2006年11月17日

正統派アメリカンSSWの系譜 Josh Ritter 「The Animal Years」

音楽のように保存性の強い分野にとって、同時性というのはあまり重要でないと思われるかもしれないけど、それでも自分が好きになったアーティストと同時代を過ごせるかどうかということは結構重要な意味を持つ。例えば僕の世代だと、ビートルズの名盤の数々がどんなに素晴らしいかということはわかるけれども、それは初期の瑞々しくやんちゃな曲でシーンに飛び出してきた彼らがほんの数年で「Sgt. Peppers」のようなアルバムを生み出し、あっという間に「Abbey Road」まで行き着いてしまったことを目撃することとは全く違う体験だと思う。演劇を録画したビデオを観るようなものといえばいいのかな。

アメリカのシンガーソングライターでいうと、僕はかろうじてブルース・スプリングスティーンの「The River」を発売時に聴くことができたが、「Born To Run」には間に合わなかった。名前はずっと前から知っていたウォーレン・ジヴォンをちゃんと聴き始めたのは、彼が最後の闘病生活に入ってからだった。ボブ・ディランのいわゆる名盤の大半は、僕が物心つく前に世に出てしまっていた。

Animal Years.jpg Josh Ritter 「The Animal Years」

今日はジョシュ・リターの「The Animal Years」というアルバムのことを書く。例によって日本盤の表記は「リッター」だけど、こないだのスクリッティ・ポリッティと違って今度こそは「ッ」なしが本来の発音に近いと思うんで、これで通すよ。今年の3月に出たアルバムなので(日本盤は4月)、この印象的なジャケットはもう何度もあちこちで目にしていたし、萩原健太さんのサイトなど信頼の置ける筋での評判が高かったのも知っていた。でも、特にこれといった理由もなく後回しにして買っていなかった。手に入れたのはつい最近。

…危うくこんなすごいアルバムに出会い損ねるところだった。たかだか数百円をケチって中古を待ってしまったがためにこれを何年後かに旧譜になってから後追い体験することを想像すると、ぞっとしてしまう。ああよかった。もっとこれからは自分の勘を信じて、こんないまにも泣きそうな表情のかわいい馬がレコ屋で呼んでるときには素直に従おう(笑)

ギターとボーカルのジョシュに加えて、(ブックレットに載ってる順に)キーボード、弦楽器あれこれ(ベース、ギター、マンドリン、ウクレレ、ラップスティール)、ドラム、ギター、パーカッションの5人が演奏を務めている。演奏はきわめてオーソドックスと言っていいだろう。

アルバムはひっそりとしたキーボードとアコースティックギターの音で幕を開ける(こないだ紹介したレイ・ラモンターニュの新譜のオープニングとそっくり!)。少しずついろいろな楽器が重なって緩やかに盛り上げていくところが、この後に続く曲に期待を持たせる。

続く「Wolves」は印象的なピアノのイントロに乗って、ちょっとブルース・スプリングスティーンかウォーレン・ジヴォンが書きそうな感じのメロディーが歌われる。これがこのアルバムのベストトラックという訳ではないけれど、先ほどの「Girl In The War」からこの曲への流れは、僕が勝手に提唱している「A面2曲目がいいアルバムに駄作なし」というルールに当てはまっているね。ちなみに、アルバムタイトルの具体的な意味はよくわからないのだが、この曲を筆頭に「狼」という単語がこのアルバム中あちこちでキーワードのように使われている。

今度はまるでジャクソン・ブラウンのような節回しの「Monster Ballads」。この曲は音の作り方が好き。控えめな音で同じリズムをキープしているベースとドラムと冒頭から長音で鳴り続けているオルガンの音に添えて、右チャネルにまるで遠くで弾いているかのようにピアノの音がポロン、ポロンと入っているのだが、サビから間奏の部分では今度はピアノが前に出てきて、逆にオルガンが効果音的に後ろに廻るところが面白い。でも、こんなに気を使った音作りをしているのに、高音がちょっと割れ気味なのは何故だろう。もったいない。それともこれは僕の買ったオーストラリア盤だけかな。

「Lillian, Egypt」はジョン・ハイアットが書いてもおかしくないような曲。それにEストリートバンドのロイ・ビタンばりのピアノがソロを取るんだから、これはたまらない。シングルカットされたこの曲のプロモーションビデオを観たのだが、あれ?アルバムバージョンとミックスがかなり違うぞ。跳ねるピアノに加えて、印象的なギターのリフが入ってる。うーん、これはシングル盤も欲しくなってしまったな。まだアマゾンで売ってるみたいだから、無くならないうちに買おうかな。日本盤にボーナストラックとして入ってる曲もそれで入手できるし。

このアルバム中で一番異色な「Idaho」が次の曲。ごく控えめにギターの音が入っているのだが、殆どアカペラで歌っているように聴こえる。LPで言うとA面終盤近く。いいアクセントになってるね。自分の生まれ故郷のアイダホへの郷愁を唄っている。アイダホってジャガイモの産地だってことしか知らないけど、狼が多いのかな。これにはこんな歌詞が出てくる。

  狼よ、わからないのかい?
  どんな狼も僕のようには唄えない
  もしそんな風に唄える狼がいたとしたら
  そいつはアイダホ生まれだと思う

うーん、この曲に限らないけど、この人の書く詞はちょっと読んだり聞いたりしただけでは意味がつかめないものが多いみたい。

「In The Dark」はソロになった頃のニール・ヤングみたいな感じかな。LPだとこの曲がA面の最後になるはず。次に期待させるいいクローザーだね。で、B面1曲目に当たるはずの「One More Mouth」も前曲をもう少しおごそかにした雰囲気。これもなんとなくニール・ヤング風?これはどんなエフェクターを使ってるんだろう。リヴァーヴがかかったようなギター類の音が気持ちいい。

「Good Man」はボブ・ディラン風のメロディ。あれ?そういえばコーラスがかぶってくる曲はここまででこれが最初か?途中でボーカルがダブルトラックにもなるし。さっきの「Lillian, Egypt」と並んでこのアルバム中では明るめの曲調。

スプリングスティーンのアコースティックアルバムに入っていてもおかしくないような「Best For The Best」に続いて静かに始まる「Thin Blue Flame」が、このアルバムのクライマックス。薪に火がついていくように徐々に盛り上がり、途中ボレロ風になったり静かな間奏が入ったりする9分半にも亘る非常にドラマチックな曲に、これもまた難解な、かなりの量の歌詞が吐き出されるように歌われる。スプリングスティーンの「The River」での「Drive All Night」の役割を持った曲(僕はなんでも「The River」に例えてそのアルバムを持っていない人に訳のわからない思いをさせているけど、あれは持ってて損のないアルバムだから、訳わからんと思っている人はこの機会に買ってください。はいここクリック・笑)。

「The River」つながりでいうと「Wreck On The Highway」にあたるのが、このアルバム最終曲「Here At The Right Time」。ピアノだけをバックに、達観したような歌が淡々と歌われるところが似ているかな(「Wreck〜」はピアノだけじゃないけど)。

今回あえていろんなアーティストの名前を使って説明したんだけど、普通は「○○に似ている」なんて書くと、オリジナリティーのないパクリみたいなネガティブな印象を与えてしまう可能性があるよね。でも、誰もがさっき僕が名前を挙げたような人たちが書いたようなクオリティーの曲を書けるわけじゃない。僕は、僕よりずっと年上であるその人たちのキャリアには途中参加しかできなかった。今、おそらく自分より年下であろう新しい才能のキャリアの端緒に出会えたことを喜びたい。

とは言ったものの、これは別に彼の最初のアルバムという訳ではない。ライヴミニアルバムを含めれば既にこれ以前に3枚のアルバムを出している。でも例えば僕がウォーレン・ジヴォンをきちんと聴き始めようと思ったときに10枚以上の旧譜を遡らなければならなかったことを考えると、たったの3枚でこの人の音源の全てを網羅できるのは嬉しい。もう既にセカンドアルバムがアマゾンから数日前に届いた。一度だけ聴いてみたが、これも中々の出来だ。

Golden Age.jpg Josh Ritter 「Golden Age Of Radio」

あ、ちなみにこのセカンドアルバム「Golden Age Of Radio」、アマゾンのサイトにはボーナスディスク付と表示してあるのだが、届いたCDは一枚もの。クレーム入れたら「ボーナスディスク付はもう品切れなので1ドル返します」だと。うーん、手間と金かけて返品するのも面倒だし、なんか釈然としないけど、しょうがないか。そのうちボーナスディスク付をどこかで安く見つけよう。偶然の神様はこれを読んでるはずだから。
posted by . at 23:41| Comment(17) | TrackBack(0) | アルバム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする