一応訳してはみたものの、一晩明けて読み返してみたら、まるで夜中に書いたラブレターみたいに気恥ずかしいので、削除。とにかく、これはダブル不倫の曲。結構リアルな描写がある。タイトルから、不倫相手との間に子供ができてしまった陰鬱とした歌詞かと思いきや、

 俺と一緒の方が活き活きと暮らせると思うんやったら、
 俺のとこに来てくれへんか
 俺かお前のどっちかに、思いがけず子供ができてしまう前に

ここはとりあえず、「おっさん、そこまで言うんやったら思いがけず子供ができへんようにだけはしとけ!覚えたての中学生か!」と突っ込んでおこう。

まあとりあえずここでは突っ込んではみたものの、そんなこととは無関係にこの曲もやはりまた静かに、悲しげに、かぼそいピアノの音に乗せてぽつぽつと唄われている。そうして、アルバム全体を通じて、離別も、激昂も、嘆願も、嗚咽もすべて通り過ぎたあとにたどり着く最後の曲「Sleep Don't Weep」に至って、先日「yascd006」のコメント欄に書いたように、酷いことばかりだった一日を嘆く相手を抱きしめながらベッドの上で今にも消え入りそうな声で囁く声とともに、エンディングを迎える。

誰もがみなハッピーエンドを迎えるわけじゃない。こんなささくれた気持ちを抱いたまま眠りについても、朝目覚めた瞬間には、昨日から何一つ良くなっていない現実をまた一から認めなければいけないのもわかっている。だけど、なんとかやっていくしかない。何も状況を変えてくれるわけじゃないけど、少なくとも自分のことを見ていてくれる人が隣にいる。

そんなアルバム。陰鬱なところも激しいところもあるかもしれないけど、心に響く。歌詞なんてわからなくても、悲しい気持ちになった夜にはそっとCDプレイヤーに乗せたくなる。

ただ、さっき触れたコメント欄にも書いたけど、6分間の「Sleep Don't Weep」が終わったあと更に15分以上も続く謎のボートラ(?)だけはいただけない。前作「O」もやはりアルバム最終曲が終わってから数分経って2曲のボーナストラックが始まったから、今回のアルバムもてっきり同じ構成かと思っていたら、その15分間延々と人間の可聴帯域をすれすれで越えるような超高音が入っているだけ。いくら「聴く人がそれぞれ意味を理解してほしい」とはいっても、これはなんとかしてほしいよ。

まあ、僕は律儀にその15分も毎回聴いて(その度になんだか頭痛もして)いるけど、そこは気に入らなければすっ飛ばせばいい。こんな、決して聴き易いというタイプではないアルバムが、地元アイルランドで初登場1位、イギリスで4位、アメリカでも22位というスタートを切ったとのこと。僕は別にチャート至上主義者でもなんでもないけど、そういうのを聞くと、ああ、まだチャートも捨てたもんじゃないと思う。



posted by . at 19:05| Comment(31) | TrackBack(0) | アルバム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。