2006年11月04日

二つ目小僧にも捧ぐ

Roger Watersロジャー・ウォーターズが来る。2007年1月29日、ノース・ハーバー・スタジアム。オークランドで一、二を争う規模の、数万人収容の会場。チケット発売は11月3日、つまり昨日。最初にこの話を知った数週間前には、なんとしてでもいい席を押さえようと張り切っていたのだが、実はまだ今日になってもチケットを取っていない。その理由の一つは、チケットの値段。席によって、プラチナム、ゴールド、シルバー、ブロンズ、アイアンの五段階に分かれており、プラチナム・シートはなんとNZ$399、日本円にして3万円強。一番下の鉄シートでさえ、8千円だ。いかに彼の音楽の主要観客層が40〜50代とはいえ、かなり強気の値段設定だ。それはさておき、僕を躊躇させる要素が他にもある。

今回のワールドツアーの目玉は、上に載せたツアーポスターにもあるように、彼のソロ・ツアーとしては初めて「The Dark Side Of The Moon」を全曲通して演奏するというもの。古くからのピンク・フロイドのファンにとっては感慨深いものがあるんだろうけど、僕にとっては実はそれが最大の躊躇要因でもある。

コンサートに行って何が楽しいかって、「次にどの曲を演るんだろう」、「あ、この曲をこんなアレンジで演るんだ」っていう期待・驚きがあると思う。まさに、先日通ったグレン・ティルブルックのライヴのように、毎日違った演奏曲目で、時には観客からのリクエストに応えながら、っていうのが理想的。それを、いかに名作とはいえ、1時間弱に亘ってかのアルバムをぶっ通しで、しかもレコードのアレンジそのままに演奏されるのは、僕にはなんだかつまらないと思えてしまう。さらに、2000年に出た彼のライヴアルバムを参考にするまでもなく、おそらくその「The Dark Side Of The Moon」全曲の他には、「Wish You Were Here」「Crazy Diamond」「Comfortably Numb」「Another Brick In The Wall」などは必ず演るだろうから、極端な話をすると、今回のコンサートは、そのライヴアルバム「In The Flesh」の曲順を入れ替えたような演奏曲目になるのは目に見えている。

予定調和、っていうのかな。なんだか3万円も払って、最初から最後まで展開が見えているショーを観に行くことに、自分でもびっくりするほど気持ちが萎えてしまっている。もう何年も前からあんなに観たかった彼のライヴなのに。かといって、8千円も払って、数百メートル先から虫を観察するような席には座りたくないし。

そんなわけで、きっと今日もプラチナムシートは前の方からどんどん埋まっていってるんだろうけど、僕は未だに「行こうかな、やめようかな」を繰り返している。きっと誰かが「もう、ろくな席残ってませんよ」って言ってくれるのを待ってるんだろう。


さて、実はこの「The Dark Side Of The Moon」全曲演奏というのは目新しい話でもなく、まずものすごく古い話をすると、1972年にかのアルバムが発表される前のツアーで演奏され始めたのが最初。僕はブートレグを買い漁るほどのピンク・フロイド・ファンではないのでその辺りは文字情報でしか知らないのだが、誰も聴いたことのないあの壮大な組曲が目の前で展開されるなんて、想像しただけで戦慄が走る代物だったと思う。

そして、時代はずっと新しくなり、ピンク・フロイドが事実上最後のツアーを行った1994年に、数回のコンサートでまたこのアルバムを全曲通しで演奏している。その時の模様を収録したのが翌95年に出たライヴアルバム「p.u.l.s.e」であり、同タイトルのライヴビデオだった。

Pulse CD

ちなみに僕が持っている初回盤のCDは、「鼓動」というそのタイトルに相応しく、CDの入った豪華な箱の側面に付いている赤いランプがずっと点滅し続けるという愉快な仕様。この写真でわかるかな?

点滅

これがどういう仕組みになっているかというと、この外箱の中に厚紙製の電池ホルダーが入っており、そこに単三電池x2を入れると、ホルダーに付随した赤ランプが点滅するというわけ。これが分解したところ。

展開図

僕のブログをいつも読んでくださっている方のうち少なくとも一人、こういう組み立てものに目がない人がいるはずなんだけど、あえて名前は出しません。でも僕にはわかります、これ欲しいでしょ(笑)

さっき「事実上最後のツアー」と書いたが、1994年といえば、ピンク・フロイドが今までのところ最新のアルバム「The Division Bell」を出した年で、このツアーはそのアルバムの発表に伴うものだった。この先彼らがその名前でアルバムを発表したりコンサートツアーをすることはまず無いと思われるので、そう書いたわけだ。

ところで、その「The Division Bell」が発売された際に、「私がピンク・フロイドである 世界一正しい新作『対』評」という評論がロッキング・オン誌94年6月号に掲載された。当時僕のお気に入りだった音楽評論家の一人、市川哲史さんによるもので、僕は今に至るまで、あれだけわかりやすく、面白く、的を射たピンク・フロイド評を読んだことがない。さすがに許可も得ずにその文章をここに転載するわけにはいかないので、興味のある方は是非古本屋で該当号を探してもらうか、夜空の南十字星にでもお祈りしてもらうしかない。

とにかく、その文章の要点を書くと、ピンク・フロイドとは実体のない概念のようなもので、その時々のご主人様の志向(嗜好?)によって音もポリシーも雰囲気も変わる、というもの。それによると、この94年度版デイヴ・ギルモア流ピンク・フロイドというのは、かつてロジャー・ウォーターズが表現していた閉塞的・内省的な外観だけをそのままに、でも実は演っている音楽は浅いお気楽なものに変わってしまったということだ。言いえて妙というのはこのことだろう。ロジャー脱退当時、多くのファンが「あんなのはピンク・フロイドではない」と嫌悪感をあらわにしたにもかかわらず、新生ピンク・フロイドのお気楽エンターテインメントはより広い層のファンを獲得したのだから。


二つ目さて、前置きはこれぐらいにして、今回の本題、ライヴDVDの話に移ろう(え、この長文が前置きだったのかって? いや、あの、皆さん逃げないで)。先述した通り、この「P.U.L.S.E」というライヴ映像は、95年にVHSで発売されており、その際のジャケットはCDと同じものだった。それが今回DVD化されるにあたり、まずジャケットから大幅変更された。元のデザインが瞳の周りを海・水滴・魚・精子・卵・鳥・雲・飛行機・砂漠・ピラミッド・砂浜が輪廻転生のように取り巻いているというものだったのだが、今回の新しいデザインは、その瞳を持った眼球が二つ、縦に並んでいるというもの。表ジャケットでは砂浜に。同封ブックレットでは森の中に。これはインパクト大だね。福本豊ならきっとタコヤキと言うはずのデザイン(すみません、一部の人にしかわからない話で)。おそらく日本でもそうだったと思うけど、数ヶ月前はこのDVDがどのCD屋でも一押し商品だったため、ポスターからPOPから、店内をこの二つ目が所狭しと占領していたものだった。

更に、DVD化で大量のボーナス映像が追加され、本編は2時間半弱なのにもかかわらず、収録された映像を全部観ようとすると4時間にも及ぶというとんでもないものになっている。本当はきちんと全編観てからこの記事を書こうと思っていたのだが、さすがにこの忙しい最中に4時間全部観るとなると、記事を書き始められるのがきっと年明けになるので、とりあえず2時間半の本編だけを観てから書いている。あちこちの雑誌記事などを見ると、ボーナス映像にも中々面白そうな素材があるようなので、それはまた追々観ることにしよう。

何から書こうかな。実は自分の中でこのDVDに対して賛否両論が巻き起こってるんだけど、まずは褒めて、それから叱ろうかな。子供の教育みたいなものだ(笑)

まず特筆すべきは、DVD化にあたっての画質・音質の向上。さすがに10年以上前のビデオ素材なので、いかに上手くリストアされたとはいえ、若干のノイズは散見されるし、強調された輪郭が人工的に見えてしまうところもあるのだが、それにしても非常にクリアな画質になっている。

それ以上に驚くのが音。このDVDには、通常のステレオ、ドルビーデジタル5.1ch(448kbps)に加えて、ドルビーデジタル5.1ch(640kbps)という仕様が入っている。ここでは技術的な話はしないが、要は通常のサラウンド音源よりも更に高密度の音で再生できるというわけだ。必ずしもどのDVDプレーヤーでも再生できるという訳ではないらしいが、幸いなことに僕のプレーヤーでは大丈夫だった。

いや、これがもの凄くリアルな音。リアルという意味では、実際にコンサート会場にいてもこれだけクリアにあらゆる音が周りから聴こえてくるわけではないので(通常コンサート会場では全てのスピーカーがモノラル)、これはコンサートの疑似体験とはまた別物と考えた方がいいだろう。例えば、「Shine On You Crazy Diamond」で、「Remember when you were young〜」と歌われたすぐ後に入ってくる例の笑い声が左リアチャンネルから聞こえたときにどれだけ背筋がぞくっとしたことか。

この画質と音だけで、これはおそらく現存する全ての音楽DVDの中でも有数のリファレンス素材になり得ると思われる。オーディオマニア、AVマニア必見(真っ当な方のAVですよ)。

内容について。これは僕がさっき「お気楽エンターテインメント」などと揶揄して書いたことで大体察してもらえるだろうか。実は、さっきの点滅CDを除けば、僕はロジャー・ウォーターズ脱退後のピンク・フロイドのCDは一枚も持っていない。その理由を、これまで書いたのと同じ分量の文章をもって説明することもできるが、それはやめとくね(笑)。

Animals

僕がこのデイヴ・ギルモア版ピンク・フロイドを気に入っていない理由の例をひとつだけ挙げるとすると、例えばロジャー在籍時の「Animals」というアルバムは、音楽的な内容の是非は置いといても、あの「午後遅くどんより曇った南ロンドン、ふと空を見上げると、発電所上空に豚が飛んでいた」というシュールかつ神秘的な雰囲気というものにやはりファンの誰もが惹かれていたと思うんだけど、

Pig

この94年のコンサートでは、その豚がこうなってるんだもんね。しかも「Animals」とは何の関係もない「One Of These Days」演奏中にステージ両脇から突然これが現れ、両目からレーザー光線を発するという… これが出てきたときに歓声を上げる観客の気持ちが、僕にはわからない。

確かに、ふんだんに使われるレーザー光線や凝ったライティングは凄く綺麗だと思うし、エンディングで使われる、一瞬戦場かと思うほどの量の花火は凄まじいほどの見ものだ。そういう意味では一流のエンタテインメントなんだろうけど、これは僕の観たい類の「ライヴ」ではないよ。そして、それが実は僕が来年1月のロジャー・ウォーターズのコンサートに関して一番危惧していることでもある。さすがに彼は豚の目からレーザーを出させるような真似はしないだろうけど、こういうきっちり作りこまれたエンターテインメント・ショーになるのは間違いないだろうから。


なんだかせっかくブログに採りあげておいて、最初から最後までけなしてばかりの文章になってしまったけど、僕はこのDVDのことは実は気に入ってはいるんだよ。さっきも書いたけど音質・画質のことはもちろん、やっぱり何をおいてもストーム・トーガソン(元ヒプノシス)のデザイン。この二つ目小僧。あまりにこれが気に入ったので、何故か今僕の家にはこんなものがあったりする。

二つ目小僧

posted by . at 23:24| Comment(18) | TrackBack(0) | ビデオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする